初雪 2009.1.24
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雪の華
アーティスト:中島美嘉 |
今日、とある用事を済ませ八王子の某喫茶店で一人コーヒーを飲んでいると、窓の外にひらひらと舞うものが。良く見ると雪。もしかしたらこれは東京で今年初めての雪では?などと考えていたら、八王子の駅前+初雪のセットで、もう何年も忘れていたある記憶がみるみる甦ってきた。
それは私が初めて八王子に来た時のことで、かれこれ20年近くも前のこと。どういう経緯があったかしれないが、私はその時八王子富士美術館に『ロバート・キャパ&コーネル・キャパ 二人のキャパ展』という写真展を友人の彼女と見に行くことになったのだ。
私は学生時代から通してずっと中央線沿線に暮らしていたが、国立より西には行ったことが無くて、初めて降り立った八王子は田舎なのか都会なのか良く分からない印象だった。
富士美術館は八王子の駅からバスに乗って行かなくてはならない。それでその友人の彼女とは確かそのバス停で待ち合わせたと思う。その頃、彼女は友人と同棲していたが関係が上手くいかなくなっていて、部屋を出て自立しようと、美術館近くのとある寮付きの知的障害者施設に勤めようと考えていた。私に付き合ってくれたのはどうやらその周辺の下見もかねてのことらしかった。
バス停に私が着いて、会うなり彼女は「雪が降りそうじゃない?」と、言った。確かにその日も朝から凄く寒くて、着膨れして変な印象の彼女の傍らで薄着の私はぶるぶると震えていた。
バスに乗ってしばらく行くと景色はどんどんと田舎の風景になって行った。私はなんだか福島の実家の周辺にいるような錯覚に陥りそうになった。この季節の日本の田舎の風景というのは基本的に何処も同じだ。刈り取られた田んぼと鄙びた売店、それと薄くたなびく焚火の煙とその匂い。
私は当時なんのあてもないのに写真家になりたいと漠然と考えていて、その頃出た沢木耕太郎訳リチャード・ウィーラン著の『キャパ』の影響で、この世界で最も有名な戦場カメラマンに憧れていた。そして、その本で知った弟のコーネルにも。バスの中で私は彼女にひとしきり二人の説明をしたが、彼女は全く興味がなさそうだった。そして話すこともなくなって、私は当時付き合っていた二人の女の子の性格を話した後、どっちにしたらいいか?と、彼女に相談したがそれにも彼女はじっと押し黙ったままだった。
雪は写真展を見た帰りのバスに乗っている時、本格的に降ってきた。道は渋滞していてバスは遅々として進まず、こうしている間にも雪が本降りになって積もってしまったら、果たしてちゃんと八王子駅に戻れるのか、と乗客皆が不安そうだった。彼女も彼とのゴタゴタや将来のことでも考えているのか、窓の外をじっと押し黙ったまま見ているだけだった。雪は全然キレイじゃなくて、なんだか焚火で舞い飛んだ灰のように見えた。
結局、雪の中を無事バスは八王子駅に戻り、我々は彼女が当時住んでいて、私が4年間通った大学がある国分寺に行き、そこの、今はもう無い「グルマン」でカレーを食べようと言うことになった。「グルマン」でも私は相変わらず二人の女の子の話ばかりしていて、カレーが食べ終わる頃、ついに彼女が言った。
「あんたみたいな男はね、」と、彼女。
「豆腐にぶつかって死んじまえ!」
☆
当時ブルーハーツの追っかけのようなことをしていて『ダンス・ナンバー』の素敵な詞の一節を贈ってくれた彼女は今、私の妻。その後、どういう運命のひとひねりがあったのか、そういうことに。人に歴史あり、ということか。
今日、ひらひら降る雪を見て、ふと思った。結局、私達はあの時の、雪の中の渋滞のバスに取り残されたままなのじゃないか、と。
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