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『蟹工船』~75年前のパンク・ロック

 

蟹工船・党生活者 (新潮文庫) Book 蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

著者:小林 多喜二
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 梅雨寒の一日、何に驚いたかって、今朝の毎日新聞に出ていた「『蟹工船』20万部超え」なる記事です。このブログでは、音楽の世界でのカヴァー流行り、映画の世界でのリメイクもののヒット、小説世界での新訳・改訳ブームを総称して「世界のブルース化」と呼んできましたが、ついに決定打が出たと言うことでしょうかネ。エー、ホント?って感じです。

 新聞の記事によると最初、作家の雨宮処凛と高橋源一郎が毎日新聞紙上の対談で本書を取り上げたところ、上野の某書店で書店員が店頭に平積みにしたのが始まりとのこと。最初は週に1冊売れるか売れないかだったが、日を追って少しづつ売れ始め、その動きは他店にも広がり、ついには品切れ店が出るほどに。ワーキング・プアの現実に絡んだ結果、との分析があっての後、新聞の記事は「もはや社会現象」なる言葉で締めくくっておりました。

 ここで、ワーキング・プアなる言葉が出て、なるほどと私は腑に落ちた次第ですが、私がまず思ったのは、現在、日本にはこの問題に対処するシステムが無いことは勿論、それと同様に、この問題の当事者達の心情を代弁するどんな表現も皆無だということです。

 かつて80年代の不況期のアメリカにはロックの世界にブルース・スプリングスティーンがいて、名作『ボーン・イン・ザ・USA』を引っさげ労働者階級の悲哀を代弁していました(あの表題曲を未だに「アメリカ礼賛」の右翼的な歌と思っている人がいることに最近驚きました)。まあ、アメリカにはウッディ・ガスリー、ピート・シガー以前からも伝統的にそういった弱者の側に立って歌うフォーク・ミュージックの伝統がありますし、また黒人達の「ブルーズ」は正にそうした生活感情の発露として機能している面がありましたしね。小説でもスタインベックの『怒りの葡萄』とかがあります。

 それと比べると、日本では単にプロテスト・ソングと言うのじゃなしに、そういう状況に置かれた人々の“心情”の部分をダイレクトに掬い取った表現って余りに少なくありませんかね。今、思いつくところを挙げようとしても、歌なら岡林信康の『山谷ブルース』『流れ者』、美輪明宏の『ヨイトマケの唄』くらいしか思いつきません。

 で、小説にはこの小林多喜二の『蟹工船』があったのですが、正直に白状してしまえばこの小説はその後の多喜二虐殺事件との関わりから社会史的な部分で語られることの方が多く、私の世代やさらに若い世代で手にとって読んだ人って非常に少ないと想像します。

 この『蟹工船』は日本のプロレタリヤ文学の一番有名な作品と言って良いと思いますが、今回の大ヒットはイデオロギーで読まれてるんじゃないと思います。“うた”として読まれてる、75年前のパンク・ロック、みたいな。なんかそんな気がします。ま、その“うた”が読んだ人達に今後どのような変化をもたらすのかはまだ分かりませんが。

 今、テレビの番組欄とかにざっと目を通すとすっごい下らないですよね。新聞や雑誌もどうでも良いような記事が山のようにあって、これって誰かが意図的に社会の真実の姿を見えなくするために流している情報のような気がする時があります。真の情報をゴミ情報で遮断している、なんかそんな感じ。

 だから、この本に現代性を感じられないと言うあなた。しばらくテレビを消して、あらゆる情報を強引に無視して見てください。そして、身の回りで起きていることだけに良く目を凝らすと、見えてくる世界はほら、この『蟹工船』の世界に似ていませんか?似ていますよ、ホントに。

 PS、この本の装丁、小説の従来のイメージを一新して素敵です。売れる一因になっているかもしれません。

PSのPS,「世界のブルース化」、次は何が来ますかね。『私たちの望むものは』SMAPのカヴァーで大ヒットとか(笑)。ダンサブルにアレンジし直され、ちゃんと振りつき。それでSMAP×SMAPで岡林信康と競演!!しかも、岡林は“エンヤトット・バージョン”でやる。あるわけねえか、そんなもん!。

 

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コメント

昔から歯医者の治療でものすごく痛いとき、小林多喜二の拷問死にくらべればなんのこれしき・・・と思いながら耐えていました。

あと、ナヴィ村さんが紹介してくれたエレカシの「翳りゆく部屋」に感動してCD買いました。他の曲もすごく良いですね。
「リッスントゥミュージック」の♪井の頭公園でーーー♪ 感涙です。強がっても男は弱いなって思いました。

投稿: jazz坊主 | 2008年5月31日 (土) 23時50分

昔から歯医者の治療でものすごく痛いとき、小林多喜二の拷問死にくらべなんのこれしき・・・・と思いながら耐えていました。

 僕は映画『マラソン・マン』のダスティン・ホフマンを思い出します。元ナチス(ローレンス・オリビエ)の歯医者に治療に擬した拷問を受ける。麻酔なしで歯に穴を開けらるみたいな。恐えーよ。

 エレカシの「翳りゆく部屋」良いでしょう。恋に破れた時には超強力に効きますぜ。

 ホンと強がっても男は弱い。女は割り切ると早いから。女って引きずらないんだよね。全然。

投稿: ナヴィ村 | 2008年6月 1日 (日) 07時12分

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