8度目の歌舞伎~廓文章(くるわぶんしょう)ー吉田屋
今のようなご時勢だと何かに“身をやつして”いる人というのはいっぱいいるのだろう。この四月大歌舞伎・夜の部2幕目『廓文章ー吉田屋』は歌舞伎で言う所の和事“やつし”芸の代表のような芝居。
高い身分の者が何かを理由に零落し、違う立場に身をやつす。お芝居は放蕩三昧の末、家を勘当され落ちぶれの身となった主人公の藤屋伊左衛門が、二世の約束をした遊女夕霧に一目逢いたいと、阿波の大尽が餅つきをして騒ぐ新町吉田屋にやって来る所から始まる。
芝居は近松門左衛門の浄瑠璃『夕霧阿波鳴波(ゆうぎりあわのなると)』の上の巻を改作したもの。
昨夜、伊左衛門に仁左衛門。夕霧には玉三郎。
私は半月ほど前、ダンディで凄くかっこいい仁左衛門の大石内蔵助を見たばかりなので、この仁左衛門演じる蕩児伊左衛門のイカレポンチ振りの見事さには、ただただ目を丸くするばかりだった。
なよなよ、ふにゃふにゃ、動きはもはや形というより踊りに近く、しかも笑いを誘いながらも段々と色っぽくさえ見えてくる。前回の役との落差もあって、仁左衛門の役者ぶりは私にはかなり強烈に映った。
☆
ところで、歌舞伎座に通うようになって約半年経つが、いつも思うことは平日は外人客が多いと言うこと。そして、気になるのは「どのくらい、分かってんのかなあ。。。。」と言うこと。歌舞伎座は多分、外国人観光客にとっては観光コースの一つに組み込まれていて、それで観劇している人が多いと思うのだが、音声ガイダンスを借りているのならともかく、そうでない人は大概が意味不明な表情をしている。
昨夜、私の左隣の席は外国の女性の方で、仁左衛門の蕩児振りにはただキョトンとするばかり。こういった遊び人の所作?立ち振る舞いというのはどうやら万国l共通ではないらしい。
仁左衛門の演技は、例えばこの物語の設定が何も分からなくても、日本人なら誰でも遊蕩の挙句身を持ち崩した男であることが分かるほどのものだ。そして、江戸時代からこのような男を表現するため、その立ち振る舞いの一挙一動を形として継承してきた日本人というのもやはり不思議な民族だと、私は妙なことに感心した。
物語は夕霧恋しの伊左衛門と吉田屋の主人喜左衛門(我富)、そして、その女房おさき(秀太郎)とのやり取りに終始するが、物語の中盤に、ついに夕霧が姿を現す。
この時の玉三郎演じる夕霧の美しさは、ちょっと言葉では言い表せない。それまでも緊張感溢れるいい芝居が続いていたが、その瞬間は何かもっと別の次元に移行する時ような、その位のスペクタクルを感じた。そして、その時、お隣をふと見ると、なんと両手を頬にあて“ムンクの『叫び』”のようになっていた。つまり“持って行かれちまって”いいた。さすがにここは万国共通だ。
このお芝居の中で、伊左衛門はずっと“紙衣(かみこ)”なる衣装を身に付けている設定で、それは江戸の頃、勘当された男が身につける慣わしの紙でできた着物なのだとか。歌舞伎の舞台では主に紫っぽい色調の地に、恋文の文句がほどこされたデザインで、一目で紙衣であると分かるようになっている。
仁左衛門演じる伊左衛門が着るこの紙衣と、玉三郎演じる夕霧のど派手な着物(あんな絢爛な着物、歌舞伎の女形以外に、着て似合う“状況”ってあるのだろうか。)が、これまたピタリとマッチしてとても贅沢なものを見せられている気になった。
さて、伊左衛門と夕霧。伊左衛門はあんなに会いたがっていた夕霧なのに、他の客の座敷に出ていたところ見た途端に機嫌を損ね、いざ再会を果たしても冷たく当たってしまう。そして、それに泣きながら耐える夕霧。可憐で、奥ゆかしくて、可愛い。しかし、太鼓持ちが現われてやがてそれも収まると、何の説明も無いままに、突然、勘当が許され、さらにまた身請けの金まで運ばれて来る。かくして相思相愛の二人は結ばれて、絵に描いたようなハッピー・エンド。で、めでたしめでたし。
これは昨今の不況の時代に巷に溢れた多くの“やつし者”に勇気?を与える一作と言っても良いのじゃないか?。そう、その程度の不幸、笑い飛ばしてしまえってことで。古典の凄みを思い知る。
☆
毎度のこと、あわよくば今夜のうちに3幕目も・・・・と、ちょっと頭をかすめたが、同じ近松でも、3幕目の『曽根崎心中』は悲劇なので、今日はこのハッピーエンドの気持ちのまま・・・・と、昨夜はここで退散と相成った。 実は今月、これを見る予定にはしていなかったのだが、勢いで来て良いものを見た。これはとても楽しい芝居。昨夜はなんかとても得した気分だった。
で、喜劇も好きだが悲劇も好きな私は、今月は、あとどうしても『曽根崎心中』を・・・・・・見たいんだな。
いつ行こうかな。
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