TED~すごいプレゼン

 Ted あなたはTEDをご存知だろうか。

 これはTechnology Entertainment Designの略で、今、ネットで調べると詳しく出ているが、平たく言うと、世界の様々な分野の人々が年1回、自らの主張をプレゼン形式で行う講座のこと。1984年からカリフォルニア州モントレーで始まり、小さな規模だったものが現在では毎年2000人近い聴衆を集めるものになったとか。

 出演者は政治家、作家、医療器具開発者、音楽家、デザイナーなど様々。過去にはU2のボーノやビル・クリントンなども出演しているが、大事なのは無名の人々も多数参加しているということ。共通しているのは世界をほんの少しでも今より良い場所にしよとする意思とユーモアに溢れているということだ。

 このTedは過去のプレゼンをネット上で公開し、世界の様々な言語の字幕サービスをつけて配信している。TEDのページに行けばあなたも興味ある人のプレゼンをすぐに見れる筈。

   http://www.ted.com/translate/languages/ja

 昨日、娘とたまたまテレビを見ていて、このTEDで行われた過去のプレゼンを傑作選のような形で一挙放送しているのを見つけ、思いがけず見入ってしまった。そう、この春からこのTEDのプレゼンを使った英語教育の番組がNHKで放送されていて、昨日はそのスペシャルみたいな番組だったのだろう。知らなかった。

  http://tedxtokyo.com/blog/nhk-ted-super-presentation/

 

 私が見たのは統計学者、器具開発者、デザイナーなどなどの話だが、特に半身不随になり絵が描けなくなったデザイナーのために、目の視線の動きだけで壁に光で絵を投影できる眼鏡を開発した人の話が素晴らしかった。デザイナーが寝たきりになっている病院のベッドの外には遠くに白い壁の建物があり、開発チームのメンバーが見守る中、夜の壁に体が動かせないデザイナーの7年ぶりの絵が浮かび上がる。写真を交えたそのプレゼンはまるで映画を見るようだった。

 Appleの創始者で今は亡きスティーブ・ジョブスもプレゼンの天才と言われた。思うに彼にとってはプレゼンもデザインという行為の一つだったのだろう、と思う。次の世界をどのようにデザインしそれをどう人々に届けるのか。

 昨日、見ていて羨ましかったのは、西洋には(と、随分、懐かしい言い方のような気がするが)有名無名を問わずフラットに人の話を聞くという文化があるということ。勿論、話す方も自分の主義主張を多くの人に届けるために態度や言葉を洗練させる訓練・努力がいるが。でも、それはとても気持ちの良い社会のような気がする。日本はダメ。本当の民主主義じゃないんだろうな。落語も“高座”と言うし。

 ↓は昨日の番組で3分間のすごいプレゼンとして紹介されていたもの。大笑いしたけど、なるほどね。二番目の馬鹿が大事なのね。

http://youtu.be/FQ0L8Qj0t38

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『カラマーゾフの兄弟』~始まりの最終楽章(コーダ)

Photo   ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を四半世紀ぶりに再読。読了。昔と読後感が大きく違うのは年齢によるものか、それとも訳者の違いからくるものか。多分、その両方だろう。

 この小説を自分の人生の指南書としてことあるごとに読み返し、指針を得るとする人は非常に多い。知っているところだけでも言うと哲学者の梅原猛氏がそう。作曲家のマーラーがそう。

 自分にとってこれが今後そうしたものになるかどうかは分からない。が、読んでいて分からなかったところ、不可解なところが多々なので、それを分かろうとしてその都度手に取るということはあるだろう。なんにして読後、周りの風景がちょっと変わって見える気がするほど大きな読書体験で、そこは昔と変わらなかった。まだ少しグラグラする。

 この小説について何かを語るような能力も言葉も私は持ち合わせていないので、今回はこの亀山訳の各巻のあとがきと第5巻の小文によって知るところとなった事柄を備忘録的に記しておきたい。以前からご存知だった方もいるかもしれないが私にはそのほとんどが目からうろこのような話だった。四半世紀前、二十歳になったばかりの頃、初めて読んだ時に以下のようなことを私は何一つ知らなかった。

 1 この小説が4部構成+エピローグという形になっているということ。そして各部はそれぞれ3編で成り立っている。これはドストエフスキーが古典主義時代の交響曲の構成に強いこだわりがあったからだとのこと。第一部はアレグロ・コンブリオ(早くいきいきと)。父殺しのメインテーマが暗示され、なおかつ登場人物の紹介。第二部はアダージョ(ゆっくりと)。「大審問官」、「ゾシマの談話」はここ。第三部はスケルツォ(諧謔的に)。ドミートリーを中心とした章。大宴会、殺人、逮捕劇など。そして第四部がモデラート・マエストーソ(ほど良い速さでおごそかに)。対立する二つの精神による崇高な法廷劇、ミーチャは無罪か?有罪か?そしてエピローグの少年達とアリョーシャの例の美しい場面が最終楽章(コーダ)というふうになっている。光文書のシリーズは亀山氏のたっての要望で、この構成にこだわり、一部(一楽章)一巻づつとなっており、読むほうも非常に分かり易かった。

 2 この小説が未完だということ。ドストエフスキーは全部で二つからなる長大な物語を構想しており、この小説自体は第一の小説と呼ばれているもの。作者による前書きにも大事なのは第二の小説ほうと書かれていて、この小説の中の不可解なセリフ、登場人物などの多くは第2の小説の伏線であるらしい。第二が書かれていたらどのような物語だったのかは研究者によて諸説あり。

 3 この小説がドストエフスキー自身の自伝的要素が強いものだということ。彼自身の父親の農奴による殺害、癲癇の発作、作者自身が幼少期に過ごした土地の地名、何故、小説で殺される父の名がフィヨードルなのか?(フィヨードルはドストエフスキー自身の名)、何故、殺人者の名がスメルジャコフ(臭いにおいをはなつやつ=農奴という意)なのか?実の父が殺害された時、ドストエフスキーはどこにいたのか?五巻に収められた訳者解説で私が個人的に一番どきどきしたところ。

 4 この小説が口実筆記の方法で書かれたということ。私はフェイスブックにこの小説の読中の感想として「前回は硬質な文学作品として読んだが、今回はオーラルなフォークロアのよう・・・」などと書いたりしていた。それは訳者の違いによるものだと思っていたが、あながち間違った感想でもなかった。

 大きく以上なことがあげられるが、その他にもまだ興味深いことがたくさんあって、亀山訳以外で読んだと言う方も、どうぞこのシリーズの第5巻の小文だけでもご一読のほどを。

                ☆

 話は少し古くなるが毎年五月に恒例となったクラシック音楽の祭典ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)の今年の親善大使は亀山郁夫氏だった。氏は音楽にも造詣が深くて、翻訳・出版に際し、上記した1の、この小説の交響曲的な構成に拘ったというところはうなづけるところだ。

 以下はラ・フォル・ジュルネ開催前、東京新聞に載った氏のインタヴューの引用。今、ロシアの作曲家の音楽を聴くことの意義について語っているが、ちょうどこの頃、私はこの大長編を読み始めて、だからそれはこの交響曲!としての『カラマーゾフの兄弟』を今読むことの意義、と言う風にも私には読めた。 

「作曲家が生きた時代を思い浮かべ、背景を意識すると、音楽を聴くときの感動が違ってくるんですね。その曲がただ美しいというのでなく、歴史の中のさまざまな人の見えざる姿、聞こえざる声が詰まっていると、感じられるんです。<中略> ロシアは第二次世界大戦のあとも、国家崩壊やチェルノブイリ事故などを経験した。積み上げたものが無に帰するような艱難(かんなん)の歴史の光景は、現代のロシア音楽の中にも表現されている。東日本大震災を経験した私たちの心にも、響くものがあると思います。」(2012.4.14東京新聞夕刊 亀山郁夫「溶け合う熱狂と郷愁」より)

 第2の小説が本来あったはずと言うが、私はそれは読者がこの小説のラストシーンから始まる物語を個々に空想するだけで良いのではと思う。

 この最終楽章(コーダ)は美しい。

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Pink_floyd__the_wall  

 最近、昼食は家でテレビのワイドショーを見ながら食べている。毎日、電気料金値上げのカラクリと原発再稼動の是非についてやっているが、その中で数日前、関西電力の責任者がインタヴューで原発再稼動は電力が足りなくなるから必要なのではなく、経済構造上やらないと赤字になり、数年で会社が潰れてしまうからだと断言!していた。昨日、野田首相は大飯原発再稼動について判断の時期は近い、と発言。

 原子力村の人々を見ていつも思うのは彼らが皆“子供”の顔をしているということ。戦後の高度経済成長とセットの受験戦争の中、エリートとして育った彼らは、未だに自らが築いた「壁」を信じていてそこから出られない、出ようとしない。「壁」はとっくに壊れていて外から中が丸見えなのに。

  http://youtu.be/jNwXFnqBzHg

↑の動画は1990年のピンクフロイドによる歴史的な“『The Wall concert in Berlin』”より『マザー』と『グッドバイ・ブルースカイ』。ボーカルにシネイド・オコナー、そのバックにピンクフロイド+ザ・バンド! その後ジョニ・ミッチェル。

 あらためて原発再稼動反対。


  「マザー」 by ピンクフロイド

 お母さん、奴ら 爆弾落とすかな?
 お母さん 奴ら この歌気に入るかな?
 お母さん 奴ら 僕のボールを壊すかな?
 お母さん 僕 壁を作った方がいいかな?
 お母さん 僕 大統領に立候補しようかな?
 お母さん 今の政府 信用していいのかな?
 お母さん 僕 第一線部隊に入れられるのかな?
 それとも そんなこと無駄なことなのかな?

 しいっ!さあ、泣くのはお止め、
 あなたの悪夢を
 ママが全部叶えてあげましょう
 ママの恐怖を
 あなたにそっくり植え付けてあげましょう
 飛ぶことは許さないけど
 唄うことくらいならさせてあげてもいいわ
 ママの大切な赤ちゃんを
 暖かくそっと包んであげましょう
 ああ、赤ちゃん ママの可愛い赤ちゃん
 壁を作るお手伝いをしてあげましょうね

 お母さん、あの娘、いい娘だと思う?
 お母さん、それとも、僕の手に負えないかな?
 教えてよ 
 お母さん あの娘 僕を
 ズタズタにしてしまうかな?
 お母さん あの娘 僕の心を傷つけるかな?

 しいっ!さあ、泣くのはお止め、
 あなたのガールフレンドは
 ママが選んであげましょう
 あなたに悪い虫がつかないように
 ママが目を光らせていますよ
 あなたが帰ってくるまで
 ママはいつまでも起きていますよ
 あなたがどこに行っていたか
 ママにはちゃんと分かるの
 あなたが健やかで清くいられるように
 ママがいつも守ってあげましょう
 ああ 赤ちゃん ママの可愛い赤ちゃん、
 あなたはいつまでも
 私の大事な赤ちゃんなのよ

 ねえ、お母さん、そこまで過保護にする必要
 あったのかな?


 「グッバイ・ブルースカイ」

 Ooooooooh!すっかり怯えている人を見たかい?
 落っこちてくる爆弾の音を聞いたかい?
 疑問に思ったことはあるかい?
 青く澄み切った空の下
 新世界の秩序をつくると言う理想を掲げながら
 何故 防空壕に隠れなきゃならないのかと・・・
 
 Ooooooooh!すっかり怯えている人を見たかい?
 落っこちてくる爆弾の音を聞いたかい?
 戦火が鎮まった今も
 痛ましい記憶は生々しく残ってる
 さよなら 青く澄み切った空よ
 さよなら もう二度と見ることはないだろう
 さようなら

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風の力を知る

 

 カセットテープのインデックスを見ると2003年3月29日にオンエアされた佐野元春のラジオ番組「Radio fish」の特集は“風の力を知る”。

 ちょうどお台場に風力発電の風車が出来た頃で、佐野自身がその風車まで取材に行った様子とその時来日していた環境学者レスター・ブラウン氏へのインタヴュー、またそれに併せて風を題材にした曲ばかりを集めた内容だった。この番組を聴いて、当時、私はまだ小さかった息子と娘を連れてこの風車を見に行った。反ブッシュだった私はその頃密かに反米主義の立場をとっていて、ディズニーランドなどには行かず、子供をそんなところにばかり連れて行っていたのだ。子供達さぞつまらなかっただろう。

 今日、仕事を休み、ゆりかもめに乗って、癌研有明病院に友人を見舞いに行った。段階的に入退院を繰り返しながら治療に励んでいる彼だが、数日前、ちょっと辛そうだと人づてに聞いてそれで行くことにした。しかし、会ってみると抗癌剤治療の一番辛い時期は終わっていたようで、思ったより元気そうだった。病室から談話室のようなところに行ってしばらく話したが、病室も談話室も窓からの眺めが素晴らしく、レインボーブリッジと紺碧の海、そしてその絵の中で上記したお台場の風力発電の風車がくるくると回っていた。

 片方の目を摘出し、また薬の影響でスキンヘッドの彼は、昔のオーストラリアのバンド、ミッドナイトオイルのピーター・ギャレットのような風貌になっており、窓の風景をバックに語る彼はなかなかキマッテいた。私達は近況や昔の友人の事や食事のことなどを話したが、前回会った時と同様、私は見舞いに行ったつもりがまた自分の方が力づけられた気がした。

 本人も言っていたが、健康を損なうとそれまで気づかなかったことを知る。それは良く考えればシンプルな事実ばかりなのだが、普段、それが見えなくなっている私達はきっとそのシンプルな事実に励まされるのだと思う。

 途中、「お前にだから話すのだけれど・・」のような感じで、彼はある不思議な話をした。しかし、その内容は普段から私も感じている事だったので、別に突拍子のないものとは思わなかった。そうか、やはり・・・と思っただけだが・・・やはり詳しいことは言わずにおこう。

 彼に言わせると、車の運転にしても料理にしても、普段の当たり前の行為やその積み重ねである日常は、実はとても絶妙な均衡の上に成り立っているとのことだった。なんだか「ゲド戦記」の中のゲドの言葉のようだった。

 平和というのはこういう日のことを言うのだろうな。窓の外で風車がくるくると回っていた。良い時間だった。

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『旅をする木』~春のナヌーク

Photo_2 宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」を読むたび、私が思い出すのは写真家・故星野道夫のことだ。童話の中で猟師小十郎は熊に殺されるが、最後の時、彼は熊のこんな声を聞く。「小十郎、お前を殺すつもりはなかった」。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1939_18755.html

 「旅をする木」はアラスカやその他の素晴らしい写真を撮り続けた星野道夫のエッセイ集だが、中に写真が一枚も無いところがいい。そして圧倒的な静寂をくぐり抜けた彼の言葉は謙虚でわかりやすく、それはあたかも目の前で繰り広げられる自然の営為を言い表すことなどそもそも人間には不可能なのだと悟っているようでもある。

 本の題名の意味を調べていただければ分かると思うが、このエッセイの主役は「時間」だと思った。例えば、

 「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは天と地の差ほど大きい。」

 「全ての生命に平等な時間が流れている」とかの言葉。

 それは自然の中に身を置くことで導き出された言葉であると同時に、そうして生きることの先輩ともいえる先住民たちに影響されたものだと思う。プルトニュウムやセシウムの半減期の、その途方も無い年月を思う時、私達現代人はただ立ちすくむだけになってしまうが、彼らには時間に対して、さらにその上をいく思想がある。

 1996年8月8日、ロシア・カムチャッカ半島で星野道夫は熊の襲撃にあい死ぬが、本書のあとがきで作家池澤夏樹はその死を嘆かないことにしている、と言う。“彼の人生があの時点でクマとの遭遇によって終ったについては、たぶん自然の側に、霊的な世界の側に、なにか大きな理由があったのだ”と。

 童話「なめとこ山の熊」は熊たちが小十郎の死骸の周りに集まって祈りを捧げるところで終わる。賢治の文章では「回教徒(フィフィ)のように」となっているがこれはアイヌの熊送りの儀式イオマンテの逆バージョンだろう。

 この本を読み、また、星野道夫が残した写真の数々を見るたび、私は池澤の言う“霊的な世界の側の、なにか大きな理由”とは何かを考える。

 ↓は星野道夫の鎮魂と再生のナンバーであるムーンライダースの「春のナヌーク」。ナヌークとはイヌイットの言葉で白熊のこと。

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私はいいゴリラです

 

 FaceBookを利用するようになってTwitterを使わなくなってしまった。でも、せかくだから何か独自の良い使い方は無いものかと思案しながら、昨日、久しぶりに知人達のTwitterを一通り見ていると、思いがけず興味深い動画に遭遇した。

 それは手話を覚えたゴリラの映像で、メスのローランドゴリラ、ココは博士に教えられた1000語ほどの語彙を理解し表現できると言う。私が見たのは仲の良かった猫のボール(名前)が車にはねられ死んだと伝えられるたココが「悲しい、bad、悲しい」とサインを送り、あとは一人(一匹)で声をあげて泣くシーン。

    http://www.youtube.com/watch?v=XqTUG8MPmGg&feature=player_embedded

 こういうことには意外と疑い深い私は、一見、驚くと同時に、人間が精巧な着ぐるみに入って演じているのではないか?という気持ちにもなって、YouTubeにアップされている他の映像も見てみたが、かえって驚きは募るばかりだった。

 人間はこのゴリラのココとの対話によって初めて動物が何を感じ、何を考えているのかを知ることになったという。

 ネットでこのゴリラに関するものを様々読んでいて、一番驚いたのは「死」についての対話。ゴリラは死ぬとどこにいくのか?との問いにココは「Cmfotable,、hol、bye 苦労のない 穴に さようなら」、と答えたと言う。苦労のない、心地いい 穴、って何だろう?

 お金とかおいしい食べ物とか色々あるが、私達は本当は一番に、良いコミュニケーション、を求めているのだと思う。誰かに何かが伝わる、また理解できるという喜び。

 無名の前衛芸術家だったオノ・ヨーコの、梯子を上って天井に釘を打ったら10シリング払えという作品を試そうとしたジョン・レノンは、まだ開催前だからダメだと言われる。そこで彼はヨーコに釘を打ったつもりになるから、君は10シリング貰ったつもりになってくれ、と言う。我々凡人には宇宙人同士のコミュニケーションみたいだが、初めのその会話がきっかけで、結局二人の心は生涯結びついてしまう。

 このブログはTwitterと連動していてアップしたと同時に記事の題名がそのままTwitterに書き込まれるようになっている。ブログもFaceBookもTwitterも結局はコミュニケーションのツールだが、私はやはりユーモアのあるものに憧れる。ゴリラのココのサインランゲージは別にユーモアを込めたものではないが、それでも様々なことを私達に教えてくれる。

 今日のこの記事の題名は「私はいいゴリラです」。Twitterを見た人は何と思うだろうな。

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一つ to T.O

   

  会話の中に挟まれた

  漢詩の一行

  憑かれたように写生した

  北京の風景

  半島の土に学んだ

  白磁の碗

  それらをもたらす霊感の総体を

  あなたは

  「一つ」と言った

  愚かな行為に耽ることができる一方で

  なんと美しいものを

  作り出すのだろう

  人間の手は

   (それははじめ 握手のために

  差し出された手だった。)

  その

  慎ましやかなものたちを生み出すための

  決して歴史には記述されない

  友情と

  時間

  「美しいモノとともに生きれば

  美しく死ぬことができる」by 岡倉天心

  あれ以来 

  大陸の

  どの街角にも

  あなたの姿を見たという

  人はいない

  よく晴れた

  休日の東京

  飾られた扁壺の中で

  夢は

  実現している

  というのに-

 今日、東京国立近代美術館工芸館に『越境する日本人~工芸家が夢見たアジア1910s-1945』を見に行きました。

 http://www.momat.go.jp/CG/ekkyou2012/index.html#catalog

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シネイド・オコナーの「I bive in you」

 昨日、フェイスブックになんの気なしに今やっているドラマ「Wの悲劇」で平井堅が歌う「Woman~Wの悲劇」を貼り付けたら、それは薬師丸ひろ子の曲だろう、というコメントを貰った。

 つまりオリジナルが良いかカヴァーが良いかというただそれだけの話だが、しかし、オリジナルのイメージが払拭されたとたん、その曲本来の良さが新たに分かるという事だってある。

 数年前、最も偉大なカヴァー曲は誰の何か?なるアンケートが某雑誌で行われていた。覚えているところで1位はジミ・ヘンドリックスによるボブ・ディランの「見張り塔からずっと」で、2位がガンズ&ローゼズによるポール・マッカートニー&ウィングスの「007・死ぬのは奴らだ」、そして3位がやはりガンズ&ローゼズでローリング・ストーンズのカヴァー「地の塩」だったと思う。確かにこの3曲ば、はすでにカヴァーした方の曲になちゃってる気がする。

 自分なら何を選ぶか?という遊びを頭の中でまたして、私が選んだのはシネイド・オコナーの『I belive in you』。原曲はボブ・ディラン。1992年のディランのデヴュー30周年記念ライブの時、彼女はある宗教上の問題を起こし大ブーイングで迎えられ、一人だけボブ・マーレーの「War」を歌う羽目になったが、もし、そんなことが無ければ彼女はあの時、この曲を歌う筈だった。

 

 つい最近、彼女のニュースが聞こえてきて、何度か結婚を繰り返し、精神のバランスを崩しTwiitterに自殺願望のような書き込みをして本国で騒ぎになったらしい。写真も見たが、太って別人のようだった。歌のほうはどうなのだろうか。

 今、ネット上の動画を見ていると彼女は実に様々の曲をカヴァーをしていて、ABBAの「チキチータ」なんてのもある。そして、あの声で歌われると全てがシネイド・オコナーの曲になってしまう。

 それにしても素晴らしい歌声。完全復活を望む。

対訳は例によってコメント欄です。

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猫語

   猫は長くないので

   とぐろを巻くというのはヘンな表現だが

      ヒーターの前で

   いつも気持ち良さそうに寝ているその猫は

   確かに 

   とぐろを巻いている

   ように見える

   今度生まれ変わったら猫がいいと

   昔、ジョン・レノンは言ったという

   が

   ぼくなら

   優しい主人がいる家の

   (できればきれいな女性が主人の家の)

   と いう条件を付けるな

   昨日 雨の中

   痩せて殺気だった目の

   敗残兵のような猫に

   コンビのおにぎりをあげようとして

   手を引っ掻かれた

   猫にもいろいろあるのだ

   最近、気がついた事は

   女性はすべて

   猫語を解する ということ

   暑いのか

   寒いのか

   何をいつ

   どう食べたいのか

   皆 分かる

   男が何を考えているか

   さっぱり分からないと言うくせに

   そのことを妻に言うと

   「だって男は犬だから」

   と一言

   なるほど

   ぼくも早く

   猫語が解るようになりたいにゃあ

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逃げろ、ビート、逃げろ! 2012年 春 天皇賞 

Photo_4   

 逃げる、と言う言葉は、普段、あまり良い意味では使われない。ただし何かの戦略とか戦法として考えると少しニュアンスが違ってくる。80年代の浅田彰の著書に『逃走論』というのがあったし、矢沢永吉の『逃亡者』はとてもポジティブな歌だ。

 競馬をやらない人に「逃げ馬」と言っても意味は分からないか。最初から飛ばしていって最後まで逃げ切るという走りを得意とする馬。スタミナと持久力が武器だが、昔は自爆覚悟でスポンサーや馬名を覚えて貰おうとそんな走りを馬にさせる騎手がいたらしい。が、大概は途中で力尽き抜かれてしまう。

 今日の天皇賞はオルフェーブルの絶対一強が確実視されたような雰囲気だった。前回の阪神大賞典での“世紀の逸走”はかえってオルフェーブルのただものじゃなさを世に知らしめたようでもあって、新聞各紙はオルフェーブルを軸に流すのが正しい馬券買いのような意見がほとんどだった。

 ホントか?しかし、こういうのは面白くもなんとも無い。それで私が選んだ方法は相変わらず、ただ、好きで思い入れのある馬の応援馬券を買うという、ただそれだけ。私が買ったのは⑬フェイトフルウォーの複勝と①ビートブラックの応援馬券。

 フェイトフルウォーは以前、放馬後に勝利するのを目の前で見て以来好きになり、その後、何度か馬券を買ったがこの馬とは相性が悪いのか、私が買ったレースは走らず買わないとくると言うことが何度かあって、それで今回は複勝にした。ビートブラックはこれも以前、ビートジェネレーションがらみのイヴェントに出演した翌日の菊花賞で、馬名からの発想で買ったら複勝を取って、以来、何かと気にしていた馬。菊花賞は3000mなので今回の距離適正は一番良いような印象があった。

で、結果はビートブラックの先行逃げ切り。

  http://youtu.be/_-nu7bYaAXU

 生で馬が走るのを見ないとおれない体になってしまった私は、今日、わざわざ東京競馬場に出かけていって、東京のレースはただ眺めるだけにしてターフビジョンで京都での天皇賞を見た。最初、冷静に見ていたが、意外な展開に周囲がどよめくと共に力が入ってきて、最後の直線ではやはり叫んでしまった。逃げろ、ビート、逃げろ!

 レースが終わった瞬間、オルフェがこなかったという失望から東京競馬場にも大きなため息が漏れたが私は密かにガッツポーズ。単勝オッズ15960円、複勝3720円、大勝だった。

 競馬をやっていると時々、走っている馬の姿に色んな物事や人の姿が重なって見えることがある。今日のビートブラックもそうだった。あの馬は私。いや私たちだ。

 逃げろ、ビート、逃げろ。

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記録すること・記憶すること~山本作兵衛の炭鉱記録画

 世界記憶遺産をご存知だろうか?ユネスコの三大遺産事業の一つであるらしい。どんなものが認定されているかというと、フランス人権宣言、アンネ・フランクの『アンネの日記』、ベートーヴェンの第九の草稿、グーテンベルクの聖書などなど・・・だが、わが日本政府も源氏物語絵巻や鳥獣戯画などをユネスコに対し推薦・申請しているとのこと。

 で、去年の5月、その日本初の世界記憶遺産が認定された。ちゃんと報道されたのだろうか?それとも震災と原発事故で騒然としていた時期だったので、報道されてもあまり目立たなかっただけか?私は知らなかった。

 それは山本作兵衛氏の炭鉱記録画・記録文書、というもの。福岡県筑豊炭田で鉱夫として働いていた山本氏が明治から昭和にかけての炭鉱労働の実態を後世に伝えようと残した絵と文書で、残された絵は墨絵から水彩画まで1000点以上に上るという。

 昨日24日のニュースで、その山本作兵衛氏のいわゆる“作兵衛画”をその遺族が自費出版するというのを知った。私は感動と同時に憤りを覚えた。

 感動はもちろんこの山本作兵衛氏の存在とその絵を知り、触れ得たことによるものだが、憤りの方はそれほどのものが自費によってしか出版されないのか?という現状に対して。ユネスコの認識に比べてこの意識の違いは何だろう。

 私は先日の日曜日、『NHKアーカイブス新日本紀行が見つめた福島浪江・涙の上映会・帰れぬ故郷の安波祭』という番組を見て、記憶、記録することの大事さを痛感していたところ。そしてそんなところに山本氏のこれらの絵を見て頭をよぎったのは現在の原発労働者のこと。その実態を誰が記録し、どのように記憶するのか。

 山本作兵衛氏の炭鉱記録画は↓のホームページで記憶遺産に登録されたうちの585点を見ることができる。

 http://www.y-sakubei.com/world/index.html

 スライド式に見れるこの炭鉱記録画を見ていて、中の一枚に見覚えがあった。それは高田渡の「鉱夫の祈り」をこの前YouTubeで見ていた時のこと。そうか、この絵は山本作兵衛氏の絵だったのか。

 

 昨日、娘と“もし、自分がユネスコの世界記憶遺産を選ぶ選考委員の一人だったら何を選ぶか”と言う話をした。

 それで私が思いついたのはアメリカのフォークシンガー、ウディ・ガスリーの歌の数々。山本作兵衛やウディのように、世界にはたった一人で、このように底辺の人々の姿を歌や絵で記録し、後世の記憶に留めた人がいるのだ。そしてその精神を継承する人々も。

 ウディのギターにはこう書かれていた。「このマシーンはファシストを殺す」。

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FaceBookでの玉川啓氏の報告

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 玉川啓氏のFaceBookから転載。本人に連絡を取ってからと思ったが、多くの人から寄せられているコメント欄に対する応答を見ると、拡散してくれてかまわない、とあるので私も転載することにした。

 現状は現在このようであるのに、今また原発を再稼動しようとしている政府はもう狂っているとしか思えない。この際だから悪魔に魂を売った人間の顔というのをテレビで良く見ておこうと思う。大飯原発再稼動反対。関西の皆さん、騙されちゃいけません。電力は余っています。 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 今日、第一原発の現場に入りました。

業務上の守秘義務もありますが、書けるだけ書かせて頂きます。

重要免震棟で説明を受け、骨組みだけになっている4号機、3号機を間近に見てきました。
... 本日の最高値は1,000μsv/h。異次元の世界です。

素直な感想としては、進んでいるが進んでいない。そして進んでもいるということ。
重要免震棟は線量の確保ができていますが、一歩外を出ると高い線量であることは紛れもない事実。

そのような中で前司くんをはじめ、最前線でこの事故を押さえていこうと、尽力している方々がいること、当然のこととして仕事をしている方々がいることが、自身にとって大きな励みになりました。

間違いなく言えることは、現場の支えがなければ、東日本は吹っ飛んでいました。
今でも千本近くの燃料棒がむき出しの燃料プールに残っており、格納容器よりも危険な存在です。
今回の事故は、いい意味では上澄みの爆発。燃料自体の反応で燃料そのものが飛び散っていれば、われらが八王子メンバーでさえも当事者になっていたという甚大さを実感しました。

そして、誤っていけないのは、今回の事故は最悪ではなかったこと
重要免震棟がギリギリ半年前に完成していなければ、現地での対応は不可能であり、間違いなく今の日本はないということ。幸いなことに最悪を免れることができたという、恐ろしい事実をもっと皆で共有すべきと感じます。

いいですか、本当にぎりぎりの状態でした。今、それぞれの事業をどう展開させていくかといった議論をしていますが、それは奇跡的なラインが守られたから出来る話にすぎません。
隅田であれ、八王子であれ、日立であれ、東京全体であれ、おそらく西日本であれ、紙一重だったのです。そしてしっかり対応しなければ、これからも紙一重であり続けるのです。

ふくしまが当事者というのは明らかな誤解。本当に日本全体が当事者となるべき問題なんです。きっとこれを実感はできないでしょう。キツメのトーンになってしまいますが、共有できる皆さんだからあえて言います。
この重さを心に刻みつけてほしい。

その上で、当事者としてやはり皆さんにはかかわってほしい。
当事者として、外部支援者ではなく、自分自身が自分自身の仕事やライフスタイルをどう見直していくか、この原発に依存するエネルギー消費の仕事やライフスタイルの在り方を、真剣に考えるしかないと感じます。

むき出しの鉄骨を見て、改めて事態の深刻さを痛感しました。テレビとは明らかに違うのです。そして、その現場で体一つで作業している方々がいます。
その中には被災者がいます。
われわれ日本人はそういった方々に今この時も支えられているのです。

改めて福島を支援するということが誤解であることを実感しました
逆に福島の地で今を支えていること、それによって日本が支えられているのです。

だからこそ、この問題は皆がまさに当事者なのです。
東京にいては分からない。福島市にいては分からない。

ゆえに分からないではなく、想像を働かせる、思いを巡らせるしかないのでしょう。

第一原発の構内でわれらの前司さんの伊達重機のクレーン車と運命的にすれ違いました。逃げない彼らがいる。そういった人がいるから、普通の生活が送れている。それは今も変わらない。

皆さん、原発が収束していないというのは事実。そして福島の問題ではないことを、しっかりと共有しましょう。ふくしまの問題と考えること自体が誤りだと、本当に痛感しています。

それが私の今日の報告です。

                   4月11日 21時14分

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レヴォン・へルム氏死去~二つの「オフェリア」

 

 レヴォン・へルム氏死去。The Bandのドラマーでマンドリン奏者でボーカリスト。一昨日、新聞を読んでいた息子が教えてくれた。リチャード・マニュエル、リック・ダンコに続き、ついにレヴォンも・・・という気がするが、これでThe Bandのボーカリスト三人全員が故人となった。後はロビーとガースだけ。

 評伝などを読むと、昔、良くThe Bandの真のボーカルは誰か?と言う議論があったそうだが、私はやはり誰ということはなく3人で良いと思う。名曲『The Weight』などで各箇所ごとにボーカルが入れ替わる様は、それだけでこのバンドの層の厚さ、音楽的な豊かさを伝えているようで壮観だった。ただ、私は個人的に、粘っこく、無骨なレヴォンの声が好きだった。

 先日、映画『マネー・ボール』を見ていて、ふとアメリカ男の「顔」について考えた。私の子供の頃、アメリカ人の男というと、それはスティーブ・マックィーンであり、ジェームス・コバーンであり、チャールズ・ブロンソンなどなどであった。今の基準からして、皆、とても美形とは言い難いが、皆、カッコ良かった。味があって、男が惚れる男、と言った感じ。

Photo  レヴォン・へルムはそういった男の顔をしている。そう言えば彼は映画にも出ていて、一本は80年の、カントリーの大御所ロレッタ・リンの生涯を描いた映画『歌え、ロレッタ、愛のために』(原題は『Coal Miner daughter』)で、鉱夫で主人公の父親役を、もう一本が83年の『ライトスタッフ』でサム・シェパード演じる音速を越えた飛行機乗り、チャック・イェーガーの相棒役を演じていた。両者とも寡黙なアメリカの男。好演だったと思う。

 彼の死を聞いて、昨日、YouTubeで様々な映像を見たが、中に彼がアメリカのTVショーに出てインタヴューを受けているものがあった。中で自分の人生をダイジェストに語っていたが、エルビスを聞いて音楽にのめり込み、様々な経験の後、カナディアン・ボーイをかき集めてバンドを作った・・・みたいな事を言って笑いを誘っていた。The Bandは4人がカナダ人でレヴォン一人がアメリカ人。私が読んだThe Bandの評伝は彼らの名曲『アケイディアの流木』そのままに、カナダの少年たちが音楽に出会いそのままアメリカ音楽の旅を経た後、The Bandを結成する・・と言った物語だったが、一人アメリカ人のレヴォン・へルムには、きっとTVショーで語ったような感じだったのだろう。

 映画『ラスト・ワルツ』以降のThe Bandに期待してロビーのソロを買うたびに肩透かしを食った。しかし、ロビー抜きのThe BandはThe Bandのままで、それはひとえにレヴォン・へルムに負うところが大きかったと思う。

 ↑の動画は1976年 ウィンターランドで行われた彼らのライブを納めた映画『ラスト・ワルツ』から『オフェリア』。そして↓はその30年後、、多分、彼の最晩年のドラム&歌と思われる『オフェリア』。時の流れと言うのは残酷に感じることが多い中で、これは例外的に美しい。

  http://youtu.be/pcgxuGiI7wU

     さよならレヴォン・へルム。Thank you for Good musicu.

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Bell

 

     見知らぬ国の

     どんな悲しみの眼差しで送られた

     落日の続きとも知らずに

     朝

     最初の光が街にはみ出すと

     眠らないあなたの足元で

     影が飛び去る

     

     砕け散り飛び去る影は

     無数の鳥になり

     羽ばたく と

     きれいな音を残し空へと落ちていった

     

     Bell

     花の色が教えるのは

     一瞬に宿る

     永遠

     

     だが懸命に生きるあなたの手の中で

     一日は

     あまりに短く

     

     夜は

     静かに祈る人の

     閉じた目の中の優しい闇

     

     その中をまた光は泳ぎ

     

     夕焼けは朝日に

     

     悲しみは

     希望になる

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だいじょうぶマイフレンド

 今日の昼休み、癌の治療で入院していた同僚が一時退院を許されてひょっこり会社を訪ねてきた。彼と私は大学の頃からの友人でもある。「仕事をください・・・」と玄関で声がするから行ってみると彼で、あっという間に社内一同が集まって再会を喜んだ。会社で飼っている猫まで出迎えた。

 その後、彼と私と社長の3人で近くの蕎麦屋で昼食をとった。転移のため片方の目を摘出し抗癌剤の影響でスキンヘッドなため、「道を歩いていると皆、よける・・・」と自分で言って笑っていたが、私にはヤクザと言うよりも彼が出家僧のように見えた。ただでさえ細いのにさらに痩せている。

 そして、そばを頼み、来るのを待ち、それを食べ終わるまでの間、彼が話してくれたことは本当に、解脱した、あるいは悟りを開いた宗教者のような内容で、彼はさらりと凄いことを一杯言った。私とまだ若い女性の社長はただただ圧倒され、その一言一言に聞き入るだけだった。彼は自分がこの世界からいなくなることを(つまり死を)リアルに、現実に進行しつつあることだと想像し、その時、どう思ったかを話してくれた。「怖いとは思わなかった。ただ、もう友達皆と会って話ができないのかと思うとずっと涙が止まらなかった。」と彼は言って、聞いていて私の方がもらい泣きしそうだった。

 彼が語ったのは献身的な看病をしてくれる奥さんとその家族への感謝と、いかに健康が大事かということ。そして、原発事故によって自分と同様の病気が今後増えることについて心配していた。特に小さな子供たちについて。

 退院したばかりなので奥さんが運転の車で来たのかと思ったら、陽気がいいので電車と歩きで来たと言い、「今、色んな花が咲いていてそれが凄くキレイなんだよ。」と嬉しそうだった。

 彼はFaceBookの私の日記を読んでくれていて、娘が高校に受かったとか、豆餅をストーブで焼いて食べたとか、そんな当たり前のことがとてつもなく羨ましかった、と言った。そして今の自分の最大の目標は普通に暮らすことだ、とも。

 ゴールデン・ウィーク明けにまた入院するが、それまでは自宅療養するとのこと。そのように段階を経て入退院を何度かして治療は完了する。今のところ経過は良好だとのことで安心した、と言うより、かえって元気を貰ってしまった。まったく何やってんだか。

 ↑は村上龍の83年の超駄作映画『だいじょうぶマイフレンド』からその主題歌。良くも悪くもあの軽薄な80年代の子供である僕らにはお似合いの曲だが、今聞くとそんなに悪くない。 

 彼が元気になったら今度は一緒に何をやろうか。

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25度目の歌舞伎~「通し狂言 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」

Photo_2  近松門左衛門の世話物・心中物には浄土教的な思想がベースにあると思われる。杉森信盛という本名を近松門左衛門としたのは一説には彼が三井寺の別院、近松(ごんじょうじ)に身を寄せていたことがあるからとかで、その時、彼が出家していたのか俗人だったのかは不明と言う。が、その事が彼の書く芝居に大きく影響を与えたのは間違いない。

 大南北、四世鶴屋南北はどうだろうか。救いが無いと思われる芝居にしても近松の場合上のようなことを分かっているとそこに一条に光が差すような思いもするが、南北の芝居にはない。南北の芝居を見ると過去の人が人倫が高く立派で、時代が下がるにつれ乱れていくというような意見がいかに大嘘なのかが分かる。

 良縁を持ちかけられた男は妻に毒を盛り殺し(『東海道四谷怪談』)、暗闇でレイプされた良家の姫はその男の味が忘れられず遊女に身を落とし我が子を殺しても平気(『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』)、世に誉めそやされる赤穂の義士の一人は裏では猟奇殺人を犯していたりで(『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』)・・・それはこれでもかと言うほど人間の醜さ・愚かさがひしめいている世界だ。江戸時代も、世も末だと思わずにいられないニュースに溢れた現在もさして変わらない。南北の芝居を見るといつも人間はこれまでもこうで、これからもきっとこうだ・・・という感想を持つ。そして自分の中にもある「悪」に気づかされ、慄然とする。

 今日、見た「通し狂言 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」はその極めつけとでも言うべきもの。最初から最後まで仁左衛門演じる悪党は殺す、殺す、殺す。子供も老女も自分の妻も、まるで近代理性とかヒューマニズムなどをあざ笑うかのように殺しまくる。それはこれで芝居にオチがつくのか?と最後には心配なるほどで、実際、最後は取ってつけたようだった。

Photo_5  あだ討ち狂言なので最後に悪は討たれることになっているのだが、南北は本当はこの悪を討たせたくなかったのではないか?パンフレットの中で奈河彰輔氏も書いているが、これは「あだ討ち狂言」と言うより、「返り討ち狂言」と言った方がふさわしく、それほど仁左衛門演じる大学之助と立て場の太平次(2役)は冷酷で強かった。で、個人的な感想を言わせてもらうと、大学之助は討たれなくても良いと思った。圧倒的な極悪さを誇示したまま幕が下りても。あたかも「スター・ウォーズ」でダース・ベイダーが生き残ったまま物語が終わるように。でも、それじゃ歌舞伎にならんか。

 印象的な場面は多々あるが、私が一番良かったのは第二幕第三場「妙覚寺裏手の場」。うんざりお松(時蔵)を太平次が殺すところ。井戸に落ちていくお松までが絵になっていた。

 私の周囲の女性で片岡仁左衛門が嫌いと言う人はいない。テレビでインタヴューを受けているところなどを見ると、美男子で物腰が柔らかで優しそうで品があって・・・良く分かる。歌舞伎を全然知らない人でも仁左衛門と聞くとお目目がハートマークになる。が、当代仁左衛門はあの『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』の与兵衛が当たり役だったという人だけあって、本来実悪を演じると異様に光る人。この芝居でそれは最高潮に達していると思う。『女殺~』の与兵衛は甘やかされて育った小悪党であったが、『絵本合法衢』でのそれは本物の極悪人で、悪はグレードアップした。そしてそれはそのまま仁左衛門の魅力も、ということ。

 残虐劇なので見ている内に陰陰滅滅としてしまうかと思いきや、花を感じさせるのはさすが仁左衛門と言ったところ。

 私が初めて見た歌舞伎はやはり南北の『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』で、その時も薩摩源五兵衛を仁左衛門が演じていた 。片岡仁左衛門が演じる南北の実悪。私を歌舞伎にはめたのはきっとこれだ。

 ここ2ヶ月、休みらしい休みも取れずにいたが、電話するとチケットがまだあると言うので、矢も盾もたまらず行ってきた。この芝居は本当は去年の3月見る筈だったが震災で公演が中止になった。一年ぶりの再演だが、ネットでは前回より演出はさらに練られて良くなっているとあって、本当なら待った甲斐があったというもの。今までで多分一番良い席で、至近距離の仁左衛門だった。

 女性の皆さん、ドSの仁左さま、たまりませんよ。

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裸の街

Photo  先日、大学の後輩で映画監督の友人と飲んだ時、彼は「福島原発の廃炉には40年かかる。ぼくらは自分の人生の中であの怪物が収束するのを見ることが出来ない」と言った。彼も福島出身。今、ドキュメンタリーの制作で福島に不定期に訪れている。

 廃炉どころか今現在、福島原発の4号機が危ない。その友人も言っていたが4号機の建屋はぐらぐらで、もし大きな地震が来たり台風などで倒壊したら本当に日本は終わってしまうと言う。前回の記事でリンクしておいた作家山川健一氏のブログにも同じ事が警告されているが、氏はすでに具体的なアドヴァイスとして

 1. 情報はテレビや新聞からは得られないので、ネットをチェックすること。
 2. 4号機の原子炉建屋の倒壊が報じられたら家には戻らずに日本海側もしくは西に逃 げろ。
3. クルマの燃料は常に満タンに。

 等を言っている。そして、そんな矢先、この4号機に関しては昨日、冷却機能が停止したとのニュースがあって、東電の発表では問題ないとされているが、何がどう問題ないのかさっぱり分からない。それとももう意味の通らない説明をわざとして、後はどうか察してくれ!ということなのか?

 また、4号機がもったとしても、廃炉に40年かかるということは、その長きにわたってそこで作業に従事する人々が必要なわけで、現在も含め原発労働者という人たちが一体どんな人たちなのか、この記事を読むと大袈裟じゃなく原子力産業が悪魔の所業だということが良く分かる。今後この国では差別の構造はさらに強化され公然となるのだ。

 http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1106/10/news038.html

 私の故郷のいわきは今、避難者の流入で人口が増え、ちょっとした特需ムードであるらしい。だが飲み屋の賑わいは現実への苛立ちからか殺伐としていて、ちょっと恐い、と地元の知人が言っていた。小名浜の風俗店は大繁盛で雑誌等では“原発労働者は2度汗を流す”とか茶化して書かれているが、いわきが原発収束のための前線基地になっている現実を思うと、もうベトナムの時のハノイとかと構造としては同じなのだろう。そしてそれが40年!続くのだ。クソっ!

                    ☆ 

FaceBookの方で沢田研二の新曲『F.A..P.P』が紹介されていて聞いたが、反原発ソングにしても私はこういうのは苦手。ジュリーはこのブログに特別にカテゴリーを設けるほどファンだけど。http://youtu.be/SLvGSkYQGso

 原発事故以降、妙な上がり方をしてしまったセンサー内臓の耳で聞いて、私が一番切実に聞こえたのは実は泉谷しげるの歌の数々である。大学の頃、私が一番通ったのは彼のライブだが、その歌の底流にどんな感情が流れているのかがやっと分かった。

 ↓は意図したわけでもないのにそのものズバリを歌っているような名曲『裸の街』。この曲が自分の故郷に重なって聞こえる今が悲しい。Twitter情報によると去年10月までに原発収束にあたった作業員の数は延べで約48万人とか。1年で100万人として40年で4000万人・・・・男は悲しい、今後、この国の男は悲しい。

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花祭りとイースター

Photo_4   今日、4/8は潅仏会(かんぶつえ)。いわゆる花祭り。そして今年はキリスト教の復活祭も同じ今日。復活祭(イースター)は毎年春分の日の後の満月の次の日曜日だが、この二つが重なる確率というのは一体いかほどなのだろう?仏陀が生まれた日とキリストが復活した日。朝、その事に気づいてとてもおめでたい気持ちになった。

 桜は満開と言うほどじゃないけれどとても綺麗で、普段、連れたって歩くことのない妻と今日は川沿いを散歩しながら花見をし、そのまま高幡不動まで出かけることにした。桜に限らず土手には様々な花が蕾を持ち、また咲き始めていて、陽射しが心地良かった。

Photo_5  高幡不動に着くと早速、花御堂の前に並ぶ列ができていた。誕生仏に甘茶をかけ手を合わせる。これは仏陀が生まれた時、九つの竜が現れ産湯をつかわせるため天から清浄の水を注いだとする伝説に由来するもの。手を合わせた後、境内でありがたく甘茶を頂く。

 先日、友人のFaceBookに、「日本人が原発をキッパリ拒否できないのは信仰がないからではないか?」という書き込みをしたら、作家山川健一が自身のブログで同じようなことを言っている記事を見つけた。

 http://ameblo.jp/yamaken/entry-11192088516.html

 私にしてもこれはオリジナルな意見ではなくて、絵本作家の長谷川集平さんのホームページを見たり、私信をやりとりさせて頂いている中でずっと考えていたこと。原発を拒否するために信仰を持つというのじゃ本末転倒だが、事故は結局、命=死の問題で、そこにもっと自覚的にならないといつまでたっても人々の中で問題はリアリティを持ちえないのではないか。この件は数年後、必ず私達に突きつけられることになると思う。

 良く桜は日本人にとってただの花ではないと言うが、今日、妻が亡きお母さんの思い出話をしてくれた。闘病が長かったお母さんと桜を見るたび、来年はもういない・・と思いながら見つめていた、とのこと。花見にはレクイエムの意味もある。

 この花は一度死して復活したものなのか、それとも生まれ変わり去年のそれとはまた違う花なのか。花祭りとイースター主日の今日、そんなことを考えた。

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NPO法人レインボープラン市民農場のブログ

Photo_2 避難生活中の弟が山形県長井市のNPO法人レインボープラン市民農場の協力のもとに始めたあるプロジェクトについては前々回のエントリーでこのブログにも書いた。

 その後、彼はそのプロジェクトのためのブログを立ち上げたのだが、先日、その際の些細な疑問を問う電話を貰ったばかりだった。「見てくれる人はいるだろうか?」と言うので、「やり続けることだよ。」と、私はありきたりなアドヴァイスをした。それが↓のブログ。

  http://rainbowsfarm.cocolog-nifty.com/blog/

 弟のFBを覗くと、来週の4/13日(火)の午後にラジオ福島で彼がこのプロジェクトについて話すことになったらしい。何でも農作業をしていたら突然。携帯が鳴って出演を依頼されたとのこと。関係者はブログを見て知ったと言っていたらしい。ほら、早速、反応があったじゃないか!

 3日に東京を直撃した爆弾低気圧はその後、東北へと向かったので、彼らの植えたレタスやキャベツがどうなってしまうのか心配していたが、アップされている写真を見ると無事のようだ。ふう。

 Twitterを通して知り合ったという友人夫婦の間に生まれた赤ちゃんの写真をこの前FaceBookで見た。とても可愛かった。ソーシャル・コミュニケーションの発達がこうした身近なレベルで現実の形を変えていくのを見ると、その力に全く無自覚にブログなんぞを始めた自分としては改めて驚かされる。始めてもう6年になり、すっかり日常化して意識しなくなってしまったが、考えてみると確かにその裏側では以前じゃ考えられなかったような出来事が無数に起きた。

 弟のプロジェクトはまだ始まったばかりで言わばまだ赤ちゃん。どうか発芽した野菜そのままに無事育ちますように。

  最後に弟へ。ラジオで変なことを言って全国区にならないように。 

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ベンジャミン・ブリテン作『四つの海の間奏曲』より~「月光」

 詳しくは書けないが今日、警察署に呼ばれ各指の指紋全部と両手の手形をとられ、事情聴取をされた。とっても不愉快。あの、被害者なんだけどなあ・・・。で、やっと解放されたと思って、仕事に戻ると、昨日の暴風雨で起きたある問題を放置していた結果になっていて、とある人に激怒された。昼休みだったのに飯も喰えずに大目玉を喰った。また、昨日、あの嵐の中で私は作業をしていたのだが、その最中、あるものを紛失してしまい、その代償はX万円ということが怒鳴られている途中に携帯が鳴って明らかとなった。

 何で?

 悪いことが三つ順番にじゃなく同時に起こり、傷ついたり落ち込むのを通り越して今は痛覚が麻痺したような状態。人生にはこういう日もあるのだなあ・・・と、かえって静かな気持ち。

 古来より厄落としと称して人はこんな時神頼みしたくなるのだろう。若い頃なら自棄酒でも飲んでカラオケでもしてウサ晴らし・・・という感じだが、今は自分の中に何か原因があったのではないか?と自省したりする・・・で、考えると確かにある。起きたことと何の因果関係もないのに、私にはそれが原因だったとの妙な確信がある。

 ↓はいつの頃からか、毎朝、車で走り出す前に祈るように聞いている曲。これは第三楽章「月光」だが、第四楽章の題名は「嵐」。朝はいつも嵐の前の静けさだから。だから私にとってこの曲はモーニング・ムーンである。

  明日はいい日でありますように。私も。あなたも。

 

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