« 1・豚骨スープの湯気に別れの挨拶を | トップページ | 地の塩 »

世界がユーモアを取り戻す日

Zyonn 本当は12月8日はジョン・レノンについて書こうと思っていた。

 昔ならケネディ暗殺とか、最近では9・11とか、『あの日、自分は何をしていたか・・・』と、そういう話題になる一日というのがあって、そういったことを書こうかと考えていた。

 しかし、友人の突然の死の知らせがその日もたらされて、私はひどく混乱してしまい、ブログの記事どころではなくなってしまった。私が昔、アメリカで無一文になってしまった時、助けてくれた恩人の命日が12月9日なので、これから一年のこの時期は私にとって、天国へ旅立った知人を追悼する季節となることだろう。

 ジョン・レノンはもちろん知人だったわけではない。知人だったわけではないのに、こうして毎年この日に何らかの感慨を抱くというのはどういうことなのだろうか。一体、彼の死を通して私は何を確認しようとしているのだろう?

 私が思いつくことが一つあるとすれば、それは“ユーモア”ということ。今のロックのカリスマと言われている人々に無く、ジョン・レノンにあったものは1にも2にも“ユーモア”のセンスではないだろうか。U2のボーノやスティングの生真面目さは嫌いではないが、時としてとても息苦しい。ポール・マッカートニーにもユーモアのセンスはあるが、どこか努力して身に着けたものという感じがしてしまう。

 ジョン・レノンのユーモアというのは特別な“One and Only”なものだ。それを言葉で説明するのはとても難しい。インタビューの端々に見られる彼のジョークが面白かったとかいうそういう質の問題でもない。

『ああ、確かに昨日はひどかた。だけどそれがどうしたってんだ!!』(ジョン&ヨーコ・ラストインタビュー)

 ジョン・レノンはただのお気楽な人間だったわけじゃないと思う。想像するに彼は一日一日をなんとかサバイバルするのに必死だった人のように思う。あまり未来や過去に関心のある人間じゃなかった。例えば目の前にとても困難な状況が出現する。彼は瞬時にその現実に違う視点を与えたり、想像力を屈指したりして、自分の精神が被るだろうダメージをポジティブなものに変形するのである。その態度こそが彼のユーモアの源泉であり、世界中の人を勇気づけた彼の音楽の秘密でもあったと思う。

 今、ユーモアでもって何かに立ち向かうというのは口で言う以上にとてもとても難しい。ユーモアは忌み嫌われていると言っていいかもしれない。それは下衆な悪ふざけやオヤジ・ギャクと勘違いされている。

 今回、亡くなった友人も、昔、私を救ってくれた恩人も、類まれなるユーモアのセンスの持ち主だった。二人ともユーモアを武器に人生を戦い抜いた人だった。

     

       一人きりで旅に出てみないかい

       どこか遠い見知らぬところへ

       また いつか 僕ら一緒になれるよ

       昔のように   

       新鮮な気持ちでね

       ねえ、ねえ、そうだろう? ダーリン

                                 

           『スターティング・オーバー』by ジョン・レノン

 私はこれから毎年12月8日は、ジョン・レノンの音楽を聴きながら彼らのユーモアについて思いを馳せることになるだろうと思う。

|

« 1・豚骨スープの湯気に別れの挨拶を | トップページ | 地の塩 »

音楽コラム(89)」カテゴリの記事

コメント

一生懸命何かに打ち込んでいる人に"感動”と"笑い”を同時に感じることがあります。The WhoのPete Townshend!『風車奏法』。真剣に長い腕をグルグルまわしているのを生で見たときは"尊敬の笑い”で涙がこみ上げてきました。偉大なロックンローラー達は中途半端なことが出来ないが故に「神様」となったのでしょう。その偉業にただただ救われるばかりです。

投稿: jazz坊主 | 2006年12月24日 (日) 00時58分

あれを生で見たの羨ましいぜ。きっとジミ・ヘンがギターぶっ壊したり、火つけたりすんのも、見てた人たちは“笑い”の涙で感動したろうなと思う。ほんと、真剣に、くそまじめに馬鹿なことやってる人って感動するよ。世界に挑戦してる瞬間に立ち会ってるような気になるんだよね。それって、ユーモラスってことなんだけど、真剣に真面目なことやってる時にはこの感動って出てこないんだよな。“品格”とか言ってないで、今の時代、皆、もっと馬鹿なことやったほうがいいんだよ。どんなジャンルでも“オリジナル”な人って凄いよ。オリジナリティ溢れるやっつって最近いないもんね。Pete Townshendってオリジナルな偉人の一人だね。考えて見ると、彼がギターを壊し、キース・ムーンがドラムを壊す全盛期のステージって“ドリフ”みたいだもんね。“マイ・ジェネーレーション”だって日本語でやってみなよ・・・放送禁止だよな。あれって(笑)

投稿: ナヴィ村 | 2006年12月24日 (日) 08時01分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/186188/4650412

この記事へのトラックバック一覧です: 世界がユーモアを取り戻す日:

« 1・豚骨スープの湯気に別れの挨拶を | トップページ | 地の塩 »