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美しき多重人格者

Album 椎名林檎。誤解を恐れずに言えば、この人ってミュージシャンなのだろうか?ミユージシャンと言うより音楽すらも一つの素材とした、もっと大きなアートを創出している人のような気がする。名前は忘れたが、もの凄く入念にコスプレして、それを自分で写真に撮る現代美術の人がいるが、(あれ?ホント名前なんつったっけ?)なんかそれに近い感じがする。それプラス音楽みたいな。

 しかし、簡単に言うがそれをやるには音楽、言葉、パフォーマンス、どれをとっても相当のレベルをクリアしていなければならず、それをできてしまう彼女は驚嘆に値する。

 このブログの何処かで私はCOCCOがジョン・レノンに似ていると書いたが、それは勿論、作る曲調や詩の内容のことではなく才能の質について言ったのであって、このような発想を椎名林檎にするとすれば、彼女はボブ・ディランに似ている、と思う。

 ディランは本名をロバート・アレン・ジンマーマンと言い、いつの頃から自らを“ディラン”と名乗り、メディアに語る過去や出自はほとんど出鱈目で、その創り上げた人物像をもって実人生としてしまった人だ。これは単に“芸名”ということじゃなくて、つまりは自分で創出した人物を演じ歌うことによって、自身をも『作品』にしてしまった、と言うとんでもないレベルの話である。

 椎名林檎はこれに似ている。福岡出身の彼女が『歌舞伎町の女王』をリアリティを持って歌うには、当たり前だが“演じる”という意識が絶対に不可欠で、その虚構と現実の境界を危うく見せる彼女自身もまた『作品』の一つになっている。

 彼女が衝撃のデビューを果たした時、多くのメディアは彼女の詩、言葉の特異さばかり挙げ連ねていた。そして現代詩の詩人、荒川洋治やねじめ正一などが彼女の詩を激賞していた。この辺りもディランにそっくりで、両者ともあれだけ豊かな音楽性を持ってしながら、言及されるのは言葉ばかりで、いつも音楽は置いてけぼりにされてしまうような感がある。

 今、YouTubeで過去から現在までの彼女の様々な映像が見られるが、どれ一つとして同じ顔のものがない。白状するが、私は未だ椎名林檎と言う人がどういう顔の人か良く分からない。きっと飲み屋で隣の席に座っていられても彼女だと気づかないと思う。彼女は曲ごとにキャラクターを演じ分けていると言うより、多重人格者が時を選んで様々な人格を表出するみたいな風になっているので、どれが本当の彼女なのか良く分からない。

 と、ここまで書いてYouTubeで、『ニュース・ステーション』に出演した時の彼女の映像を見た。ふーん、椎名林檎ってこういう顔してんだあ、とまじまじと見てしまった。話し方は落ち着いていて、言葉を丁寧に選んでいるようでとてもクレバーな印象を持った。この女性が、過去のPVやステージであれをやっていた人なのかと思うと、ちょっと狐につままれたような気になる。そして“表現”って恐ろしいなあ、と言う気にもなる。

 昨日の夜、NHKで“尾崎豊がいた夏”という番組を見た。伝説の大阪球場ライブを敢行した尾崎豊はその時19歳で、番組の中で尾崎は初期の名曲のほとんどを15歳の頃に書いていた、と紹介されていた。

 椎名林檎もCOCCOも確か、19~20の時デヴューしたと思う。椎名林檎は『ここでキスして。』をいくつの時に書いたのだろう?それに『歌舞伎町の女王』『丸の内サディスティック』を。ランボーを例に出すまでも無く“早熟の天才”とは良く聞くが“遅咲きの天才”というのは聞いたことが無いので(死後、その天才を発見された人はいるが)、少なくとも19、20であれだけの楽曲を書いたと言うのはやはり彼女達は天才なのだろう。

 椎名林檎は演劇的だ。演劇にのめり込んでいた時代もあると言うので、いずれそういう世界に行くのではと思っていたら映画『さくらん』の音楽監督を彼女がしていて、大きく頷いてしまった。

 また、しばらく“東京事変”での活動が続いていたが、今年2月、4年振りに椎名林檎名義でのニューアルバムも出た。『平成風俗』。まだ聞いていないが、きっと今回も彼女自身の実像など分からないだろうがそれで良い。私は自らをも作品化し、それを演じきる彼女の才能を愛していて、そんな才能を持っているのはこの日本では唯一無比、彼女だけだからだ。

 飲み屋で隣の席に椎名林檎が座っていたら・・・私はやはり気づかないと思う。が、美しい女性がいる、ということだけは分かる。                

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音楽コラム(89)」カテゴリの記事

コメント

俺なら2キロ先に椎名林檎がいてもわかるぞ!
喜んで槍もってぴょんぴょん跳躍しちゃうだろう。

俺は彼女をロックンローラーとして見ています。
「ここでキスして」のPVはロック史上に残る傑作だと思います。

彼女の“素”が一番でるのは「正しい街」を歌うときです。
DVD『下克上エクスタシー』は東京と福岡のライブ映像ですが、「正しい街」は福岡でしか歌ってくれませんでした。歌っている最中に彼女は感極まって泣きそうになります。
彼女は高校中退ですが、その高校時代の特定の誰かを思い浮かべて歌っているように見えます。

高校時代って、特に男は恋愛にどうしようもなく不器用でそれでいて恋愛を神聖化していて処女性を重んじて、でも性欲も一番強くて誰とでもいいみたいなところもあってくわえて自意識過剰で・・・。

俺だけかな・・・。

その頃に出会った女の子たちってなかなか忘れられなかったなー。

最近、かなり忘れてきているが・・・(ボケ?)

今なら子持ち、バツイチ、バツニ、ふたまた、何でもウェルカムだもんなー。

ある意味、精神が解放された・・・

いや、ちょっと都合が良すぎるな・・・

投稿: jazz坊主 | 2007年8月14日 (火) 23時45分

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