« ニューヨークの夢 | トップページ | Crystal eyes »

『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』~作り話のような実話

ナショナル・ストーリー・プロジェクト ナショナル・ストーリー・プロジェクト

販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 あるラジオ番組のホストが作家に頼む。「月に一回出ていただいて、その都度新作を読んでくれませんか?」と。作家は断る。いくら自分でも番組のために毎月物語を一つづつ書き上げるなんてそうそうできることではないと。しかし、帰宅後、作家が妻にその依頼について相談すると妻は言う。

 「あなたが物語を書く必要は無いのよ。いろんな人にそれぞれ自分の物語を書いてもらえばいいのよ。リスナーの人たちから送ってもらって、一番いいやつをあなたが番組で朗読するのよ。それなりの数が集まったら、ひょっとするとすごい番組になるかも。」

 こうしてできたアメリカNPR(全米公共ラジオ)の番組『すべてを俎上に~週末版』のあるコーナーからこの本は生まれた。作家はポール・オースター。

 視聴者に物語を送って貰う際の条件として、作家は言う。

 「物語は事実でなくてはならず、短くないといけませんが、内容やスタイルに関しては何ら制限はありません。私が何より惹かれるのは、世界とはこういうものだという私たちの予想をくつがえす物語であり、私達の家族の歴史のなか、私たちの心や体、私たちの魂の中で働いている神秘にして知りがたいさまざまな力を明かしてくれる逸話なのです。言いかえれば、作り話のように聞こえる実話。大きな事柄でもいいし小さなことがらでもいいし、悲劇的な話、喜劇的な話、とにかく紙に書きつけたいという気になるほど大切な体験なら何でもいいんです。」

                  ☆

 この本を読んで、私が真っ先考えたのは、ここに収められている全ての物語は日々私達の日常の中で起こっている出来事と大差無いということだ。悲劇にしろ、喜劇にしろ、またシュールで不可思議な話、恐ろしい話、感動的な話、詩のように美しく静かに胸に染み入ってくるような話など、何につけ全ては私達の日々の暮らしの中で、今、この瞬間にも絶えず起きている。

 しかし、問題はその出来事や遭遇した場面(シーン)から、人がそれを物語としてどう感知し、惹いてはその感知した物語から何を感じ取り、自らの内面にどう作用させ生きる(た)かということだ。

 本書は「動物」「物」「家族」「スラップ・スティック」「見知らぬ隣人」「戦争」「愛」「死」「夢」「瞑想」と、10からなる章に分かれていて、収められている物語りのどれもが面白く味わい深い。そして、どんな些細な話にもその時代時代の影が色濃く反映されていて、人間の営みは望むと望まぬに関らず、細部に至るまでそこから逃れられないのだとも感じた。

 この本には後日談があって、それは本書の発売日が2000年9月13日だったということに関る。あの同時多発テロが起きた2日後である。普通、アメリカでは人気作家が新作を発表すると、その本を持ってプロモーションのため全国の書店を回るのが常のようであるが、そこでは普通、著者による朗読、質疑応答、サイン会などが行われるところを、ポール・オースターは各地にいるこの本の物語の書き手達を呼び寄せ、聴衆の前で各々に朗読してもらう会に切り替えたという。

 アメリカが正義と報復の名の下に一つのイデオロギーによって染め上げられ戦争に突入しようとしている正にその時、このような個人が大切にしている小さな物語に人々が耳を傾けるといったようなキャラバンが行われていた事実を知って私は感動した。

                                   ☆

 さて、今年も残すところあと僅か、今年は後半、突然始まったかのような世界的な不況の波を受けて、あらゆる風景が短期間のうちに激変してしまった感がある。私の身近な所で言えば、仕事場の人手が足りなくて求人を出しても良い人材が集まらず苦慮していたところ、いきなりの面接ラッシュとなった。私はこの現場を始めて一体何人の人と出会い、話したのだろう。面接は通り一遍の質疑で終わる場合は少なく、単なる手続き上の話から発展して、図らずも個々の物語に触れてしまう場合もある。皆、この不況の煽りを受けて来る人が多いので、“時代”から逃れ得ようの無い話が多いのは当然だが、中には面接していて感じ入ってしまう話もあって、面接官としては全く失格である。しかし、雇用した際にも、先日エントリーのポーグスの『ニューヨークの夢』ではないが、どんな人もそれぞれに小さな物語を抱えて生きてるのだということだけは忘れないようにしようと思う。

 今年のクリスマス・イブからクリスマスにかけて、私に起きた出来事はここでは書けません。悲しい話が一つ。可笑しく、でも人の優しさに触れるような話が一つ。

                ☆ 

 本書『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』にもクリスマスに纏わる話が幾つかある。せっかくなので私が一番好きな話をかいつまんで一つ。

                ☆

 アラスカ州アンカレッジに住むドン・グレーブスさんの話。題は『ファミリー・クリスマス』。

 1920年代、彼の家庭は不況のため父の商売が破綻、街は何処を探しても仕事は無く求職はゼロ。家にツリーはあるが飾りも無く、食事も乏しく、もちろんプレゼントもなし。クリスマス・イブの晩は家族皆が悲しい気持ちで寝床に就いた。

 しかし、あくるクリスマスの朝、信じられないことにツリーの下には山と積まれたプレゼント。その信じられない出来事に家族中が歓声を上げる。プレゼントを開けると、

まず母には何ヶ月か前に失くした「古いショール」、

父には柄の壊れた古い斧、

妹には前に履いていた古いスリッパ、

弟の一人にはつぎの当たったズボン、

自分には何ヶ月か前に食堂に忘れてきてしまった帽子、だった。

 皆は包みを開けられぬほど大笑いした。しかし、一体誰が?

それはもう一人の弟モリスの仕業だった。彼は何ヶ月も前から、失くしても騒がれそうに無い品を見つけては、こつこつ隠していたのだった。そして、ドンさんにとって、それが生涯最高のクリスマスだったという話。

 

 皆さんは、どんなクリスマスを過ごされましたか?

 

|

« ニューヨークの夢 | トップページ | Crystal eyes »

Books (71)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/186188/26536007

この記事へのトラックバック一覧です: 『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』~作り話のような実話:

« ニューヨークの夢 | トップページ | Crystal eyes »