10度目の歌舞伎~恋湊博多諷(こいみなとはかたのひとふし)・毛剃(けぞり)
これはとても面白い芝居だった。上方歌舞伎と江戸歌舞伎のコラボ。四代目坂田藤十郎×第十二代市川團十郎。それで私にとっては先月見た『廓文章~吉田屋』と『曽根崎心中』に続く3本目の近松モノ。
これも例によって江戸時代、実際に起きた事件を題材に近松門左衛門が書き上げた世話物の一つで、前2つが心理描写に重点を置いた演出の芝居だったのに対し、今回のこれはなかなかスケール感のある大きな芝居だと思った。
実際に起きた事件と言うのは享保三年(1713年)、九州博多沖で繰り広げられた密貿易(荷抜け)事件のこと。今回の演目はそれを取材して近松が書き上げた『博多小女郎波枕』という世話浄瑠璃が元になっております。
お話の方は・・・・第一場、船上で何やら数人の男達が車座に座っているが、中でも親分の毛剃九衛門(團十郎)は今回の仕事の首尾が分かるまでは心配でおちおち寝ておれんとのこと。退屈しのぎに何か話でもしろい!ということになり、そう言や、船内に京都の奴が乗っていたな、とわざわざ船上まで連れ出してくる。連れ出されたのは商いの為、筑前を行き来しているという小松屋宗七(藤十郎)という人物。しばらくは皆と酒を酌み交わし良い雰囲気で話も弾むが、宗七が博多柳町の傾城小女郎とののろけ話を始めると、九衛門は突如不機嫌になる。実は九衛門もこの小女郎に入れあげている客の一人なのだった。
その後、宗七は彼らの密貿易の現場を見てしまい、九衛門以下に口封じにと海に投げ込まれてしまう。そして、数日後、何とか生き延びた宗七は乞食同然の体で柳町の小女郎を訪ねて行くが・・・・・・。
☆
今回のこの舞台は上方歌舞伎と江戸歌舞伎の違いを知るには格好の演目だったんじゃないだろうか。落とされた海から命からがら生き延びてボロボロで小女郎を訪ねる宗七は、紙衣で夕霧を訪ねる『吉田屋』の伊左衛門のようでもあり、濡れ衣を着せられて世間の目をはばかりながらお初をこっそり訪ねる『曽根崎心中』の徳兵衛のようでもある。元々『廓文章~吉田屋』の伊左衛門は初代坂田藤十郎の当たり役だったとのことなので、この“やつし芸”は代々藤十郎の十八番(おはこ)と言って良いものだろう。
で、その“やつし”とは何か。美しく、豊かなものが落ちぶれる、そしてその様をこれまた“美しい”と感じる感性。その辺を表現する藤十郎の身のこなしの柔らかさと、しっとりとした小女郎(菊之助)とのやりとりなど、特に二幕目奥田屋、“髪梳きの場”にあるよう、私にとって上方歌舞伎とは、繊細な“叙情”そのもといったイメージだ。
一方、團十郎演じる毛剃九衛門は、現在、月曜日の夜、NHKでやっている『極付歌舞伎謎解(きわめつけかぶきのなぞとき)』の松井今朝子女史が言うところの“男伊達=任侠”の芝居。
女史曰く任侠とはつまり自分自身は損をするということらしく、侠客とは損をするのに自分の面子やプライドを守るため何かを押し通そうする男のこととか。この九衛門も良く見ると損だらけの男だ。本当は惚れこんでいた小女郎を宗七のために諦めるし、その上二人のための身請けのための金ばかりか、他の子分たちのためにもそれぞれに遊女を身請けして、さらに大金を大盤振る舞いしてしまう。そして、それをカラカラと爽快にやってのけてしまう豪快さを演じるのに当代團十郎のなんとはまり役なこと。
実はこの『男伊達』の芝居の代表である『極付幡随長兵衛』を先日テレビで、この團十郎で見たばかりだったので、頭の中でこれと今日の芝居が重なった。と言うか、博多特有の“ばってん言葉”以外、セリフの抑揚や言い回しはまんま同じ。この手の親分肌の男を演じる際はこういう口調でと、何か決まりごとでもあるかのよう。
さて、そんなセリフ回しで格好良く決めていたのに人改めの役人が来ると聞いた途端、急にオロオロし出すところなど、なんとも愛嬌も感じられ、この毛剃という親分を團十郎は魅力たっぷりに演じていた。
☆
濡れた叙情(上方歌舞伎)と豪快なきっぷの良さ(江戸歌舞伎)。その二つがくっきりコントラストになった良い芝居。考えてみればそれを坂田藤十郎と市川團十郎で見れるのだから贅沢と言えばこれほどの贅沢も無い。見終わって歌舞伎座を出た時は私自身、花道を去って出てきたような気分で、しばらくその気分は抜けなかった。
その後、単純な私は急に博多ラーメンが食べたくなって、新橋駅近くの博多天神まで歩いて行った。それで替え玉を二玉。よって現在、気分と同様超満腹。
さて、明日はいよいよ海老蔵の『暫(しばらく)』。早く寝よっと。
| 固定リンク
「歌舞伎(36)」カテゴリの記事
- 31度目の歌舞伎 「あらしのよるに」(2016.12.18)
- 30度目の歌舞伎~蛇柳(じゃやなぎ)(2015.05.25)
- 中村小山三氏死去(2015.04.07)
- 29度目の歌舞伎~鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)(2014.10.24)
- 28度目の歌舞伎 「天守物語」(2014.07.20)
最近のコメント