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カッコいい悪魔とキリスト

 

巨匠とマルガリータ (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) Book 巨匠とマルガリータ (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5)

著者:ミハイル・A・ブルガーコフ
販売元:河出書房新社
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 この本の帯に「(本書は)ローリング・ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』にインスピレーションを与え・・・」とある。ふむ、と言うことはミック・ジャガーはこの本を読んだのか、じゃ『デビルマン』を描いた永井豪は?『悪魔くん』を描いた水木しげるは?と、また下らない事を延々と私は考えてしまったが、この本、ハッキリ言って・・・・・・・読むのに疲れた。そして私にとってこんな読書体験は初めてのものと言って良いのだが、読むのに疲れ、辟易し、遅々として読み進まず、そして読み終わって・・・・凄く感動したという・・・。

 これはこのブログの何処かにも書いた覚えがあるが、ロック史やジャズ史に残る傑作として名高い作品を初めて耳にした時の感じにちょっと似ている。何やら訳が分からず混沌としてとっ散らかった印象なのだが、その構成と意味を僅かずつでも理解し、最後にきて全貌が明らかになると、途端に感動がじわーーっ波のように押し寄せてくる、あの感じ。

 当初の読み疲れ、辟易感がどこにあったかを考えて見るにそれはこの小説の余りに現実感の無いシーンの連続が挙げられるかと思う。

 「SF、ミステリ、コミック、演劇、様々なジャンルの魅力が・・」と言うのもこの小説を紹介する帯の謳い文句の一つではあるけれど、当世、テレビや映画のアニメやCG画像で散々そう言ったシーンに目を慣らされている身からすると、なんだか全てが陳腐な前衛演劇の粗い脚本を読まされているようで、本当に何度も途中で投げ出してしまいたい心境にかられた(ごめんね、ブルガーゴフさん)。

  そして、モスクワで悪魔ヴォランドの一味が好き放題に暴れ回る章の途中に、遥か二千年前のイエスの磔刑に纏わる章が挿入されていて、それが悪魔達の話とどう繋がっているのか中々分からないのも読み辛さの大きな理由だった。

 私が読んでいて波に乗れ始めたのは13章、ページで言うと198ページ目でようやく主人公の「巨匠」が登場する辺りから。そして彼の愛人であるマルガリータとのエピソードから、前述の二千年前のエルサレムでの話はこの「巨匠」が書いた小説、つまり作中小説の一部であることがようやく分かる。

 「巨匠」が書いた小説はイエスが無実であるのを知りつつ彼を処刑してしまったポンティウス・ピラトゥスの苦悩をテーマにしたもの。そして、宗教を否定する社会主義体制下のソ連でこの「巨匠」は文壇から攻撃され、傷つき、狂い、その傑作小説を火中に投げ込むと精神病院に自ら赴き、そこに収監されているといった設定だ。

                                       ☆

 ところで神が否定されている社会にいて、人間の力を超えた何者かにすがりたいと思った時、人間は何を頼るのだろうか。

 それが「悪魔」ではなかろうか。

 ここに出てくる悪魔達も本当に悪い奴等なのだが、行方の知れない巨匠を探し続け、また、焼失してしまって一部しか残っていない彼の小説をなんとかもう一度取り戻したいと願う美女マルガリータを彼等は助ける。

 この辺りからようやく私は自らも体制下で不遇な生涯を閉じた作者ブルガーゴフの怒りと願いが作中の巨匠とマルガリータの姿に重なり、また、前半に延々と繰る広げらるホラー&不条理劇は社会主義体制下の旧ソ連社会の暗喩であることに思い至った。

 そして、あとがきで訳者の方が書いているが、この小説のさらに凄いのは単にそうした社会主義体制の批判の書に終わっていない所。

 キリストを処刑してしまったピラトゥスの姿と、モスクワにおける悪魔の所業の最初の犠牲者と言っても良い詩人イワンの姿が最後に重なって物語は終わる。これは神無き社会主義体制下(もちろん現代と言っても良いと思うが)に生きる不安と信仰の再生の物語、一読しただけで恐縮だが私はやっと読み終えた後、そんな感想を持った。

 作者ミハエル・ブルガーゴフはその著作のほとんどが発禁になり、この『巨匠とマルガリータ』も、彼の生前に出版されたことはなかったそうだ。出版されるあてのないこの怪作を10年近くも一人黙々と書き続けていたブルガーゴフは、本当に文学の力を信じていたのだろう、と思った。これがあのスターリン体制下で書かれた物語だと思うと人間の想像力を規制することはホントできないのだなと、また違う感慨も湧いてくる。

 この小説は初め60年代に不完全な形で、その後にペレストロイカ以降、全容が明らかとなり、何パターンがあるそうだが、作者が没しているため決定稿はない。今では世界中で翻訳され読まれているが、それはまるで作中、悪魔の力を借りて灰の中から甦った「巨匠」の小説のようでもあり、そう言った経過を知ると余計にドキッとする。

 ブルガーゴフは演劇にも深く関っていた人だそうで、通りで前半前衛演劇チックだなあ、思った。そしてこの小説も、現在も様々に舞台化され上演されているようだ。

                  ☆

 余談だが、作中の悪魔ヴォランドは私の脳内スクリーンではミック・ジャガーではなくキース・リチャーズが演じていた。「ボロをまとった放浪の哲人」と呼ばれるカッコいいキリスト(ヨシュア)は『ヨシュア・トゥリー』からの連想でU2のボノ、巨匠を救うため魔女になり、裸で空を飛ぶマルガリータは『ワン・フロム・ザ・ハート』のナスターシャ・キンスキーだった。単純だって?ゴメン、そうでもしなきゃ、読み通せなかった、この小説。でも傑作。

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コメント

第一部を我慢して読みおわることができれば、第二部は痛快で止まらなくなりますよね。演劇のほか、ロシアでは連続テレビドラマにもなったようで、また映画になる話もあるようです。

投稿: まいじょ | 2008年6月17日 (火) 15時11分

まいじょさん、早速、ブログ拝見させていただきました。僕なんか及ばぬ程、とてもロシア文学、文化に造詣があるかたとお見受けし、こんな駄文を読んでくれたのか、と恐縮しました。
 今、出版界では思いがけずロシア文学ブームだとか。今朝、ラジオで言っていました。この『巨匠とマルガリータ』も紹介されていました。
 今、勝手に池澤夏樹世界文学全集読破というのをやっているのですけれど、もし、終わった暁には亀山訳『カラマーゾフの兄弟』を読みたいと思っています。

投稿: ナヴィ村 | 2008年6月17日 (火) 21時55分

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