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『ボブ・ディラン自伝』~「普通」に憧れた天才の人生

ボブ・ディラン自伝 Book ボブ・ディラン自伝

著者:ボブ・ディラン
販売元:ソフトバンククリエイティブ
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 一昨日の金曜日の夜、新橋で飲んで帰ろうと思ったらもう時間が遅く、このまま家に着いてもちょっと寝てまた朝出てくるんじゃバカらしいと思い、結局、山手線を浜松町で下車して再び現場ハウスへ戻りそこで寝ることにした。

 ここで寝るのは去年の台風パトロールの時以来だが、あの時は梅雨時で蒸し暑かったが、今回はまだ少し寒かった。

 別に寝袋やマットレスがあるわけでもなく、床にそのままごろんと寝転んでそれこそ大の字にただ倒れているようにしていたので、夜中、通常の時間に警備が解除され不振に思ってやって来たセコムのパトロールが私を見て仰天していた。

 「PM10時以降に警備が解除された場合、こうして巡回するのが任務でございまして。何か身分を証明できるものをお持ちでしょうか?」と毅然とセコム。私は制服を着ている人間には全身で拒否反応が出てしまう性質で、運転免許証と高所作業車の免許と車両系運搬機器、それと職長教育免許等、つまりはムキになり、しかも酔っ払っていたことも手伝ってか何でもかんでも出して見せた。会社の名刺には一応学芸員ともあるのでセコムさんは「一体、あなたは何の責任者で、ここは何の現場ハウスなのでしょうか?」と不思議がり、遺跡の発掘現場であると教えてあげたら、何故かとても喜んでいた。

 それで殺人的な睡魔に襲われてなんとかハウスに戻ってきた筈が、今度は途端に眠れなくなり、それで鞄に入っているのを思い出し、読み始めたのがこの本。私は現在、状況によって車だったり電車だったりの通勤なのだが、電車の中は不愉快なことが多く、必ず喧嘩や揉め事になってしまうので、数年前から必ず何か本を携帯していてそれでずっと読んでいることにしている。電車通勤の最中に読んだ本の数は我ながら相当な数になると思う。

                    ☆  

さて、前振りが長くなったがボブ・ディラン。私の好きなブログ『Naitive Heart』で、彼がピューリッツァー賞を受賞したのを知ったばかりだが、彼はもう何年もノーベル文学賞の候補にもなっている。そうなると我が国の村上春樹と賞を争っていることにもなるわけで、つくづく時代は変ったものだと思う。そう言えば『世界の終わりとハードボイルド・ワンダー・ランド』の「ハードボイルド・ワンダー・ランド」の章の最期はボブ・ディランだった。

 この本は自伝と言いつつ時系列に記憶を辿るというものではなくて、章ごとに色んな時代の物語がアトランダムに語られている。しかし、人間が過去を思い出すときは普通は年代ごとにではなく自らが印象的な出来事をバラバラに思い出すはずなので、こういった形が自然と言えば自然と言える。そして一読して驚くのは彼の異常とも思える記憶力の良さだ。彼は思い出す各時代の場所と空気について、もの凄く細かいことまで覚えていて、しつこい位に描写している。自分がいた部屋の家具や人の髪型、その人が着ていた服、それと風景や天気について。

 この本を読んで思うのは、ディランはどんな時代でも常に我が道をゆく人だということ。そして自分に纏わりついた伝説や神話的なもの言いを徹底的に嫌いな人ということだ。これは「普通」に憧れた天才の人生、なんかそんな感じ。彼の不可解でミステリアスなキャリアの大部分は意図的にそれらの言説を振り払う為に行われたと言っても良いほどだ。

 そうした事を行った理由の一つには、巨大な名声と社会的イメージによって、彼と彼の家族が普通の日常生活を送るのが困難になったことが大きい。特に60年代中~後期の頃はヒッピー文化華やかなりし頃なので、それこそ訳のわからない連中が彼のウッド・ストックの家を探し当て大変だったらしい。彼は「ヒッピー」が大嫌いなのだ。それで、社会を告発する天才詩人、預言者的なイメージを払拭すべく、あえて美声でカントリーのレコードを作ったり、メッセージ性を排したパーソナルな歌を作ったりして、世間が落胆したようだと、逆にそれを喜んでいたりする。

 私は個人的にはその辺のことが書かれた第三章『新しい夜明け』が面白かったが、他にも彼の若き日のことが書かれた第一、二、五章も興味深かった。まだ、無名で、文字通り彼がフリー・ホーリン、風来坊だった頃。

 その辺の章は読んでいる環境が環境だったこともあり、私は気分的にもハマッテ読めた。前半には彼は自分が読んだ本について書いていて、それはまだ無名時代居候先の本棚にあったものを読んだらしいのだけど、幾つか例を挙げると、フォックス著『殉教者の書』、『ローマ皇帝伝』、タキトゥスの講和集とプルトゥスに宛てた書簡集、ペリクレスの『民主主義の理想形態』、マキャベリの『君主論』、そして『薬物誌』はいい本だった、なんて言っている。変な人だな、やっぱり。

                  ☆

 結局、その夜は一睡もできなかった(しなかった)。読み終わったのは朝方で、新橋の町は土曜日だったことも加えて誰もいず、私は無人の吉野家で朝定を食べ、コンビニでスポーツ新聞を買って読み、それでも手持ち無沙汰なので作業着や軍手を洗濯なんかして、作業員が出勤してくるのを待った。

 考えてみると自分もバック一つで兄貴の70年型のカローラに乗せられて東京にやってきた。友人宅を転々と居候し、アメリカじゃ浮浪罪みたいなことで警察に捕まったり、またトレンディ・ドラマ大流行のバブル最盛期には飯場暮らしだった。そしてそれらの根底には若き日のディランの伝説があって、世界中の若者がそうであったように私もそれに憧れ気取っていたのだと思う。

 それでその結果、朝の五時に新橋で軍手洗ってんだけど(笑)。頭の中にはそりゃあ、もう『New morninng』がずっと鳴りっぱなしだったさ。小鳥のさえずりが聞こえ、共同通信のビルからは朝日が・・・と言えば歌の通りで詩的なんだけど、実際は小雨が降っててしょぼくって。それともう一曲口について出たのは、ファースト・アルバムの『Baby, let me follow you dawn』

 何でだろう?

 PS 彼の悪名?高い宗教三部作の理由は、その前に日本に来て「あなたはフォークの神様ですか?」と言われたのが大きかったんじゃないかな。この本を読んでなんかそんな気がした。だって神様を崇めているところほど、自分が神じゃないことの証明になることってないもの。それとレノン暗殺かな。

PSのPS この宗教三部作の時代のライブは実はディラン史上最高の出来なのだが、音源として正式にはまだ発表されていない。またこの時代の再評価がされていて主に本当にゴスペルを歌う人たちが熱心にカヴァーしたりしている。

 この自伝は続編が予定されているらしいが、この時代の心境が書かれていればもっと面白いかもね。

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コメント

私は制服を着ている人間には全身で拒否反応が出てしまう性質で、・・・
   ↑
ナースと婦人警官もダメですか?俺は大好きです!


ファーストの「連れてってよ」と「ラスト・ワルツ」の演奏が同じ曲だと気づくのに数年間費やしました・・・

投稿: jazz坊主 | 2008年4月21日 (月) 22時26分


 ナースと婦人警官もダメですか?・・・・

 もともこうも無い話になってしまうが、それは着ている人によるなあ。

 以前、いつもの歯医者が休みで、しょうがなく行った違う歯医者の助手(あれもナースか?)が美人ぞろいで、そこに通うのを変えたことがある(笑)。

 でも制服に反応したわけじゃないしなあ・・

 「連れて行ってよ」はラストワルツのより、ファーストに入ってるほうが良くないか?
 まあ、好みの問題ですが。


投稿: ナヴィ村 | 2008年4月22日 (火) 05時45分

青文字で記載されているところを次々にクリックして見ました。興味深い映像ばかりで、久々にディランに見蕩れてしまいました。村上龍も中山ラビも若いですね。「我が道を行く」のプロモーションビデ、カッコいいっね。「モダン・タイムス」って聞いてみたいな。

投稿: ほぴ村 | 2008年4月23日 (水) 12時35分

リンクさせなかったけど、今、レナルド&クララの映像がYouTubeで見れます。サラとバエズと思いっきり三角関係のディラン。二人とも凄い良い女で羨ましい限り。若い頃にはこれにスーズ・ロトロもいたはずだがら、英雄色を好むと言うのはほんとうだな。

 でも三人とも中世のお姫様みたいなタイプでさすがシェイクスピアに比される世紀の詩人は女性の好みもポエティック。

 でも若き日のバエズは俺も理想かもなあ。

投稿: ナヴィ村 | 2008年4月23日 (水) 22時45分

ボクはラストワルツのほうが好きですね。
話はそれますが、最近また聴き返していて、あの四曲の流れ全部で一曲といった感じがします。

「連れて行ってよ」(どこへ?アメリカへ)
「アイ・ドント・ビリーヴ・ユー」(だれを?アメリカを)
「フォーエバー・ヤング」(だれに?アメリカに)
再び「連れて行ってよ」リプライズの後、「アイ・シャル・ビー・リリースト」(なにが?アメリカが)

ディラン個人とバンドやロックが歩んできた「アメリカ」を端的に伝えているように聴こえます。

投稿: zen | 2008年4月26日 (土) 14時00分

なるほど。・・・エルビスやスプリングスティーンとは違う星条旗をディランも掲げている時代があった・・・確か「ディランを聞け!」にもそんな言い回しをしているところがありました。

 ファーストを聞いて思うのは、このディランを聞いてジョン・ハモンドは何処に後に展開される才能を見たのか?と言うことです。まだ、ソングライターでも詩人ですらないディランに。

 「自伝」によるとウッディ一辺倒だったディランにロバート・ジョンソンを聞くように言ったのは、ジョン・ハモンドだとか。それを聞いた時の衝撃をディランは「レコード盤から炎がたち上がり、片時も目を離す事ができなかった。」みたいなこを言っている。そして、ロバジョンのシンプルだが計算された言葉の使い方を、機械を分解して遊ぶ子供のように調べ上げ、そのことをキッカケにして、詩人ディランは誕生する。

 一々挙げませんがジョン・ハモンドがスカウトしたアーチストはとんでもなく凄い人ばかりで、この人がアメリカの文化に及ぼした影響はただ事じゃない、と思いました。

 『ハイウエイ61』は良くフォークからロックへ、みたいに言われますが、ディランにとっては“ウッディからロバジョンへ”みたいな感じだったとのが自伝を読んで分かりました。

 ただ、ファーストの「連れて行ってよ」は彼の曲ではないのに、後の展開を予感させる感じがあって、僕は好きなのです。

 それにしても最小限の忠告で、最大の成果を挙げるジョン・ハモンド。

 彼はアメリカの本当の貴族。そして凄いコーチだね。

投稿: ナヴィ村 | 2008年4月27日 (日) 08時15分

そうなんですよね、ジョン・ハモンドのような感性・感覚・嗅覚を持った人が、偉人の歴史の裏でちゃんと支えているんですよね。ジョンはもっとトリビュートされるべき人だとボクも思いますね。
無名バンドや若手にステージを与え、マイルスにロック・フィールドを提供した、フィルモアのビル・グレアムとかね。

投稿: zen | 2008年4月27日 (日) 13時01分

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