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『ブルースに囚われてーアメリカのルーツ音楽を探る』~ブルースに捕らえられて

 

ブルースに囚われて―アメリカのルーツ音楽を探る Book ブルースに囚われて―アメリカのルーツ音楽を探る

著者:飯野 友幸,高橋 誠,保坂 昌光,舌津 智之,椿 清文,畑中 佳樹,大和田 俊之,榎本 正嗣
販売元:信山社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 お勉強するもんじゃないよ、ブルースなんて。と、いつも嘯きながらその手の本を読むのを頑なに拒んでいた私ですが、最近、色んな本を同時進行で読んでいて、偶然にもそれらの本でこの“ブルース”って音楽がとても重要な役割を持たされていて、一度ちゃんと調べてみようと思って読んだのがこの本です。

 良く筋金入りのブルース・ファンみたいな人が、ちょっとロック系のミュージシャンがブルースっぽい演奏をして、それを聞いてる例えば私なんかが、“イェーイ!!”なんて乗っちゃっていると、『あんなの、本物のブルースじゃねえよ・・・』みたいな難癖をつけてくる時があります。高校生だった時は小さな地方都市ですので、そもそも本物のブルースなんてものが周囲にあるはずも無く、まあ、その雰囲気を感じられるような演奏で気分に浸るしかできなかったんですが、実は当時から、『じゃ、本物のブルースって何だ?』と思っていました。

 そうして当時付き合っていた年上の人達から聞かされたのが、マディ・ウォーターズやスリーピー・ジョン・エステスやロバート・ジョンソンやもろもろのブルース・マン達のレコードだったんですが、それらの人達の歌や演奏の一体、どの部分が本物で、それ以外の人達のどの部分が偽物なのかは、口にこそ出しませんでしたが全然分かりませんでした。

 この本を読んで一つ分かったことは、“ブルース”という音楽の定義はひどく曖昧なものだということです。本書は7人の書き手がそれぞれテーマ別にブルースについて考察を加えていますが、その著者間でも言説に多少の矛盾が生じています。しかし、それは著者の意見が統一されていないとか、いい加減とかそういうことじゃなくて、それもひとえに、この音楽の豊穣さゆえのことだと私は解釈しました。

 本書は非常にマニアックで“濃い”です。こういった本を読むのに多少は慣れていると自負する私でも途中、何を言っているのか分からない部分もありました。これは、ちょっとしたブルースの源流を辿るエッセイとか、“ブルースを旅する”とかいった良くある読み物とは違い、純然たる黒人文化とその中で重要な位置をしめるブルースの“研究書”なので、大学の講義の教科書を読むくらいの気合が必要かもしれません。

 私が個人的になーるほど、と思ったのは本書のⅠ 文化・歴史・社会という章の『ルーツ志向と音楽産業』という項にある『Ⅳ パッケージの撞着語法ー反商業的な商品』という論考です。この論考をここで詳しく説明するのは難しいのですが、著者に怒られるのを承知で分かりやすく説明させてもらいますと、私が昔、“本物”として聞かされたブルースですら、レコーディングという商行為のフィルターを潜っている限り、商業主義を穢れとするロマン主義的な人々が夢想するような“本物”ではありえないということです。それどころか、それらは“本物”を志向する市場の要求に合わせて、レコード会社によって多分にコントロールされたものだったりするのです。

 だからといって「文化商品」たる音楽に耳を傾けてはならないと主張しているなどと考えてもらっては困る。重要なのは、文化産業と無縁な文化産物など、この資本主義体制では端から不可能であると自覚することなのだ(それだけで実りは多いはずだ)。産業や商業主義の穢れをまぬがれた『なにか』を夢想するロマン主義は、単にナイーブであるだけなら害もない。だがそれが疎外論的に導出する《真のブルース》には、商業主義と同様のまがまがしさがある。とりわけそれが「文化財」のようなものと結びつく時には(本書P50)。

 この項の著者はつまりブルースを、文化財のようなホコリにまみれたまま、そのくせ後生大事にありがたがるようなものにしてはいけませんよー、と言っているわけで、私がかつて上の世代に難癖をつけられながら上げていた“イェーイ!”はそんなに間違っていませんよーと言っているのです。(というか、強引にそう解釈しました。)

 他にも個人的に私が面白かったのは『アメリカ文学とブルース』ーラルフ・エリソンの世界ーという章です。黒人文化の本質を深く理解していながら、自らの“ホワイト”な部分にも自覚的であったエリソン。

 うーん、久しぶりにお勉強してしまいました。以前、このブログの何処かに“ブルースなんてお坊ちゃんの悪ぶるためのアイテム”って書きましたが、そのお坊ちゃんって私のことなんです。まあ、私の場合そのアイテムにしていたのはもっぱら『ブルース・ブラザース』でしたが。

 そのせいか一昨日、国会議事堂の前で白バイに捕まってしまいました。私の運転は他の人が見ると非常に危ないんだそうです。その自覚症状が全く無い私は白バイの警官に対し、逆ギレし、もう少しで違う罪状を追加されそうになりましたが、ダン・エイクロイドのようにぶっちぎってしまうわけにもいかず、結局、大人しくお縄を頂戴しました。で、その反則金を払わなければならず、またも“ブルースに囚われ”てしまったわけです。

 ちなみに引用した文の著者とは、私、昔、一緒に暮らしていたことがありまして(私が彼のアパートに居候しておりました)、彼はこんな立派な論考を書いていますが、そもそも自身が凄いブルースマンなのです。

 君が作ったバンド、スピード・ボールズはもう20年以上も続いてるぜ。君はもう歌わないのかい?ハウリン。

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コメント

中学・高校の同期ミュージシャン「さとうもとき」ワンマンライブ土日2DAYSに行ってきた。
昔から歌が上手かったので期待通り、しかも上京20周年分の思い入れがコテコテの豚骨スープのように注ぎ込まれていたので熱い熱いライブであった。(2日間とも3時間半、観客を飽きさせず最後まで聴かせるパワーはホントに凄い!)。同時にどんなに歌が上手くても曲が作れても演奏技術が高くても、音楽で食っていける人は本当に少ないんだなという厳しさとはかなさを感じた。運とか縁とか人脈とかタイミングとかが奇跡的にあってはじめて食っていけるミュージシャンになれるのだなと。

ライブは、初日アコーステックの弾き語り、二日目はゲストミュージシャンたちとのバンド編成というスタイルで行われた。

初日、観客席に薄暗いのにサングラスをかけた細身の兄ちゃんがいたので、かっこつけてんじゃねえよ若造!とガン飛ばしておいた。
(私はなぜか二日ともスーツに坊主という例のスタイルで行ってしまった。従って誰も近寄って来ない)。

二日目、超満員。
ライブの後半に昨日のサングラス兄ちゃんがベースのチューニングを始めた。何か嫌な予感。まさか。
頭にはバンダナを巻き、デニムのウエスタンシャツにほっそいGパン。ほっそい手足。すっきりしたアゴのライン。かっこいい鼻筋。まさか。若過ぎる。でもその男、元ストリート・スライダース市川JAMES洋二!!
はっきり言ってスライダース時代のJAMESはベースは上手いが、歌は下手だし、ボーボーのひげ面でインド風のもこもこした服で、どうせ出っ張った腹隠してんだろ、くらいにしか思っていなかった。
私はめったに人をほめない。特に男は。でもものすごくカッコ良かったのである。JAMESは!一般人とは格が違うのである。
年はたぶん40代後半のはずなのに、アゴのラインスッキリである!遠くから見ると20代後半の細身の兄ちゃんにしか見えない。腹は全く出てない。たたずまいがメチャクチャクール。ほとんど笑わないが、まれに微笑む。けっしてオヤジのようににやけたりしない。ハードボイルドの世界である。
演奏もこれまた凄かった。ベースのテクニックがどうのこうのということは良くわからないが、JAMESが演奏に加わった途端、バンドがグルーヴし始めるのである。黒く。黒く。このうねりは何なんだ!ああ、これが超一流の人の演奏なんだ!
スライダースの武道館ラストライブではハリーしか見てなかったのに、今は主役のもときそっちのけでJAMESを食い入るように見つめた。

二日目の終わり、出口でJAMESはもときのCDを両手に持ってけなげに売り子に徹していた。昨日ガン飛ばしてしまった手前、降参の意味をこめて、「ベース最高でした」と坊主頭を下げた。JAMESも軽く頭を下げ、今日の主役はもときなんだよと言わんばかりに「CDいかがっすか?」の一言。意表を突かれる。一瞬気まずい空気が漂う。JAMESさんは「あっ、もう持ってる?」。「あっ持ってます♪」と私は言ってそそくさと退散するしかなかった。(ほんとはCD持ってない)。

いや~JAMES最高!(何のコメントじゃ?)

投稿: jazz坊主 | 2007年4月16日 (月) 21時49分

ひどくご無沙汰してます。
 この本に関しては、初版が出たときにできれば献本を送りたかったんだが、連絡先を知らなかったものだから送らずじまいになってしまった。申し訳ない。今さら一冊進呈しても遅いよな。そういや『ユリイカ』のケルアック特集で小さい翻訳の仕事をした時も連絡先がわからなかったんだった。不義理してすまん。ともあれ、おかげさまでブルースの本の方は、出版以来、一日一冊とか二冊くらいのちまちましたペースでずっと売れているらしく、一部でカルトクラシックっぽい扱いになっているらしいけど、しかしいまだ印税の恩恵は蒙っておりませんDEATH。自分の書いたものの解説をするのは不粋に過ぎるので意見とか見解は表明しませんが、謝意は表明したいです。理想的な読者に読んでいただけて本当にありがたいと思います。感謝。
 それと……歌はもう唄わないかもしれないな。まあスピードボールズの再立ち上げの時には少しばかり関与したんだけど、いろいろと現実の方が難しいというか厳しくてね。詳しくは言わない(書けない)けど。あたしゃ去年から屍として漂流してるよな気分。ブルージーに生きてる、とでも言えば聞こえだけはいいけどさ。あとこれはビミョーな余談だけど、そもそもオレはロックンロール・ギタリストになりたかったんだよな、という部分もあってね。こいつサイコーだよなと思えるようなシンガーの後ろとか隣でちゃらちゃらギターでも弾けりゃそれが一番よかったんだけど、たぶんギターのセンスもなかったんだろうし、いいシンガーにも巡り会えなかったんだな。というわけで自発的積極的にシンガーだったという思いはないのだけれど、最近になってようやく、自分の性格とか資質はシンガー向きだったんだろうなと思う始末。この歳になるまでわかんなかったオレなんかが悪いんだが、まぁ何事もそんなもんなんだろね。
 また機会があったらここに寄らせてもらいます。

投稿: Howlin' | 2007年4月17日 (火) 01時36分

Howlin'久しぶり。嬉しいよ、また言葉を交わすことができてさ。この場合、俺が君を見つけたのか、君が俺を見つけたのかは分からないが、あの後、俺はだいぶ極貧な暮らしも経験したが、ちゃんと目は見えてるよ。

 コーヒーを入れるとき、初めちょっとお湯をたらして蒸らしてから、お湯を注ぐってやつ、君に教えて貰ったの、今でもちゃんとやってるよ。コーヒー入れるたびそのこと思い出してさ。

 昔、ある日曜日の朝、君がサンドウィッチをつくって、コーヒーをポットに入れて、それで二人で川べりに出かけたことあったじゃん?今、そこは色んなテレビ・ドラマのロケ地になっていて、キムタクが腕立て伏せしたり、志田未来ちゃんが橋から落ちたりしている。

 で、あの頃、俺達が演じていたいたのは何だったのかね?ヘミングゥエイのニックか?ビートニクスか?なんにしても懐かしいよ。

 この前、図書館でブルース関係の本を探していてこの本みつけてさ、へぇ、なんて思いながらちょっと読んで、それで著者名見たらのけぞったよ。それで、書架の前で、“オーイェーーーイ”って言っちまった。

 実は君がこの本で書いたことで思い出したのは、この前、テレビで見たマーチン・スコッセジの言葉、“カメラを持ち込むだけで現実は変質してしまう”ってやつです。つまり記録しようって意思が生まれた途端、そこには解釈やもくろみが発生するから、いわゆる真実ではなくなってしまい、ドキュメンタリーですらちゃんと映画だ、みたいなこと。今村昌平の映画の解説で彼が言っていたんだけどね。

 ブルースにもそれと同じことがおきたてたんだなあ、って思った。この理解って間違いじゃないかな。

 結婚してからも、たまにビールとか買い込んで良く君のアパート行って、ケルアックやらマルケスやらトマス・ピンチョンやらメルヴィルやらの話した。というか君がしてくれた。あの不思議なライティングの部屋でさ。あれも楽しかったよ。・・・“あたしゃ去年から屍として漂流してるよな気分。ブルージーに生きてる、とでも言えば聞こえだけはいいけどさ”・・・・いいんじゃない。どんな風にでも生きてればさ。

 俺、考古学が仕事ジャン?一応。だから普通の人より時間の観念が少し麻痺しててさ、去年、下村さんが死んで、それで、気がついた。人間って、最高でも100年くらいしか生きられねーんだなーって。あたり前なんだけど、これ真剣にショックだったの。俺。縄文だ、奈良・平安だってやってると江戸や明治なんて新しいなあって感覚だからさ。この仕事してる人って結構そういう人多い。

 だから、10年会ってないなんていっても、俺、へっちゃらな気がしてた。誰とも切れてる気がしてなかった。別に何にも変わんねーだろうって。

 でも、そうじゃなかった。俺も不義理なこといっぱいしててさ。それで、誰にとも無く、こんなブログでわめきたててんの。誰かに届くかなって。

 で、君に届いて嬉しかった。ホント、コメントありがとう。また寄ってくれ。

 

投稿: ナヴィ村 | 2007年4月17日 (火) 21時24分

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