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『バーバー』~真実がいらない世界

20100220_1410917_4  事件の真相を知っている人にとっては、周囲の憶測や推理って、とても滑稽に見えるのだろう。

 考えて見ると、この世には迷宮入りの事件やまだ解決されていない事件が一杯あって、最近では、約10年程前、アメリカ、コロラド州ボールダーで起きたジョンベネちゃん事件などがすぐに思い浮かぶ。あれだって、この前、一瞬、解決したように見えたが、自首したやつはただの変態野郎で、結局、事件は未だ闇の中だ。(あゆう性癖の人の中には、自分と憧れている対象が同じ新聞の紙面に載ることで、快感を覚えるタイプがいるらしく、あいつはきっと、そういう奴だったのだろう)。

 しかし、憶測や推理が滑稽に見えるだけならまだしも、真実とは関係の無いところで周囲の憶測や妄想、打算や嫉妬などが入り乱れ、グロティスクな様相を呈してくると、真相を知っている者は荒涼とした気分になって、もう人間でいるのが嫌になっちゃうんじゃないだろうか?今回紹介するこの映画は、正にそんな状況を描いている。

主人公はただの床屋。床屋って、恐ろしくおしゃべりか、とっても無口か、何故かどちらかなんだけど、この人は後者、もう、何考えているんだか全く分からないほど喋らないタイプ。しかし、無口の人が大方そうであるように、心の中には様々な不満や疑問が渦巻いていて、この人、特に、“床屋”って仕事には、律儀にこなしているものの、相当にうんざりしている。“自分にはもうちょっとましなことができるのでは・・・・・・”現代人なら誰でも一度は持ったことのある疑問を、この人も同様に持っている。そして、その思いが重奏低音のようになって・・・・・・・・ある事件を起こしてしまう。

 この映画は初めミステリーか何かだと思って見始めたが、ちょっと違った。いわゆる“クライム・サスペンス”というやつ。全編モノクロで、淡々と物語は進行するが、何故か目が離せない。と言うより、カメラが主人公の“目”そのものになっているようで、見ているうちに段々事件の当事者である主人公が自分の予想に反した展開によって疎外感を味わい始め、当事者であるにもかかわらず次第に傍観者?になっていく状況を共有する感覚になっていく。

Image180_2  これを見て、私は“ああ、数多ある迷宮入りの事件や未解決事件の犯人って、もしかしたら、こんな気分なのかもなあ”と思った。初めは罪悪感や達成感や様々な感情で乱れているものの、あんまり周囲が間抜けすぎると自分がしでかしたこと以上に人間そのものの悲惨が胸に迫って、痛覚が鈍化してしまうのだ。映画の中でも主人公が、『この世界を外から眺めているようだ。』みたいな台詞を吐くシーンがあるが、この映画の原題が“The man who wasn't there (そこに、いられなかった男)”であることを考えると、この時点で、この人、もう罰せられているかのようにも見える。

 まだ、見てない人のために物語を詳しく説明するのは止めるが、私がこの映画の中で、個人的に一番怖かったシーンだけ言うと、それは事件に巻き込まれ死んだ男の妻が、夜中、主人公を訪ねてくるシーン。怖いって、ホラー映画のように怖いというのじゃない。その妻が主人公に語る内容の馬鹿馬鹿しさが人間の状況として怖いのだが・・でも、この前、私も“思い出のUFO”ってエントリー書いたばかりなので、人ごととは思えない。

 私は小心者なので、ちょっとした秘密でも隠し通すとができないタチだが、高校生の頃、真実を白状したのに信じてもらえない状況に陥ったことがあって、それは秘密がばれるよりもっと恐ろしい体験であった。真実以外言うべきことがないのに、それを拒否されると、もう嘘をつくしかないからだ。で、嘘をついた途端、周囲は納得して許してくれる・・・・不思議な体験だった。

 監督、製作はコーエン兄弟、主人公を演じるのはビリー・ボブ・ソーントン、あのアンジェリーナ・ジョリーの元旦那。またこの映画には、近頃、某男性誌で“世界で最もセクシーな女性”とかに選ばれたスカーレット・ヨハンセンも出演している。『ロスト・イン・トランスレーション』、『真珠の首飾りの少女』等で見て私も大好き。この映画では虚無的になっていく主人公の唯一の心の拠り所のような女の子を演じているが、最後には虚無感によりいっそう拍車をかけてしまうような役どころ。

 私は床屋のトークって実は苦手。一生懸命、色々喋ってくれるのは分かるが、本当に気を使っているのはこっちで、床屋から帰ってくるとどっと疲れてしまう。“なんで、金払ってんのはこっちなのにこんな疲れなきゃなんないんだろ?”なんて思う。しかし、無口の床屋が、この映画の主人公のような人だったら・・・やっぱり、気を遣うだろうか。

 『なんで、髪ってはえてくるんだろう?』

 主人公がそう呟くシーン。背後で無口な床屋がこんなこと考えながら髪切ってるなんて・・・考えたら面白いが。

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コメント

― 床屋のいらない世界 ―

床屋がきらいなんですか。それなら丸坊主がおすすめです。
俺は電気バリカンで自分で刈ってます。
浮いた床屋代でjazzのCDを買ってます。
全国の床屋さんから「商売にならん!」と抗議のコメントが多数寄せられてこのブログが炎上しないか心配です。
でも大丈夫。
新しいブログを作れば良いんです。
― ギンギン・ピート暴行 ―
The Whoをイメージしてみました。いかがでしょうか。オヤジ度数が高いでしょう。マ~イ・ジェネレーション。

投稿: jazz坊主 | 2007年3月 8日 (木) 20時22分

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