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『BEATITUDE』~ビート・ミュージアム

 アレン・ギンズバーグ、ゲイリー・スナイダー、ステラ・ケルアック、そして諏訪優さん。私は彼等に実際にお会いして、その人柄に触れさせていただいたことがあるので、このビート・ジェネレーションの名で呼ばれるアメリカの文学集団と、それに纏わる人々に対してはことさらに思い入れが強い。この思い入れが高じて1989年の夏にはジャック・ケルアックの墓を詣でるためマサチューセッツ州のローエルに出かけたりもして、あれから随分と時が流れた。

 本書には1994年アメリカ・コロラド州ボールダーで行われたナロパ・インステチュート記念式典に集まったビート達へのインタヴューが多く収められている。あとがきに“これだけの老ビート作家たちが一堂に会するのは、今世紀中、これが最後になるだろう”との予感のもとに取材が行われたとあるが、その予感通り、本書に登場するオリジナル・ビート達の多くがこの90年代の半ばにこの世を去っている。

Photo_2  佐野元春編集の雑誌『THIS』は第一期~第三期まであって、私はその全てを愛読していたので本書にに収められているテキストは既に読んでいたものばかりである。しかし、それらの雑誌は人に貸したり、失くしたりして今は手元に無いので、こうしてビートをテーマにして一冊の本にまとめられたのは素直に嬉しい。

 2007年現在、本書をきかっけにして新しい世代が彼等の存在を知り、また作品を読むことがあったとして、そのことに一体どういう意味があるのかは正直良く分からない。携帯電話が当たり前になり、ネット・コミュニケーションが発達した現在では、彼等のようにただ友人に会うためだけに何度も車で大陸を横断したり、また異様なまでの量の手紙をやりとりするコミュニケーションへの熱望は、驚きをもって迎えられるのか、それともただ前時代的に映るのか。

 本書に収められたテキストを久しぶりに再読して思うのは、佐野自身も書いている通り、かつて路上にあったものを博物館のガラス越しに見るような一抹の寂しさである。ここでの彼等は言葉は悪いが、博物館入り直前の姿とも言える。しかし、1994年、当のオリジナル・ビート達はというと、それぞれ老いなど意に介さないように世界を見つめる目は辛らつで曇りが無い。

 私はいつも9・11以降の世界を彼等(特にアレン・ギンズバーグ)がどう語るのか聞いてみたい気がしているが、それはもう叶わない。勝手な思い入れであれ何であれ、彼等の人となりや作品に多少なりとも影響や恩義を感じているなら、後は自分で考え、この荒地の世界をコヨーテのように独り行くしかないのだ。

 本書は私にとって“ミュージアム”のようなものだ。かつて読んだ文章、喚起される思い出、そして今でも十分有効なメッセージ。ただ難を言えば、この2007年現在との繋がりについて、もう少し何か欲しかった。

 この本にはDVDが付いていて、それはジャック・ケルアックの墓を佐野元春が訪ねた時の映像である。こちらも1994年とあるから、収められているのは私が訪ねた5年後のロウエルの風景だ。

 私が行った時、私が会った町の人たちは皆ケルアックなんて知らないようだった。だが本書を読むと、1994年のローエルには彼の記念碑が建っていて、文学賞も設立されている。

そうか、時はこのように流れるのか。

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