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アフリカ~美しいアルバムと法螺話

 

アフリカの日々/やし酒飲み(世界文学全集1-8) (世界文学全集 1-8) Book アフリカの日々/やし酒飲み(世界文学全集1-8) (世界文学全集 1-8)

著者:イサク・ディネセン,エイモス・チュツオーラ
販売元:河出書房新社
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 「全部読み終わったとき、それを書いた作者が親友で、電話をかけたいときはいつでもかけられるようだったらいいな、とそんな気持ちを起させるような本だ。<中略>イサク・ディネーセンなんてかけちゃうほうだな」ーJ・Dサリンジャー著『ライ麦畑でつかまえて』より、ホールデン・コールドフィールドの言葉ー。

 古いアルバムを出してきて、そこに貼られた写真を見ながら語られる思い出。中には見過ごされる写真もあるし、故意にアルバムから外された写真もあるが、その剥がされた痕跡すらが何かを語っている、そんな思い出話。私にとってイサク・ディネセンの『アフリカの日々』は正にそんな読み物だった。

 “読み物”としたのは本書がどういうジャンルに加えられるべきか良く分からない、意外と不思議な作品だからだ。

 本書折込の文章の中で池澤夏樹氏はこれを“ヘロドトスからマルコポーロを経て二十一世紀の作家たちまで無数の旅の文学がある中で、現代の最も優れたものの一つ”と言っているが、そうだろうか、これは旅の文学というのとは違う気がするが。これは紀行文と言うより、回想録と素直に言ってしまった方が私は正しいと思う。前述の写真を前にした話に例えるなら、フォトジャーナリストのスライド写真を映写しながらの講演と、居間でアルバムを開き語られるのを聴く位そこには違いがあって、私は断然『アフリカの日々』は後者のような気がする。

 ただ、問題はその写真の「質」だが、貼られた一枚一枚がどれもプロ級に優れた写真ばかりだったら、また上の例えも微妙になってきて・・・・本書のジャンルが曖昧と思えるのは、きっとそんなところなのかもしれない。

 で、本書での比喩の確かさの例として池澤氏も挙げているが、私も大好きな“一枚(一文)”は

 “平原を横切っていくキリンたちの行進を何度も見かけた。キリンたちには奇妙で独特な、植物のような優雅さがあった。動物の群れではなく、花梗の長い、花弁に斑点のあるめずらしい花々が、ゆっくり動いていくようだった”

 ってやつ。それともう一枚。

“家畜は決して野生動物のように静かにはできない。~<中略>~文明化した人間は静止する力を失っているので、野生の世界に受け入れてもらうにはまず沈黙を学ばねばならない”

 なんて、待って待ってモノにした一枚という感じだ。ここで私の言う「写真」とは観察力と思索の深さということ。

 この『アフリカの日々』は、“何を語ったかと同じくらい、何を語らなかったか”をしばし問われる一冊でもあるらしく、アフリカ滞在中のメモワールにしてはアフリカに至る、またその間の作家自身のパーソナルな事情(夫のこと、離婚、病気、農場経営の困難、その他)についてはほとんど何も書かれていない。それについては色んな推理や考察があるらしいが、書きたくなかったから書かなかったでいいじゃないか、と私は思う。剥がされた写真の痕跡から推して知るべしで。

 ここに書かれているのは、西洋がアフリカに出逢った最も幸福な形であり、実際ディネセンはそうだったのだと思う。そして私は彼女に対し驚嘆するのは第一次世界大戦の当時の西洋人にして、アフリカの人々の文化、習慣、また人そのものについても「野蛮」とか「停滞」といった偏見や差別の眼が全く無いことで、これは何気に本書を読んでいても、気付くと凄いことだ。そしてこのような稀有な“眼”によって描き出されたアフリカが美しくないわけがなく、私は美しいアフリカに出遭いたくなる度、今後も本書を何度と無く手に取ることになると思いう。上で紹介したような素晴らしい一枚をしばし眺めるために。

 それにしても、キリンを“花梗の長い、花弁に斑点のあるめずらしい花々”なんて、ホント素晴らしい。

                     ☆

 で、次にエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』だが、『アフリカの日々』がアルバムを見ながらの思い出話なら、こちらはネイティブオヤジの法螺話といった趣。法螺だが部族の神話や民話がベースになっていて、しかも聴衆をあきさせない為に何分かに一回必ずショッキングな展開が用意されているみたいな、まさに本来は聴衆の反応とともにあるべき「語り」を文字に書き記してみたという試み。

 子供の頃からやし酒ばかり飲んでいた男と彼にやし酒を造っていた男。やし酒作りが死んでしまい、これまで通りやし酒が飲めなくなった男が死の国にやし酒作りを探しに行く。そして、そこは生も死も人間も動物も妖怪も区別無い世界で、男はやがって娶った妻と二人、奇想天外な経験を潜り抜けていくハメになる。

 この小説、名訳と謳われているが、~だ、~だった調が、いきなり「です、ます調」になったりして、初めは誤植かと思った。それで話は大きくそれるが、九藤官九郎のドラマ『マンハッタン・ラブストーリー』で、小泉今日子演じる赤羽ちゃんが『××××なんです・・・・・。』と、脈絡無く突然「です・ます調」になるシーンがあって、なんだかそれを思い出し笑ってしまった。でも翻訳から原文の摩訶不思議さを推して知るということもあって、チュツオーラのブロークンな英語をそんな風に訳した、やはりこれは名訳なのだろう。

 こういった法螺話?には私も身に覚えがあって、まだ子供達が小さかった頃、絵本を読むのが面倒な時、適当な話をでっち上げて良く話をした。豚が空を飛んだり、その豚が修行中の坊さんの前でトンカツに化けて誘惑したり・・・なんかそんな話。 あれを文字にしたらこんな風になるのか、なんてちょっと思った。

 西洋がアフリカに出会った最も幸福な例が『アフリカの日々』なら、アフリカが出会った西洋の一つの形が『やし酒飲み』と言えるかもしれない。アフリカの口承の伝統が西洋の「小説」と言う容器に衝突した例として。

 チュツオーラはこの小説を暇つぶしのようにわずか数時間で書き上げたそうだが、これがTS・エリオットなどの名だたる大家たちに絶賛されて今日の評価になったというから、人間どこでどうなるか分からない。

 それにしても静かに大地にたたずむアフリカ人の心性が、この『やし酒のみ』のような世界観の上に築かれているとしたらちょっと驚く。これは「小説」と言えど、神話や民話がベースになっているのだろうからその可能性は高く、そう考えてまた『アフリカの日々』に戻ると、またちょっと違う感慨に浸れる。

 そう、アフリカは広い。そして深い。

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コメント

『アフリカの日々』が旅の文学/紀行文学ではなく、回想録だというナヴィさんの評価の方が(池澤の言よりも)正当だと思いますよ。だって英語版のタイトルは Out of Africa (アフリカを離れて)でしょ。
 この本については、事情があって、英語版を通読したことがあります。イサク・ディーネセン(カレン・ブリクセン)本人が、翻訳というか、デンマーク語版とは別に英語版も書いているので(商業的に成功したのは英語版の方で、英語読みすればアイザック・ダイネセンという男性名とか、男性名で英語の本を書かないとデンマークの女性作家が注目される機会などなかったという戦前の悲しい事情がうかがわれます)。この人の文章はとても映像喚起的で美しいんだけど、梅毒に神経を冒されている作家特有の奇想が入り込んできたりするので、外国語で読むと、ところどころ比喩表現がわからなくなったりする。
 ぼくとしてはディーネセン/ブリクセンには観察力よりも幻視力を感じるのだけれども、そうだな、晩年のもっと物語的な作品『バベットの晩餐会』とか『エーレンガート』とか読んでみると面白いかもしれないですよ(両者ともにちくま文庫『バベットの晩餐会』所収)。

投稿: Howlin | 2008年8月16日 (土) 11時46分

Howin、久しぶり。このエントリーを13日の早朝、暑さで眠れぬのをこれ幸いに書いて後、すぐ実家に帰って今(17日 昼)に東京に戻ってきたところです。

 梅毒に神経を冒されている作家特有の奇想が入り込んできたりするので・・・へぇ、そうなのか。彼女の物語作家としての作品はまだ何も読んでいないので、視覚的な美しい文章を書く人という印象しか僕にはまだありません。今度、読んでみます。

 この「池澤夏樹世界文学全集」を全部読んで、全部に対して駄文でも何でも何か感想を書くっていうのは、まあ、勝手に始めたんだけど、意外に面白くてさ、大変だけど。普段じゃ、絶対、手に取らないような作家とか、仕事で時間が無いだろうって、ひるんじゃうような大作も涙ぐましく時間を捻り出して読んで・・って言うのが結構良いです。

 こうして例え一人でも(と言っても最強の一人だと思っておりますが)コメントくれると励みになります。今後も宜しくお願いします。

 次は 『アブサロム、アブサロム!』ウィリアム・フォークナーだぜ・・・・強敵だよ・・・・また、頼むよ・・。


 
 

投稿: ナヴィ村 | 2008年8月17日 (日) 15時31分

そうさね……「久しぶり」と言いそびれました。
 実はブルースに囚われないブルース論の原稿がさっぱり書けず、それであちこちネットを覗いたり、ついでにコメント書いたりして、まぁ早い話が目の前の問題から「逃げて」ここにきちゃったみたいです、あたしは。
 『アブサロム×2』、コメントとかをひねり出すのは──なにか「ごもっとも」なことを記したいのであれば──ちょいとばかりしんどそうだけど。でもナヴィさんのこの感想/コメントのシリーズ、切り口がなかなかおもしろいので、なんとしても続けてほしいです。んじゃまた

投稿: Howlin | 2008年8月17日 (日) 16時36分

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