« 『ムーミン谷の彗星』~雨の日のムーミン | トップページ | 蛍火 »

『初恋』~愛の聖戦

初恋 Book 初恋

著者:中原 みすず
販売元:リトルモア
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 私は本書を2度読みました。1度目はノン・フィクションとして、2度目は小説として。初め、読了した時は、この本を手にした多くの人達と同様に、私もこの著者があの三億円事件の実行犯であると確信に近い感情を抱きました。普通、40年も昔の出来事と言えば、いくら自身の身に起きた(起こした)事とは言え、淡い夢の中の出来事のようにしか記憶できない筈で、なのに、これ程リアルな情感と空気感を文章に再現できてしまうのは、ひとえに事件が“初恋”と結びついているからだろうと、そんな風に考えました。

 アウトロー(不良)として青春を生きる人間なんて、それこそいつの時代にだっているものです。が、60年代の新宿の不良、と言うとちょっと特別な感じがします。ジャズとハイミナールと学生運動。西口フォーク・ゲリラ、「風月堂」、寺山修二、唐十郎などのアングラ演劇、ヌーベルバーグの映画など、昔、憧れた様々なキーワードがたくさん出てきます。この小説の舞台となっているジャズ喫茶もそういった当時の新宿を知る人たちの間では語り草になっている実在したバーがモデルになっています。ビート・たけしや死刑囚の永山則夫が働いていて、作家の故中上健二が通っていたことで有名だそうです。登場人物の亮や岸、タケシ(中上健二だと思われます。)、ユカ、テツ、ヤスなどもその店に毎度たむろす“60年代の不良”なのですが、孤独な境遇で育ったみすずがこのジャズ喫茶で彼等に出遭うところから物語が動き始めます。

 この小説、そうしたエネルギーが充溢した時代が舞台でありながら、文章は始終一貫して静かな印象です(事件を起こす場面ですら!)。まるで静かな部屋の雨だれが流れるガラス窓から、騒々しい外を眺めているようで、小説中、登場人物達の会話に何度か取り上げられる、マイルス・デイビスのミュート・ホーンで奏でられるジャズ・バラードのようにも思えます。

 そして、念のため言っておきますと、この本を“あの3億円事件の真相を暴く”みたいな本だと思って読むと、とんだ肩透かしをくらいます。これは純粋に恋愛を描いた本であり、“事件”すらがこの恋愛の背景と化しています。そして、その辺の無造作な感じがかえって著者が実行犯であるという疑惑にいっそうリアリティを与える結果になっています。

 岸は何故、密かに愛してしまった少女を犯罪者に仕立てたのでしょう?読後、私が真っ先に思ったのはそのことでした。みすずが事件に至るまでの気持ちは情感豊に小説中、語られているので分かります。親戚中をたらい回しにされ、最後に世話になることになった伯父の家での疎外された暮らし。人から必要とされるという感覚を味わったことの無いみすずは、岸の要求に今まで経験したことの無い人間的な暖かさと喜びを知り、真っ直ぐに事件へと突き進んでいきます。しかし、岸は・・・・実は何かもっと大きな組織だったものが背後にあって、“恋愛”というものを餌に、実はみすずを利用しただけじゃないのか?なんて、ちょっと捻くれている私はそんな風に思ってみたりもします。

 しかし、彼のこの感情は今の時代の恋愛事情からはどうしても理解できないものの一つなのでしょう。小説中にこんな文章があります。

 そのころの私はーあるいは私たちはー警察や公安、そのほかなんでも、「権力」と括弧つきで表現されるような存在に挑戦することは正しい、そんなナイーブな思想を毎日呼吸していた。まだ若かった、若すぎた私にとって、大人たちすべてを敵に回し奮闘する若者たちの行動は、聖戦とも言うべきものだった。

 自らの聖戦での共闘を呼びかけるというのが愛の表明として成立した時代。そういうことなのでしょうか?3億円事件を「犯罪」ではなく彼等の「聖戦」として考えると、岸の計画の持ちかけは、まさに強烈な“愛の言葉”だったのかもしれません。

 

初恋 プレミアム・エディション DVD 初恋 プレミアム・エディション

販売元:ハピネット・ピクチャーズ
発売日:2006/11/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

 去年、映画化されたこの作品で、主演のみすずを演じた宮崎あおいは実際にこの作者に会って、この小説が真実だと確信したと言っています。

 で、私はと言うと・・・2度読んで、「確信」した、というのとちょっと違う感じになりました。私の場合は、この著者がどうか3億円事件の犯人であって欲しい、といった願望、祈りのような気持ちです。

 これはまた共に青春を生きて死んだ仲間達への鎮魂の書でもあります。本書の一番最後にこんな短歌が詠まれています。

    

   振り返る その背の繊(ほそ)く 焼きついて 

                       夏の星座に 君の声きく

 

 本書にはこの他にも短歌がいくつか出てきます。もしかしたら歌人として著名な方がペンネーム(中原中也の“中原”に金子みすずの“みすず”だろうな、どう考えても。凄いペンネームです。)で書いているのでは?とか色々想像してしまいます・・・・・・。

 ところで、3億円事件の犯人とされた例のモンタージュ写真ってインチキだったらしいですが、何であんなに怖いんでしょうかね・・・・夜、思い出すだけでゾっとしてしまうのですが・・・私だけかなぁ。

(PS 本の装画は浅野忠信。こちらも素敵です。)

 

 独断的評価★★★★★ 

 

|

« 『ムーミン谷の彗星』~雨の日のムーミン | トップページ | 蛍火 »

Books (71)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/186188/8918285

この記事へのトラックバック一覧です: 『初恋』~愛の聖戦:

« 『ムーミン谷の彗星』~雨の日のムーミン | トップページ | 蛍火 »