6度目の歌舞伎~勧進帳(かんじんちょう)
数年前、会社の社員旅行で北陸に行った際、帰ってきて人に「何が一番良かった?」と聞かれる度、「バスガイドが良かった。」と私は答え、皆に怪訝な顔をされた。
昼間は金沢を中心に周辺の名所・旧跡を巡り、夜は旅館「加賀屋」で温泉に酒に馳走、その後は金沢美人に会いにGO!みたいな旅行だったが、旅好きなのに団体行動が苦手な私は宴会後、風呂に何度か出入りした以外はこれといって何もせず早めに就寝した(つまらない男だ)。翌日のバスの中はほぼ全員が二日酔い&寝不足で爆睡状態、酒を嗜まないKさんと私のみがお目目パッチリでガイドさんの話しに耳を傾けていた。
で・・このガイドさんが落語家か講談師のような「語り」のプロだった。名所・旧跡の数キロ前からそれに対しての話を始め、話がクライマックスを向かえ、オチがつくと「・・・・・と、今お話した○△×■が右手に見える××でございます。」と、絶妙のタイミング。初め、なんとなく聞いていたKさんと私は段々と窓の景色とクロスオーバーしながらの話芸に圧倒されて、「凄い、凄い・・」と顔を見合わせるばかり。最後は「皆、起きれば良いのに・・。」と二人で言い合う始末であった。
で、このバスの運行状況を推し量りながらの情感溢れるトークの演目?の一つが“安宅の関”に纏わる今日の『勧進帳(かんじんちょう)』だった。
「これから約数キロ先、右手前方に見えてくるのが“安宅の関”でございまして・・・・」みたいなふりから始まり、頼朝に追われ山伏姿になってなんとか奥州へ落ち延びようとする義経主従と、それを見咎め、しかし最後には行かせる富樫の物語が、美しい北陸の景色とフュージョンして眼前に繰り広げられることとなった。
☆
昨夜の『勧進帳』は弁慶に吉衛門、義経に梅玉、富樫に菊五郎。また亀井六郎に染五郎、片岡八郎に松緑、駿河次郎に菊之助、常陸坊海尊に段四郎、と超豪華キャスト。正月にこれも豪華キャストでありながら、かえって個性が相殺されてしまった感のある『壽曽我対面』を見た私は、やや不安を感じたもののネット・新聞などで好評なのに気持ちを押され、またまた歌舞伎座に出かけて行った。
昨年末、テレビ『パリの弁慶』で團十郎・海老蔵の、『東大寺・勧進帳千回』で幸四郎の弁慶をそれぞれ見たが、昨夜の吉衛門の弁慶もまた素晴らしかった。信頼ある歌舞伎評によれば、吉衛門の弁慶は以前はそれほどでもなかったのを、本人の執念でようやくモノにしたところらしく、この弁慶、もしかすると今が一番「見どき」なのかもしれない。溢れんばかりの情感を伝える声の艶とピッチ、大胆で時にユーモラスな形と舞い。花道の登場から飛び六法の最後まで、私のみならず客席の誰もが片時も目を離せず、息を呑むように彼を見つめていた。また富樫左衛門の菊五郎も感情過多な弁慶と好対照に、クールさの内に秘めた人情が自然とにじみ出てくる感じが伝わってとても良かった。
この『勧進帳』は歌舞伎座さよなら公演を記念して行われたアンケート「あなたの好きな歌舞伎二十選」でダントツの1位だったとか。見ると、なるほど見所満載、歌舞伎のスペクタクルが十分に堪能できる演目で、結果に大きく頷ける。
しかし、これが人気な一番の理由はもっと別の所にあると思う。それは始まりから終わりまでこの舞台の上には実に様々な感情が流れていると言うこと。しかもそれはとてもとても複雑な感情だ。
金剛杖で打つ弁慶、打たれる義経。見咎めながらそれを見逃す富樫。この舞台には日本人が美しいと思う人の心のあり様が万華鏡のように蠢いていて、誰もが日常での体験とそれぞれのシーンを重ね、見終わった後、心が浄化されたよな気持ちになるのだと思う。昨日、私の隣で見ていたおじさんは「グハ、グハ・・」と奇妙な声で義経に頭を垂れ、詫びる弁慶を見て涙を流していた。
さて、延年の舞いの後、義経一行を先に行かせ、幕が閉まり花道に一人残った弁慶。柏木が打ち鳴らされ、いよいよ“飛び六方”。三階席、幕見席の人達は少しでも良く見ようと、半ばスタンディング・オベーション状態に。だが私がいた場所からだとどうしたって全行程は見えない。場内の最後方の対角線の位置にいたので、他の幕見の人よりは見えた筈だが、それでも最後は想像上の“飛び六方”ということに。
でも良い。吉衛門は年末テレビで『梶原平三誉石切』を見ても、『壽曽我対面』の曽我五郎を見ても、私の中ではずっと“鬼平”のままだったが、昨夜、ついに“弁慶”になった。そしてその弁慶にはこの想像上の“飛び六方”も含まれている。
平成大不況で人心の荒廃が懸念される中での、日本人の心の歌舞伎『勧進帳』。
素晴らしい『勧進帳』、最初がこの『勧進帳』で良かった。ありがとう吉衛門。
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PS 刑事ドラマ風に言うと“足でかせいだ情報”だが、この『勧進帳』、ここ数年での一番の出来との好評を得て、楽日の舞台をNHKが収録することが決定とか。切符を買うのに並んでいた時、“通”なおじさんが教えてくれた。
この舞台をまた見れる。飛び六方の全容はその時、じっくり見ることにしよう。
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