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映画『エレジー』~死にゆく動物

Photo_3 映画『エレジー』。 “上品な官能性に満ちた愛の物語”。広告に偽りなし。これはなかなか深い大人の映画だった。

 大学で美術を教え、性的にセンセーショナルな内容の本の著者でもあるデヴィド・ケペシュ(ベン・キングスレー)はテレビにも出演する中々の有名人。過去に破綻した一度だけの結婚生活を「人生最大の失敗」と公言し、現在は自由恋愛を謳歌する60才。一見、自信に溢れ知的でユーモアがあり全てが順風に見えて、その実、ちゃんとした人間関係を築くのが苦手という男。片や女は一度弁護士事務所に勤めたものの、もう一度大学に戻って勉強しなおそうとするキューバ移民の娘コエンスラ・カスティーヨ(ペネロペ・クルス)。男なら誰もが目を奪われずにはおれない美貌とラテンな情熱を併せ持つ30才。

 で、この年の差30の男女が恋に落ちる。年齢差からくる、初めての不安、嫉妬・・・・・・果たしてこの二人の恋の行方は・・・・みたいな映画かと思って見始めたら全然違った。

 この映画の原作の題名は『ダイング・アニマル』と言う。作者は現在最もノーベル文学賞に近いと言われる作家フィリップ・ロス。

Photo_3  しかし、この原作の題名“死にゆくケモノ”とはどういう意味だろう?緩慢であるにせよ唐突であるにせよ、いずれ死ぬ、滅びていく人間にとって愛とは何なのか?ということのか?だとしたら深すぎて良く分からない。

 しかし、完璧な美が時の経過とともに損なわれていく哀しさが愛しいという気持ちなら分かる。また、その時の不安や切なさなら。

 例えばこのペネロペ・クルス。スペインの秘宝、スペインの名花、と最大級の言葉でその美しさを讃えられる彼女だが、この美しさが自分だけのものであり、それが自らの手の内でみるみる壊れていくとしたら男にとってそれは恐怖と言って良いのじゃないだろうか。そして程度の差はあれ、それは私達の人生で必ず起きることでもある。

 ベン・キングスレーの方は女性から見て中々素敵なおじさまと言った感じだろうが、その落ち着きや自信は経験からくるものであって、齢を重ねていると言うことはそれだけ自然、何歩も「死」に近い存在とも言える。

 この映画の中でベン・キングスレー演じるデヴィドは、初め老いを意識する余り、圧倒的な生命のアイコンでもあるペネロペを失うという不安と同時に、その存在の素晴らしさに自分が傷を入れてしまっているのではないか?という恐怖に慄いてもいる。そして年甲斐もなく嫉妬に悩まされている。

 で、その辺のことをいつも相談役として聴いているのがデニス・ホッパー演じる詩人ジョージ・オハーンだが、彼はデヴィドが完全に彼女の虜になってしまっている状態を心配して詩人らしくこんな言葉でもって、早く別れるように助言する。

  「美しい女は目に見えない。
  美しいさという壁に阻まれて、中身が見えないのだ。
  彼女の考えていることが、わかるか?」と。

Elegy_newmain_4 二人は些細なことで一度別れ、2年後に再会するが、この髪を短く切ってペネロペが現れる後半からは、映画はまるで違う映画のようになる。そして前半、教師と年の離れた教え子といった関係を引きずっていた二人が、後半は逆転、ペネロペがまるで母で、デヴィットがその子供のように見えたのも面白いと思った。

 この映画の仕掛けをちょっとだけ話すと、冒頭にゴヤの『着衣のマハ』という絵が出てくる。絵の目から下を手で隠して「君に似ている。」とデヴィドがコエンスラに言い寄るシーン。

 このゴヤの『着衣のマハ』という絵は、モデルは誰か?ということで美術史的に『裸のマハ』という絵と一対になって語られる有名なものだ(ペネロペ・クルスにはこのマハのモデルになった女性を演じた『裸のマハ』という映画もある)。この映画はこの2枚を上手く使っている。それで、ああ、これは美術の先生と生徒のお話だったんだな、とそこでまた気づかされる次第。

  肉体が滅んでも魂は不死とするならば、その時もまだ、結びついている男女とは一体何なのか。詩人谷川俊太郎の詩に“万有引力とは引き合う孤独の力である”という一行があるが最後に何故かそれを思い出した。

 監督は『死ぬまでにしたい10のこと』のイザベル・コイシェ。大人の映画。広告に偽りなし。・・・・・・少し大人になった。原作も読んでみよう。

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