12度目の歌舞伎~女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)
『廓文章~吉田屋』、『曽根崎心中』、『毛剃』、と先月まで3本立て続けに近松ものを見た私ですが、もう一丁いったれっ!てことで本日も見てきた。歌舞伎座さよなら公演、六月大歌舞伎昼の部4幕目『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』。
これはむかーしテレビで見たことがあって(ビデオか?)、主人公の与兵衛を松田優作が、お吉を小川知子が演じていた。で、その頃は近松とか浄瑠璃とか歌舞伎とか、なんも分からず、ただ恐ろしく暗い、救いようの無い話だなと思いつつ見ていたが、最後の殺しの場、油の中でのたうちながら優作が小川知子をを殺すシーンの尋常じゃない緊張感と凄惨さが印象に残って、それで覚えていた。と、言うより歌舞伎を見るようになって、ガイドブックのようなものでこの演目の名とあらすじ紹介を読んで、「ああ、あれのことかあ・・・」と逆にそのドラマが『女殺し~』だったと知った次第。
☆
近松はルポタージュ劇、『曽根崎心中』、『毛剃』を例に取るまでも無く、実際の事件を題材にして物語をつくる天才なので、きっとこの『女殺し~』も題材とした事件があったと思うのだが、その辺の詳細はこのお芝居の場合分かっていない。しかし、想像するに、これは特定の一つの事件と言うのじゃなく、きっとその頃の世相のエッセンスを凝縮して書かれたものなのじゃないだろうか。2009年の現在、嫌な事件が多くて、世も末だ・・・と皆が思うように、江戸のこの頃も甘やかされて育ち、自分の欲望に歯止めが効かなくなった輩が横行し、嫌な事件が一杯あったのだと思う。そう考えると、今、世の中がどんどん悪くなっているような気分が巷にあるが、人間は江戸の頃とあまり変っていないとも言える。
で、今回の与兵衛は仁左衛門だが、よほど私は彼に縁があるのか、歌舞伎座に通うようになって約半年、何も意識しているわけではないのに、見たい!と思って出かけていく芝居の重要な役どころに必ず仁左衛門が出ている気がする。考えてみれば何も分からず初めて歌舞伎を見た時の『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』の薩摩源五兵衛役も仁左衛門だった。
この『女殺し~』の与兵衛は初演の昭和39年の、孝夫時代からの仁左衛門の“当たり役”ということで、何度も演じられてきたものらしいが、今回は“一世一代”と銘打たれていて、つまり一生の仕納めということ。なんでもこの役には芸の上での若さと言うのではなしに、生の若さが必要だとのことで封印していたところ、“歌舞伎座さよなら公演に是非と請われ、今回を最後にということで引き受けたとか。
それで、その与兵衛ぶりだが、上方のボンボン風でありながら切れやすく、それでいてクールで何を考えているのか分からない悪役・・・見た目にもダンディで冷徹な雰囲気のある彼にはまさにはまり役だった。殺しの場、初めお吉を殺すのをためらっているが、二人で油にまみれ、逃げつ追いつして、すべり、転びしているうち、サディスティックな気分に目覚め、お吉の帯を解き、段々と殺すのを楽しんでいるようになっていくところ。そして、殺し終わって正気に戻り、自分がしでかした事に驚愕し、恐れ慄く様。その辺の心理描写の演じ分けはもうただただ目を見張るばかりで、さすがと言う外なかった。クールで気の小さいサディスト、これぞ仁左衛門の真骨頂という気がした。
実は今日、本当は娘とこれを見に行く筈だった。一度、歌舞伎を生で見たいと言うもので。でもねえ、生まれて初めて見る歌舞伎が『女殺し~』っていうのもどんなもんだろうかと思い、連れて行くのを止めた。もっと楽しくて、華やかなものを最初は見せてあげたい。父親としてはやはり。本人はテレビのサスペンス劇場で殺人シーンとか一杯見てるから大丈夫とか言っていたけど。
仁左衛門の与兵衛の他は、父徳兵衛に歌六、母おさわに秀太郎、お吉に孝太郎。仁左衛門の至芸に体当たりの孝太郎のお吉もとても良かった。
情けは人のためならずって、複雑な家庭環境で、そして愛情も過ぎるととてつもないモンスターを育ててしまうという、江戸時代に書かれたというのに、これはなんてモダンなテーマな芝居なのだろう。
☆
中学の娘に初めて見せるにはためらうが、その他の歌舞伎ファンの皆さん、これは絶対、見た方が良いですよ。だって、この殺しの場、凄いんだから。凄惨なのになんか美しい。それに孝太郎のお吉も色っぽいんだから。
それで、仁左サマの与兵衛・・・・これで見納めなんだから。
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