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『欲望の翼』~蒸し暑い恋

欲望の翼 DVD 欲望の翼

販売元:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
発売日:2006/06/23
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 ザビアクガードの音楽とフィリピンの熱帯雨林、そして1960年代の香港。蒸し暑さで登場人物たちの肌が汗でテラテラと光って、強烈にセクシーな映像。日本では1992年公開と言うから、もう15年も前の作品だが、現在においては香港映画の範疇を越えて映画史的にも“神話的”な傑作とされている。

 監督ウォン・カーウァイにはこれの“2”の構想もあったと言うが、作るのはもう難しいだろうとも言っている。何故なら急速な勢いで変化を遂げる香港において、現在ではこの映画撮影時のロケ地がもう無くなってしまったこと、また何よりも出演者が皆、その後、スーパー・スターになってしまってギャラが高くなってしまったことなどを理由にあげている。

 初めて見たときの印象は雨。物語の大半のシーンにザーという雨の音がして、そして蒸し暑そうな部屋で汗を光らせながら、やたら良い男と良い女が求め合ったり拒んだりのシーンを繰り広げる。そしてこの息苦しさ、蒸し暑さは恋をしている時のそれを表現しているようでもある。蒸し暑いのが好きな人はいないと思うが、こんなに甘美なムードにもなり得るんだと、私はこの映画で知った。

 この映画は物語らしい物語は無く5人の男女の愛憎を描いた群像劇だが、5人が5人とも微妙に重なり合ってはいても、誰一人恋が成就することはない。自分を捨てた男を憎みながら夜になると男の家の前まで行かずにおれないスー(マギー・チャン)、それを見守る夜回りの警官(アンディ・ラウ)など、この二人がくっつきゃいいのに・・と思う組み合わせが幾つもあるのに、どれもそうはならない。

 この映画を見て主人公の一人レスリー・チャン演じるヨディを許せないと言う女性は結構いると思う。だが私は女性達の意見とは全く逆の意味で彼が許せず、それには多分に羨望が込められている。

 美女を口説き、関係を持ち、その後は女をまるでモノのように扱うヨディ。そして、うっとり夢見心地でいる女に『床を拭け!』なんて掃除婦に命じるように言ったりするが、女達はどんな酷い仕打ちを受けてももう彼を愛することを止めることができない。

 近頃の日本の映画、テレビ・ドラマなんかで作られる恋愛ものは、ほぼ100パーセント女性に振り回される男、つまり女がコントロール可能な存在としてのペットのような男ばかりが描かれているので、それに慣れきった目でこの映画のヨディを見ると私はいつも、おお、なんてお久しぶりなヤツと、思わず手を叩たかずにはおれない。

 このヨディのような男を説明するのに昔は『不良』という便利な言葉があったが、現在の日本では『不良』は『ヤンキー』にとって変わられてしまって、本来とてつもなくカッコいいものだったという、その部分のみが駆逐されてしまった感がある。

 
 この映画の中のヨディの台詞に詩のような美しい言葉がある。


  脚の無い鳥がいるそうだ

  飛び続けて疲れたら風の中で眠り

  一生に一度だけ地上に降りる

 

 そう言って、勝手気ままに、欲望のおもむくままに生きて死ぬヨディ。最後は『真夜中のカーボーイ』のダスティン・ホフマンを想起させるが、最後の最後に実はそう酷い男でもなかったのかな、と思わせる。

 映画のラストにはなんの脈絡も無くワン・シーンだけトニー・レオンが出てくるが、ウォン・カーウァイ監督が本気でこの続編を作るつもりだったのがこんなところからも分かる気がする。

 女性に腕時計の針が一回りするのを見させ、その後、『19××年×月×日×時×分。僕がこの1分間、君といたという事実は否定できない。』と耳元で囁く。それが、1分になり、2分になり・・・・・蒸し暑い梅雨がこれから訪れようとするこの季節、かぶりつきたくなるような良い男が毎日訪ねてきて、こんな風に口説かれたら、女性のあなたはどうしますか?

 応じれば身を焼くような恋の地獄が待っています。拒めば・・・・・・息も詰まるような快楽なんて、一生味わえませんよ。

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かっこ悪いことはなんてかっこ良いんだろう。

Photo

 

 この前、ジュリーについて書いたらやはりどうしてもショーケンについて書きたくなりました。萩原健一。日本ロック・ボーカリストの最高峰。役者としても70年代最大のアイコン。そして全てがオリジナルな人。

 ロック・ボーカリストだからと言ってミック・ジャガーにもロッド・スチュアートにもディランにもエルヴィスにも、誰にも似ていません。役者としてだってデニーロなんて意識してない。と言うかそれら全てと対等な人で、つまり本物ということですが、本物の表現者なので、当たり前ですが危険な人です。この人を知ってしまったせいで私は自らの世代の英雄の一人忌野清志郎すら物足りなく感じてしまう時がありました。

今のようなきちんと整頓された時代には、彼のような人はことさら糾弾される対象でしかないのでしょうが、その辺はあの故・勝新太郎と同じです。彼らのような人は一種の異物、狂気の寸前まで行って、何かを獲得して戻ってくるような、常人にはできない仕事を課せられている人種で、様々な事件で社会にダメージを与える以上に、深い深い快楽=作品を残すことで生存を許されている、そんな存在です。彼と同種の人と言うと他に、故・松田優作、ビートたけしなんかが思い浮かびますが、皆、最後には一般社会と和解する回路をなんとか見出し落ち着きます。が、何故かショーケンは、いつまでも危険な存在のままです。

 今は何でも伝説の~というのが流行で、きっと彼の主演したドラマ『傷だらけの天使』や『前略、おふくろ様』なんかは、もう何処で見ても伝説扱いされているのでしょう。私も一瞬、そう紹介してしまいそうになりましたが、この二つのドラマ、今ではどのレンタル・ビデオ屋さんにも置いてあるので、かつてほどの“伝説”感はアリマセン。当時、この『傷だらけの天使』の後が『前略、おふくろ様』だったわけで、あの探偵事務所の手下のチンピラ“修”と、母親思いで板前修業中のサブちゃんの落差を考えると、当時の彼の勢い、ひいては役者としての力量をつくづく思い知らされます。

 故松田優作ドキュメント『甦る松田優作』を読むと、優作はショーケンを神のように崇めていた時期があって、あの『探偵物語』ですら、この『傷だらけの天使』に刺激され生み出されたものだと言うし(ショーケンの「熱狂雷舞」のジャケット写真を見れば、優作が工藤ちゃんのスタイルをここからパクったのが分かります)、またその後の永瀬正敏主演のテレビドラマ版『私立探偵濱マイク』はこの『探偵物語』を相当に意識して作られていたので、『傷だらけの天使』にはどの時代の人が見てもハマルと受け継ぎたくなるテイストがあるのでしょう。 

 私は彼から負けることのかっこ良さを学びました。アメリカン・ニューシネマさながらにです。それは立小便をして振り向きざまに刺されて死ぬマカロニ刑事から一貫していてます。つまり早川義夫のレコードの題名の逆で、“かっこ悪いことはなんてかっこ良いんだろう”、と言うことです。

 『傷だらけの天使』の修もアキラも、ホント言うと惨めでとてもかっこ悪い。せこく立ち回り、馬鹿で、たまに手に触れた愛や正義感は虫けらのように踏み潰されてしまいます。ただ、ない頭で知恵を絞り、手足をばたつかせ、独力で事態を切り抜ける様が痛快だったりするのですが、その後の優しさと見紛う倦怠感があの時代の空気を感じさせ、それがこのドラマの魅力となっています。

 実はジュリーの時のようにショーケンの曲のベスト5、とかやろうと思ったのですが、余り思い浮かびません。と言うか、そういうことを全く無意味にしてしまう人で、彼が歌ってさえいれば何でも良いと言うのが正直なところです。特に、上にあげた『アンドレ・マルローライブ』の頃は、表情、仕草、暗黒舞踏のようなアクション、ディランのような、浪曲師のようなあの変?な歌い方が渾然一体となって、歌でなくても良いと言った感じすらあります。

 しかし、どうしても一曲と言われれば、私は迷わず『祭りばやしが聞こえるのテーマ』をあげたいと思います。“伝説”と言えばこの『祭りばやしが聞こえる』こそ伝説のドラマで、このエントリーを書くにあたって調べたところ、多分、ビデオ化、DVD化はまだされていません。

 レース中の事故により怪我した競輪選手がショーケンの役どころです。そして、その主人公がふと立ち寄った町でのさまざまな人たちと触れ合う様が描かれるのですが、うろ覚えの記憶からすると、出演者の一人だった室田日出男が何か事件を起こして、途中で打ち切りになったような、確かそんな風だった気がします(違ったっけ?)。また、このドラマで競演後、ショーケンはいしだあゆみと結婚しています。

 このドラマの主題歌が柳ジョージ&レイニーウッドが歌う『祭りばやしが聞こえるのテーマ』で、ブルージーな名曲です。

 https://youtu.be/sLjYkFDhMGU

 当のショーケンも柳ジョージ&レイニーウッドをバッグに歌っていて、聞いてみたい人にはやはりライブアルバム『熱狂雷舞』がお勧めです。ついでにショーケンになりたくてなれない甲斐よしひろも自身のアルバムでカヴァーしています。

 ショーケンは今、例の降板した映画の関係者に対する恐喝事件で、何度目かの低迷期にいます。しかし、映画版『傷だらけの天使』が決まっていると噂で聞いて、長年のファンとしては、なんとか復活を期待したいところです。

 最近、仕事が忙しくて、心身ともに疲れていますが、今日、ほっと一息ついた時、私は無意識に『たまらん節』(『傷だらけの天使』で、ショーケン演じる修が良く口ずさむ歌)を歌ってしまいました。

“たまらーん、たまらーん、たまらーんぜー、たまらーん、こけたら、皆こーけーたー”

                     By 萩原 健一?

・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり、これが一番かな。

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着ぐるみを脱いだロッカー

Photo_1  昔々、歌謡曲というジャンルの音楽がありました。~ありました、と過去形で書くのは、それは70年代後期に、サブカルチャーの側から“フォーク、ニュー・ミュージック”なるものに侵食され、今ではJポップというワケのわからないジャンルに変質してしまったからです。この前久しぶりにテレビの歌番組を通して最後まで見たら、今、日本の音楽シーンはこの“Jポップ”と演歌の二つしかない状況になってしまったなあ、と改めて思いました。

“日本人が、ロックと思ってやったり聞いたりしているものは、全部、少しテンポが速く、ドラムの音がデカイだけの演歌”と言ったのは村上龍&坂本龍一ですが、それは音楽の構造上の問題だけでなく、精神的な面でも言えているような気がします。でも私は逆にかつての“歌謡曲”の中にこそ日本の真の“ロック”があったとも思っていて、その代表選手がこの人、ジュリー、沢田研二です。彼の『ロイヤル・ストレート・フラッシュ』なる第3集まであるベスト盤を聞くと、それはもう綺羅星のごとく輝く名曲の数々、そんなに熱心に聴いていた人じゃなくても絶対口ずさめてしまう曲のオンパレードです。ちなみ私のベスト5を紹介しますと

 

      1 危険な二人

      2 憎みきれないろくでなし

      3 追憶

      4 サムライ

      5 あなたに今夜はワインをふりかけ

 

 と、いうことになります。ね、凄いでしょう?この他にも『TOKIO』もありますよー、『酒場でDABADA』もありますよー、『恋のバッドチューニング』も、『六番目のユ・ウ・ツ』もあります。

彼は日本のミック・ジャガー、私、そう思います。え?って言う人、例えば映画『小さな恋のメロディー』で、イギリスの女の子たちが校舎の裏で順番にミック・ジャガーの写真にキスするシーンがありますが、ミック・ジャガーって純然たるアイドル歌手だったんで、ジュリーはその正統な匂いを醸しております。

 そして、ここからが大事なんですが、それでいて“反権力”(懐かしい響きだ)の匂いも同時にしていなければならず、テレビドラマ『悪魔のようなあいつ』で三億円事件の犯人役をやったり、映画『太陽を盗んだ男』で原爆を作り、政府に野球中継を最後までやるよう脅迫する理科の先生役をやったりしていた彼は、当時の革命への憧憬が微かに残る不良どもにも熱く支持されていたようです。

 しかし、反権力とか言わなくても『8時だよ!全員集合』でいかりや長介の『だめだ、こりゃー』の後、さっきまで志村けんとコントをやっていた彼が、舞台の設定がドタバタと変わった後、突然、ナイフを片手に現れて歌ったり(サムライ)、ウイスキーの小瓶を口に含んだと思いきや“ブーーー”と噴出す姿(酒場でDABADA)に、まだビートルズもストーンズもディランも知らない野球少年だった私は、悪がかっこいい、という“ロック”へと至る道を無意識に教えられた気がします。

 この“反権力”感、不良的なものの極にあとちょびっと針が振れると、それは同じGS出身で、“戦後最大の不良少年”と言われたショーケンになりますし、お笑いもやる美少年のアイドルという極に振れると、現在のSMAPのようになってしまって、どちらでもないその絶妙なバランス感覚で当時全盛を誇っていた彼は、現在から見ても、空前絶後の存在だったと思います。

 今、聞くと80年代の『TOKIO』以降の路線より、70年代の路線の方が圧倒的に素晴らしいです。その頃のバックの面々は皆、元GSの人達が多く、何故この人達が日本の音楽シーンを牽引していかなかったんだろう?と思いました。でも、このGSくずれ、やさぐれ感たっぷりのミュージシャン達の凄さは、ショーケンが大麻と交通事故と離婚が重なって“戦後最大の不良”度が頂点に達した、80年代半ば読売ランドイーストで行われた“アンドレ・マルローライブに記録されていて、特に井上尭之と速水清のギターが一つの時代をくっきりと切り取っています。これは日本の『ラスト・ワルツ』、日本のある時代のロックの終焉の宴で、見てない人、必見ですよ。

 と、ショーケンの話になってしまいましたが、何が言いたいかと言いますと、ジューリーの場合、いつ彼があのモンスター的な役割から降りたのかが、今もって曖昧だということです。『ジュリーの全盛期の終焉とその音楽史的な役割についての考察』。なんか論文が書けそうです。

 一度だけ彼が“芸能界”という“着ぐるみ”を脱いで、本性のロッカーである姿を晒しているのを見たことがあります。無論テレビでですが。それは昔、毎年、大晦日に内田裕也が主宰していたロックのイヴェントでのことです。それには故松田優作なんかも出演していまして、ジュリーは紅白出演後、急いで駆けつけた様子で『NHKはかったるかったぜ!!』みたいなコメントの後、もの凄いステージを展開しました。曲は井上陽水作の『just fit』。https://youtu.be/xbRlOE2pENA
客は皆、ちょっと怖い系の野郎ばかり。しかし、皆、総立ちで拳を振り上げ熱狂していました。女の子の黄色い声プラス、野太い、怒号のような歓声。その客を挑発し、暴れまわるジュリー。こりゃあ、ショーケンよりもスゲエや、と私は思いました。

 最近、全然見ないけど、たまに見たら彼は太って、貫禄のある良いおじさんなっていました。実家の母なんかは『昔よりも今の方が素敵ねえ。』と言っていましたが、ある意味それはそうなのでしょう。しかし、ファンである私はもう一度、彼のあの大晦日の夜のような“本気”のステージを見てみたい気がします。あのノリで“危険な二人”を歌われたら、私はもう一度、十代に戻って、ジェニファー・オニールのような美しい未亡人に誘惑されたくなっちゃうでしょう(別に歌ってくれなくても)。

 痩せるんだ、ジュリー、アイ・オブ・ザ・タイガーを取り戻せ!(彼は元タイガースだから)  生卵飲んで走れ!

 スタローンはやった。ジュリーも出来る!!

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スライダーとカーブ

 20070401165958_1 このゴールデン・ウィーク中に最も印象に残ったのはレッド・ソックスの松坂とヤンキースの井川の不調である。それに比べ、松坂と同じレッド・ソックスの岡島は現在、大活躍中だ。何故か。色々言われている中で最も納得できたのは今朝、ラジオで聞いたスポーツ・ライター長谷修氏の分析である。それは日米における使用するボールの違い。

日本のプロ野球で使用しているボールは表面がしっとりしていて引っ掛かりが良く、スライダーが投げやすいらしい。しかし、大リーグのそれはツルツルしていて投げづらい。握りとしてスライダーは縫い目に指をかけない変化球である。

それに比べると、カーブは縫い目に指をかけ投げる変化球で、フォークもしかり。つまり、松坂、井川のようにスライダーを主体に投球を組み立てるタイプのピッチャーは苦戦を強いられ、フォークを主体としたかつての野茂や、たてに大きく落ちるカーヴ(昔流に言うとドロップ)が主体の岡島にはとてつもなく有利であるらしい。

岡島はボールを放した後、キャッチャーを見ていない。強烈なピッチャーライナーが来たら危ないだろうな。しかし、現在の大リーグには彼のようなカーヴを投げるピッチャーは少なく、しばらくは打たれないだろうとのこと。松坂は珍しく目が泳いでいた。不安そうだった。井川は無表情で、『もっと感情を表に出せ!!』と怒られたらしい。それに比べ月間MVPを貰い、『俺で、ほんといいんすかねー』と笑う岡島に私も笑った。このゴールデン・ウィーク。スライダーとカーヴで明暗が分かれた。

皆さん、自分の球種を見直しましょう。ちなみに私はストレートだけ。

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07 ゴールデン・ウィーク後半!

 ボケーーー。グー、グー。ムシャムシャ、パクパク。休みました。眠りました。喰いました。さほど疲れているといった自覚症状はなかったのですが、このゴールデン・ウィークの後半4日間、いわきの実家に帰り、寝ているか、喰っているか、野球を見ているか、みたいな生活。驚いたことに布団に入るといくらでも眠れてしまい、おかげで変な夢も一杯見て、それには天国に召された方たち総出演で、時空間は歪み、現世と霊界のボーダーが曖昧で、未だ心は『シックス・センス』状態です。明日から仕事だと考えると、この廃人のような身体がこの数時間のうちに回復するのか?まだ舌にこの数日の数々の美食の記憶を残したままで、果たして明日からの手持ち弁当、もしくはコンビに弁当の日々に耐えられるのか?等、甚だ不安ですが、ダーウィンの進化論によれば生物は環境により変化するものらしく、私のクチバシもいずれ形が変わるのでしょう。

以下、例によってここ数日間の日記からです。

5月3日(木)

20070503134544  朝、5時起床。休日くらいゆっくり・・・と思うが、いつもの習性で早起き。しかし、家族はまだ寝ているので、掃除、ゴミのかたずけ、洗濯などをする。本日、いわきの実家に帰る予定。7時頃、皆を起こす。荷物をまとめ、ネットで道路情報を確認すると、東北道、常磐道はすでに渋滞が始まっている模様。どういったルートで行くか思案する。結局、8時半頃、出発。甲州街道→山手通り→首都高5号線と進み、東北道に乗った瞬間、突如、妻の両親のお墓参りをして行く事を思い付く。お彼岸に行けなかったので、づっと気がかりになっていて、これを機にと予定を一部変更。お墓がある埼玉県岩槻市に行く。お墓参り後、16号国道から6号国道へ。柏で常磐道に乗る。BGMはディランの『武道館』。友部インターで休憩。“納豆ドッグ”なるもの喰う。なんでもテレ東の某番組で紹介されたのだとか。でも、良く分からん味。結局、夕方、3時頃、いわきの実家に到着する。

 

 20070503182130_2 少し、休んだ後、弟嫁の店『アヴァンティ』へ行く。弟のお勧めでワン・プレート、オムライスをメインにしたセットをデミグラス・ソースで頼む。料理が来るまでの間、前面ガラス張りの外で我が家の愛犬、ジャニスと店のピノがじゃれ合っているのを見物。すると、空の雲行きが怪しくなってきて、あっという間にカミナリ。いきなり稲妻ショーになる。ワンコ達恐れ慄く。注文したオムライスは超美味。『オイッスィーーー!!』と、“喰いタン”の東山くんの口調で叫んでしまう。一度、帰宅して、近くの旅館の温泉に行く。先程の雷は上がり、空は嘘のように星空&月。息子と室内、サウナ、露天風呂を行ったり来たりし、すっかり暖まる。その後は家でジャズのレコードを聴きながらビール、日本酒、焼酎、そしてまたビール。全身、すっかり解れ、タコのようになって就寝。夢に祖父母登場。お帰りと言われる。ただいまと言う。

5月4日(金)

朝、またまた早起き。休みだからってつくづくゆっくり寝ていられないタチ。ガタガタと周りを起こしちゃいけないと思いつつ、ガタガタしてしまう。AM8時頃、弟と弟嫁の料理のデュエットで朝食。なんて正しい朝。年末年始、弱っていた母も回復目覚しく、皆で食事。その後、BSでボストン・レッドソックスVSマリナーズを見る。先発松坂の投球フォームが変なことを息子に指摘し、うんちくを垂れていると、本当に松坂調子悪く、初回、四球を連発、仲間のエラーもあって一挙5失点。その後、打線が5点取り返してくれたもののまたしても失点し松坂降板。一体、どうしたんだろう?今後が心配。昼食は母が食べたいというので、自分がラーメンを作る。しゃぶしゃぶ用の肉を使ってのインスタントラーメン。贅沢。で、なかなか美味。午後、娘は弟と庭仕事すると言うので、自分、妻、息子はドライブ。BGMはマイルス・デイビス。海の方に向かって走り始めるが、道路が渋滞していて、Uターンし川の方へ。しばらく遠野、古殿方面に走り、途中、鮎の塩焼きの屋台?を見つけ3人で食う。一匹300円。川と新緑の山並みを見つめガツガツ。帰宅すると娘と弟はまだ庭の草むしりをやっていて、妻と自分も手伝うことにする。息子は今度は楽天VSロッテ戦観戦。岩さま、岩隈復活。楽天、ロッテを破る。草むしり終了後、縁側でビール。最高。

 夜、ホット・プレートで大焼肉大会。喰う、喰う、そして喰う。また、余り肉が食べられない母のために野菜カレーもつくる。喰いながらももちろんビーリング。尿酸値急上昇、通風のカラータイマー鳴れど、無視。喰い疲れPM10時半頃、就寝。夢に父登場。ありがとう、と言われる。どういたしましてと言う。

 

5月5日(土)

 20070505142318 朝、6時頃起床。少しづつ起床時間がずれているが、それでも6時。昨日、風呂に入らずに寝たので、朝風呂に入る。AM7時頃、天気が良く陽射しが気持ち良いので、テーブルを庭に出して、庭で朝食ということに。弟と準備始める。昨日、母に作ったカレーが大量に余っていたので、ヨーグルトを少々加え、暖めなおすが、ダッヂ・オーヴンで作ったのが災いして、鉄の金属味がついてしまい変な味に。皆、我慢して食べてくれたのかな。ごめんなさい。

その後は家でダラダラ。本を読んだり(ケルアックの『孤独な旅人)』、ピアノを悪戯したり。母に髪を切ってもらう。昼食は母も交え、小名浜の港市場“ララ・ミュウ”にある回転寿司『おのざき』に行くことに。なんでも、観光客だけでなく、生きのいい魚に食い慣れている地元の人も大挙する店とかで、行くと噂に違わず満員。行列。しかし、何としてもここで喰わねば、と待つこと約1時間。ついに、テーブル席に着く。1皿目は一皿105円のイカ。しかし、一口目でシャウトする。『なんじゃ、こりゃー!!!!!!』。ネタの良さが超絶的。当たり前か、だってここ市場だもん。そうか、今まで食べていたものは皆、ダミーみたいなもんだったのね。そーかー(しばし黙祷)、良し、食うぞっ、て戦闘開始。鯨の心臓、めひかり、聞いたことの無い名前の魚たちのにぎりを喰う喰う喰う喰う喰う・・・・・・みるみるうず高く積まれていく皿。母も妻も弟も息子も娘も皆喰いながらにやけている。これは純度の高い麻薬や、美女との濃密な恋愛と同じで、今後、私の中で寿司の味はここのそれが基準になって、もう他のじゃ絶対満足できない体になってしまったよう・・・そんな体験。最後は回る寿司をもう見ないようにしました。だって、満腹なのに舌が欲しがって、手が伸びてしまう。ここは危険です。

 帰宅後、少し寝て、祖父母、父が眠る墓にお参り。家族で散歩がてら法海寺にお出かけ。墓参り後の帰り道、今年、中学で陸上部に入った息子がスパイクが欲しいと言うので、一度帰り、車で大型スーパーの中のスポーツ用品店まで行く。陸上競技用のスパイクっていろいろあって勉強になる。店員さんが自身も選手だったとかで詳しく、感心する。

 夜は昼にあれだけ食べたのに、今度は鰹の刺身。しかも弟はデカイブロックを二つも買ってきて、自ら包丁でおろす。油のった新鮮な初鰹。これを私は日本酒の冷でいただく。一見、喰いきれるかな、と思ったがあっという間に食い尽くしてしまう。やばい、快楽指数がまたも上がる。繁殖する緑と戦いながら、暴飲暴食に耽る一族。まるでマルケスの『百年の孤独』のブエンディーア一家のよう。またもPM10時半頃、倒れるように就寝。夢に去年亡くなった下村さん登場。おいしい?と聞かれる。おいしいと言う。

 で、今朝、またも余りにも正しい朝食を食べ、BSでヤンキースVSマリナーズ(7回までヤンキース王建民がパーフェクト、松井2000本安打ならず・・・)を見て、東京に帰ってきたというわけ(帰りの車のBGMは『美空ひばりジャズ&スタンダード』)。ふーー。喰ったなあ。弟、Y子さん(お嫁さん)良い休日をありがとう。クチバシの形、まだ変わりません。で、今夜は・・・・・・・・・・・・・・・・・。

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