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フラジャイル

          

          半月は月の横顔

          こっちを向いて下さい

          知りませんでした 

          蝶の羽根よりも繊細なものが

          いつも

          掌の中にあったなんて

          

          それはまるで武器のように

          人を守り 人を滅ぼす

          何故 こんな

          狂気の引き金に

          指をかけたままの感情を

          愛 などと

          呼ぶのでしょう?

          

          見渡せばこの世は

          壊れたら

          二度と元に戻らないものに

          満ちていて

          

          残酷です

          もう何も感じない心に

          四季が

          こんなにも

          美しく

          巡るなんてー

 

 今夜は半月(上弦の月)です。自分のバイオリズムを月のサイクルと照らして見ると、半月から段々、満月に向かって行く時が、色々と状況が騒がしくなっていくような傾向があります。それと同時に精神状態もタイトになってきますから、今日はその分岐点のような日です。

 最近、我が家の周辺に猫が2匹現れ、娘がタイジロウとトラジロウと名付けたようで、二匹はとても仲が良いようです。私は最愛の愛猫に5年前に死なれ、その切なさから、もうペットは飼うまいと決めていますが、これは縁なので、今後、どうなるか分かりません。我が家の子供達が、今よりもっと小さかった頃、色々とわがままを言って、聞きわけが無かったりすると、いつもは置物のようにじっとしていたその愛猫くんは“フニャーーー!!”と叫んで、子供達を追い掛け回しました。そう、うちの子供らを躾けたのは猫なのです。ほとんど家猫でしたが、月に何度か、“外に出してくれにゃ”と言って、私が窓を開けるとそそくさと出掛けて行きました。その悠然として出かけていく後姿を見て、あれは集会に行くのだろうと、妻といつも話していました。

 猫も月のサイクルに支配されているのでしょうか?分かりません(笑)。

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2190日!

20070323114732

“そして大洪水は地の上に四十日続いた。水は増えていって箱舟を持ち上げるようになり、それは地より高いところにに浮かんだ。~<中略>~後に彼は、水が地の表から引いたかどうか見るために、一羽のはとを自分のところから放った。だがはとはその足の裏をとどめるところをどこにも見出せなかった。こうして水がまだ全地の表にあったため、それはかれのところへ、箱舟の中に戻ってきた。そこで彼は手を出してそれを捕まえ、自分のところへ、箱舟の中に入れた。そして彼はさらにあと七日待ってから、もう一度そのはとを箱舟から放った。その後、はとは夕方頃に彼のところへやってきたが、見よ、むしりとったばかりのオリーブの葉がそのくちばしにあった。それで、ノアは、水が地から引いたことを知った。”(旧約聖書 創世記より)

 今日、息子の卒業式に行ってきました。息子のこの6年間には、例のゆとり教育の本格的な導入があり、途中から完全週休2日制になりました。また、昨今の少子化の影響で、学校が統廃合されたりもして、現場のみならず、保護者共々、ある意味で激動の6年間だったと言って良いでしょう。そして、周囲の大人たちのそんな浮き足立った状態が反映されたのかどうか分かりませんが、息子は学級崩壊なるものも経験したし、周囲にはご他聞に漏れず“いじめ”のようなこともあったらしいです。

 息子が通っていた小学校は、二つの学校が統合されて出来たものなので、名前こそ旧来の一つの名を引き継いでおりますが、新生の小学校としては初めての卒業生ということになります。それで、今日、他の卒業式では決してないだろうと思える特典?が二つあって、それは校歌の新曲が聴けたことと、上の写真にある新しい校章が見れたことです。(写真は卒業生の卒業制作であるモザイク作品)。統合に際して、新しく校歌が作られ、作詞は絵本作家の安野光雅氏、作曲が森ミドリ氏です。また校章のデザインも安野氏の手によるもので、二つとも上に引用した旧約聖書のノアの箱舟の話を題材にしています。

 この“ノアの洪水”の話は歴史上、様々な絵画や詩、小説などのモチーフとされています。日本でも戦後最大の詩人と言われた故田村隆一氏が、自らの代表作『四千の日と夜』を、この“洪水”の話になぞらえて書いているエッセイを読んだことがあります。“ノアの大洪水は四十日だったが、自分の洪水(太平洋戦争)は四千日であった”と。

 新曲?は、従来の校歌より、メロディーが現代的で、親しみやすく良い曲でした。三番の歌詞に“ノアの大洪水”を連想させるフレーズがあって、作者の安野氏の、今の世の中に対する批評と、またその中で子供達にどう育っていって欲しいかという祈りが感じられ、素直に感動しました。これは正に社会の中でアーチストの力が、ある方向を指し示すことができるという具体例です。小生『理念』というものが歌にできること、またそれをシンボライズすることの大事さを、やっとこの年になって、しかも息子の卒業式で知りました。

 息子の6年間は単純に計算すれば、2190日、田村流に言えば“二千の日と夜”ということになるのでしょう。勿論、災難だったと受け止めているのじゃなくて、多少の困難も含め、それは豊かな日々だったと思います。ただ、最後に卒業生と在校生が言葉を送りあう例の儀式は、大人たちの“こうであった”と思いたい所を、子供達が演じてくれているようで、少し居心地が悪かったです。

 このブログでも何度か書いているので知っている人もいるかと思いますが、私は2001年から3年連用日記をずっと付けていまして、それは、思いがけず、息子の小学校生活の6年間とスッカリ重なります。今、古いものを引っ張り出してきて、パラパラめくって見ると、実に様々なことがあったなあと思います。そのいちいちをここに書き記すことは勿論できませんが、読んで一つ思うことは、これは子供の成長記ではなくて、親として私の成長記録であるということです。そう考えれば、まだまだ、成長の途上にいる訳ですが、一応、一区切りですので、息子にこんな詩を送りたいと思います。

 

      二千の日と夜のあとでー卒業ー       

        

     お前が生まれたとき、私も生まれた

     血まみれだったのは むしろ 私の方だ

     くらしという闘牛場で わたしは剣も持たず

     ただ 呆然と立ちすくむだけだったからー。

       

     お前は壊した 

     目覚まし時計を

     CDラジカセを 襖と障子の骨を 水洗トイレの排水管を

     だかお前が本当に粉々に破壊したのは 私

     私と母さんだ

     二人はお前に壊され  その度

     新しい自分になるスペクタクルを体験し

     今もその途上にある

        

     だが、今度お前が壊さなければならないのは自分だ

     日々、自分を破壊し 粉砕し 

     自らが粉々にならなければならない

     そして、その残骸の中に

     絶えず新しい自分が

     立っていられたらいい

        

     今日、お前が渡った河は広くて深い

     そして、お前が渡り切った途端 その背後で

     橋は燃え尽きて落ちた

     だが その劫火は祝祭の火

     火は退路を断ちながら 道へ促している

     そして お前は

     これから

     いつか私の視界から消えるほど遠くへ

     旅立つための

     準備にいそしまなければならない

        

     二千日の日と夜のあと

     今度 お前が壊さなければならないのは

     自分だ

 

 この学校にはまだ娘が通っています。統廃合になったばかりで、今はまだ無くなる方の学校の校舎で皆、過ごしていますが、現在、木造新築の校舎が我が家の目の前で建設中です。上の写真の卒業制作の“オリーブをくわえた鳩”はそこにもちゃんと飾られる予定だそうです。これからも娘の用事で小学校に行く度、何度も見られると思うと楽しみです。やっぱり、学校はいいなあ。

 

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長い映画~Sちゃんへ

 
 
     音を聞きなさい
     見るよりも先に
     その方が
     宇宙の輪郭を
     正確に把握できるから

     初めに聞こえるのは
     お母さんがきみを呼ぶ声
     それとも
     哺乳瓶を煮沸する
     鍋の沸騰する音
 
     Sちゃんへ
     きみが生まれるのと時を同じくした頃
     きみのお父さんは一本の映画を作りました
     30分くらいの短編映画。その傍らで
     きみというもう一本の長い長い映画が始まりました
     ぼくはその映画を
     つぶさに そして最後まで見通すことは
     できない
     けど
     ただ折に触れ印象的なシーンを
     その都度ごとに瞳に焼き付けるでしょう
     
     

 

     この間も見たよ
     きのお母さんがきみをあやす
     宗教画のように美しい
     黄金色の秋の
     ワンシーンをー

 

     Sちゃん
     このお話の続きは一体どうなるのだろう?
     

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宇宙の輪郭

 

     -Mに-

    霧煙る
    広角の黄色い荒野に
    老いた精霊が少年を誘う
    迎え火の日に
    それは生のありふれた暗い空間から
    快活に精神が解き放たれる夏
    汗をかいて夏は
    森を
    小学校のグラウンドを
    音符のように走り回る

          
    やがて
    夏は疲れると
    きまって神社の境内で眠りこける
    ひぐらしの潮騒が
    ゆっくりと耳に満ちて
    命の揺らめきが凪ぐ一瞬
    その時
    精霊の手が闇から伸びてきて
    生の頬を捕らえる
    と いうのも
    甘やかな汗の匂いに
    死が
    命の日の夏を
    懐かしんだため

           
     印象派の夢の中に
     お前を連れ去るもの
     足跡は確かな道標となり
     少年は原色の夢の中を駆ける
     木漏れ日の蝶が
     森に新たな時刻を告げると
     美しい迷宮に
     少年は喜んで迷っていく
     眠りにつく一方で目覚めるものがあり
     その覚醒の絵の中で
     少年は溶けてしまう
           
     

     宇宙が無限に広いものなどと
     それは天文学者がついた嘘だ
     宇宙は 例えば
     草原で持ち上げた
     大きな石
     その下の虫達ののたうちに
     少年は見る
     罪深い自分の
     人間の
     擬縮されたこの宇宙での
     背に痛い運命の重力について
          

    牛を連れた
    野蛮な風体の男が
    地霊のように現れて
    黄色い荒野からブルーの巷に
    少年を奪還する
    夕闇を破る迎え火の列を
    地霊はヒタヒタと
    聞こえない足音を
    軒先に響かせていく
         
    夜 目覚めると

    舌のように鋭敏な指先がまだ
    宇宙の輪郭を覚えていて
    その抽象を一枚の絵にすることが
    この夏の
    少年の宿題である

 

 これは私の友人の、映画監督であるM君の映画『宇宙のりんかく』を見た際に書いた詩だ。私は昔、彼と一緒に暮らしていた時期があって、(私が彼の家に居候していた。)、しかも昼間も同じバイト先だったので、文字通りその頃は四六時中彼といっしょにいた。結局、私は彼のアパートを追い出されたのだが、その追い出し方が、彼の内に秘めたナイーヴさと優しさが滲み出るようなやりかただったので、追い出されたのに私は何故か、とても感激したのを覚えている。

 数年後、私の長男が生まれた時、彼は韓国に一人で旅してきたばかりで、その旅の最中に感じた思いと、私の子供に捧げるような内容の詩を書いて持ってきてくれ、また、その時、彼は映画のシナリオを書き上げたばかりで、そのシナリオも一緒にくれた。

 その時くれたシナリオはこの『宇宙のりんかく』ではない。それは彼の自伝的な内容のもので、映画が完成したとの話しを聞いた時、わたしはてっきり、あの時くれた作品だと思っていた。だから、この『宇宙のりんかく』を見た時、私はふいをつかれ、また、その内容と予想以上の映像の美しさに感激して、思わずこの詩を書いてしまった。

 その後、私と彼とは一度だけ鎌倉で、この映画の上映と私の詩の朗読、それにヤンシイ&コテツという最高のR&Bユニットの演奏で、イヴェントに出させてもらったことがある。

 私は彼のその後の作品『犬の類』を見ていない。せっかくDMを送ってくれたのに、私は上映会の日を一日間違えて覚えていて、見逃してしまったのだ。

 この詩は映画『宇宙のりんかく』の物語の設定が夏のなので、必然的に夏の詩である。今の桜の開花を気にする季節には全然、合わない。が、昨日、彼がまだ大学生だった頃、メキシコから私にくれた葉書が出てきて、急にこの詩を思い出した。

 彼は私より年下だったが、あの頃、私は彼に多くのことを教えられた。大江健三郎の小説(そう言えば、彼と大江邸を訪ねて行ったこともあった。)オーデンの詩、タルコフスキーの映画、などなどであるが、私はその頃、すでに詩を書いていたので、二人でいる時はいつも詩の話しをしていたような印象がある。彼はその頃も、多分、詩や小説のようなものを書いていたはずだが、一度も見せてくれたことはなかった。しかし、初めてくれたシナリオと、そしてこの映画を見れば、彼が本質的に詩人であることが良く分かる。

 この『宇宙のりんかく』の頃、彼に娘が生まれて、この詩とセットでその子にあてた詩も書いたのだが、今回は載せません。娘さん大きくなったろうね。うちの息子は明日、卒業式だよ。M君、もし、これ見てたら、たまには電話下さい。

 

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『せんせいけらいになれ』~宇宙のはじまり

せんせいけらいになれ Book せんせいけらいになれ

著者:灰谷 健次郎
販売元:角川書店
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 “子供の個性を伸ばす教育をしよう”といったスローガンは、昨今、余り魅力的に響かない。かつての詰め込み主義的な偏差値教育の“アンチ”としての“ゆとり教育”が大問題になってしまった現在では、そもそもの理想としてあった出発点がどこだったのかさえ省みられることは無くなったかに見える。

 この本は去年の11月23日に亡くなった児童文学の作家灰谷健次郎氏の出発点となった著作である。“著作”というと少し語弊があり、実際に書いたのは、長年、小学校の教師をしていた灰谷氏が出逢った子供達である。子供達が書いた詩に対して灰谷氏が、指導し、コメントを付け加えたものなのだが、私はその灰谷氏の指導とコメントも含めて“詩”のように読んだので、私はこの本は灰谷健次郎氏と子供達の合作、コラボレーション作品だと思っている。

 小さい子供と接し、子供の持つ言語感覚に驚嘆した覚えがあるという人は少なくないと思うが、それを“詩”にまで昇華させるには、やはり、努力がいる。この本の第一章で様々な学年の子供達の作品を紹介した後、第二章の冒頭で灰谷氏は

 “詩て、おもろいで。詩て、誰でも書けますよ。詩にペケはありません。かいたらみんなマルです。”と、子供に話しかける。“ひとつだけやくそくがあります。それはしょうじきにかくことです。これだけまもっていたらみんなマルです”と。

 そして、子供、特に低学年の子供達におしゃべりをさせることから始めるのだが、ここから“小さな宇宙”とでも言うべき展開が繰り広げられる。氏はほんとうにやさしい言葉を使って、情景をよく観察し言葉に置き換える方法や、比喩の効果、形容詞をなるべく使わないこと、リズムの重要性、読者に想像の余地を残すことなど、を子供達に教える。“教える”といってもそれらは氏特有のユーモラスなおしゃべりの中にまぶされていて、頭で考えるものではなく、子供達は文字通り、それらを体得していけるようになっている。

 普通、子供の絵や詩は素晴らしい、と言われるが、それは“子供の”という、条件がついた中でのことであって、例えば、私が子供のような絵や詩を書いても、誰も素晴らしいとは言ってくれない。しかし、私は今回、この本の中に“子供の”という条件を排してもなお優れた作品と思える詩を幾つも発見した。例えば三年生の女の子が書いた『いつまでも』という詩だが、赤ちゃんの時からずっとお母さんと寝ている女の子が、家の人に『すっちゃん、いつになったら一人でねられんのん』と言われる。それでその子が、私はいつまででもおかあちゃんの胸の中で寝る、と宣言した詩なのだが、私はまるで美しい“聖母子像”の絵を見せられているような気持ちになった。

 この本は笑いながら読める。しかし、ただそれだけなら単なるユーモラスで瑞々しい子供達の語録を集めただけの本で終わってしまったことだろう。この本の本当に凄いところは、詩作を通して、子供達に人が生きていく上で避けられない幾つかの事柄に向き合わせている点にある。罪というものに向き合った“チューインガム一つ”、知的障害を持つ児童とともに過ごし、共生することを学んだ子供達の言葉“黄色いかさとちあきちゃん”、友達の死に直面した時の“あなたは今日から花です”、そして、大人の不注意によって足を失くした少年が書いた“ほねくん、きみはぼくのあしがあるとおもって、のびてくれるんだね” などだが、どれも、子供達の筆致は“正確”で、読む者の胸を打つ。

 中でも、この本の中で、多分、一番有名な詩は“チューインガム一つ”だと思うが、これは英訳もされているので、児童文学に興味のある海外の人にもきっと広く読まれたものだと思う。

 三年生の女の子がほんの出来後ごろで、年下の子と店先からガムを盗んでしまう。厳密には自分では手を下さず、年下の子に盗ませてしまうのだが、だから余計に罪悪感も深い。すぐに見つかり、母に叱られ、家にいたくなくて少女は出かけるのだが、行く当てがない。これはその時の心細さを書いた詩なのだが、少女のそのときの感情を掬い取った言葉は、“正確”としか言いようがなく、つまり非常にリアルなのだ。この詩を受けての灰谷氏の指導がまた凄くて、普通、こんなに罪に慄いている子供を見たら、優しく抱きとめて許してあげそうになってしまうところを、氏は自らも子供時代、貧しさから兄とともに“ドロボー”をしたことがあると、涙ながらにその経験を話し、そして、まだ未完成だった詩を少女に完成させろと言う。氏は言う。

 先生は、たとえどんな小さなことでも、わるいことをすれば、えいきゅうにそのつみはきえないのだと思います。それを一生もって生きていくことが、人間の生きていくすべてだと思います。安子ちゃん、そこのところをしっかりかんがえてください。ほんとうにきびしい人間は、いつだって自分をごまかしたりなんかしません。安子ちゃんがこの詩を書いたことは、その、うそ、のない人間になろうとしているあかしだと思います。だからこそ、先生は、安子ちゃんの詩をよんで、なみだが出たのです。安子ちゃん。先生はあなたを信頼しています。いま、先生が言えることはそれだけです。

 これを読んで私は灰谷氏が後年、神戸児童連続殺傷事件が起き、まだ未成年だった犯人の顔写真を写真週刊誌『フォーカス』が掲載したことに抗議して、新潮社から著作の権利を引き上げた事件を思い出した。その行動に対する是非はここでは問わない。ただ、氏はまだ善でも悪でもない子供の心性にも、はっきり“ダーク・サイド”が存在すること、また、子供がそこに魅入られてしまう瞬間というものを、誰よりも知っていたのだな思う。

 この『せんせいけらいになれ』から、7年後、上に紹介した灰谷氏自らの悲しい“ドロボー”体験は、氏の不朽の名作『兎の眼』の、処理場に暮らす人々の権利のため、一人ハンストを決行する足立先生と子供達の感動的なラスト・シーンに結実する。

 灰谷氏の文学は日本の60年代後半~80年代の行き過ぎた偏差値教育のアンチ・テーゼといった流れの中で広く読まれたように思うが、時代が一回りして、“ゆとり教育”の問題に直面している現在でも、この『先生けらいになれ』は全く力を失っていない。そして、その後、巨大な光芒を放つ灰谷文学の出発点が、この“ちいさな宇宙”に耳を傾ける作業から始まったことは、もっと記憶されて良いことと思う。

 遅ればせながら、灰谷健次郎氏の死を深く悼む。

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