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07・12・30~08・1・03

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 新年明けましておめでとうございます。昭和天皇崩御から20年目、21世紀に入ってから8年目、そして鼠年生まれの我が娘は今年12歳に、43歳になる私は厄明けとなる、そんな1年の始まりでございます。

 去年のこの時期の記事を見ますに、それは3年連用日記からの引用になっていますが、白状すると私は現在、もう日記をつけていません。7年に及んでつけていた日記ですが、去年の何処かで終了ということになってしまいました。このブログを始めたことが日記を止める大きな原因になった思われますが、詩人荒川洋治氏に言わせると、人様に公開することを前提としたブログと違い、日記とは何も“書かないこと、自らの呼吸に戻る時間を楽しむもの”だそうで、その極意を摑める様、いつの日かまた気負い無く始めてみたい気もしています。

  さて、そんなでありますからこの年末から年始にかけての様相を去年のように事細かにお伝えすることはできません。“食べて→風呂に浸かり→寝ていた&リピート・・”と、正にそんな一言で括れてしまう程の怠惰な日々を送っていまして、おかげで見た目にも少し肥えました。自らの運命を知らない北京ダックのような気もして、ふと、美味そうだと私を見下ろす何者かの視線を感じ、はっと天を仰ぐことしばしです。去年、仕事が激務だったせいか、ホセ・メンドーサと15ラウンドを戦った矢吹ジョーのその後とははきっとこんなか?と思えるほどの廃人ぶり、全身を真っ白にして実家の柱に寄りかかっていました、というのは大嘘で、弟が用意してくれた地元の魚を食べ、結婚式場&仕出し屋を営む兄が持ってきてくれたおせちに舌鼓を打ち、友人の店で買ったクリスタルのお猪口に酒を満たして飲む、と正にそんな具合で、動けないのは暴飲暴食により腹が破裂寸前の蛙のようになっていたからです。

  今回、大きく変わった点は、一族が一人増えていたことです。去年、弟夫婦の所に女の子が生まれまして、私はその子を初孫を抱く爺様のような気持ちであやしました。わが子たちは現在、13歳と11歳で段々と手が離れ始めていますから、全身で存在そのものをゆだねてくる赤ん坊の姿はとても懐かしく、また可愛いと言う以上に何か惹きつけられて止まないものがありました。そして、これは弟も言っていましたが、赤ん坊って一体何処からきたのだろう?と少し不思議な気持ちになりました。20080104153446

 私が敬愛して止まない詩人故諏訪優氏に“赤ん坊とは何か”という秀逸なエッセイがありまして、その中で諏訪さんは“空とか無という思想の原型が赤ん坊の中にあるような気持さえしてきた”と言っています。日々の煩わしさが頭から離れない私達大人は実は無心の赤ん坊を可愛いという以上に、憧れを持って見つめているのかもしれません。で、ここで一句。

『赤ん坊 いびきかきたる人類の師』 季語なし。

『一年の慶は元旦にあり』と言いますが、今年もこれといった大げさな目標のようなものは何も思いつきませんでした。ちなみに元旦の早朝、息子と行った神社で引いたおみくじには、『末吉。籠の中にいた小鳥が放されて自由にとび歩くように苦しみを逃れて楽しみの多い身となる運です。世の為人の為に尽くしなさい。幸福(さいわい)まして名も上がります。』とありました。

 自由に?また、“オン ザ ロード”の日々が始まるのかな?世の為人の為ってなんだろう?・・・と、頭の中はまたごちゃごちゃしてきてしまうのですが、姪を見習って、今年は“無心”で生きたいと思います。息深く、揺れる電機のコードを見て爆笑したり、花に飛び交う蝶や蜂を見て大声で歓声を上げている澄んだ瞳の大人を見たら・・・皆さん、それは“赤ん坊の目(ネイキッド・アイズ)”で世界を捉え直すことに成功した私だと思ってお捨て置きを。決して病院に通報したりせぬよう・・・・・・御願いします。

 そうそう、青山南訳の新訳『オン ザ ロード』、読まなくちゃ・・・・・な。

   

 

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