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BUMP OF CHICKENを聴いてTHE WHO的空気について考えた日

Jupiter4a8bb_2  今、amazonで見るとこのバンドの今のところの最新オリジナルアルバム『orbital period』は“歴史的傑作”とある。“歴史的”かどうかはともかくとして、私も一聴して良いアルバムと思ったので、今回貼り付ける写真はどうするか散々迷ったが、考え直して今回はこの『Jupiter』にした。

 何故か?それは大抵の人がこのバンドを知るきっかけたとなった筈の超名曲『天体観測』が収められているからで、前回、『メーデー』をアップした勢いで、続けざまにYouTubeで色々見ていたらこの曲のライブ映像を見つけ、それですっかりマイってしまったからだ。

 そして、この『天体観測』以外の曲も様々聴いて、ふと、思った。これは私が若かった頃に抱いていた生活感情とは随分と違う歌達だな、と。

 このバンドのほとんどのナンバーを書いている藤原基央って、凄い才能の持ち主だと思うのだが、とても繊細な詩を書く人で、こんなロックナンバー今まで聞いたことなかったぞ、と思うものが多くある。そして、傷ついた果てに自分の中で内部分裂してしまったもう一人の人格に、もう一人が決意を促す歌が何故か多い。

 こういう傾向って、今の人には良くあることなのだろうか?自問自答するということは世代差なく誰にでもあることだが、自分の中にもう一人の人格を想定してそれに語りかけるというような歌は、少なくとも私の時代にはあまり聴いたことが無かった気がする。

 この分裂した人格の統合といったテーマ、古くは作家辻仁成の処女小説『ピアニシモ』がそうだったし、森山直太郎のファーストアルバムの一曲目『レスター』なんかもそうだ。

 BUMP OF CHICKENの曲では思いついただけでも前回アップの『メーデー』を筆頭に、『オンリー・ロンリー・グローリー』、『時空かくれんぼ』(聞き様によっては『かさぶたぶたぶ』だって)、などがあるが、これらを聞いて私は真っ先に『ゲド戦記』の第一巻『影との戦い』を想起して、つまりはどれもとても心理学的・精神医学的なナンバーだと言う事。

 そして、ここまで書いて思いついたのはThe Whoの『四重人格』だ。

                     ☆

 話は変るがThe Whoが11月に来日する。もう歳だとか、キースもジョンも死んで二人しかいない、とかきっと言われているのだろうが、2004に来日した時のステージは想像以上に名演だったらしく、今回も期待できそう。私の職場にも早速チケットを買ったバイト君がいて、彼はこの炎天下の中、いつも陽射しが強い場所で汗をだらだらかいてカップラーメンを食べていて、クーラーの効いた部屋の中に入れと薦めても、意にも介さず食べ続けている。私は、きっと火の玉のようなロジャー・ダルトリーとピート・タウンゼントのロックンロールに触れる準備を今からしているのだろうと思い、その心意気や良し、と、勝手に納得している。

 その彼にしてもそうだが、The Whoと言うと、ギターやドラムセットを壊す例のパフォーマンスやピート・タウンゼントの大車輪のように腕を振り回すギター奏法ばかり脳裏に焼きついていて、どういう内容の歌を歌っているのかを知っている人はとても少ないようだ。ピート・タウンゼントの書く詩は労働者階級の若者の心情を代弁しつつ、T・S・エリオットばりの文学的知性に彩られたものなのだが。

 で、変な発想だが、前述の藤原基央の詩を読んで(聴いて)、私は60年代のイギリスの若者って、今、BUMP OF CHICKENを聴いている人たちのような切実さでもってThe Whoを聴いていたんじゃないか、とそんな風に思った。普通、逆に考えるだろうけど。当時のイギリスのキッズにとって彼らは日本で知られている以上にとても身近な存在だった筈だ。そして翻って、BUMP OF CHICKENを聴いて、今、日本で人知れず何かが静かに進行している、そんな風にも感じた。60年代に世界の若者の間で氾濫が起きた時のような。

 BUMP OF CHICKENが演奏しているシーンって凄い一体感に満ちていてそれだけで感動的だ。メンバー皆、藤原が作る歌を本当に愛し、信じていて、それをデカイ音で演奏できることに心底喜びを感じている風で。

 ビートルズ的な日本のバンドやストーンズ的な日本のバンドが、それぞれの空気感を現出させたことはあれど、The Who的な空気って日本ではあまり馴染みがなかったものだ。

 ではThe Who的な空気って一体何か。

 それは「歓喜」ということだと思うのだが、彼等の演奏、彼等の破壊的なステージングって歓喜の表現という気がしないか?歓喜を持って古い価値観を壊す。別に何かを物理的に破壊するという意味だけじゃなく。

 なんだか今回は、“誠実な若者”と“狂った?おじさん”の対比になってしまったようだ。

 ところで BUMP OF CHICKENって“弱者の一撃”って意味だそうだ。知らなかった。

 そうかあ、ますますThe Who的だな。

PS キース・ムーンって歓喜そのものの人ですね。ロクデナシだけど素敵です

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コメント

「ハシ」がここにいた!って感じです。僕の教え子たちはみんな大ファンです。彼らはWhoの曲でステージに登場するらしいよ!彼らの映像に寄せられているコメントも切実で感動的です。

投稿: ほぴ村 | 2008年8月 2日 (土) 11時03分

音楽が切実に聴かれている、その現象がまず感動的ですね。YouTubeの彼等の映像に寄せられているコメントは拙いものもあるけど、俺はそれを馬鹿にはできない。
 ロックでも詩でも映画でも、何かの表現にそんな風に切実に触れながら自分も生きてきたし、今も生きているから。

 「ハシ」か。たしかにの『Jupiter』の3曲目『Title of mine』って曲、『コインロッカーベイビーズ』ラスト・シーンのようです。YouTubeのコメントでヘレン・ケラーが“ウォーター!!!”って叫ぶ時のような曲とかいうコメントがありましたが、同感です。しかし、こんな曲書くなんて、藤原って一体・・・・。

 

投稿: ナヴィ村 | 2008年8月 2日 (土) 16時31分

確かに今の若者は繊細かもしれません。
携帯・メールが普及した現在は私たちが若者だった頃と別次元の世界があると思います。
別人格にもすぐなれます。昔の固定電話とラブレターのように肉声と肉筆では無理ですが。
情報は便利になった分、貪欲さと野性味に欠けるような気がしてます。特に男は。
男と女が友達同士で一緒の部屋に泊まり何もなかったということが身近に多いんです。
それが凄く気持ち悪く感じて…。昔でも多少あったことですが。
私たちの世代は同い年が200万前後で今の若者は100万をちょっと超えた程度。
その先に何が起こるか?自分が今の若者の立場だったら?と真面目に考えてたらキース・ムーンみたいになっちゃいそうです。

投稿: jazz坊主 | 2008年8月 3日 (日) 00時38分

私たちの世代は同い年が200万前後で今の若者は100万をちょっと超えた程度・・・・・。男女比はどうなのだろう?今の男がそんなテイタラクなら否応も無く俺達上の世代にオハチが回ってくるのは自然な流れですね。
 
 上のリンクした映像のキース・ムーンを見て俺は思った。こいつバカボンのパパみたいだな、と。スーパーポジティブな野郎ってことですが・・・勇気を貰えます。早死にはしたくないけどな。

投稿: ナヴィ村 | 2008年8月 3日 (日) 09時02分

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