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『胡蝶の夢』~佐渡の“伊之助”

61n5amo9ql__sl500_aa300_  高校生の頃、『竜馬がゆく』を読んで以来、私は一体はどれだけ司馬遼太郎の歴史小説を読んだことだろう。『燃えよ剣』、『世に棲む日々』、『翔ぶが如く』、『花神』、『菜の花の沖』、『項羽と劉邦』、『坂の上の雲』・・・・・などなど挙げるときりがないが、読む度にそれぞれの主人公に心酔したようになって、個々の研究書のようなものを紐解き、読後の余韻に浸ったりするのが常であった。

 例の“司馬史観”と共に、氏の作品を批判する理由として良く言われるのに、小説で描かれたそれぞれの人物像は、現実のそれと大きく違うと言うこがあるが、私は氏の小説は本来忘れ去られていた時代や人物を生き生きと私達の眼前に活写して見せ、身近なものとしてくれた点のみを評価するべきで、事実との齟齬は読者が後々楽しみとして埋めていけば良いのではないかと単純に思っている。

 しかし、そんな私にも読後、実像を云々する以前に、もう飛び抜けてその実在自体を強く疑わざる得なかった人物が一人だけいて、それがこの『胡蝶の夢』の島倉伊之助である。

 良く過去の人物を回想する際、感嘆の言葉として“かつて、本当にこのような人物がいたのか?”と畏敬の念を込めて言うことがあるが、伊之助の場合、龍馬や晋作や土方や西郷などの時にそう形容するのとは大きく意味が違う。第一、ここに描かれる彼の場合、決して英雄などではなく、それどころか人間失格者、もう、可哀相なほどの“壊れもの”である。 

 『胡蝶の夢』は氏が得意とする“幕末もの”の中ではやや異色の作品だ。舞台は江戸末期の医学界で、主人公は幕府の奥御医師の蘭学者松本良順。私の言う伊之助はこの良順の弟子である。

 嘉永6年6月3日の黒船来航は当時の日本のあらゆる分野に衝撃を与えたが、この緊急事態は江戸の堅牢な身分制度に錐をねじ込むほどの小さな穴を穿つことになる。良順も伊之助も、当時数多いたであろうそうした穴から這い出てた人物と言えるのだが、二人が這い出た先の舞台は医学界、具体的に言うと長崎海軍伝習所内に独自に設立された医学伝習所である。

 江戸で蘭学の習得に窮していた良順のもとにある電撃的なニュースが届く。それは長崎に設立された海軍伝習所にオランダから一人の医者が軍医としてやってくるというもので、蘭学者であるのに幕府の魑魅魍魎とした医療制度のため漢方医をさせられている良順は、この軍医から直接教えを受けようと思い立つ。そして、周囲の人間達のいじましいまでの働きかけでそれは実現の運びとなるが、その時、彼が同行させるのが、彼の弟子で怪物的な記憶力を持つ佐渡の伊之助である。

 司馬凌海(しばりょうかい1839-1879)こと島倉伊之助は通じない言語はないと言われたほどの天才的な言語学者である。独・英・仏・蘭・露・中の6ヶ国語に通じていたと言われ、当時誰も知った者のいない他国の医学用語を通訳しながら、訳語が無い場合、瞬時に日本語を適切に造語したと言う(蛋白質、十二指腸などは彼の造語)。当時、彼と話たドイツ人が一度も日本から出たことの無い彼に“あなたは何年ドイツで暮らしましたか?”と質問したと言うことからもその天才ぶりが伺い知れる。

 小説でも同様な場面が幾つかある。人間社会ではほとんど失格者である彼が、当時の蘭学の俊英達が理解できない言語をたちどころに解読してしまうそれらの場面は痛快でもあるが、初めて読んだ時、これはあまりに演出が過ぎるのでは?と私は伊之助の実在を疑ってしまった。なにしろ他国の言語をほんの短期間耳にしただけでまるで母国語のように操るようになってしまうなど、人間の能力として果たして可能なのかと。

 現在では伊之助はその言動から自閉症の一種であるサヴァン症候群、あるいはアスペルガー症候群だったのではないかと言われている。私はその分野についての知識は無いが、それらの人々の中には時に驚異的としか言いようの無い能力を発揮する人がいるという。

 伊之助は“もの覚え”については悪魔的な能力を発揮するものの、人間社会で生きていく感情の機微や作法といったものを全く身に付けることができない。そして、ただでさえ微に入り細に入りしなければならない当時の身分制度の中で、彼は文字通り傷だらけになってしまう。そうした中、この小説のもう一つの魅力は良順と伊之助のユーモラスでありながら時に美しい師弟関係にあると言えるだろう。伊之助が敬語を使い、わずかながらも人間らしさを発揮できるのは、この世でただ一人良順に対してのみである。

 今回、数年ぶりに再読して私は何気ないシーンに妙に感動を覚えてしまった。それは様々な誤解から生じた問題のために佐渡に帰らざる得なくなっていた伊之助を良順が長崎に呼び寄せ、二人が再会するシーンである。以下、抜粋。

 良順がさらに近づくと、腹の立つことに、やはり伊之助だった。良順はめったに大げさなふるまいをしない男だが、両手を高く上げ、一気に伊之助の両肩におろして、鳴るほどに叩いた。待っていた、と言った。よほど大声だったのか、境内を掃除していた小僧がくぐり戸を開けて石段のほうを見たくらいだった。

 伊之助は気取って無感動でいたわけではない。

 その証拠に涙が出て止まらなかった。ただ良順を見ても立ち上がっていんぎんな礼をとるとか、言動で喜びをあらわすとか、人間なら当然、どの種族においても文化的に、あるいは自然に身につけている身振りから伊之助はうまれつき不導体であるようだった。ただ、泣き笑いの顔を、にっと良順にむけて上げただけである。

 良順は何故、伊之助とこのような絆を結ぶことができたのだろう。伊之助の超人的な能力を自分の勉学に利用するためにそばに置いたとの考えも当然成り立つが、私は良順は単に度量の広い、本質的に優しい男だったのだと思う。

 私は本書を読んで、日本の近代医学はその黎明期に様々な奇跡が重なって成立したことを知った。あの時、来日した軍医がポンペ・ファン・メールデルフォールトでなかったら、というのもその一つだが、あの時、島倉伊之助がいなかったら、というのもその一つであろう。そして、それには松本良順という義侠心に溢れた男の存在が不可欠であったろう。

 松本良順は幕末史の中では、良く新選組との関りの中で語られる人物である。現在、我が東京都日野市の高幡不動内には、新選組の名誉を回復するため明治期に建立された記念碑があるが、それはこの松本良順によって立てられたものである。

 良く芝居やドラマでは脇役が主役を喰う、ということがあるが、この小説は松本良順、島倉伊之助、関寛斎の3人が主役と言うべきで、伊之助は決して脇役などではない。が、読後、最も強烈に記憶に残るのはやはり伊之助である。著者の司馬遼太郎も本書のあとがきで短命だったこの人物への、ことさらの愛情を悲しみを込めて記している。

 誰にでも伊之助のようなヤツがいる。皆から気味悪がられ、実際そばにいると迷惑至極な存在なのだが、自分とだけは妙にウマが合い、愛せづにはおれない人間が。

 私の“伊之助”は偶然、現在佐渡にいてここ数年もう連絡を取り合っていない。佐渡の豊かな自然の中でのんびり生きていることをわずかに願うのみになっている。

 本書は1~4巻までと長編だが、秋の夜長、じっくりこの幕末の人間ドラマを読み込むのも良い時間の過ごし方と言えるのではないだろうか。 

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コメント

佐渡の伊之助?そりゃ誰だい?

投稿: ほぴ村 | 2007年10月 8日 (月) 23時09分

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