吉見百穴と埼玉古墳群に行ってきた。

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 会社の研修旅行で埼玉県比企郡の吉見百穴と行田市の埼玉古墳群に行った。始終楽しい一時だったが、印象に残ったのは古墳ではなく、吉見百穴と第二次大戦中そこに掘られた軍需工場跡の方。吉見百穴は古墳時代後期(6~7C)の横穴墓群だが、その一部には大戦末期、旧日本軍が軍需工場を作ろうとして掘った巨大な坑道があった。同じ凝灰質砂岩に掘られた横穴にしても百穴とこの坑道ではベクトルがまるで違う。一方は送葬と祈りのための穴、一方は戦争へとひた走るための穴だ。

 今日は夏のような陽射しで暑かったが、坑道の中は涼しいを通り越して寒かった。良く見ると息が白かった。指定された見学コースを一通り見てそれだけで圧倒されたが、展示されている掲示を見るとなんとコースはほんの一部で、立ち入り禁止の向こうにはその何倍もの坑道が掘りめぐらされているのをだった。驚いた。もしかしたらこの坑道はあれから、そして今もずっと掘られ続けているのではないかと妄想した。

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カササギの歌

Photo  旅先で聞いた歌でその旅の思い出に耽るというのは良くあることかもしれないが、中国で特に音楽を聞かなかった僕等には、先日ここに貼り付けたシロガシラの鳴き声がその代りになっている。聞くたびに夫婦で「楽しかったねー。」と言い合っている。

 去年の今頃、自分の会社の別の現場で休憩時間に野鳥を見ることが一部の人に流行ったらしい。ちょうど自分の現場に鳥に凄く詳しい人がいて、皆、スマホで撮った写真を図鑑で調べ、分からないと彼に写メして聞いてた。その度その彼はちゃんと説明を返していて見事だと思った。

 古今東西、鳥を題材にした詩や歌謡というのはいっぱいあるが、僕が好きなのは「カササギの歌」。アメリカの詩人ゲイリー・スナイダーの詩(ナナオ・サカキ訳)に、飯能のグレイトフルデッド(と、ぼくが勝手に言っている)ひのこバンドのマスターが曲をつけたもの。僕が何度も聞いたのは下村さん&吉田ケンゴさんのバージョンだが、これはヒットソングになど決してならなくとも、色んなイヴェントや祭りでカヴァーされることがままあって、きっと自分の「心のヒットソング」にしている人は多い筈。この詩を昔、武蔵小金井でゲーリー自身の朗読で聞いたことがあるが、歌とは全く違う印象だった。逆にこれをこうした歌にした作曲者は凄いと思った。

 上述のシロガシラからの連想で思い立ち、さっきYouTubeで初めて!カササギの鳴き声を聞いた。この鳴き声が、最後のオリジナル・ビート二クス、ゲイリー・スナイダーにはこう聞こえるらしい。

 兄弟、心の色は 
 ほら 空の青 トルコ石ブルー

 ひのこバンドの「カササギの歌」はYouTubeにいくつかアップされているので聞いてみて下さい。誰かカヴァーしてCD化してくれないものか。

 

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めし

 連休明けから始まった新しい現場は京王線の多磨霊園駅至近。お昼を何処で食べようかと思案していると、作業員のUさんが良いところがあると言うのでついて行くことに。そして店を見た時、体に電気が走ったようになった。

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 ここは5年前に癌で他界した友人がその闘病中に、近くで仕事するような時があったら行け、と教えてくれた店。その時、わざわざ一度来て、この暖簾の写真をフェイスブックにアップして、元気になったら一緒に行こう、とやり取りしたのだった。すっかり忘れていた。

 メニューは日替わりランチがあるものの、種類豊富なおかずとご飯の組み合わせもOKで、それには味噌汁と冷ややっこが付く。ご飯は大=250円、中=200円、小=170円。ただし「中」と言ってもそれは普通の店の大盛りで、小で十分。今日、自分はサンマの開き(300円)と小ご飯で占めて470円の昼食だった。満足。自分も含めた汚れた格好の作業員数人と来たが、こういう事をしたがっていたな、晩年の彼は。今はもう腹が減らない事になってほくそ笑んでいるかもしれないが、生きてるこっちは三度三度めしを喰わなきゃならない。この現場は約2週間。いる間、通うことになりそう。

でも、やはり一度一緒に来たかった。

 ↓はこのお店の食べログの記事。

 https://tabelog.com/tokyo/A1326/A132602/13083123/dtlrvwlst/B194031746/?lid=unpickup_review

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シロガシラとクロウタドリ

 

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 先月行った重慶のホテルでは毎朝、鳥の鳴き声で目が覚めた。2階の部屋にいて窓の外には池と木があったのだが、そこに毎朝、羽根に黄色い筋の入った鳥が来て綺麗な声で鳴く。他にはまん丸の眼で愛嬌のある黒い鳥。

 何とか写真に撮って日本に帰ってから職場の鳥に詳しい人に見て貰うと、初めのはシロガシラというヒヨドリの仲間で、日本では主に沖縄とか南西諸島の方にしかいない鳥、後のはクロウタドリという、これも日本では旅鳥に属する中々珍しい鳥だとのこと。

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スズメみたいに普通にいたので気にしなかったが大きな移動をするとこいうことがあるのかと、そんな当たり前のことに驚いている。今朝も鳥の声で目が覚めたがこちらはいつものメンバー。だが気持ちがいい。でも間違ってシロガシラが来ないものかと毎朝外を確かめてしまう。

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映画「ムーンライト」~ククルクク・パロマ

 アレサ・フランクリンの「One step ahead」、バーバラ・ルイスの「Hello,stranger」、ボリス・ガーディナー「Every nigger is a Star」等々、音楽の使われ方がいちいち絶妙だった映画『ムーンライト』。シーンと音楽の関わり方についてならどの曲についても何か書けそうだが、取り上げたいのは「Cucurrucucu Paloma」(ククルクク・パロマ)と言うメキシコの古い民族舞踏曲。

 虐められてドラッグユザーの巣窟のような廃墟に逃げ込んだ小さなシャロンを心優しき売人のファンが見つける、その出逢いの頃のシーン。ピッタリだった。あまり褒められた人間でない大人の方が子どもに人生を良く教える、ということがままあるが、この出会いの後、ファンも様々なことをシャロンに教える。

 人気のない開いた戸の前に
 毎朝、一羽の鳩が飛んできて哀しそうに泣く
 あの鳩はきっと彼の魂だ
 鳩よ、お願いだ
 そう ククルククと泣かないで
 誰にも彼の愛が分かるはずもないのだから

                                      作詞作曲 トマス・メンデス

「自分の道は自分で決めろ。絶対に他人に決めさせるな。」とファンは小さなシャロンに言う。ドラッグ中毒の母親に育てられたゲイの黒人の物語・・・と言うと自分とは無関係、と考えがちだがそうではない。これはアイデンティティについての映画。アカデミー賞受賞については賞が白人至上主義だという批判やトランプ政権誕生の影響が囁かれるが、こんな寡黙な映画が受賞したのはやはり事件だろう。どうやら僕らは本当に時代の変わり目にいるらしい。

 

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『幻の女』(新訳)を読んだ。

「現実とはああいうものじゃないか?」妻殺しの裁判で死刑を言い渡された容疑者のお粗末な陳述を聞いていて、担当刑事ははたと気づく。彼は嘘を言っていない、と。

 飛行機の中で読もうと空港で買ったが結局読まなかったウィリアム・アイリッシュの『幻の女』(新訳・ハヤカワ文庫)をこの休みに読んだ。世界中のミステリーファンの間で行われるオールタイムベスト投票では常に1位から上位、作品は1942年発表(あの大戦中にこんな傑作が書かれ、読まれていた。)というから、これはもう古典中の古典だ。帯にはあの、江戸川乱歩が「世界十傑」と評した推理小説、とある。納得。

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 四月に少し早めに大きな旅行をしてしまったので、このゴールデンウィークは家にいて昼間は読書三昧(そして、いつの間にか寝落ち)夜は映画という日々。映画は夫婦割りが使えて安いのだが、そう毎回は妻も付き合ってくれず、特に証明も求められないので偽の妻を現地で調達しようか・・・などと悪巧みすると、この小説中の刑事バージェイズのこんなセリフにたしなめられる「顔を覚えるのが苦手な人間は、見知らぬ女を劇場に連れて行ったりしてはいけない。」と。そう怖いのだった、それはそれは。

 読んだのは新訳だが、旧訳の冒頭の一行は翻訳の世界では大変な名訳とされているものだそうで、それだけはそのまま踏襲する、と新訳者の断りがあとがきにあった。それは、こんな文章。

 The night was young,and so was he.But the night was sweet,and he was sour.
 
 「夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。」

 お休み中、特に予定のない方にお勧め。予定のある方は引き続き良い休日を。

読後の気分は苦くない。

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映画『ライオン~25年目のただいま』~SIAの「NEVER GIVE UP」

 映画『ライオン~25年目のただいま』を見た。5才の時、インドで迷子になり、オーストラリアの養父母の元で育った青年が5年かけてグーグルアースで我が家を見つけ、25年ぶりに帰還したという驚愕の実話。主演は『スラムドッグ・ミリオネア』のデヴ・パデルだが、圧巻は主人公サル―の幼年期を演じたサニー・パワール。何千人ものカメラテストが行われる中、実際に恵まれない子供達が通う学校で見いだされたという彼。演技経験が初めてとは思えないほどのその存在感に圧倒された。動画はシーアが歌う主題歌「NEVER GIVE UP」。この時代の新しい『Get up, stand up』に聞こえる。このゴールデンウィークに是非。

 

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ラリーアッサラームの『ブルーバージンズ・レヴォリューションズ』~16年ぶりの1stアルバム

 中国旅行から帰ってきてすぐ仙台のシンガーソングライター ラリーアッサラームから連絡があった。何でも故下村誠プロデュースで2001年に制作され全国発売された1stアルバム『ブルーバージンズ』を音源はそのままにボーカルトラックだけ新たに再録したものができたのだが、送るので感想を聞かせて欲しいとのこと。そして16年前、このアルバムのために僕が書いた文章をライナーにそのまま使うとの断り。それで早速、本日、届いたのだがこれが良い。

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 このRE・1stアルバムともいうべき"新ブルーバージンズ"には下村さんの「スターダストブルース」「虹の戦士」「Native Mind」の三曲のカヴァーもあってそのポップな解釈も感動的だ。特に「スターダストブルース」は下村さんが間違って音源を消してしまった、として仕方なくボツになったものがギター(下村誠)とピアノ(井上徳子)の音のみが残ったテープが発見され再録されたのだとのこと。16年前の下村さんともう一度セッションした・・・というような事が手紙にあった。ミュージシャンは羨ましい。

 彼のボーカルについて、"幼児が発見したスペクタクルをなんとか言葉で伝えようとする時の"衝動"をドキュメントしているようで新鮮"と16年前の僕は書いている。そして今回そのボーカルは力強く再録されたわけだが、驚いたのはその新鮮さが全く損なわれていないこと。

 それにしてもこのポップな「虹の戦士」と「Native Mind」!下村さんに聞いて貰いたかった。やっとこういうのが出てきた。ありがとう。ラリーアッサラーム。

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登洪崖洞

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 中国は重慶に行っていた。9か月振りに娘と再会、またスカイプ越しに言葉を交わしていた彼女の友人達に直接会えて楽しい時を過ごした。いい旅だった。中国、また行きたい。


 雨の重慶( Chóngqìng)
 その雨後の筍は
 七十年の歳月を経て
 銀色のビルの竹林となった

 夕暮れに
 嘉凌江と長江のほとりに出た僕らは
 輝く船を見つめ
 出逢いと再会を喜んだ
 赤子のようにたどたどしく
 互いのことばを
 教え合いながらー

 朽ちた寺院の屋根
 地下鉄6号線
 力夫(クーリー)
  火鍋
 パイナップル売り

  「雨」からの解放を
  記念した
 碑(いしぶみ)の前の賑わい ※1 

 你是中国人吗?
 我是日本人。

 「雨」の国の人よ
  あなたは慈雨であれ
 その一滴も
 いつか大河になればこそ。

 白日依云  黄河入海流
 欲穷千里目 更上一层楼 ※2

 洪崖洞(ホンヤードン⦆の壁に   
 イービノサウルスの幻 ※3
 その階段を
 新しい人たちが上っていく
 それは
 千里を見はるかすためでなく
 只、今を楽しむため

 軽やかな足取りで
 一段一段

 確かな足取りで
 一段一段

 加油!加油!加油! ※4

            
                          2017.4.17
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※1  日中戦争中の1938年2月18日から1943年8月23日にかけて、日本軍は重慶に対し断続的に計218回におよぶ戦略爆撃を行った。解放碑(jiě fàng bēi)は1945年、抗日戦争に勝利したことを記念するため建てられたものである。

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※2 『唐詩選』 巻六 「登鸛鵲楼(かんじゃくろうにのぼる) 」 王 之渙

白日山に依りて尽き 黄河海に入りて流る
千里の目を窮(きわ)めんと欲し 更に上る一層の楼

【輝く夕日は】山の稜線にもたれかかるようにして沈み、黄河は【海に入ってもさらに流れる】。【千里の眺望を】見はるかしたいと思い、さらに【一階上の楼】へと上っていく。

※3 この地域はジュラ紀の地層が露出する世界でも屈指の恐竜化石の宝庫。イービノサウルスは四川で発見された新種恐竜で化石は重慶自然科学博物館所蔵。 写真はその博物館にて。

 

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※4 加油(jiā yóu)  油を加える、でがんばれの意。中国語、面白い。

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加川良さん死去~駒沢あたりで

  

 加川良、と言う名前を初めて知ったのは吉田拓郎の「加川良の手紙」という曲だった。小学生の時。4つ上の兄のカセットテープから流れてきて面白い歌だなあ、と思った。

 今朝、早く起きすぎて眠れなくなって、拓郎に纏わる思い出話をここに書いたばかりだが、良さんの死を知って、今日、また上手く眠れるかどうか分からない。高校生の頃、いわきの「キネマ館」で、村上律さんと一緒のステージを何度見ただろう。打ち上げで「いわきでは冷やし中華にマヨネーズが付くんですよ!」と言ったら、「そんな気色悪いもン誰が喰いますかぁ!」と良さんが笑ったのを思い出す。

 後年、いつかのアースデイ、雨の中ライブを見ていたらビニール傘を貸してくれる人がいてなんと良さんと良さんの奥様だった。僕の事など覚えている筈もなかろうから、きっとそういう事が誰にでも自然にできる人だったのだろう。今日は朝から思い出話ばかり書くことになった。

 悲しい。ご冥福をお祈りします。

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1983年8月3日、夏休みだった。

 

 先日、「アジアの片隅で」についての小文を書いてから色々見ていたら、1981年8月3日の吉田拓郎の宮城スポーツセンターでのコンサートのセットリストを見つけて懐かしかった。

 高校生になったばかりのある日、拓郎のラジオを聞いていたら、「チケットを買ったが、行けなくなったので抽選で当たった人にあげる」という視聴者からのハガキを拓郎が読み上げた。それでダメ元で番組にハガキを送ると忘れた頃にチケットが届いたのだった。あの頃はまだガキでいわきから仙台までも一人で行くのは冒険だったっけ。拓郎は「アジア~」という硬派な傑作アルバムの後、その反動のように「無人島で」というポップな(C調な?)作品を発表して時期は丁度その頃。桑田と長淵の確執のようなことを良く聞くが、その二人のどちらにも影響を与えた人だけに、今セットリストを見ると確かに硬軟取り混ぜてある。それが拓郎の魅力だった。

 http://www.livefans.jp/events/258781

 動画はまさにその頃のラジオから。「サマータイムブルースが聞こえる」と「Y」。「サマータイム~」は正式に発表されたものと違うが自分はこっちの方が好きだった。ずっと昔のことですっかり忘れてしまい、学校さぼったのだったっけ??とずっと思っていたが、夏休みだったのだ。15才。オープニングも『夏休み』だった。

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東郷寺に行ってきた。

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 府中の東郷寺に行ってきた。ここの山門は黒澤明の映画『羅生門』のあのセットのモデルとなった事で有名。地元では桜の名所として知られる。あいにくの小雨交じりだったが春から新入学を控えた子供を連れ、若い母親たちが桜をバックにせっせと写真を撮っていてなかなか賑やかだった。

 映画は、平安時代、一人の男の遺体が見つかり、その真相を突き止めようとするうちに全く違う証言が三つ出揃い、第一発見者兼裁きの傍聴者だった杣売りと旅の法師が、人間の業の深さに恐れ慄くというは話。誰が何を隠し、誰が嘘をついているのか?

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原作は芥川龍之介の『藪の中』。真相が分からない時に"藪の中"という言い方はこの小説の題名から来ている。映画のラストは地獄からの抜け道として黒沢が用意した人間賛歌のようでもあるが、あの杣売り(志村喬)が本当にその後、言ったように生きるのか?と疑念の眼を向けるとまた世界はいきなり曠野と化す。フェイク・ニュースとオルタナティブ・ファクトの今見られるべき映画だと思う。

 東郷寺は日蓮宗の寺。例によって帰りに御朱印を貰った。天気が良い日にもう一度来たいと思った。

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城巡り。鉢形城・川越城に行ってきた。

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 城巡りが好きになった。そこにはそれを目的としなければ決して降り立つことはなかったであろう駅や町を見ることも含まれる。城がどのような地の利を生かして作られたのかなどを見て、勝手に“うん、ここなら大丈夫だ・・・”などと思ったりする。

 少し前のことになるが3月末の連休中、埼玉県大里郡寄居町の鉢形城と川越市の川越城に行った。どちらも日本百名城の一つ。鉢形城がある寄居はつげ義春の漫画にでも出てきそうな辺鄙な(失礼、長閑な)ところで、城までの道すがら地元のお店は皆閉まっていた。休業日なのか、それとももうやっていないのか。そうした路地を太目の猫がのったり歩いていたりして、住む人の佳さを思わせた。城は深沢川と荒川の合流地点の断崖にあって堀や土塁がしっかり残っていて良かった。城跡から川を眺め、しばし陶然となる。

 その後、電車で移動して川越城へ。こちらはうって変わって観光地特有の賑わい。現存天守の城で江戸の頃を良く伝える。中に熊の黒毛を使って飾られた槍鞘があったが、不思議な形だと思った。

 写真は川越の蔵造りの街並にある「時の鐘」。作られたのは400年前だが度重なる火災で消失し現在は4代目とか。午前6時・正午・午後3時・午後6時の1日4回鳴るということ。教会の鐘で時を知らされるヨーロッパの街の暮らしに憧れるがこれもいい。ただ残念なことに時間が合わず鐘の音を聞けなかった。

 自分は年度末の慌ただしさから昨日ようやく解放されてほっと一息ついたところ。それでも日に四回の鐘だけの長閑さには程遠いが。この鐘の音を聞くためにもう一度出かけてもいいなどと思う。駅前でキノコ汁のうどんで酒を飲んだ。酒の銘柄は聞かなかったが美味かった。

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好きな詩集 「エルヴィスが死んだ日の夜」。

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 80年代は文化・経済の状況がアメリカの50年に似ていたためかビートジェネレーションの翻訳が多数出版されたが、結局、自分はあの時代の子供なのだと思う。

 敬愛する詩人は故・諏訪優さんと中上哲夫さんだが、知っての通り諏訪さんはギンズバーグの翻訳家で、中上さんは主に80年代以降に出版されたケルアックの本の翻訳家だ(偶然、大学の先輩ということもある)。ある時、Book offの音楽関係の棚に題名が誤解されてそこに置かれたと思われる中上氏の詩集『エルヴィスが死んだ日の夜』を見つけ、立ち読みし動けなくなった。何故ならまるで自分のことが書いてある様だったから。  

 ビートジェネレーションというと黒ずくめの服装にサングラスでワインを燻らしながらジャズやロックをバックに詩を朗読する・・みたいにだけ思っている人がいるが、何よりもギンズバーグは害虫駆除の仕事をしていたのだし、ケルアックは鉄道関係の仕事をしていた。つまり日本でビート的に生きようとするならば土方(この言葉も今は自主規制の対象らしいので肉体労働者)になる他なく、事実そうしながら彼らは詩や小説を書いたのだ。そして中上氏の詩集『エルヴィスが死んだ日の夜』も、全く日々自分が目にするそうした風景が詠われている。例えば『生涯で最悪の日』という詩。
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産業革命のときのイギリスの少年のような
実働十二時間の
寒風の中の立ち仕事
こんな日の夜
(A Hard Days Night)
ひとはいったいどのように振舞うのだろうか
うたた寝しながら郊外の
わが家にたどりついたわたしは
どんぶり飯をかっこむと
この詩を書いて
熱いシャワーも浴びずに
ベッドにもぐりこんだのだった

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 他にも『二十世紀最後の夏はこんな仕事をした』や『現場監督見習いをしたことがある』などの詩。どちらもリアル。

 表題『エルヴィスが死んだ日の夜』の過ごし方は読むと自分がチャック・ベリーが死んだ日の過ごし方と同じで、それで余計にこの詩集に親近感が沸くのかもしれない。

 そう言えばあの日見た映画でエルヴィスの歌は重要なモチーフになっていたっけ。好きなLPを紹介するように好きな詩集を挙げろと言うなら、僕は諏訪優の『太宰治の墓 その他の詩篇』と中上哲夫の『エルヴィスが死んだ日の夜』を挙げるだろう。路上派と(というものがあるらしい)言われる二人。

 美は路上にあり、ということか。 

 この詩評が素晴らしい。
http://www.interq.or.jp/sun/raintree/rain28/elvis.html

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『牯嶺街少年殺人事件』を見た。

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 今週はこの映画を見逃さない事だけを心掛けて生きていた。3時間56分、トイレに立ちたくないので(途中休憩無しの上映なので)、朝から水分と食事を控え気合を入れて出かけたが、
上映後、映画館から出た時は、映画に打ちのめされたのか腹が減り過ぎたののか良く分からないような状態でフラフラ。“見た”というより、60年代の台湾の明るい光と暗闇、そしてその中を蠢く不良少年たちの抗争と、映画史に残ると言われるファムファタールとの純愛を“体験”したという感じ。

 明後日、二十日にはこの映画を愛してやまない坂本龍一氏個人所有のスピーカーによる爆音上映というのがあって、本当はそれに行きたかったがチケットは早々とソールドアウト。こんなに静かな映画なのに爆音上映?と思いきやこの映画は音響の臨場感が凄い。それだときっと"体験"の深度がさらに増すのだろうと納得。

 パンフレットに故エドワード・ヤン監督の生前の文章があるがそれが感動的だ。以下、一部抜粋。

 「歴史の授業で教えられることに私が不信をぬぐえないのは、自分が個人的に体験したことが歴史には記録されていないからだ。1950年代というかなり近い過去ですらそうなのだ。<中略>幸いなことに、過去の偉大な精神が、芸術、建築、音楽、文学等々の形で残してくれた鍵のおかげで、将来の世代はどうにか真実を再構成し、人類への信頼を取り戻すことが出来る。映画もまた、将来の世代のために、同じ目的で奉仕されなければならない。」 エドワード・ヤン 1991年6月

 権利関係のもつれで最初の上映以後、DVD化もされず、スクリーンでの上映も叶わなかった伝説の傑作だが、上記の監督の文章によれば制作時、スタッフの60%。キャストの75%がこの映画でデヴューを飾る言わば素人だったとか。その無垢と熱狂。出来れば若い人に見て欲しい、と思った。今、人生の時間の中の3時間56分に『牯嶺街(ク―リンチェ)少年殺人事件』の焼印がある。まだ、じゅーっと音がしてモワ~ンと煙が上がってる状態。ボーイ・ソプラノのプレスリーが耳を離れない。切ない。

     http://www.bitters.co.jp/abrightersummerday/

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2017年 あけましておめでとうございます。

 あけましておめでとうございます。年末に断食して、その明けに食べた食パンとホットミルクが物凄く美味かった。その後は徐々に戻し、大晦日・年明けの馳走、おせち、と相成ったが、胃が小さくなり吸収が良くなったのか少しで満腹。また意識して方々出掛けるようにもしていたので良く歩いて体重が減った。正月にこんなことは初めて。

 写真は初日の出。初富士を撮ろうと元旦の朝、平山橋の上に行ったら丁度日の出の時間で、拝もうと子供たちが集まっていた。それでパチリ。

 初夢は何か見たのかだけ分かっていて覚えていないのは例年通り。去年は緊急でIMRを受けたりしていたが、今年は体調も良く、おまけに暖かくて良い正月。さて、今日は何処に出掛けようか。

 皆さん、今年も宜しくお願いします。

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Merry Christmas~スティングの「I saw three ships」

Merry Christmas!

 

       三隻の船がやってくる
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       三隻の船がやってくる
       クリスマスの日の朝に

       三隻の船に誰が乗ってる?
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       三隻の船に誰が乗ってる?
       クリスマスの日の朝に

       イエス・キリストと聖母マリア様
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       イエス・キリストと聖母マリア様
       クリスマスの日の朝に

       三隻の船はどこにいくのか
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       三隻の船はどこにいくのか
       クリスマスの日の朝に

       ベツレヘムへ行った
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       ベツレヘムへ行った
       クリスマスの日の朝に

       地上に鐘が鳴り響く
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       地上に鐘が鳴り響く
       クリスマスの日の朝に

       天国の御使い歌い出す
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       天国の御使い歌い出す
       クリスマスの日の朝に

       地上の民が歌い出す
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       地上の民が歌い出す
       クリスマスの日の朝に

       我らは喜びにあふれて
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       我らは喜びにあふれて
       クリスマスの日の朝に

   


(ブログ「ハッピークリスマス!クリスマスソング特集」より )

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31度目の歌舞伎 「あらしのよるに」

 

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 十二月大歌舞伎・第1部「あらしのよるに」を見た。ちゃんと歌舞伎になっていることに驚く。自分はずっとこの物語の最終話は「ふぶきのあした」で良いと思っていたが(自分が見たNHK「母と子のテレビ絵本」放送時(2003年)にはまだこれが最終話だった)、今日、初めてその後の話、「まんげつのよるに」があって良かったと思った。でなければこういう歌舞伎にならなかったろうから。がぶ=獅童、めい=松也、ぎろ=中車ほか。

 狼と山羊の禁断の友情物語。許されない愛を生きる男女、民族や宗教の壁を越えて生きようとする人々・・・様々な状況を重ねて見ることが出来るが、内向化、非寛容化が進む今を顧みてテーマはとても現代的だ。そして、ちょっと近松っぽく感じらる部分もあってそれは発見だった。きっと何度も再演され、その度、改良、改変がされ歌舞伎の演目としても定番ということになっていくのだろうと思う。ところで上記のテレビ放送時、がぶの声=中村獅童ばかり記憶に残っていたが、めいの声は成宮寛貴!だったんだよなぁ。

 笑えて、泣けて良い芝居。また見たい。ぎろ役の中車も怖くてしびれました。写真は歌舞伎座下、東銀座駅・木挽町広場の売り場に飾られたがぶの手ぬぐい。留学中の娘に贈るのに買った。

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スティングのニューアルバム

Photo_5  最近、スティングのニューアルバムばかり聞いている。聞いて『ダブルファンタジー』の頃にジョン・レノンが、"ロックンロールなんて俳句みたいに簡単だ、定型があるのだからそれにただ自分の想いを乗せて歌えば良いのだ" みたいに言っていたのを思い出した。何かが吹っ切れたかのように瑞々しいのだが、これには過去の焼き直し、手慣れ云々・・・という批判も当然あるようで、それも分かる。ただ何が歌われているのか?と歌詞を見たら、それぞれの曲がシンプルなポップソングのようでいて今の世界で起きている事に対するメッセージが様々に込められている。こういう彼は久しぶり。やはりかっこいい。

 故ボウイ、故プリンス等、急逝した同業者について歌われた「50000」、地球温暖化の問題について言及した「Fine day」、ボートで海を渡る難民たちを歌った「インシャラ」、2014年にシリアで殺害されたフォトジャーナリスト、ジェイムス・フォーリーのドキュメンタリー映画「ジム」のエンドタトルとして使われた「ジ・エンプティ・チェア」等等、かつて「ラシアンズ」や「They dance alone」を歌ったスティング節は健在だ。さる11月13日にパリ同時多発テロの現場となったバタクラン劇場再開の杮落しとして行われた彼のライブでは先行シングルになった「I can't stop thinking about you」の“you”が犠牲者たちに捧げられていた。

 ポリスの頃はまあまあ、ソロになってすぐの頃が一番好きで、その後はあまり感情移入できなくなっていたが、ここにきて点が繋がって線になったようにスティング熱が再燃。ロックミュージックを聞くことがノスタルジー交じりの、やや予定調和なものになりかけていたのを思わぬ人から思い切り正された感じ。今、この新作のプロモーションで来日しているみたいだが、来年6月には日本公演が予定されているとのことで楽しみ。それまでに聞いていなかった過去何作かも遡って聞いてみよう、などと思っているところ。

   

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ブログ10年目。

 このブログを始めて先日28日で10年立ちました。これからも宜しくお願いします。写真は先日行った八王子・滝山城址にて。城めぐり企画中です。

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映画「弁護人」を見た。

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 韓国人(特に若い人)が"パボノムヒョン(バカ盧武鉉)"と言う時は僕らには分からない親しみと哀惜の念が込められているらしい。貧しい農家に生まれ、高卒で、工事現場などで働きながら自力で司法試験に合格し、初めは金もうけ主義の、後に軍事政下で不当な暴力に苦しむ人々を助ける人権派弁護士へと生まれ変わり、ついには大統領まで上り詰めた人。そして多くの人に愛されながら悲劇的な最後(自死)を遂げた人。

 昨日の夕刊に先週見た「湾生回家」の黄銘正監督のインタヴューが出ていたが、その隣に大好きなソン・ガンホのインタヴューもあり、読んで早速、今日、映画「弁護人」を見てきた。映画の主人公のモデルはその弁護士時代の若き盧武鉉。実際に起きた事件を材に取り、ただの男が国家権力と闘うに至る過程とそのラストを見て、自分は現在起きている朴槿恵退陣を求める100万人デモの核にあるものを見たような気がした。

 http://www.huffingtonpost.jp/sungmin-kim/counsel-movie_b_13039290.html

 残念だったのは本日は以前フォークシンガー中川五郎さんから教えて貰った本「九月、東京の路上で」の著者加藤直樹さんのトークショーがあったが満員で見る回が違ってしまい、その場にいるのに見れなかったこと。本当に残念。

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映画「湾生回家(わんせいかいか)」を見た。

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 わが父方の一族は台湾からの引き上げで、いわゆる「湾生(わんせい)」。夏に族長的な伯父が亡くなったのを機にこの秋は、数年不義理をしてしまっていた伯母二人と再会したが、そこでも二人から聞かされたのはかつての台湾での暮らしのこと。小さい頃から亡き父から何度も聞いた話もあれば初めて聞く話もあった。

 今日見た映画「湾生回家(わんせいかいか)」はこの「湾生」たち数人の人生を追ったドキュメンタリー。

http://www.wansei.com/index.html

 本日が日本公開初日とあって台北駐日経済文化代表処・駐日代表や出演者の舞台挨拶などがあった。会場の年齢層は幅広く、上映途中、会場内は年齢問わずすすり泣く声が聞こえていた(僕も涙腺決壊)。そしてこの傑作を台湾と日本の若いスタッフが作り上げたことに先々への希望を感じた。

 僕は先週末、伯父の遺品を整理していたら出てきたと言う古い写真をいわきの伯母から川崎の伯母へ渡すのを買って出たばかり。今度伯母にあったら住んでいたのは台湾のどのへんなのか、地図でも手に入れて詳しく聞いて来ようと思う。一度行かなければと思う。

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新六角堂のガラス

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 先週末、仙台ーいわき間の小旅行の帰路、北茨城・五浦の六角堂へ行った。何度も出かけている場所だが、2001年3月11日に津波で消失した後に復興された「新六角堂」を近くで見るのは初めてだった。新しい六角堂は復興時の調査で明らかになったことが盛り込まれていて良かった。遺跡の発掘現場では場合により「壊さなければ分からないよ。。」という言い方をする事があるが、文化財が被災した際、平時だったら決して知り得ないことが分かることがある。熊本城の石垣しかり、この六角堂しかり。新生六角堂は被災の記憶も含めた新たな遺産となっていた。

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 天心自筆の棟札には「六角堂観瀾亭」と明記されており、「瀾」とは「波」で、それは「波を見るあずまや」との意味だとか。“天心は波に永遠性と絶え間ない変化を同時に認め、宇宙の本質と考えていた”と、現地の案内板にあった。建設時の「円筒法」でつくられたガラスは屈折が生じ、ガラス越しの景色が曲がって見えるのだが、新六角堂にもそれが使われていて凪いだ海でも波が生じているような効果が楽しめる。写真で分かるだろうか。

 周辺は震災前よりも様々に整備されていて他にも見どころはたくさんあるようだったが、時間が無くて見れなかった。今までも何度も来た場所だが、これからも何度も来ようと思った。

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  http://rokkakudo.izura.ibaraki.ac.jp/attraction

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枯葉とウィスキー ニッカ・宮城峡蒸留所にて

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       ウィスキー色の枯葉と
             
 枯葉色のウィスキー
             
 その琥珀の光は
               
命を謳歌したことの
             
 証に思え
             
 秋の夕日に
             
 どちらともなく
             
 かざしてみる
.
             
 おいしい水割りの作り方は
             
 ウィスキー1に水が2
             
 それに氷を3個だと
             
 美女が教えてくれたが
             
 でもこれは
               
先人たちの夢
             
 夢を水で
             
 割るわけにはいかない
.
             
 枯葉のように
             
 夕日が落ちる
             
 ウィスキーが落下する
             
 喉から胃へ
             
 胃から血液へ
             
 血液は脳へと巡り やがて
               
Premiumな夢を
             
 旅人にもたらす
.
             
 そして またしても
             
 枯葉色のウィスキー
             
 そういえば
             
 水がきれいな土地では
             
 太陽も
             
 ウィスキーの色をしているな

                     2016.11.5


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カザフの歳三

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 重慶に留学中の娘のルームメイトIさんはカザフスタン人で大の土方歳三ファンだとか。何故?思いつくのはアニメ「薄桜鬼」だが、来週末、今度は息子が妹に会いに重慶に行くのでお土産にフィギアでも授けようと思ってスカイプで聞くと、欲しいのはリアル土方の写真だとのこと。

 なんでもIさんは子供の頃から独学で日本語と日本文化を勉強していて、土方もその過程で知りずっと好きだったのだと言う。日本人が少ない重慶に日本人が来たと知り、ルームメイトになるのを申し出てたら、相手が日野出身たと知り大喜びだったとか。娘も初めてやったアルバイトがお土産物屋で「歳三まんじゅう」を売ることだった、と自己紹介したという。

 そんなこともあって先日、普段行かない高幡不動前の土産物屋「池田屋」に行って色々とグッズを見たりした。こんなもので良いのか?と思い昨日スカイプ越しに土方の写真・絵葉書を見せたら歓声が上がっていた。なんか不思議な気持ち。

 スカイプの向こうの娘はかなり中国語が話せるようになっていて、近くに誰かいると通訳して会話に混ぜてくれ、それがとても楽しい。色々な国の人がいて飛び交う言葉は中国語の他に英語、韓国語、カザフ語等々だが、昨日、何故か僕が話す日本語を聞いてカザフ語に聞こえると言われ、幾つか単語を教えてもらい口にするとウケしていた。娘を重慶に一人で旅立たたせてしばらく不安に付きまとわれていたが、最近、そんな様子を見てやっと少し安心したところ。歳三、守ってくれたのか。

 一番上の写真は娘が送ってくれたもの。例の硝子の橋か。今週末、訪中する兄を何処に連れて行こうかと娘&友人たちがスカイプの中で色々と思案していた。羨ましい。ダバイ!(カザフ語でCome on!のような意味?)と言われたが、ぼくは来年。 

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ドンブラ

 娘からのスカイプのメールにドンブラという楽器が出てきました。調べるとカザフスタンの二弦の弦楽器。それでちょっと聞いてみました。楽しくやっているようです。

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https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%82%B6%E3%83%95%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD-%E6%B0%91%E6%97%8F%E9%9F%B3%E6%A5%BD/dp/B0017GSG6G

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ブルーにこんがらがって

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 双子なのでいわきに行くと時々弟と間違われる。なんとなくやり過ごすのだけど、先日、映画「君の名は。」を見た時、はたと思い立って慄然とした。それらの人たち、実は間違えたんじゃなくて本当に僕自身に何かを伝えようとしていた人たちなんじゃないかと?思って。

 そして映画を見終わってしばらくたって脳内に流れたのはジョン・レノンの「リメンバー」とディランの「ブルーにこんがらがって」。

 特に「ブルーにこんがらがって」だが、一頃ディランは大学で絵を学んでいて、同じ平面上にあらゆる時間を盛り込める絵画表現に感心し、歌でもこれができないか?と書いたのがこの曲とか。実際は不可能なのだが、その代わり物語は時系列に進まず、バラバラに分割して切り貼りされる。タランティーノの「パルプフィクション」やイニャリトゥの「バードマン」のようなあれ。それと「君の名は。」。そう言えばディランは自伝もこの手法で書いている。

 現在、スェーデンアカデミーが彼に連絡が取れなくて困っているらしいが、理由が“違う時空に行っていたから”だったら可笑しいな。

 「ブルーにこんがらがって」の“ブルー”って時間のことではないだろうか。あなたも、もし見知らぬ人に声をかけられたら、その人、未来のノーベル賞受賞者かもしれないですよ。

 写真は「ブルーにこんがらがって」が収録されている「血の轍(Blood on the tracks) 1975」の裏ジャケット。最初に聞く人には自分ならこれを勧める。

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Skypeを待つあいだ

 

          Skypeを待つあいだ
          火山が噴火した
          遠い国にいる君も
          この国にいる僕も
          その音を聞かなかった

          Skypeを待つあいだ
          ウィリアム・ブレイクを読んだ
          正確には
          ブレイクについて書かれた
          本を読んだ
          「想像は吾が世界である」と
          神秘的な詩人は言った

          Skypeを待つあいだ
          時差について考えた
          ディスプレイに映った君は
          ほんとうに君だろうか?
          あの光を放つ星さえ
          遥か昔に
          消滅している
                かもしれないのに

          Skypeを待つあいだ
          「イマジン」を聞いた
          通信技術の進歩で
          世界が小さくなり
          陸から溢れた人たちが
          ボートを漕いで
        海を渡り始めた
      
                Skypeを待つあいだ
                深呼吸し コーヒーを飲んだ
          ヨガのテキストを見て瞑想した
          世界は
          僕の想像ではなかった

          Skypeを待つあいだ
          テレビの中で
          少女が雨に打たれていた
          爆弾が爆発し
          兵士が銃をかまえていた

          Skypeを待つあいだ
          棺が運ばれ
          何処かで子供が生まれた

          Skypeを待つあいだ
          何語で語り掛けるべきか
       言葉を探していた    

          Skypeを待つあいだ
          君が恋をした

          Skypeを待つあいだ
          世界は
          Skypeを待つあいだ、だった

        Answer.

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「母をお願い」を読んだ。

 世界30カ国以上で翻訳されたという韓国の大ベストセラー小説「母をお願いー엄마를 부탁해(オンマルプタケ)、英題 Please Look After Mom 」申京淑著ーを読んだ。息子を訪ねる途中のソウル駅で行方不明になった母を探す家族の物語。第一章は作者自身を投影したと思われる長女の、第二章がこの母が誰よりも宝物のように育てたという長男の、第三章は決して褒められた亭主ではなかった父の・・・というように、各章ごと様々に視点が入れ替わり母への追想が語られる中、遂には誰も知らなかった母の秘密やもう一つの人生が明らかになっていく。

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 ドラマチックな構成もさることながら、貧しさゆえ字の読み書きもできず、ただただ自らが育てた野菜や家畜で子供たちを愛し抜き、そのため時には子供達からさえ鬱陶しいがられ、蔑みの眼ですら見られてしまうこともあったこの母の描写と、子供たちの後悔を含む小さなエピソードのそれぞれにすっかり泣かされた。圧巻の最終章では誰もが母と再会する(この小説の、と言うのではなく)仕掛けにも驚いた。

 作者申京淑は去年、三島由紀夫の「憂国」を盗作したとの問題で大騒ぎになったが、事の真偽はさておき、自分はこの作家の代表作「離れ部屋」を読んで以来のファン。騒動の顛末として、本国で文学賞の審査委員辞退、作家活動自粛ということになってしまったが、僕はもっと彼女の小説を読みたい。

 読書の秋、また韓国の小説ってどんなだろ?という興味からでも是非。母親との関係に悩む人、もう故人の人、どちらにもお勧めです。自分もこれを読んで、この彼岸、亡き母に再会した。

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I saw the Light

         

     眩しさから
     目を逸らすことがことができない
     胸の高鳴りを
     抑えようとして苦しい
          
     その時 レゴは瞬時に組みあがる
           その時 風景は初めて色を得る

     まるで 
     音楽が奏でられる前の静寂
     まるで
     弦を調律する微かな響き
     
     あの人の
     たわいのない仕草の一つ一つが
     何かの合図のように
     乱反射して
     見えるのは 何故

     眩しさから
     目を逸らすことがことができない
     禁じられても
     太陽を凝視する
     子供のように

     未来から呼ぶ声がする
     
     偶然を
     運命に変えようとして
     今 広場の彫刻が
     眩しさに向かって歩き始める

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