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『ゲド戦記・影との戦い』~いじめ

影との戦い―ゲド戦記 1 Book 影との戦い―ゲド戦記 1

著者:アーシュラ・K. ル・グウィン,清水 真砂子
販売元:岩波書店
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 ついに『ゲド戦記』を全巻読了した。スタジオ・ジブリで映画化されるという情報を聞いてすぐ、どうしても映画を見る前に原作を読んでおきたいと思い、知人に1~3巻を借り、その後、図書館から4・5巻を借りて読んだ。夏には封切られた映画を見た。今回、私が読み終えたのは『ゲド戦記外伝』である。この『ゲド戦記』については今、色々なところで詳細が語られているので、ここで解説のようなことを書くつもりはない。『別冊宝島 僕たちが好きなゲド戦記』の中で中村うさぎ嬢が『こんな名作がこの世にあるなら もっと早くに読んでおけば良かった』と感想を語っているが、私も同感だとだけ言っておく。一応ジャンルとしては児童文学なのだろうが、きっと今後も手元に置き、繰り返し読むことになるだろう。

  物語は少年ゲドが魔法使いの修行をし、大賢人となり、やがて老いていくまでの出来事を通して魔法の意味を問うていくというものだ。が、ほんとうの主人公は原作者のアーシェラ・ル・グィンが“発見”した“アース・シー”という世界そのものであろう。

 ル・グインはこの世界を“善悪”二元論的なキリスト教的世界観とは別の“均衡(バランス)”を重視したものとして描いていて、それはユング心理学や老荘思想、ネイティブ・アメリカン達の宇宙観などからの影響が伺える。従来のファンタジーと比べそこが最も驚きなのだが、個人的に私が楽しかったのは全6冊のどれにもついているアース・シー世界の“地図”である。これを見ながら物語を読み進めていくと、この架空の世界が実在するような気にさえなってくる。

 私は今、現実の世界地図に記されている一部の地名や国名より、たとえばアース・シー世界の『ローク』とか、『ハブナー』とか『セリダー』とかいう地名や、『カルガド帝国』なる国名の方にリアリティを感じてさえいる。この地図を見ながら、『ほうほう、今、ゲドとアレン(レバンネン)はこんなところを航海しているのか・・』とか、『ここから、ここまで・・今度は長かったなあ・・』なんて思いながら夜眠る前のひと時、本書をベッドの中で読むのはまさに至福の読書体験であった。

                    ☆ 

 さて、ここからが本題であるが、今、いじめが教育問題の範疇を越え、国の重大な社会問題となっている。毎日のように芸能人やスポーツ選手がいかにいじめが卑劣でやってはいけないことであるかを様々なメディアでアナウンスしているし、政府も具体的に動き始めたようだ。

 だが、政治家や識者の意見はいかなる制度を確立するかということに終始しており、本質的な議論にはなっていない。勿論、何もしないよりはやった方が良いし、今後も議論は十分尽くされるべきであろうが、ことは人間の本質に関わる問題なので、根は想像以上に深い。問題はユングの言うところ『影』を克服・統合することだと思うのだが、かつては問題にならず、今、事態がこれだけ深刻だということは、我々の回りから失われた回路とは何なのだろうか。

 ゲド戦記の第1巻『影との戦い』が凄いのは戦う敵が自分だというところである。自分の傲慢さから少年ゲドは自らの“影”に追われる羽目になる。“影”とは自分自身の弱さやずるさ、醜さ、欲望や恐怖のことである。“影”からの凄まじい逃走と追跡の果て、ついにゲドは世界の果てで自らの“影”と対決することになる。この対決シーンが感動的なのだが、“影”に勝利するとどういう結末に至るのかは、どうか皆さん読んで見てください。

 今、巷は、明るさや、正しさ、美しさを標榜している(『美しい国』(笑)とか)。しかし、光度が増すほどに足元の影はくっきりと輪郭を現わし消し去るとができないように、私たちは身近な場所で“影”と対峙することを迫られているのかもしれない。そして、その戦いは一つ一つが個別なものでマニュアルは決して意味を成さない。

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コメント

ブログ開設おめでとうございます!確かに記録を残すのに、この機能とても便利だと思います。こちらで、ひさびさに、世にあふれているぐちゃぐちゃなものでない、きちんとした言葉をたくさん読むことができて胸がスカッとしました。
私はいま、グレートギャツビーを読み直してます。訳を比べたりするとまた面白い!なんだかんだいってやっぱり、私のいちばん好きな小説かも、と思ってしまいました。
こんどリンクはってもよいですか?

投稿: mimi | 2006年12月 4日 (月) 10時01分

 mimiさん、コメントありがとう!6日間、連帯を求めて孤立を恐れず(笑い。)誰からのコメントもなくひたすら書き続けていたので、とても嬉しいです。
 村上春樹訳『グレイト・ギャツビー』。実は僕も狙っていました。“ギャツビーはその緑色の光を信じ・・・”って最後のところ、今でも暗唱できるほど、昔、僕も何度も読んだのです。村上訳はどんななのか興味がありますねぇ。『60になったらギャツビーを訳す。』って以前何かに書いていたけど、ついにその時がきたのでしょう。必ず、僕も読みます。このブログでは僕は“ナヴィ村”と名乗っています。昔、弟はホピの村に行ったことから、“ホピ村”と名乗っていて、僕はナヴァホの村に行ったことから“ナヴィ村”ということなんです。(兄弟そろって単純!!)。また、がんばって記事を書くのでコメント下さいね。リンク貼って下さい。光栄です。(書いていて今気がついたんだけど、記事では主語が“私”なのに返信では“僕”になっています。これからもこのスタイルでいこうっと。)ではまた。

投稿: ナヴィ村 | 2006年12月 4日 (月) 19時52分

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