『アースダイバー』~野生の東京
“縄文地図を片手に、東京の風景が一変する散歩の革命へ!見たこともない野生の東京が立ち上がる”と、この本の帯にはある。だが、この本に書かれているようなことは、私のように考古学を生業にしているものにとってはごくごく日常的な思考方法であって、特に驚くようなことは無かった。しかし、それでも私がこの本をわざわざ買った理由は、巻末に“Earth Diving map”と称して、縄文海進と呼ばれる時代、つまり今より海が内陸部へと侵食していた縄文中期の地図に現在の東京の地図をトレースした図面が付いていたからである。
これは面白い。良く江戸期の絵図を片手に東京の下町を散策しているお年寄りを見かけるが、この地図があると、現代からいきなり縄文中期へと飛べる。大体、縄文時代、岬の突端だったような場所は当時の祭祀行為が行われたような場所であり、それは現在まで延々と受け継がれている。神社や墓地など、主だった宗教的施設は現在もほぼ縄文中期と同じような位置にある
中沢新一氏は昔、私が大学でイヴェントの企画をしていた際、講演を依頼し快諾していただいた覚えがある。私はお世話になっていた大学の先生とネイティブ・アメリカンのメディスンマンを呼んであるパフォーマンスをして貰ったのだが、その前にただのオカルティックな見世物にならないようにと、氏にアカディミックな話をしてもらい、つまり“ハクをつけ”ようとしたのである。当時、氏は浅田彰などと並んで、“ポスト・モダン”の代表的な知識人で、その効果たるや絶大であった。
私は彼の一連の著作が学術書なのか思想書なのか、はたまた単なるエッセイなのか未だに良く分からない。膨大な知識量に裏打ちされた緻密な論理が展開されているいるようで、ふむふむと読み進んでいくうちに、いきなり論理の飛躍があったりするので、一概に鵜呑みにしてしまう訳にはいかないと思っている。しかし、読み物としてはどれも相当にスリリングで、読書の幸福を味あわせてくれることは間違いない。
本書は雑誌『週間現代』に連載していたものをまとめたものだけあって、アカデミックな用語や宗教的な知識など知らなくても、誰でも気軽に読める。しかし、“ダイヴィング”だけあって、届く深度の度合いはダントツだ。私が毎朝、車で通勤途中、見慣れた東京の風景を見て段々と野生を呼び戻されてしまうのは実はこの本のせいである。“湿った土地と乾いた土地~四谷・新宿”、“死と森~渋谷・明治神宮”、“タナトスの塔~東京タワー”などを読んだ後では、都市にいてネイティブな力が立ち上がってくるのを感じる。
考えるに都市はいつ都市になったのだろう?このような方法はニューヨークやパリやロンドンでも可能なのだろうか? どんな土地にだって霊性や死の記憶が秘められいるはずであり、それぞれ独自の地形がそこに暮らす人間の心性に及ぼした影響が、厚く堆積している筈だ。
本書の巻頭にはアルゴンキン・インディアンの神話が書かれている。それによるとあるインディアンがアビ(潜水鳥)に水底の泥を取ってこさせ、この泥から世界が創られたという。
この本のように考えれば、私の職業は“アース・ダイバー”と言えるのかもしれない。しかし、潜って取ってきたものから何を作り出すべきなのかは今もさっぱり分からない。
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