« 『逃亡者(のがれもの)おりん』~おりん、Come back! | トップページ | モーニング・ムーン »

ボヘミアン・ラプソディ

Img_124699_2658684_0  今日はクリスマス・イブ。しかも皆さん、窓の外をごらんあれ!今夜は凄くきれいな満月!

 去年の今日このブログにローリング・ストーンズの『地の塩』をエントリーしたのはつい昨日のような気がするから、本当に一年は。今日、子供達に『クリスマスプレゼントに何が欲しい?』と聞くと、『今、特に欲しいものがないからいらない。その代わりもし欲しいものができたらその時、クリスマスプレゼントととして買って。』と言われた。随分、大人になったものだ。

 その点は以前に比べると随分楽になったが、少し寂しい気もする。少し前まではいかに子供達に気づかれずにサンタがプレゼントを持ってきた風に演出するか、妻と二人で本気で苦労していたから。

 去年の『地の塩』同様、今年もクリスマス・ソングじゃない曲をクリスマス・ソングとして聞きたいのだが、今年はクィーンの不滅の名曲『ボヘミアン・ラプソディ』だ。この曲、以前、ギネス・ブックで行われた世界NO1のシングル・レコードは?なるアンケートで堂々1位に輝やいたとかで、ちなみに2位はジョン・レノンの『イマジン』、3位はビートルズの『ヘイ、ジュード』。ちょっとこの2曲を抑えての1位って凄くないか。思うに日本人よりダイレクトに言葉が分かる英語圏の人にはそのミステリアスな詞が3つのパートからなるドラマチックな曲の構成とあいまってきっと強烈に訴えるものがあるのだろう。長いが訳全文いってみよう。

    

     『ボヘミアン・ラプソディ』

     

    これは現実?それともただの幻?

    まるで地滑りに遭ったみたいに現実から逃げられないよ

    目を開いて、空を見るがいい

    僕は哀れな男さ、でも同情は要らない

    いつだって気ままにさすらって来た僕だから

    良いこともあれば、悪いこともあるさ

    いずれにしたって風は吹いてくるんだ 

    たいしたことじゃないさ。僕には

     

    ママ、今 人を殺してきた

    そいつの頭に銃口をつきつけて

    引き金を引いたらそいつは死んだよ

    ママ、人生は始まったばかりだってのに

    僕はもう台無しにしちまった

    ママ、ああ、ママ

    ママを泣かせるつもりなんてなかった

    だから明日の今頃 僕が帰らなくても

    今までのように生きていってね。

    まるで何事もなかったように

     

    もう遅すぎる 最後の時が来た

    全身に震えが走り、体中が痛みに襲われる

    さよならみんな 僕はもう行くよ

    みんなと別れて 真実と向かい合う時なんだ

    ママ、ああ、ママ (いずれにしたって風は吹いてくるんだ)

    僕は死にたくない

    時々、思うんだ 生まれてこなきゃ良かったってネ

     

    一人の男の影が小さく写る 

    スカラムーシュ、道化師よ、ファンダンゴを踊ってくれ

    雷鳴が響き、稲妻が光り

    そいつが僕を恐れおののかせる

    ガリレオ、ガリレオ、ガリレオ、ガリレオ

    ガリレオ、フィガロ 貴き人よ 

    僕は哀れな男、誰も僕のことなんて愛しやしない

    (彼は哀れな男、貧しい家に生まれ育った

    この奇怪な運命から解き放ってやろう)

    いつだって気ままにさすらって来た僕だから

    どうか逃がしてくれ

    だめだ 逃がしやしない (彼を逃がしてやれ) 

    だめだ 逃がしやしない (彼を逃がしてやれ)

    絶対に逃がさない  僕を助けて!!

    絶対に絶対に逃がさない 助けてくれ!!

    ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、

    ママミア、ママミア、ママミア、どうか僕を逃がして!!

    魔王ビールズパブ 僕の中から悪魔を追い出してくれよ

    僕のために

    僕のために

    僕のために

     

    そうかい、僕に石を投げ、つばを吐きかけようってんだな

    僕を愛してるなんて言っておきながら

    見殺しにするつもりなんだろ?

    ああ、ベイビー、あんたがそんな仕打ちをするなんて

    すぐに逃げなきゃ

    今すぐここから逃げ出さなきゃ

    

    たいしたことじゃないさ 誰もが知っていることさ

    そう、たいしたことじゃない

    本当に僕にはたいしたことじゃないさ

     

    いずれにしたって 風は吹いてくるのさ

                 

   いろんな人の訳+ナヴィ村訳(詮索及び転載禁止)

 

 バラードパートは青、オペラパートはピンク、ハードロックパートは赤文字にした。

 これはアフリカ生まれでゾロアスター教信者、また同性愛者でもあったフレディ・マーキュリーが民族的にも宗教的にも、性的にもマイノリティである自らのコンプレックスを克服するための葛藤が歌われているという解説を読んだことがあるが、現在の自分を乗り越え、新しい自分になろうとする決意の瞬間はどんな人にだってある。

 また、この歌が発表された70年代中期はイギリスはサッチャー政権の時代で、とても景気が悪くかったそうだ。皆、なんとなく打ちひしがれていたところを、この曲の“いずれにしたって風は吹いてくる”といったくだりは当時のイギリスの人々をとても励ましたのだとか。

 現在の日本はどうだろう。灯油やガソリンがとても高くて、この生活への圧迫感はまだまだ続きそう。が、クリスマス・イブくらい、こんな風にうそぶいて見よう。

いずれにしたって 風は吹いてくるのさ・・・・・・・・・と。

皆さん、メリークリスマス。

PS 上のYouTubeで曲を流しながら訳をスクロールすると、より詞の世界が体感できる。

|

« 『逃亡者(のがれもの)おりん』~おりん、Come back! | トップページ | モーニング・ムーン »

音楽コラム(89)」カテゴリの記事

コメント

お久しぶり。「ボヘミアン・ラプソディ」がリリースされた1975年はサッチャー政権(保守党)時代じゃなくて、キャラハン政権(労働党)だよ。まあ、経済状況が悪くて、七〇年代後半のパンク擡頭につながっていくような状態だったのは確かだけど。一般にサッチャー時代とは八〇年代の謂いで、イギリスをカネ・カネ・カネの世の中にしてしまったと理解しておく方がよいみたい。サッチャリズムと小泉構造改革というのはだいぶ似かよったところがある。
「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞自体は、案外ゲイソングとして読むのが妥当だったりすると思うが、どうかねぇ。別に銃が銃でなくたっていいわけだし。『華麗なるレース』所収の名曲「愛にすべてを(Somebody to Love)」なんかはその点が顕著です。フレディ追悼コンサートでの、ジョージ・マイケルによる「愛にすべてを」の絶唱は、ジョージ・マイケルって歌手についてだいぶ考えさせるところがあったけど、もしかしたらゲイだからこそ曲の真価が深く理解できているのかもしれない。

投稿: Howlin | 2007年12月30日 (日) 12時26分

 ご指摘のサッチャー政権ではなくてキャラハン政権との件、勉強になりました。以前、何かで読んで知識をうろ覚えのままで記事を書いたのでこんなことになってしまったのでしょう。記事の中のその点は自分の勉強不足の証拠として修正せずにそのままにしておきます。フレディ追悼コンサートは“ボヘミアン•ラプソディ”はバラードパートはエルトン•ジョンが、ハードロックパートをアクセル•ローズが唄っているという知識だけあって、オペラパートがパバロッティとかだったら良かったのになあ、なんて漠然と思っていた以外、ジョージ•マイケルについてはなんも知らんかったです。

 クィーンについては実は今息子がハマっていて俺自身は今、昔、何となく聞いていたのを、今になってちゃんと聞き直しているような状態です。
 
 セクシャリティの問題は実は歌詞カードをちゃんと読むと随分、聞き取れる部分がありますが、今回は触れずにおいたところ。人が人を愛する気持ちって性別関わらず発生してしかるべきで、自分はそうではありませんが、昔から俺は偏見があまり無い。

 『ボヘミアン•ラプソディ』がゲイソング。解釈はいく通りもあるべきで、そうも取れるということも含めて、これはやはり偉大なポップソングなのではと思います。

 ところで、昨日、菊池氏の著作を読んでいたら、『ブルースに囚われて』について書かれていました。先日、頂いたハガキでは彼を含む何か著作の計画があるとのこと、楽しみにしています。

投稿: ナヴィ村 | 2007年12月31日 (月) 00時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/186188/9553438

この記事へのトラックバック一覧です: ボヘミアン・ラプソディ:

« 『逃亡者(のがれもの)おりん』~おりん、Come back! | トップページ | モーニング・ムーン »