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『モーターサイクル・ダイアリーズ』~革命という名の医療

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  この映画を製作総指揮したのがロバート・レッドフォードだという事実にまず泣かされる。

“これは偉業の物語ではない。同じ大志と夢を持った二つの人生がしばし併走した物語である”と、チェ・ゲバラ自身の言葉から映画は始まるが、この“二つの人生”が併走する物語を一番体現してきたレッドフォード(『明日に向かって撃て』、『スティング』、『大統領の陰謀』など)が、このキューバ革命の英雄の若き日の旅を映画化することを熱望したというのは、きっとこのスタイルを借りてどうしても今の世界にメッセージしたいことがあったのだろう。

 監督はあの『セントラル・ステーション』のウォルター・サレス、この人は元々ドキュメンタリー畑の人。この映画でもその手法は存分に生かされている。そして主人公のチェ・ゲバラを演じるのは“ラテンのブラピ”(なんで?)ことガエル・ガルシア・ベルナル。

 チェ・ゲバラと言うと一頃までは、左翼系の人達の口にしか上らない印象があったが、現在はもっと広く、ロマン主義的な、自身の理想に殉じた冒険者的なイメージで世界中の若者達の憧憬の的になっているようだ。彼は1928年生まれで、1967年、ボリビアでCIAの手によって殺されるが、もし、生きていれば今年79歳になる。現在、同じキューバ革命の英雄カストロ議長について痴呆も含め様々な噂があるのを思うと、老醜を晒さずに済んでゲバラは幸せだったのかもしれない。

 ゲバラについて思う時、重要なことの一つは、彼が医者だったということだ。

 この映画に描かれている時代には彼はまだ医大生だが、映画の前半では、その経歴は旅の同伴者アルベルトの口八丁によって、寝床や食料を確保するための方便として存分に利用される。医者不足の当時のラテン・アメリカにあって“治療を施しながら旅をしている”と言ってその恩恵に預かろうという訳だ。しかし、チェ自身は医療行為ということに対してはことさら誠実で、適当に済ますことができず、様々な失敗の憂き目に会う。

Img_487121_11992027_1_2  物語は愛車“ポデローサ号”が使い物にならなくなって、バイクの旅から徒歩とヒッチハイクの旅に変わったあたりから少しずつトーンが変化する。ポンコツのバイクで何度もコケながら旅を続ける前半は、良くある無軌道な青春ロード・ムービー的だが、中盤、徒歩で旅するようになってからはラテン・アメリカの人々の窮状を直に知ることによって、少しずつ一青年の中に革命への意思が芽生えていくプロセスをドキュメントしているかのようになっていく。

 これは演じたガエル・ガルシア・ベルナルの演技の確かさによるところが大きいと思うが、この時虐げられた人々に向けられた彼の目は、医者が患者に注ぐそれと同様なものに感じる。つまり、ゲバラはラテン・アメリカに巣くっている病気の病巣が何なのか、医者の目で観察するのだ。旅の前半で喘息の老婆に自身の喘息の薬をあげてしまうのも、後半、土地を追われた夫婦に恋人から預かり使わずに持っていた金をあげてしまうのも私には同様な医療行為のように見えた。

 この映画にはチェ・ゲバラが革命家になるまでは描かれない。が、その後の彼を匂わせる象徴的なシーンがある。詳しくは書かないが、施す側から、差別され虐げられた者たちの側へ行こうとする彼と、そんな彼を熱狂的に迎え入れようとする人達のそのシーンにこの若者がこの後、歴史の中でどんな役割を担っていくのかが暗示されている。

 今年はチェ・ゲバラ死後40年。きっと死んだ10月の頃には、キューバからそれに関するニュースが聞こえてくるだろう。2007年現在の世界にあって彼が象徴するものは一体何なのか、容易にその答えは出ないが、キーワードの一つとして“理想主義”という言葉を挙げておきたい。そして、それに沿って世界を変革しようとする意思のアイコンであるとも。彼が最後にわが子にあてた手紙にはこうある。

『とりわけ、世界のどこかである不正が誰かに対して犯されたならば、それがどんなものであれ、それを心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それが一人の革命家のもっとも美しい資質なのだ。』 1965年3月21日 別れの手紙より                   

                 ☆

と、ここまでゲバラのことばかり書いたが、旅の同行者アルベルトのことも忘れてはならない。こういうキャラって、きっと女性には下品に映って嫌われるタイプだと思うが、男同士の友人としては最高の男だ。最後の最後に本人が登場するが、彼はこの映画をどう見ただろうか?

 『南米放浪の旅は想像以上に僕を変えた。少なくとも、もう昔の僕ではなくなっていた。』By エルネスト・チェ・ゲバラ

 こんな映画を見てしまったら“旅”がしたくなるな。決して“旅行”ではなく。

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コメント

オウムの林郁夫とかが、ゲバラと同じ事を言っていた。つまり、一人一人を医療の現場で救うことができても、世界を根本から正さなければ、本当に人を救うことができないとかなんとか…。二人は同じことを言っているのに、何か大きな違いを感じるるのはなぜだろう?かたや共産主義を信望し、かたや新興宗教だからか…?かたやVSアメリカ帝国主義、かたやVSバブル崩壊期の日本だからか…。
 二人の評価の違いは革命を成功させるという結果を一度でも出したものと出さないものの違いだけなのだろうか?
 『弱者に対する献身の深さの違い』みたいなものだと思うけど、どう?

投稿: ほぴ村 | 2007年7月29日 (日) 23時34分

頭で考えたやつと、肌で感じたやつの違いじゃないい?

投稿: ナヴィ村 | 2007年7月30日 (月) 05時38分

やっぱり“味”の違いでしょう。
【昭和43年の発売以来、一世を風靡した「焼肉のたれ」と、それに続く「黄金の味」では、”ゲバラならでは”といわれるオリジナルなおいしさが支持され、ロング&ベストセラーの輝かしい歴史を更新し続けています。】

あっ、あれは荏原か・・・

投稿: jazz坊主 | 2007年7月30日 (月) 22時18分

本文中のチェ・ゲバラというところをクリックして下さい。このゲバラ論書いてる人も、同じネタ使ってる。実は俺も知らずに使いそうになった。“ゲバラ焼肉のタレ”。革命的な味がしそうだ。

投稿: ナヴィ村 | 2007年7月30日 (月) 22時40分

チェ。

仰ゲバラー尊しー我が師の恩
教えの庭にも はや 幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき) ...

ブツブツブツブツ・・・・・・

しかもサイトのBGM、モンクだし・・・

投稿: jazz坊主 | 2007年7月30日 (月) 23時26分

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