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帰郷

      
     十二月の
     鋭く尖った夜の冷気が
     何故か頬に優しく触れた

     薄墨色の空も次第次第に明かりを落とし
     漆黒の闇のシーツが
     田園の景色をすっぽり包んでしまうと
     耳鳴り
     のような静寂(しじま)から
     ある死者の声が
     私を呼び止めた


     『お帰り』


     肉体は火に焼かれ
     形象を失っても
     なおも変わらぬ
     祖父よ 父よ
     痛苦を脱ぎ捨て
     今はこの故郷の しんとした大気の粒に
     おのが身を解き放ったか
     草を育て
     木を育て
     四季折々の光彩る
     宇宙の息に
     姿
     変えたか


     〈台所で知らぬ間に死を準備している日常〉
     〈不在者の空白が 今 確かな一族の主〉


     寝床では
     私の小さな獣が二匹
     眠っている
     この精霊の家を
     身も知らぬ旅の宿と勘違いして


     風に揺れる川原の枯れ草の陰に
     猫が二匹
     ゆっくりと
     消えていったー。

 

 あと、数時間で今年も終わる。何かをやり残したような後悔もなければ、何かをやり遂げたような達成感もない。ただ、日々を淡々と生きていた結果、今年もこの日が来たという感じ。

 今日、実家のいわき市に戻ったが、普段、気負っているつもりはないのだけれど故郷に戻ると心身がみるみる弛緩していくのが分かって、また、ここを出てから起った事の全てが幻のような錯覚を覚える。

 今年は二月に母が亡くなったので、正月はないことになっているのだが、兄、弟夫婦と今夜はこれから飲み明かし、例年通りの年越しになると思う。

 上はもう何年も前の大晦日に書いた一編。この頃はまだ子供たちも小さくて、祖父と父が居ない実家にその二人が眠っている様子が何故かとても不思議に思えて書いたのを覚えている。

 この一年、読んでくれた人、ありがとう。


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NHKBS『人間60年 ジュリー祭り 沢田研二コンサートIN東京ドーム』

 

 沢田研二/明日は晴れる 沢田研二/明日は晴れる
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 12月3日はねぇ、行けなかったんですヨ、私は(ρ_;)。ジュリーの東京ドーム公演。

 どうしても仕事を抜け出せる状況じゃなくて。ドームの周辺を車でウロチョロはしてたんですけど。『釣り馬鹿日誌』のハマちゃん方式ってのも考えたんですが、やっぱりね・・・・・。

 翌日の色んなメディアのニュースでは桑田佳祐が『一人紅白』とかで40曲近くを一人で歌った!って記事で盛り上がっていたけど、私はネットで見て知っていたから内心思っていたんです。「へん、ジュリーなんて80曲も歌ったんだぜ!」ってね。

 それで、色々な人のブログやホーム・ページでその日の様子やセット・リストを見てため息をつく日々を送っていたのですが、昨夜、やっとNHKBSで『人間60年、ジュリー祭り 沢田研二コンサート IN 東京ドーム』を見ました。良かった、やっと見れた、NHKさん、ありがとう!!!!

 TVですからね、80曲全部って訳にはいかないのは当然ですけど、当日歌った曲から全19曲をたっぷり堪能しました。相変わらず衰えない歌声!見事でした。

 ジュリーは全盛期ほどではないにしろ、少し痩せていました。このドーム球場でのコンサートのため好きなお酒を断ったとかで、去年、パルティノン多摩で見た時よりずっとスリムになって動き易そうでした。

 そのせいなのかどうなのか、コンサート中、ジュリーはもう走る走る。ウイングからウイングまで、花道を行ったり来たり、これ、20代の奴とかでもなかなかできねぇぞってくらい。小田和正といい、ミック・ジャガーといい、高齢者ロッカー?は健在を示すために走るのが一種義務付けられているのかのように走る走る(笑)。

 番組で放映された中で私が特に好きなのは『睡蓮』『君のキレイのため』『ヤマトより愛をこめて』『気になるお前』の4曲。

 特に『睡蓮』。他の曲は彼のヒストリーや現在に至るまでの心情を紹介・吐露するような楽曲であるのに対し、この曲を歌っているところだけがなんか違うテンション、アニバーサーリームード抜きの“ロック・コンサート”のように見えて、ロッカー・ジュリーに惚れた私はゾックっときましたね。そしてこの曲は作詞・作曲ともジュリー本人なんです。

 今、沢田研二オフィシャル・ホームページを見ると、彼自身の作詞作曲集『ココロノオト』という企画物のCD集が出ています。以前から彼の“私ロック”的な部分を絶賛していた私は欲しくてたまらん一品です。

 で、昔からのジュリー・ファンの皆さんは身近すぎて気づかないのかもしれませんが、“日本語のロック”という文脈で見た場合、作詞家・詩人ジュリーは突出していますよ。日常の情景を切り取る眼が鋭敏で、これはホント彼独特の世界なんだけど、指摘している人は今のところ余りいないようです。

  このドーム・コンサートの後半のMCでジュリーは『ぼくは夢見る人間ではありません。皆さんに夢の中に連れてきてもらいました。夢の中で、その上で夢を見ることはできませんから、ぼくは現実だけを見つめて、一歩一歩やってきましたら、また皆さんに夢の中に連れてきてもらいました。・・・また、明日からしっかりと日常を暮らして行きたいと思います。』なんて、言うんですよね。まるで、素人のおじさんが一夜だけコンサートをやらせてもらって感謝してるみたいに。こんなの普通のことじゃありません、って。

 このMCを見て、私はこの間見たローリング・ストーンズの映画『シャイン・ア・ライト』のワンシーンを思い出したんです。その中でロン・ウッドがキース・リチャーズの魅力ついて、どこが好きかと聞かれて『人に優しくて、常識をわきまえているところ』って言ったところを。

 そう、ハレで思いっきり弾けて、普段は世間の常識をわきまえてるってのが大人のロッカーの条件。それで今40代の私にはそれが凄くかっこよく映る。

 当日のセット・リストを見ると、テレビでは放映されなかった曲(圧倒的にその方が多いのですが)の中に、私が大好きな曲が一杯あって、これだけ良いとやはり惜しいことをしたと後悔しますね。特に『届かない花』とか『マンジャーレ、カンターレ、アモーレ!』、聞いてみたかったですね。

            

             ぼく等が今 できることは

             野生の血を燃やすことさ

             水に浮く睡蓮の花は

             泥にまみれた根があるから

             きっとキレイに

             咲けるのだろう

                      『睡蓮』 作詞 沢田 研二

  

 ジュリーはまた日常に戻って行った。あの日、私は日常から抜け出せなかった。トホホホだったですが、まあ、仕方ありません・・・・日々キレイに咲けていることだけを願いつつ・・・。

 

 このブログを見て、コンサートを見に行った方、当日の様子なり何なりありましたら教えて下さい。

 

PS  『睡蓮』は上に貼り付けたアフェリ、『明日は晴れる』に収録です。しっかし、凄いパッケージ?だな・・・・・。

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Crystal eyes

               

             川面に映る冬の陽のきらめき

             旅立ちの朝の

             空のひこうき雲

             恋人の胸

             静かな森に響く

             陽気な口笛

             子供達のはしゃぐ声と

             たなびく

             夕餉の煙

              

             ソロー

             アレン

             ゲイリー

             ミラレパ

             

             無名で

             ユーモラスな山の民の言葉

             

             睡蓮 向日葵

             ブーゲンビリア

             梅 

             桜

             

             そして

             それら全てを含む

             あなたの

             Crystal eyesー。

 

 詩人ナナオ死す。23日、長野県大鹿村でのこととか。私はあんなにきれいな瞳の老人にいまだかつてあったことは無いし、これからもないだろう。

「君の脚は時速何キロだい?脚は最高の交通手段だよ、そう思わないか、君?」

 いつだったかナナオが私に言った言葉。カップヌードルの海老で鯨を釣ることが詩だ、とも。

 ご冥福を祈ります。合掌。

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ナショナル・ストーリー・プロジェクト~作り話のような実話

ナショナル・ストーリー・プロジェクト ナショナル・ストーリー・プロジェクト

販売元:新潮社
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 あるラジオ番組のホストが作家に頼む。「月に一回出ていただいて、その都度新作を読んでくれませんか?」と。作家は断る。いくら自分でも番組のために毎月物語を一つづつ書き上げるなんてそうそうできることではないと。しかし、帰宅後、作家が妻にその依頼について相談すると妻は言う。

 「あなたが物語を書く必要は無いのよ。いろんな人にそれぞれ自分の物語を書いてもらえばいいのよ。リスナーの人たちから送ってもらって、一番いいやつをあなたが番組で朗読するのよ。それなりの数が集まったら、ひょっとするとすごい番組になるかも。」

 こうしてできたアメリカNPR(全米公共ラジオ)の番組『すべてを俎上に~週末版』のあるコーナーからこの本は生まれた。作家はポール・オースター。

 視聴者に物語を送って貰う際の条件として、作家は言う。

 「物語は事実でなくてはならず、短くないといけませんが、内容やスタイルに関しては何ら制限はありません。私が何より惹かれるのは、世界とはこういうものだという私たちの予想をくつがえす物語であり、私達の家族の歴史のなか、私たちの心や体、私たちの魂の中で働いている神秘にして知りがたいさまざまな力を明かしてくれる逸話なのです。言いかえれば、作り話のように聞こえる実話。大きな事柄でもいいし小さなことがらでもいいし、悲劇的な話、喜劇的な話、とにかく紙に書きつけたいという気になるほど大切な体験なら何でもいいんです。」

                  ☆

 この本を読んで、私が真っ先考えたのは、ここに収められている全ての物語は日々私達の日常の中で起こっている出来事と大差無いということだ。悲劇にしろ、喜劇にしろ、またシュールで不可思議な話、恐ろしい話、感動的な話、詩のように美しく静かに胸に染み入ってくるような話など、何につけ全ては私達の日々の暮らしの中で、今、この瞬間にも絶えず起きている。

 しかし、問題はその出来事や遭遇した場面(シーン)から、人がそれを物語としてどう感知し、惹いてはその感知した物語から何を感じ取り、自らの内面にどう作用させ生きる(た)かということだ。

 本書は「動物」「物」「家族」「スラップ・スティック」「見知らぬ隣人」「戦争」「愛」「死」「夢」「瞑想」と、10からなる章に分かれていて、収められている物語りのどれもが面白く味わい深い。そして、どんな些細な話にもその時代時代の影が色濃く反映されていて、人間の営みは望むと望まぬに関らず、細部に至るまでそこから逃れられないのだとも感じた。

 この本には後日談があって、それは本書の発売日が2000年9月13日だったということに関る。あの同時多発テロが起きた2日後である。普通、アメリカでは人気作家が新作を発表すると、その本を持ってプロモーションのため全国の書店を回るのが常のようであるが、そこでは普通、著者による朗読、質疑応答、サイン会などが行われるところを、ポール・オースターは各地にいるこの本の物語の書き手達を呼び寄せ、聴衆の前で各々に朗読してもらう会に切り替えたという。

 アメリカが正義と報復の名の下に一つのイデオロギーによって染め上げられ戦争に突入しようとしている正にその時、このような個人が大切にしている小さな物語に人々が耳を傾けるといったようなキャラバンが行われていた事実を知って私は感動した。

                                   ☆

 さて、今年も残すところあと僅か、今年は後半、突然始まったかのような世界的な不況の波を受けて、あらゆる風景が短期間のうちに激変してしまった感がある。私の身近な所で言えば、仕事場の人手が足りなくて求人を出しても良い人材が集まらず苦慮していたところ、いきなりの面接ラッシュとなった。私はこの現場を始めて一体何人の人と出会い、話したのだろう。面接は通り一遍の質疑で終わる場合は少なく、単なる手続き上の話から発展して、図らずも個々の物語に触れてしまう場合もある。皆、この不況の煽りを受けて来る人が多いので、“時代”から逃れ得ようの無い話が多いのは当然だが、中には面接していて感じ入ってしまう話もあって、面接官としては全く失格である。しかし、雇用した際にも、先日エントリーのポーグスの『ニューヨークの夢』ではないが、どんな人もそれぞれに小さな物語を抱えて生きてるのだということだけは忘れないようにしようと思う。

 今年のクリスマス・イブからクリスマスにかけて、私に起きた出来事はここでは書けません。悲しい話が一つ。可笑しく、でも人の優しさに触れるような話が一つ。

                ☆ 

 本書『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』にもクリスマスに纏わる話が幾つかある。せっかくなので私が一番好きな話をかいつまんで一つ。

                ☆

 アラスカ州アンカレッジに住むドン・グレーブスさんの話。題は『ファミリー・クリスマス』。

 1920年代、彼の家庭は不況のため父の商売が破綻、街は何処を探しても仕事は無く求職はゼロ。家にツリーはあるが飾りも無く、食事も乏しく、もちろんプレゼントもなし。クリスマス・イブの晩は家族皆が悲しい気持ちで寝床に就いた。

 しかし、あくるクリスマスの朝、信じられないことにツリーの下には山と積まれたプレゼント。その信じられない出来事に家族中が歓声を上げる。プレゼントを開けると、

まず母には何ヶ月か前に失くした「古いショール」、

父には柄の壊れた古い斧、

妹には前に履いていた古いスリッパ、

弟の一人にはつぎの当たったズボン、

自分には何ヶ月か前に食堂に忘れてきてしまった帽子、だった。

 皆は包みを開けられぬほど大笑いした。しかし、一体誰が?

それはもう一人の弟モリスの仕業だった。彼は何ヶ月も前から、失くしても騒がれそうに無い品を見つけては、こつこつ隠していたのだった。そして、ドンさんにとって、それが生涯最高のクリスマスだったという話。

 

 皆さんは、どんなクリスマスを過ごされましたか?

 

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ニューヨークの夢

堕ちた天使 Music 堕ちた天使

アーティスト:ザ・ポーグス
販売元:Warner Music Japan =music=
発売日:2008/01/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 今日はクリスマス・イブ。1年が早い。その速さは毎年加速しているようで、去年クリスマス・ソングとしてクィーンの『ボヘミアン・ラプソディ』をアップしたのはつい昨日のことのようです。その前の年は確かローリング・ストーンズの『地の塩』だった。

 これは毎年クリスマス・ソングじゃない歌をクリスマス・ソングとして聞く、と言うことにしようと思って始めたことなのですが、今年は直球ど真ん中のクリスマス・ソングです。しかも、もうこれは古典といっても良いんじゃないかなあ、

 ポーグスの『ニューヨークの夢(Fairytale of New york)』。例によって訳詩全文です。

 

    『ニューヨークの夢(Fairytale of New york)』

          

       クリスマス・イブ

       酔っ払って牢屋の中

       先客のじいさんは

       “これで最後かな”ってぼやきながら

       『麗しき山々の露』を歌いだした

       俺は背を向けて

       寝たら君の夢を見ちゃったよ

       (フラッシュバック)

       あの馬18倍の優勝なんて

       ラッキーったらありゃしない

       なんとなく今年俺達ついてそうだな

       君が大好きだよ

       俺達の夢がみんな実現するのは

       もう、時間の問題だね

       (女) 大きな部屋のように馬鹿でかい車

           町中に金は流れているし

           でも風は冷たくて

           体の芯まで冷えちゃう

           年寄りにはこたえるでしょうね

           あなたが初めて私の手を握った

           あの寒いクリスマス・イブに

           私をブロード・ウェイの花にしてくれるって

           約束したのよね

           あの時あなたとてもハンサムだったわ

       (男) 君も美人だったよ

           ニューヨークの女王

       (二人)バンドの演奏が終わろうとしても

           お客さんがずっと

           “アンコール、アンコール”

           覚えてる?

           あの時シナトラがご機嫌で

           町では酔いしれた連中がみんな歌っていて・・・・

           街角でちゅっとキスをした俺達は

           朝まで踊ったよな

        *ニューヨーク警察の合唱隊が

         歌い上げる『ゴールデンウェイ・ベイ』をバックに

         教会の鐘も鳴り響いて

         クリスマス・デイ

          (現在)

       (女) このロクデナシ

       (男) お前だってこのヤク中のバイタ

           そのベッドで寝ていて

           点滴を打っていなければ

            きっと、死んじまうよ!

       (女) この汚いうじ虫!

           このケチなホモ野郎 

           何がハッピークリスマスよ!

           もう二度とゴメン

                (*くりかえし)

            

       (男) 俺には明るい将来が

           あったはずなのに

       (女) そんなこと誰にだって言えるわ!

           最初に知り合った時に

           あなたは私の夢を

           持って行っちゃったのよ

       (男) その夢を俺は今でも大事に預かっているよ

           自分のと一緒にしまっているのさ

           おれはどうせ一人でやっていけるような

           強い男じゃない

           君がいなければ夢をもつことさえ

           できないんだ

                  (*くりかえし)

                             訳 ピーター・バラカン

 

 現在、どんな境遇にある人も、それぞれに皆美しい思い出を抱えており、それを支えとして何とか生きている、生きようとしている、このクリスマスソングはそんなことを教えてくれますね。アイルランドの労働者階級の人々の悲哀がリアルに迫ってくる名曲です。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

 山下達郎の『クリスマス・イブ』より、あたしゃ好きだな(笑)。皆さん、良いクリスマスを。

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三度目の歌舞伎~京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)

 

 一幕目『高時』も見た。しかし、体調は最悪でとても鑑賞したと言える状態じゃなかったので、これについては今回は書きません。理由は二日酔い。昨夜、新橋で忘年会があり、2次会は銀座に流れ、結局、帰宅せず。現場事務所で寝たのだけれど、これが最悪で、暖房をつけても寝るには寒く、今朝は自分の歯がガタガタ鳴る音で目が覚めました。

しかし、こうなることも多少は予想していて、もし事務所に泊まることになったら翌日は歌舞伎を見に行こうと思っていました。新聞で今歌舞伎座でやっている12月大歌舞伎での坂東三津五郎演じる『娘道成寺』がとても良いと読んで、是非見たいと思っていたからです。

 幸い『高時』が終わる頃、酒が抜ける。途中、来たことを後悔し帰ろうとも思いましたが、これは神様のご加護か?すぐに気分を建て直し、気合を入れて『娘道成寺』を見ることにしました。

                         

                   ☆

 さて、初めて見る『娘道成寺』がこの三津五郎の『娘道成寺』だったことがはたして幸せだったのか、不幸であるのか。

 今回のそれはオーソドックなものに比べると“坂東流”と言うことで、例えば普通「道行」では義太夫を用いるところを、常盤津を地(伴奏)で使い、着物の色も昔通りの「赤」なのだとか。

 『道成寺縁起』は室町時代に完成した。一夜の宿を求めた僧安珍に家の娘清姫が恋をする。安珍は清姫との約束を果たさず、彼女が後を追う。案珍は紀州和歌山の道成寺に逃げ込み、鐘の中に身を隠し、怒りから蛇体になった清姫は鐘に巻きつき安珍を焼き殺す。

 歌舞伎の『道成寺』はその後日談です。鐘が焼かれた寺に新しい鐘が奉納される。本来は女人禁制の寺の境内ですが、ある白拍子が鐘を見せて欲しいと懇願し、「舞」を見せるなら・・ということで通されます。この白拍子は実は清姫の霊であり、舞いながら鐘に飛び込む・・・と言うもの。しかし、物語は言わば舞踊のための場の設定、動機の設定といった役割で、これは様々な段での女形舞踊を十二分に堪能するための演目。1753年に初代中村富十郎が初演し、現在では様々なバリエーションがあるようです。

 これは名女形が手がけてきた踊りだそうですが、三津五郎は立ち役、女形ではありません。しかし、私は今日初めて本格的な女形舞踊というものを見たのですが、三津五郎の踊りはそんな初心者?の私の目にもある種の霊気が立ち上がってくるようで、素晴らしかったですね。何か説明のつかない凄いものを見た!と正直に思いました。

 この女形舞踊というものは不思議です。圧倒的に美しく色っぽいのにそこで舞っているのは女ではなくて男、だからこの美しさ、セクシャリティーとか、エロスを感じる、というのじゃなく、でも確かに色っぽいし・・・・うーん、上手く言えませんが・・・ただただ美しい。それはやはり芸の美しさということなのだろうけど、逆にその修練の度合いというか演者の力量が如実に分かる恐い世界だと思いました。そして技術だけじゃできない、思想のようなものも問われる、と。

 「『道行』までは怨念、恨みの根性で芝居しますが、舞台へ来たら『娘』になる。嫉妬を見せる部分も、娘が嫉妬のまねをするつもりでいたします。」

「女形の卒論のような曲ですし、女形でも歌舞伎座で上演する機会は少ない。立ち役の私には大変なプレッシャーです。」(坂東三津五郎、毎日新聞でのインタヴューから)

 この三津五郎の「娘道成寺」は多分に変則的なものなのでしょうけれど、最初がこれだと、私にとって『娘道成寺』は今後、これが基準になってしまうなあ。それが幸か不幸かは・・・なんて、あんな感動的なもの見たんだから幸せに決まってますが(笑)。

 帰り道はすっかり二日酔いはなおっていましたが、違うものに酔っていて、今も酔っています。それは三津五郎の芸の美しさ、歌舞伎の快楽、にです。

 まだ歌舞伎を見始めて間もない私ですが、偉そうに言ってしまいましょう。これは“平成の名演”であると。

 

 まだ見て無い人、今月26日までです。見ないと損ですよー。

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静物画

          

          愛って何?

          それはまるで用意されていたように

          男と女がいて

          目を合わせていてもそらせていても

          酸っぱい味が

          胸に広がっていく

          あの感じ

          自分が男だということに

          少年が気づき

          ママの口紅を

          少女が悪戯するときのこと

          

          それは

          海の水と空の雨が

          入れかわる

          冬の午後のこと

          

          少年じゃなくなった男は

          テーブルになり

          口紅がさまになった少女は

          陶器になり やがて

          二人が

          一枚の絵になること

          

          そしてそれは

          田舎の縁側に

          座る老婆の

          手の中で 香放つ

          

          一個のレモン。

 

 

 これはごくごく初期に書いた詩。どういう状況だったかは全く覚えていない。多分、高校生くらいだったと思うから今読むと随分ませた高校生だったと思う。

 この詩、冒頭の“愛ってなに?”という書き出しがとても恥ずかしい。しかし日本の現代詩人はこの「愛」という一言に対してどうゆう態度でいるかによって二分しているようなところもあって、例えば私の敬愛する二人の詩人、故田村隆一氏と故諏訪優氏は対照的だ。

 まず、田村氏。

 “青年のときは/愛/と言う言葉がぼくには苦手だった/特に詩の中で/愛/と言う言葉がどうしても使えなかった”(愛ってなあに?)より

という詩の一説があるくらい。次に諏訪氏。

 “・・・僕たちは/その重苦しいときを待つ/ふるえながら/魂は愛にうちふるえながら”(精霊の森)より

 これは彼の代表作の一つと言ってもいい長編詩『精霊の森』の一説だが、この詩に関して渋沢孝輔氏は、「「愛」と言う言葉をこれほど率直に使った詩が現れたということ自体が、私の眼にはひどく感動的なものに映ったのである。・・・」云々と、この「愛」と言う言葉が多用される傑作に初めて接した時の驚きを詩人論の中で記している。

 思えばこの「愛」と言う言葉に恥ずかしさを覚えたという田村氏は、古今の大詩人がそうであるように挫折した政治家のようにも見え、戦後最大の詩人という評価を得、また一方の諏訪氏は誤解を恐れず言えば、終生“愛のマイナー・ポエット”であった。

 実は私もこのブログに以前、愛と言う言葉を多用した詩をエントリーし、その後、あまりの気恥ずかしさを感じ、削除してしまったという経験がある。

 で、今回、また別の詩をエントリーしてしまったわけだが、思うにこの「愛」と言う言葉を使うときの気恥ずかしさは、

一体どこからくるのだろうか?

 

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欲望~ある抽象画のための

     

          文字の無い手紙のような

          灰色の空に向かって

          巻き上がる ワイン・レッドの

          風

     

          時の推移によって

          光の加減は

          微妙に変化するから

          見るたびに違う表情を投げかける

          花

    

          この絵は本当は

          私の心を

          標本し 額装しただけのもの

     

          それは例えば

          この世の快楽のキャンバスを

          あらゆる器官で

          隅々まで

          舐め尽くしてみたいなどと

          考えたりしている

          午後の

     

          やめられない毒のように

          ゆっくりと

          全身に効いてくる

          色

     

          無機質な画廊の壁に

          “しん”と飾られている

          私の激しい

          欲望ー。

 

 これは昔、ある友人が描いた絵を見て書いたもの。あっという間にできたのを覚えています。

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世界で一番シュールなラブ・ソング

 ローランドの悲しい目の乙女。ディランの歴史的傑作『ブロンド・オン・ブロンド』の最後を飾るこのナンバー、レコード時代は2枚組の2枚目B面最後がまるまるこの一曲だった。

 この怪物的な作品を発表当時、ディランは「移動中のタクシーの中で書いた・・・」とかなんとかうそぶいていたらしいが、後年、これまた名曲『サラ』の歌詞で「チェルシー・ホテルでローランドの悲しい目の乙女をあなたのために書いた」と、後に妻になるサラに捧げたものであったことを“自白”している。

 この曲をはじめて聞いた時、誰でもそうだろうが何について歌っているのかさっぱり分からなかったが、今は分かる。これはラブ・ソングなのだ。どうゆう理由があったか知らないが、これはラブ・ソングであることを分からないように書いたラブ・ソングで、きっとその頃ディランには違う女(多分、ジョーン・バエズか)がいて、サラは真剣な浮気の相手だったのかもしれない。

 詩の魔術的なイメージとサウンドと声の質感。この奇跡のような作品をディランはサラにまるでシュールな絵でも贈るように書いたのだと思う。世界で一番シュールなラブ・ソング。そして、シュールであるけれど賛美歌のようにも響く不思議な歌。

PS 訳詩はコメント欄を見てください。

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映画『ラスト・コーション』~占領と被占領

 

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 やっと見た。巨匠アン・リー監督の『ラスト・コーション』。本国中国ではその過激な暴力シーンと性描写が検閲により大幅にカットされたゆえ、この完全版を見ようと香港に行く人々が後を絶たず、ちょっとした香港旅行ブームが起きた程とか。そして監督アン・リーは、本作によって、前作『ブロークバック・マウンテン』に次ぐ2作続けてのヴェネチア映画祭金獅子賞受賞の快挙となりました。

 舞台は1942年、日本占領下の上海。抗日運動に身を投じた美しい女スパイが、日本の傀儡政権に協力する組織のトップを殺そうとする物語。しかし彼女は男の壮絶な孤独と苦悩に触れる程に、いつしか彼に心を寄せるようになり・・・。

 この映画、上映時、雑誌などでその過激な性描写がことさら話題になり、特にこの映画で女優デヴューとなったタン・ウェイに注目が集まっていましたが・・・これはね、はっきり言ってトニー・レオンを見る映画だと思いますよ、私は。と言うか、これは彼の最高傑作。私はストレートに男なので、男の色気ってものはイマイチ皮膚感覚で分からないところもありますが、女性ファンならずともこの彼の素晴らしさには惚れ惚れとしてしまいます。

 そして忠実に再現されたという当時の上海のセット。普通、こうした映画で上海の街のセットを作ると、例えば東京の雰囲気を出そうとして皇居のすぐ隣に東京タワーが立っている的な、ありえないものになっている例が実は多いそうですが、今回は資料を十分に集めた上に登場人物達が使う封筒にまで気を使うこだわりようだったとかで、その結果、当時の上海の絢爛さ、退廃、そして占領下であるという緊張感が伝わってきて、つまり画面全体がそれだけでなんとも危険かつセクシーなムードに包まれています。

 で、ぶっちゃけ話題になったセックス・シーンですがね、正直に言ってしまうと、私、こういうのずっと見たかったんですよね(笑)。全然、いやらしくなくて、とっても奇麗で・・なんてうわ言のようなやつじゃなくて、かといってAVみたいな即物的なもんでもなくて。何というか、それまでの互いの人生やバックグラウンドを持ってことにあたったにも関らず、それがみるみる粉々になっていくみたいな・・・・。

 出色なのは、その初めてのシーン。タン・ウェイを殴り、チャイナドレスを破り、下着を引きちぎり、自らのベルトを抜いて、それで彼女を鞭打つトニー・レオン。圧倒的な暴力でこの美しい女スパイを彼が犯すわけですが、この後、すべてが終わって、ベットに置き去られたタン・ウェイがね、また、いいんです。しばし呆然とした後、微かに微笑むんですよね。これが実にいやらしい。

 で、2度目、3度目のシーンはね、ちょっと書けませんね。実際にやっちゃってるAVが、ちゃんとニーズに合わせた段取りと手続き的な“形”に終始しているのに対し、こちらは映画的ですが非常にリアルで豊かな性交で、タン・ウェイのインタヴューを読むと、これらのシーンの撮影にかけた時間は12日間、監督の厳しい演出がちゃんとあったそうで、その甲斐あってか、素晴らしいシーンになっていると思います。

 さて、占領下の上海での、この男女の物語で監督は何を描きたかったのか。以下、アン・リーのインタヴュー記事から。

 原作小説でも、男女の性愛関係が「占領」と「被占領」という形で喩えられています。物語の舞台が日本占領下の上海に設定されている以上、それが政治状況の暗喩であることは言うまでもありません。また、二人の愛は、男が女を殺害することをつうじて、独占的な所有権を強く主張することによって終わりを迎えるわけですが、その一方、男の心が女によって永遠に「占領」されてしまったのではないかという点を、トニー・レオンが女を殺した後に呆然とベットに座り込むというラストシーンを通じて提示しようとしました。~月間プレイボーイ日本版2008年3月号より~

 昔も、ベルトリッチの『ラスト・タンゴ・イン・パリ』とか、大島渚の『愛のコリーダ』とか、性愛の濃さが現実を侵食していく様を描いた映画ってあったわけですが、本作は上の2作に比べてパワー・ポリティックスの論理を含んでいる。そして、ここからは個人的な感想ですが、結局、「被占領者」の強さが際立って印象に残るのは、現実を反映しているものと思います。

 ところで、この映画には広東料理が辛い、辛いと言う所が何度も出てきます。高級官僚のマダムたちが物憂く麻雀に興じるシーンでの会話でのことですが、これ、何かの暗喩なんですかね?このシーンを見て、私は当の中国人達ですら辛くて食べれない中華料理があると、その広さと多様さと奥深さに感じ入る程度にしか理解できませんでしたが。

 そしてその広さと多様さと奥深さの賜物か、1万人のオーデションの中から彗星の如く現れ、世界中の男を虜にしたのがタン・ウェイ。

 セックス・シーンの重要性は、脚本を読んだときからわかっていたし、それをこなすのはプロの俳優として当然のこと。監督は、ディティールにとことんこだわるから撮影はもちろんラクなことはひとつもないけれど、私ももっといいものを目指す気持ちは同じだったから、苦痛はなかったわ。トニーも新人の私をプロの役者として敬意を払ってくれた。こんなふうに挑戦する機会に恵まれて、女優としてこんな光栄なことはないわ。~月間プレイボーイ日本版2008年3月号より~

 いやはやこんな才能が突然、出てくるんだから・・・なるほど中国は広くて、深いです。

 PS ネットで彼女のロング・インタヴューを見つけました。興味のある方はどうぞ。

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ラジオはあの時何を伝えたか2

 

 現在、朝の5:30。毎朝、朝焼けを見るのを楽しみながらの出勤です。

↓は映画『グッドモーニング・ベトナム!』のワンシーン。

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1980.12.11NHK「サウンド・ストリート」~ラジオはあの時何を伝えたか

 

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 先日、部屋を片付けていたら一本のカセット・テープが出てきました。そのテープのインデックスにはこう記されています。“1980.12.11NHKサウンド・ストリート DJ渋谷陽一”と。

 これは1980年12月8日に起きたジョン・レノン射殺事件から数日後のラジオ番組を録音したもので、約10年前、とある女性から頂いたものです。

 この放送、私も当時リアルタイムで聞いていて、自分でもテープに録音したりしていましたが、そちらの方はとうの昔に失くしてしまいました。

 これをくれた女性は私よりやや年上で大のジョン・レノンファンでした。メンタル系の病にかかり、1度は復帰したものの、結局、会社を辞めることとなり、その最後に日、いつも楽しくレノン談義をしてくれた御礼にとこのテープを私にくれたのでした。

 このテープ、初めの渋谷陽一氏のコメントの後、曲が数曲流れるだけなのに、当時の空気感がそっくりパックされているようで今聞いてもさすがに生々しいです。ジョン、40歳、渋谷陽一29歳、そして私、15歳。

 ジョン・レノンは死後、すっかり“愛と平和の人”にされてしまいましたが、その過誤がいつ何処から始まったのか、このテープは教えてくれています。それは死の直後からすでに始まっていて、つまり彼のような才能を評する言語を日本のジャーナリズムは持っていず、適当な人間がお手軽に矮小化して理解したつもりになってしまった、と言うことで、その辺りを若き日の渋谷氏がワナワナと苛立っております。

 この番組の中の選曲は、当時の幾多あった追悼番組の中でもベストだったと思います。と言うより、当時は「亡きジョン・レノンに捧げます・・・・。」なんて、言って『イエスタデイ』や『レット・イット・ビー』をかけるラジオなんかが実際あったので、そんな状況下において、一番、真っ当だったと言うべきでしょう。

 渋谷氏のその後の様々な分野での活躍を見ると、この時の、この種のことに対する怒りが多分に原動力になっていることが分かります。

 さて、ジョン・レノン死後28年目の今日、この番組を文字起ししてここに収録しておきます。

  

               ☆         

 

  ピ、ピ、ピーーーーーン!。

   1曲目  パワー・トゥ・ザ・ピープル

 えー、渋谷陽一です。今日のサウンドストリートは急遽予定を変更いたしまして、ジョン・レノン特集をお送りしたいと思います。

 えー、今回のジョン・レノンの事件についての、まあ、詳細というか、まあ、そうしたことは新聞とか、あるいはニュースの報道、あるいはラジオの報道で皆さん良くご存知だと思うので、えー、そうしたことに触れる必要はないと思います。あるいはジョン・レノンの業績うんぬんということに関しても、今さら僕がどうこう言ったところでしょうがないと、えー、言う気がするわけです。で、数多くの今、その、ジョン・レノン特集みたいな番組が組まれ、そして放送され、あるいはそのジョン・レノンについて多くの言葉が今、語られているわけなんですが、そういう言葉、そういう放送、あるいは色々なものを聞く度に、僕は自分自身が小学校6年、あるいは中学校で、えー、の生徒であって、そしてビートルズのファンであった時に、見ていた、その、腹立たしさ、なんでこういう人達が、えー、ビートルズについて、こういう見当違いなことを語らなければいけないのだろうかと言う、そういう腹立たしさが、今、29歳の自分に甦ってくることが、非常になんか、奇妙であるし、あるいはそのメディアの一環を担っている自分自身にとって、凄く腹立たしいことだという気がするわけです。

 えー、僕ら世代の人間、まさにビートルズ世代によって、このジョン・レノンの死は、それなりに語られなければならなかったにも関らず、ほとんどそういう声を聞くことはできない、あるいはそういう声はきっとあるのだろうし、そういう哀しみというのも凄く多く存在しているのだろうけれども、それが表に出ないという、現在のロック・ジャーナリズムのあるいは、そういう状況、みたいなものに、何というか決定的な腹立たしさ、というものを覚えるわけです。

 で、ジョン・レノンの死については無論のこと、その死、そのものをちゃんと正確に位置づけることの出来ない我々世代というようなものの、えー、何と言うか、こう腹立たしさと、それから、悔しさみたいなものを、えー、今、感じています。そして、ディスク・ジョッキーである僕自身が今、現在ここでやれること、僅か40分の時間ですけれど、僕自身が持っているこの時間内にやれること、というのはジョン・レノンの曲を選んで、そして皆さんにお送りすることだけだという気がします。

 これからの40分間、ジョン・レノンの曲をじっくり聴いてもらいたいと思います。

            

   2曲目  アウト・オブ・ブルー

   3曲目  ニューヨーク・シティ

    4曲目  インスタント・カーマ

   5曲目 スターティング・オーヴァー

   6曲目 イマジン

   7曲目 真夜中を突っ走れ

   8曲目 リメンバー

   9曲目 スタンド・バイ・ミー

   10曲目 ブレス・ユー

   11曲目  母の死

 

 ↓はこの番組で、私が一番、衝撃を受けたナンバーです。この曲を聴くと当時の自分の部屋の石油ストーブの匂いを思い出します。

PS 去年の今頃、このブログにも書いた映画『アメリカVSジョン・レノン』のDVDが本日、発売とのこと。“怒りと闘いのジョン・レノン”どうか見てやってくださいまし。

PSのPS このNHK「サウンド・ストリート」については今、「NHK青春ラジカセ」なるページで紹介されています。

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映画『バディ・ホリー物語』~ロックンロール強化月間!

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  実は昨日は2年前火事でこの世を去った友人の命日でした。じっとしていると段々気分が湿っぽくなって、またつまらない詩でも書いてしまいそうだったんで強引にストーンズの映画を見に言ったのですが、これが凄く良くて、結果的にロック・フリークだった友人の良い供養になったと思います。

 この12月は他にも私の愛した様々な人たちの命日が重なっているのですが、その都度しんみりしていても仕方ないので、今年からこの12月は“ロックンロール強化月間”ということにしようと決めました。今(笑)。( ̄ー ̄)ニヤリ。

 と言うことで、唐突ですが↓は映画『バディ・ホリー物語』のワンシーン。私が50年代のロックンローラーの中で一番好きなのが彼、バディ・ホリーです。

 この映画、名作の誉れ高いのに何故か日本では未公開のままで、かなり前にYouTubeで発見して以来、この映像、ずっとお気に入りに入れたままにしていました。

 バデイはストーンズにもビートルズにも佐野元春にも影響を与えたロックシーンに現れた最初の天才です。リード・ギターにサイド・ギター、ベースにドラム、と今では当たり前すぎるこのバンドの楽器編成を考え出したのも彼だと言われています。また、白人で初めてアポロシアターで演奏したのも彼で、↓は映画の中のそのシーン。  

 これを見て私は映画『ブルース・ブラザース』の有名な白人バーでR&Bを演奏して大ブーイングの後、カントリーを演奏して大うけ・・となるあのシーンは、この映画のこのシーンのパロディなのでは?と思いました。

 バディを演じたゲリー・ビジーは、日本では映画『ビッグ・ウェンズデイ』に出ていたことで知られ、確かこの映画でアカデミー賞主演男優賞を受賞しています。

 この映画、Amazonで輸入版は買えるようですが、いい加減、日本版が出ることを切望します。

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ローリング・ストーンズ×マーチン・スコッセジ映画『SHINE A LIGHT』~人類史上前例なし

 

ザ・ローリング・ストーンズ×マーティン・スコセッシ「シャイン・ア・ライト」O.S.T. Music ザ・ローリング・ストーンズ×マーティン・スコセッシ「シャイン・ア・ライト」O.S.T.

アーティスト:ザ・ローリング・ストーンズ,バディ・ガイ,ジャック・ホワイト,クリスティーナ・アギレラ
販売元:UNIVERSAL INTERNATIONAL(P)(M)
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 ローリング・ストーンズ×マーチン・スコッセジ。凄くない訳が無い。で、見て実際・・・凄かった・・・。昨日12/5から封切りられた映画『SHINE A LIGHT』を、本日、さっそく見てきました。私は、容量以上のエネルギールを強引に注入されてしまったような感じで、未だ呆然自失とした状態です。

 何者だ、こいつら・・・人類史上前例なし、特にミック・ジャガー、あんた、無敵のロックンロール・ロボか。

 私はローリング・ストーンズは“スティール・ホイールズ・ツアー”の時、アメリカのフィラディルフィアで1度、東京ドームで2度、“ヴードゥー・ラウンジ・ツアー”の時、2度、と合計5回見ていますが、今日の新宿武蔵野館が一番凄かった(笑い)。正に至上のストーンズ体験。こんなのって、こんなのって・・・。

 彼等ほどのビッグネームになるともうコンサートと言うとスタジアムでやるのが当たり前。だからこそ世界中のロックファンの間で小さい小屋でストーンズを見るというのは一つの夢なのだと思いますが、その辺りはさすがスコッセジ、インタヴューで自分のDNAにはストーンズ・ミュージックが組み込まれていると豪語しているだけあって、どのように撮ればストーンズの魅力を最大限に引き出せるか良く分かっていらっしゃる。

 収容客数わずか2800人のビーコン・シアターを会場に選び、場内に数々の映画賞を受賞した最高の撮影スタッフの手による18台以上ものカメラをセット。そして何処にカメラがあるのか分からないほどに気配を消したその職人技が、ストーンズ・ミュージックが生まれるその瞬間を見事にとらえています。

 私が最初に笑ったのがこのビーコン・シアターです。だって、これって歌舞伎座じゃん(笑)。大きさといい、1階の頭上にせり出して、ステージが近くに見える2・3階席のつくりまで正に歌舞伎座。花道もちゃんとある。ステージから客席を映したシーンが何度も出てきて、2・3階席をカメラがスルーするたび、ああ、あの辺でいつも、オレ、歌舞伎見てんなー、なんて思っちゃいました。

 映画前半、会場のセットについて打ち合わせしたくても、当のストーンズ達はツアー中で中々連絡が取れず、スコッセジは相当に苛立っています。なんせ、セットメニューすら分からない。ストーンズのコンサートの曲順についてはいつも直前にミック・ジャガーが決めているものらしくて、曲が事前に分かっていないとカメラワークをどうしたら良いかプランが立たない。1曲目の初めの音がギターのリフから始まるのか、ミックの声から始まるのか。それによって、キースを狙っているべきか、ミックを狙っているべきか、ミックならファースト・カットのために少なくとも3台はカメラを用意しなくては・・・・などなどロックコンサートを映画に撮影する際の様々な気苦労が垣間見れて、なかなか面白いです。

 そして、スコッセジと打ち合わせしている時のミック・ジャガーは巨大企業の社長というかもう会長クラス。話し方はインテリそのもで、元来、育ちの良い人なのが分かります。

 一方、キース・リチャーズですが、なんか昔ならした“人斬りなんとか”のその後みたいでした。皆に「あの人、昔、凄かったんだよなー」なんて言われながら、今は好々爺とした親父さん。バック・ステージにクリントン一族なんかが挨拶にきても意外に礼儀正しく、愛想も良いです。

 で、結局一曲目は『ジャンピング・ジャック・フラッシュ』なのですが、上で言う“人斬りなんとか”が例のリフを鳴らした瞬間、私の頭の中でチンピラが5人くらいバタバタと倒れましたね。もう抜かない筈のドスはこの場合テレキャスですが、そこから怒涛のロックンロール・ショーの始まりです。超至近距離のローリング・ストーンズ、いいのかな1800円でこんな良い席で見れちゃって・・・あ、これ映画か(笑)。

 至近距離で見ると、メンバー同士が目配せしたり、キースが最前列の客にウィンクしていたり、チャーリーがため息をついていたり、普段からしているんだろうけどスタジアム・コンサートじゃ絶対分からない部分がもろに分かって、それだけで感動してしまいます。最前列は美味しそうな女の子達がかぶりつきでミックを見ていて、63才にしてそちらもきっと現役、ミック・ジャガー、恐るべしです。

 途中、ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトやバディ・ガイなどが登場しますが、今回のゲストはなんと言ってもクリスティーナ・アギレラ。彼女と歌うミックはなんだか年若いビッチに入れあげたジジイのようで、その実、主導権はこっちにあるみたいな、そんな妄想を抱かせます。セクシーでエロいステージングはライブ・エイドでティナ・ターナーと証明済みですが、これもある種の歌舞伎・・・・この芸も深化していましたね。

 私は映画を見て気が付いたのですが、ミック・ジャガーは若さを保とうなんて全然、思ってないですね。ただ、最高のステージをやりたいと常に思っているだけ。ライブ映像の途中、過去のインタヴューが色々と挟まれていますが、どれを聞いてもミックもキースも何も考えていないのが分かるだけです。ただ、音楽への愛情がもの凄く深いのが伝わってきますが。「やめようと思ったことは?」の質問に「刑務所に入れられた時、1度だけ。だけど壁一枚隔てて隣にいるキースに一喝されて思いとどまった。」みたいな言葉があって、笑った後で感動しました。

 最後にこの映画のインタヴューシーンで私が一番好きな言葉を紹介して終わりましょう。ロン・ウッドとどちらがギターが上手いか、という質問に対してキース、

 「どちらも下手。でも二人揃うと最強。」

 どうか、スコッセジの二人のギターの音に対するこだわりも見て(聞いて)下さい。

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Vertigo U2

 ボノといると列車に乗って食事をとているような気になる。-移動してどこかに向かっている感じがする。ボノには古代の詩人の魂があり、彼と接する時には注意が寛容だ。~<中略>~大方のアメリカ人よりボノのほうがケルアックのことを良く知っているのは、愉快な感じがする。ー『ボブディラン自伝より』

 今、早朝5:00。気合入れていくか。

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