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佐野元春が日本プロ野球に与えた多大なる影響?

 

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アーティスト:佐野元春
販売元:エピックレコードジャパン
発売日:1992/08/29
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 女性は、何故買い物が長いのだろう?私はその点速攻型で、店に入って最初に目に付いたものにすぐ金を払ってそれで終わり。これは私の母もそうだったので遺伝だろうか。五木寛之の名エッセイ『生きるヒント』に買い物の駆け引きについての考察があって、何度も交渉して値切り、またその駆け引きを楽しむのも文化、というオチだったと記憶するが、つまり、私より妻の方が文化的なのだろう。

 今、ドライブがてらにあきる野市のスーパーに買い物に来た。本当は我が家から歩いて十分くらいの所に同じスーパーがあるのだが、日曜日の午前中、ちょっと遠くのスーパーに行くのが我が夫婦の最近の習慣。まあ、スーパーなので値切るも交渉するも無いのだが、ご他聞に漏れず彼女の買い物は長い。なにせ文化的?な人なので色々と吟味するのに時間がかかる。で、その間、いつも私は雑誌のスタンドで立ち読みなどをしているのだが、今、手にしたのは雑誌『Number』、“野茂英雄特集号”だ。

 

Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2008年 10/30号 [雑誌] Book Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2008年 10/30号 [雑誌]

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 引退会見すらしなかった彼だから、それについて肉声で語られているのはちょっと貴重だと思う。私は妻がスーパーの中を歩き回っている間、この号を熟読しようと決めた。それで、読み始めて早くも幾つか気になった言葉がある。まず

 “スポーツ選手だけじゃないですか、年をとったら職業が変るっていうのは。たとえばミュージシャンはいくつになってもミュージシャン。新曲を出していなくてもミュージシャンでしょう。”

 という発言と、

ぼくがアメリカに行った当初も、日本の野球の凄さを見せたとか、日本のために頑張ったとか言われましたけど、自分では余りそういうことは考えませんでした。野球ではぼくが早いほうだったかもしれないけど、日本企業なんかはワールドワイドに活躍していましたからね。人種を問わずに、能力のある人を採用したりもしていた。だから自分のやっていることなんかそれほどではないと思っていました。”

等の発言。

                ☆

 ところで、野茂英雄が佐野元春と仲が良いのをご存知だろうか?「友達」と言うよりはお互いリスペクトし合ってる間柄だと想像するが。それで私は、もし、佐野が1984年に発表した『Visiters』が無かったら、野茂は大リーグに行っただろうか?と、突然、そんなことを考えてしまった。

 事情の分からない人は何のコッチャと思うだろうが、当時、佐野は人気絶頂、アルバム『サムディ』の成功で時代の寵児に上り詰め、さあ、これからという時に、突如、何もかも投げ打って単身ニューヨークに渡ってしまったのだった。

 当時も今も、海外レコーディングというのはあるが、それまでは大概レコード会社がお膳立てしたもので、主役は歌入れだけに行けば良いみたいな感じだった。が、佐野のこれは全然違って、一年間、ニューヨークで暮らし、そこでリアルタイムに起こっているストリートの文化に文字通り身を投じ、そして自らの内部に起こった化学変化を音楽として記録しようというもので、それは全く異例の行為だった。

 現在、佐野元春に影響を受けました、と語り世界で活躍する人は音楽業界に限らずあらゆる分野にいる。そしてそう言う彼等(彼女等)は佐野のこの時の日本人特有のコンプレックスを捨てた、また時の成功を投げ打つことも辞さず、夢のためリスクを負っても国境を横断した、その勇気に感じ入った人達だと思う。

 野茂英雄もまさにそうだ。野茂は大リーグに渡る時、この時の佐野を意識したんじゃないだろうか。成功を捨て、リスクを省みず・・・でも結果は佐野の『Visiters』以上のものだった。彼の成功をキッカケとして今、日本人選手が大リーグでプレイするのは珍しいことでもなんでもなくなった。

 野茂は今後どうするのだろう?「野茂クラブで少し投げたい」なんてこの雑誌では言っているが。 

 さて、レジに並んだ妻が、私を呼んでいる。長い時間をかけた割には荷物は余り無くて、なんでも隣のもう一件別のスーパーも覗いてみたいとのこと。やれやれ、私はこの『Number』を買って、後は車で待つことにする。

                                 ☆ 

 佐野元春のこのアルバム、日本の音楽史的には「日本語のラップ」の元祖的な評価らしいが、今聞くと全然、ラップじゃない。まさに1984年の佐野ミュージックとしか言いようの無いものだ。

 佐野元春と野茂英雄。このインタヴューでも野茂はしきりに自分は社会人野球というものがなければ世に出られなかった一人だという自覚から、アマチュア野球の裾野をもっと広げなければならないという事、また、あの時近鉄バッファローズを残すという形が何故取れなかったか?という二つの点をしきりに語っていて、歴史をリスペクトし、また、先鋭的でありながら後に続く者に何かを残したいといった気持ちが強いところも佐野と共通しているな、と思った。

↓ は名曲「New age」のPV。今聞くと、日本人が世界に出て行くための口火を切った、ファンファーレのように聞こえる。

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