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理想郷・庭・宇宙

 

ハワーズ・エンド (世界文学全集 1-7) (世界文学全集 1-7) Book ハワーズ・エンド (世界文学全集 1-7) (世界文学全集 1-7)

著者:E・M・フォースター
販売元:河出書房新社
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 ある種の「家」が人間が生活する場所と言う以上に何か特別な力を持っていると感じることがある。そこに住む人間がその家のカラーを決めると同時に「家」の方こそがそこに住む人間集団の在り方に影響を及ぼしている場合もあると。そして、時に壊れかけた人の関係を「家」そのものが癒し、修復するということもきっとあり得るのじゃないか、と。

 風水に詳しい人なら“何を当たり前な”と言うかもしれない。確かに気候、風土、地形、方位、間取り、家具の配置などからもたらされるパワーというのは馬鹿にできなくて、この小説『ハワーズ・エンド』はそこのところを上手く描いた小説のように私は読んだ。

 この小説は階級・文化の違う人間たちが理解し合うことは可能なのか?と言ったことを命題とした作品。教養・知識のあるシュレーゲル家と叩き上げの実業一家であるウィルコックス家の接近と邂逅、愛と不信、決裂と和解の話。

 初めドイツ旅行をきっかけにシュレーゲル家の次女ヘレンがこのウィルコックス家の人たちと知り合い、その家の息子の一人ポールと婚約するというところから物語りは始まる。しかし、この婚約はすぐに解消され、代わってヘレンの姉のマーガレットとウィルコックス家の長であるヘンリーの関係を軸として物語は進行していく。

 「ハワーズ・エンド」とはこのウィルコックス家が幾つか所有する家の一つの呼び名で、ヘンリーの前妻であるルースが手をかけ、一族の者も少なからず愛着を感じている場所の名前だ。小説の出だしはこの「ハワーズ・エンド」にいるヘレンが姉マーガレットに出した手紙から始まり、その手紙もこの家の詳細な描写から始まっている。

 長い引用は避けるが、それによるとこのハワーズ・エンドは“古くて、小さな赤煉瓦の家”で、周囲には牧場があり、楡や樫や林檎、梨の木など囲まれている、とある。また“小さな~”と言っても、一階は部屋にもなっている玄関、食堂、応接間があり、二階には寝室が三つ、三階にも屋根裏部屋が三つ、前庭から見ると窓が九つ、とあるから、これは今よりも公然と階級社会が機能していた時代のイギリスの、上位にいる人間の話だということもここで分かる。

 シュレーゲル家もウィルコックス家も種類は違えど恵まれた階級に属する人間達だが、現在の日本ように格差社会とか言っても上下に金銭の有無以外、文化的な差異など無い社会に暮らしていると、その二つの一族にいかほどの違いがあるのか中々実感することが難しい。

 その辺がこの小説を楽しめるかどうかのポイントにもなると思うが、この豊だが文化的にかなりの違いがある二つのグループに、さらに貧しい階層に属するレオナードなる男も絡んできて、前半はそうした立位置の違いからくる大小さまざまな“行き違い”が積み重ねられ、笑えないコメディーのようでもある。

 同じ豊かな階層に属しながら親の残した遺産を運用して暮らし、美術や音楽を愛する教養豊かなシュレーゲル家のマーガレットとヘレンは多分に理想主義的であり(それゆえ貧しいレオナードと関わり、事件が起きますが)、片や自らの実業によって財を成し、あらゆる人間を見てきたと自負のあるウィルコックス家の人間達は強い階級意識を基に生きている。

 ただ、唯一共通点を挙げるとすれば、両者共に特権階級であるが故、各地に家があり(持つことが出来)、そのため一所に腰を落ち着けて暮らすと言う性向が余り無いといったところだろうか。

 さて、そのような人達に「場所」というものがどう作用するのか。その場所が「ハワーズ・エンド」ということなのだが、これは単に故郷とか、懐かしの我が家、などと言うのとは少し違う。この小説、大きくとらえると「ハワーズ・エンド=場所」の方に意志があって、数多登場する人間たちはその大いなる力によって一つの目的のために集まり、それぞれの役割を演じさせられているかのようにも読める。

 これは物語に秘められているマジックについては、幾つか伏線が張られていて、読む者は後半、多分2度ほど、作者フォースターに感心させられることになる。ミステリーじゃないのにネタばれしたらまずいことなので、あんまり詳しくは書けないが、その一つにおいて重要な役割を演じるのはエーヴァリーさんという空き家になっているハワーズ・エンドの管理を任されている農家の女性だ。私は彼女がこのウィルコックス家の持ち家を偶然にシュレーゲル家に変えて?しまう経緯を読んでいて感心しつつ、何故か嬉しくなってつい笑ってしまった。

 人間はどのような階級に属していようと、生れ落ちた瞬間からこの地上を果てしなく彷徨っているような存在だ。そしてそんな人間には互いに理解し合うためにの落ち着ける一つの場所が必要だと、私はこの小説からそんなメッセージを受け取った。そしてその場所を「理想郷」、「庭」、「宇宙」と言っても良いと思うが、もし現実もこの小説のようならば、それを演出・準備できるのは、ただただ賢明な女性だけなのだと思った。

                       ☆

 最後に、自身の話で恐縮だが、私の物心ついたときに住んでいた家は、小学校2年生くらいの時に目の前で壊された。父の務めていた会社の社宅だったのだが、違う新しいのができたというので、パワーシャベルみたいのでガーーーっと。その時、随分、ショックだったが、きっとそれが原因で家を持つことになんら興味のない人間になってしまったと自己分析している。そして数年前、住んでいた貸家が立ち退きになって、それで家の子供達にも同じような思いをさせてしまったが、彼等が「家」というものをどう考えるようになるか、今後興味深い。

 私にとってのハワーズ・エンドと言うと、以前も何処かに書いたが、かつて祖父母がやっていた保養所(温泉旅館)なる場所。が、今はもうない。でも、これは何も私に限ったことではなくて日本全国、開発やら何やらでパーソナルな意味での「家」や「場」の力というものはきっと沢山失われてしまったのだろう。で、それと昨今のコミュニケーションが難しくなっている問題は不可分じゃないと、この小説を読んでそんなことも考えた。

                      ☆ 

 昔、『磯野家の謎』って、サザエさん一家のことを考察?する本に、磯野家の間取りがかかれてあるのを見たが、この小説を熟読して、ハワーズ・エンドの間取り図を起して風水的に見てみると面白いかもしれない。もし、それで見ても凄いパワーを秘めている家ということなら・・・フォスター恐るべし、ということになるが・・・そんなヒマなことする人・・・・いないか。    

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