バタフライ~あの晴れた空の向こうに
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K(初回限定盤)(DVD付) アーティスト:川村カオリ |
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踊る大捜査線 コンプリートDVD-BOX (初回限定生産) 販売元:ポニーキャニオン |
先日、現在上映中の映画『アマルフィー~女神の報酬』の宣伝も兼ねて、テレビで『踊る大捜査線-MOVIE』と『踊る大捜査線~レインボーブリッジを封鎖せよ』をやっていましたね。意外にも娘がハマってしまい、このテレビシリーズをここのところ毎日レンタルしてずっと見ています。
このドラマが放送されていたのが97年と言うからもう12年も前になるとい事にまず驚いてしまいます。と言うと自分は32才。うーん、若かったなあ、あの頃か。しかし、私はこのドラマには全く思い入れ無いんだよなあ、と言うか当時あんまり見ていませんでした。
織田裕二ものはこの前に『お金がない!』という小さな弟を抱えて悪戦苦闘する立身出世ものと、『正義は勝つ!』という弁護士が主人公のドラマをやっていて、そちらの方は好きで見ていました。が、この『踊る~』はその流れで見て、今度は刑事か、と思ったくらい。それで第1話を見てハッキリ、つまらん!と思ったのだけを覚えています。新しいものを作ろうとして従来の刑事ドラマのパロディが過ぎ、なんかそこがあざとく感じたんですよね。当時は。今、見ても第1話はつまらない。まだ何が見所なのか良く分かりません。
しかし、今、2話、3話・・・・と、こう続けざまに見て行きますと、もちろん面白くなってきて、そしてこれがどんなドラマなのかが良く分かります。これは“組織”というものをテーマにしたドラマ。それを警察機構を通じて分かり易く見せたという点が新しかったしリアルだったんでしょう。だいたい、パトカー1台出動するのに面倒くさい書類があって上司の印鑑が必要だとか、道1本隔てただけで管轄が違い、目の前の事件に刑事が手を出せないなんて誰も知らなかった。そんなこと従来の刑事ドラマじゃ誰も気にしていなかったし、第一、一番ドラマにならないところだった筈。
このドラマには主人公が二人います。それは言わずもがな織田演じる青島刑事と柳葉演じる室井さんです。これは青島刑事がグロテスクな組織機構というものを知っていくドラマでもあり、キャリヤ組の室井さんが“現場の力”というものを思い知るドラマでもある。つまり上と下に絆が生まれていく過程を克明に描いていて、その二人の関係はあの時代一つのモデルを示したんだと思います。当時はその2年前、阪神大震災があり、その時、第一報から初動まで時間がかかり過ぎて、この国の組織のあり方が問われていた時代でしたしね。
そして「事件は会議室で起きてんじゃない!現場で起きてんだ!」って、映画版の方の有名なこの一言。これがね、このドラマをある種の“国民的な”ものに押し上げたと言ってもいいんじゃないですかね?皆、仕事場でこの言葉を自分流にアレンジして一回は言ったでしょう?そう、皆、言ってた、私も言った。つまり、この頃は“現場”にとてつもない力があるのに“上”がそれを使い切れない、理解していない、というムードだった。
今はどうでしょう?長引く不況でベテランの経験や技術が下に伝承しきれず、ケイタイなど便利な通信機器が発達した分、かえって生のコミュニケーションは不在になりがち・・・・。“現場の力”という点で見ればどこもかしこも・・・・・落ちてるんじゃないでしょうか。
このドラマ・シリーズを見て驚いたのは織田演じる青島刑事ってこの時はまだポケベル持たされてるんですよね。「あいつ、呼び出しかけたんですけど連絡来なくて・・・・一体、どこほっつき歩ってんだ!」なんて、言ってる(笑)。私にも身に覚えが一杯ある。懐かしい。まあ、ここ十年の世の中の変り方がどんだけ凄いかってことなんですけどね。
良く仕事場で「ケイタイが無い時代って一体、どんな風に仕事してたんだろ?」って、話しますが、それを思い出したかったらこのドラマを見ることをお勧めします。刑事ドラマだから無線でのやり取りのシーンは一杯ありますが、それ以外の場面でケイタイが無いことを補っているものは何か?
それは健康なコンパニオン・シップ(仲間意識)とチーム・スピリットだと私は思いますけどね。
この『踊る大走査線』は来春、映画版第三弾が公開予定で、すでにクランクインしたとの情報。“個”が点在し、時間や場所を共有するのが難しい現在に、青島刑事は、“所轄”の皆は、どんなドラマを見せるのでしょう?
それにさ、皆、真っ先に考えると思うんだけど、和久さん(いかりや長介)・・・・・・どうすんだろ・・・・ね。
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偉大なメディスンマン、ローリング・サンダーによると日蝕は決して見てはならないものらしい。
今日、午前11時頃、東京でも部分日食が見られるらしいが、私は空を見上げず、新たなヴィジョンを授かるのを静に待とうと思う。
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世間のお子さん達は皆、夏休みに突入ですな。我が家の前の公園じゃ、夜な夜などこぞのご家族が花火なんぞをやっおりまして、それを見ているこちらもビールに枝豆、その上、昨日は土用ということで鰻(うなぎ)でも食そうというからには、俄然、夏気分も高まってくるというもの。これで祭りのお囃子でも聞こえてくれば言うことなしってとこですが、まあ、こちらの気分に合せて出る山車(だし)なんぞあるわけもなし、だからと言って風鈴の音だけと言うのも妙に淋しい。それでこの降って沸いた“夏気分”、どうにかこうにか埋め合わせようってんで、出かけてきたのが銀座歌舞伎座、7月大歌舞伎夜の部の一幕、『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』でございます。
☆
さて、このお芝居、以前テレビで“ヤクザ映画、任侠映画の原点”のような紹介のされ方をしていましたが、そのストーリーはと言いますと・・・・・・。
つまらん喧嘩がもとで牢に入っていた魚屋団七。とある武士の計らいで無事放免と相成り、恩義を感じた彼はその武士の息子である磯之丞(いそのじょう)と恋人の遊女琴浦の力になろうと心に決めます。ひょんなことから団七は琴浦に横恋慕する男大鳥から彼女をかくまいますが、金銭欲の塊のような舅義平次が金に転んで敵方につき、彼女を連れ去ってしまう。結局、団七、追跡し彼女を取り戻しますが、その過程でついには舅義平次を殺してしまうというもの。
昨夜は団七に海老蔵、一寸徳兵衛に獅童、釣舟三婦に猿弥、団七女房お梶に笑三郎、徳兵衛女房お辰に勘太郎、三婦女房に右之助、磯之丞に笑也、琴浦に春猿。
前回見た『女殺し~』で仁左衛門は「この与兵衛と言う役は“生”の若さが必要・・・。」と言って仕納めにしたと聞きますが、さて、この団七九郎兵衛はどうなのでしょうね。それに一寸徳兵衛は。“若さ”という点では海老蔵も獅童も申し分ありませんが、この“若さ”、“爽やかさ”がね・・・・私が期待していたこの芝居の雰囲気とちょっとかち合うところがありました。私はもそっとこってりした上方歌舞伎を想像していたのですが、上の二人+勘太郎等は生粋の江戸前役者。関西弁がこなれてなくて、そのせいか、芝居にスケール感が出ず、小粒に見える場面もありました。そして、それぞれが切る見得も中途半端なところがあって、大向こうがタイミングがとれず掛け声が不発に終わるところも・・・・・。まあ、難しいんでしょうね、東京もんにとって関西弁って。
思うに私が今まで見た芝居は菊五郎、勘三郎、仁左衛門、吉衛門、団十郎、幸四郎などなどが中心で、今回のような世代が中心でやる芝居を見るのは初めてなんですよね。で、余計感じたのですが、歌舞伎ってオジサマ方のそれこそこってりとした大人の色気を原動力に成り立っているジャンルなのでは・・なんてね。この『夏祭浪花鑑』の、私が期待していた“こってり感”が無かった、と言うのは実は上方ー江戸前の違いなどではなくて、この“色気”の有無ってことなのかもしれません。
☆
さて、くさしてばかりいるようですが、もちろん、若手には若手の魅力があって、見所も一杯ありました。特に勘太郎演じるお辰。磯之丞を一度預かるとなったところ、“若い女に若い男を預けるなんて・・・・それに、お前の顔には色気がありすぎる・・”と釣舟三婦に言われた途端、焼けた鉄弓を自らの顔に押し付けるところ。その後、花道を去りながら“そんな顔になって、徳兵衛さんに嫌われはしないかえ?”と聞かれると「コチの人が好くのは(指で顔を指しながら)ここじゃありまへん、ここ(胸元をポンと叩いて)でござんす!」と言い放つ例の場面。これは以前テレビで、父勘三郎が演じるのを見たんですが、勘太郎のそれは全然違って、おお、これはこれでなかなか良いじゃん!と思いました。
そしてもちろん海老蔵。最後「長町裏」の義平次殺しは圧巻でした。『女殺し~』での仁左衛門の芸術的とさえ思える殺しの場に比べれば、まだまだ大味な感じがするものの、本水あり、本泥あり、舞いとも思える様式美と写実性が渾然一体となっていて、見ごたえ十分でした。
ただでさえ苛苛する蒸し暑い夏の夜。義平次を殺した刀を鞘に納めようにも手が震えて納まらず、鍔が二つ着いた鳴り鍔がかちゃかちゃかちゃかちゃ、延々と響く祭のお囃子と重なって・・・うーん、凄い効果。海老蔵!仁左衛門が『女殺し~』をそうしたように、あんたはこれを十八番(おはこ)にしろ!そんな風に思いました。
で、最後に春猿。私は今回初めてこの市川春猿という人を生で見た。で、女子高生じゃないですが、やばいよお、やばい・・という言葉しか出てきません。ホント、やっべぇー。
☆
昨夜のはとても若い『夏祭浪花鑑』。見た後は、多分、今回の狙い通り、清清しくってそれはそれで良かった。終幕後、歌舞伎座の外に出ると何やら人々が空を指差しながら騒いでいる。ついにUFOでも飛来したかと思い、目を上げると濃くハッキリとした虹!。もう、ホント、最後まで爽やかなんだから!
PS 欲しかったこってり感は、その後、鰻を食って埋め合わせました(笑)。
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今までやったことのない新たなスポーツを始めるとしたら何か?周囲の男(やろー)どもに聞くと意外に多いのがロック・クライミング。で、これに昨日、私は初挑戦してきた。
←にあるよう、壁面にさまざまな形の突起がついていて、この下にコースを表示するテープが色別に貼ってある。テープの下にはコースの難易度を示す数字が記されていて、また登り方にも幾つかルールがありそれも記されている。手は同色のテープを選んで摑まなくてはいけないが足は自由、とか。
初めインストラクターから簡単な講習を受けるが、ロープをつけてかなり高い所まで登るコースと、低い壁面をロープ無しで登るコースとがあり、当然、私はロープをつけて登る方を選択。なんでも経験、と軽い気持ちだったが、やり始めると面白くて、最後は汗だくで上半身裸でやるはめに。頂上にはゴールと記された突起があって、そこを目指して登っていくのだが、何度アタックしてもついにそれは叶わなかった。
これは見た目より奥が深くて、私の他、一緒にいたいかついおじさん達もだいたいが腕の筋肉だけでがしがしと登っていってしまい、最後には力尽きて墜落とあいなった。中に華奢だけどいかにもベテラン風なカッコいい奥様がいて、この人は身体をくねくねと捻るようにしてするすると頂上まで上りきってしまった。うーん、凄い。
高い所によじ登る達成感や、落ちていく時のちょっとした諦めと恐怖。こういうことに全身で挑む楽しさって、きっと誰もが子供の頃から全く変らずに体内に保存されている。昨日は久しくその眠っているものが作動し始めてしまった感じだった。
落ちていく時はね、ロープがついていて安全だと分かっていてもけっこー恐い。そして悔しい。“サスケ”の山田勝己さんの気持ちがちょっと分かったぞー。
帰り、受付に行って“お試しコース”みたいなのを“メンバー登録”に切り替えた。どうしてもゴールしないと気が治まらなくなってきてしまった。
おかげで現在、両腕とも筋肉痛。しかもスタローンの『クリフ・ハンガー』を見たいと言って、笑われてしまった(笑)。
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トゥゲザー・スルー・ライフ(デラックス・エディション)(DVD付) アーティスト:ボブ・ディラン |
私が知っているこの地球上に現存する“奇跡”は二つあって、それはローリング・ストーンズとボブ・ディランである。ただ、全然知らない人にストーンズのミラクルぶりを説明するのは容易ではないにせよ可能だが、ディランの場合は不可能だ。
ポピュラー・ミュージックの世界にランボーやベルレーヌばりの文学的な詩によって知性を導入し、フォークとロックを融合し、アメリカという国土で誕生した音楽のほぼ全てのジャンルに手を染めた男。そして、半世紀に渡り第一線で活躍するロッカーでありながら常にノーベル文学賞最有力候補・・・・と、まあ、そんなこと言葉にしたところで何かが伝わるとは思えない。実際、30年近く聞いている私も新作を聞くたびに感動を覚えるが、その感動が何処からくるものなのか、もはや分からない。
一つ思いつくことは“STILE”ということ。他人にどう言われようが自分のやり方で押し通す、その強烈な存在そのもののオリジナリティ。そしてもう一つは“CHANGE”ということ。だが、彼の場合、時流に合わせるなんて発想は微塵も無く、ただ思うまま変化し続ける。そして、何故、今こうなのかは誰にも分からない。ただ、ディランのみが知っている。
私にとって今年の夏は↓の曲と共にやってきた。唸るギター、隙間を埋めるようなアコーディオン。カッコいい。しかし、毎度毎度、感動させられるのも癪なので、私はこれをかるーーくBGMにして落語の解説を読むという、捩れた聞き方をしてやった。今、隔週間CDつきマガジン『落語・昭和の名人』というのを毎回買っていて、読んだのは桂文楽の巻の“船徳”“鰻の幇間”それに“寝床”。これをやると熊さん、八ぁん、徳兵衛が、ビリーとかジャックとかニックとかになり、江戸情緒の風景が蒸し暑いアメリカ南部のブルージーな空気感とミックスして、スラップ・スティックコメディ、クドカンのドラマか昔の日活の無国籍映画のようでおもろかった。
この新作、発売と同時に英米で売り上げNO1を記録したとか。ジャケットも本作は例外的にかっこよく、これは昔、エルスケンの『巴里』やロバート・フランクの『アメリカ』と同様、私を夢中にしたブルース・デイビッドソンの写真集『ブルックリン・ギャングスターズ』からの一枚。この写真をみていると“Together through life”を“死ぬまで一緒”と意訳したくなる。
関東の梅雨明けと同時に、ここのところ毎日これを聞いていて今朝もこれ。それで、きっと連休中もずっと落語とこれ。
スゲエなぁ・・・文楽は。じゃなかったディラン・・・・・。
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追悼コンサートではステージに棺が置かれていたそうですね。マイケル・ジャクソン。『スリラー』をかければ生き返るんじゃねえの?と言ってファンの人にヒンシュクをかってしまいました。でも、この騒動自体が何か巨大な演出だったら・・・と考えたのは私だけじゃないでしょう?
皆さん、梅雨が明けそうですね。
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今日、ある女性とどういう話の流れからか、最近“婚活”の逆で“離活”というのがあるという話になった。つまり離婚後のよりよい生活のために主に女性が色々と準備するという話。
もちろんその彼女はシアワセな結婚生活を営んでいる方で、別に深刻な話ではなかったけれど、彼女曰く「もし、旦那に浮気されたらそれは女として自分に至らない点があったのだと、反省する。」とのこと。それを聞いて私は男の習性を説明する言い分としてアーウィン・ショーの名編『夏服を着た女たち』を例に挙げた。
これはマイクルという男とフランセスという仲睦まじい夫婦が、ある日曜の朝、ニューヨークのワシントン・スクエアの辺りを歩いているところから始る。
マイクルはニューヨークの街を闊歩する美しい夏服の女たちにいちいち目を奪われ、妻のフランセスは初め「首の骨を折るわよ」なんて冗談を言っているが、段々と会話は深刻になり、やがて素敵な日曜日に暗雲が立ち込めてくる。マイクルは色々と言い訳するが妻の機嫌は中々直らない。そして、会話が袋小路になって、妻が酒場の席を立ちニューヨークの風景に溶け込んだ瞬間、マイクルは妻を“なんてかわいらしい女だろう、なんて素敵な脚だろう・・・・・”と思って眺める、と言う話。
この小説は多分、女性へのうけは良くないと思う。けど、私は昔からこれを特定の女性(この場合、もちろん妻フランセス)に捧げたラブ・ソングのような話として読んでいる(それとニューヨークという街に対しての)。
ジョン・レノンの『ウーマン』がオノ・ヨーコという特定の女性に向けて歌われているラブソングが広い意味で全女性に対する感謝の歌になっているのとは逆に、この小説は不特定多数の女性の美しさの中に特定の女性の美しさを発見するというアプローチになっている。男は社会的な生き物なので、あるパーソナルな空間では決して気づき得ない美しさが、広い社会の中で輝くのを見る時、とても幸福を感じるのではないか。その辺のことをショーは上手く描いていると思うが・・・・やはり女性にはうけは悪いだろうな。
と、ここまで書いて我がスプリングス・ティーンにこの小説とほぼ同じ題名の歌があることを思い出した。例によって訳詩。
ガールズ・イン・サマー・クローズ
街灯がプレッシングアヴェニューを照らしている
恋人達が手をつなぎ並んで歩いている
そよ風がポーチを渡り
自転車のスポークが回る
上着を着て、俺は家を出る
今夜は楽しもう、思い切り
夏服の少女達
夕明かりの涼しさの中
夏服の少女達が通り過ぎる
子供のゴムボールが音を立て
街灯の側溝で跳ね返る
銀行の大きな時計が時を告げる
家々のフロントポーチの淡い灯りが消えていく
ダウンタウンの店の灯りは
夜が更けるにつれ明るくなる
辛いことがいろいろあった
でもわかっている これからよくなると
夏服の少女達
夕明かりの涼しさの中
夏服の少女達が通り過ぎる
町外れにある旧友フランキーのダイナー
ネオンサインが輝いている
まるで魂の救済所の十字架のよう
蛍光灯の灯りがポップスグリルの上で点滅し
シャニがコーヒーを運んできて聞く
「おかわりどう?」
そして言う「ねえ、ビル、何考えてるの」
彼女は去った、 俺をナイフのように刺したあと
ねえ、美しい人よ、君は俺を救うことができる
ただ一瞥するだけで、この魔法のストリートで
恋は愚か者のダンス
俺はセンスはよくないが、踊れる足は持っている
夏服の少女達
夕明かりの涼しさの中
夏服の少女達が通り過ぎる
(詩 ブルース・スプリングスティーン 訳詩 三浦 久)
この歌は我等男性陣の思うところ(勝手なロマンティズムと言うべきか)が良く出ている(と思う)。そしてこのPVがまた良いんだ(笑)。貼り付けできないようになっているのでリンクさせときます。見てね。
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古い電車の写真パネルを
見つめる少年
君、あれは未来の乗り物じゃあない
あれは
君のお父さんやお爺ちゃん そのまたお父さんを
毎日毎日乗せた電車だ
その写真の中のレールに沿って
古い電車の旅に出れば
君は見たことの無い風景に
出会うだろう
デパートの催し物会場の<平成>から
鉄橋を渡り<昭和>へ
そして トンネルをくぐり<大正>へと
君がいる街の昔を写した写真の中に
変わった部分と
変らない部分
どれだけあるか探してみな
そして 人の想いも
終点まで行ったら また折り返してきて1と駅づつ
今に戻ってくればいい
もし 元いた駅を通り越してしまったら
君
そこが未来だ
これは息子がまだずっと小さかった時、聖蹟桜ヶ丘のデパートで催された“鉄道の日記念写真パネル展”車両の変遷に見る京王電鉄の歴史”を見に行った、その会場でできた詩。小さい息子は熱心でいつまでも会場を離れようとせず、暇を持て余した私は会場のアンケート用紙に、用意されていたペンでこの詩を書いた。
今日、とある駅のホームに立っていると、現在、鉄道博物館で開催されている『第2回時刻表展』のポスターが貼ってあるのを見つけた。最近は鉄道マニアの人を“鉄ちゃん”と称してお笑いの対象にしてしまう風潮もあるが、私はこの時刻表を偏愛する人々を昔から素敵な人々だと思っていた。
お金がある人と言うのはだいたいにおいて時間が無いし、時間だけはたっぷりあるという人は大方お金が無い。私のように貧乏暇なしなのは言わずもがなで、そんな時、この時刻表で“幻想旅行”に出ると言うのはなかなか豊かな時間という気がする。
きっと古い時刻表には今はもうない路線の、今はもうない駅の名前が記されているはずで、この旅行ではそんな風に時空間を行き来することも自在な筈だ。
今、一番したい旅は 私の場合、駅弁を食べながらの鈍行列車による一人旅である。
ところで、昔の時刻表、当時どんな駅弁があったのかも分かるだろうか(笑)。
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もう先週の話になるが、私は生まれて初めて競馬をやった。第50回宝塚記念。この歳で“初めて”というのが嬉しいが、キッカケは私が責任者を務める現場に競馬ファンが多く、休憩時間等の彼らの話を聞いているうちに興味を覚えたからだ。ある日、自分で競馬専門のブログまで立ち上げているというM君に挨拶がてら、「今度、俺にも競馬教えてよ。」と言うと、「何を言っているんですか!ナヴィ村さんの班にはIさんという“競馬の神様”がいるじゃないですか!」なる答えが帰ってきた。
私の仕事は現場作業で大体80人弱の人間が五つの班に分かれて仕事に従事する。私は全体の責任者でありながら自分でも1班持っていて、その“神様”は私の班の班長さんだ。
北野武が父菊次郎を評して「毎日判で押したような暮らしぶりで、仕事帰りに行く飲み屋も、飲む酒も、頼む肴もみんな決まっていた・・・。」と、以前テレビで言っていたが、彼もそんなタイプ。下町育ちの江戸っ子で無口。毎朝、私が車で仕事場に向かうと、必ず某通りの某カフェのテラスに座りスポーツ新聞を広げており、そして新聞をたたむ時間も、そこを立ち去る時間も決まっている(多分)。つまり、昔はそこかしこに良くいた頑固者で、今の若い人にはただただ変人としてしか映らないようだが、私はその人柄に密かに愛着を感じている。数ある作業員さんの中で私が唯一暑中見舞いと年賀状を出しているのは彼だけである。
そして、その“神様”に「競馬、いつもどういう風に買っているんですか?」と、聞くとある奇妙な返事が帰ってきた。
☆
ちなみに私同様、競馬をやったことの無い人に説明しておくと、馬券の買い方は幾通りかあり、例えば1着だけを当てるのを“単勝”、1-2-3着の馬を当てるのを“3連単”、選んだ馬が3着までに入っていれば良い“複勝”、順番はどうでも1~3着を当てれば良い“3連複”などなどがある。
私はそのことを聞いたつもりだったのだが、“神様”は私が「どの馬がくると思うか?」と聞いたのだと思ったらしく「競馬中継って8チャンネルでやるんですけどネ、今週から8チャンの×時からやるニュースのお姉さんが○△×さんから○□さんに変ったでしょ、それで8チャンがスポンサーの映画が今週から封切りになるんですけど、その映画の題名が『×××』、ちなみにうんちゃら通りとかんちゃら通りの角にあるビルの広告がソニーのだれそれからキリンのだれそれに変ったんですが、その二人の頭文字を並べると・・・ほうら、もう分かったでしょう?」と言って、ニヤリと笑った。分かんねえよ、そんなもん・・・・絶句。
それで、その思いつきによっぽど自信があったのか、なんと、昼休み、神様は“当たり”を取るのを前提に以前から欲しかったというCDコンポまで買ってきてしまった。あわあわあわ・・・。
☆
・・・と、以下、私の周囲の人達の競馬のやりかたを私なりにタイプ別にすると、大きく3つに分かれる(ような気がします)。
1 学究型・・・血統や過去のデータを綿密に調べ、勝ち馬を割り出していくタイプ。
2 グレート・マザー型・・・好きな馬をわが子を愛する母のように応援し、そこからバリエーションするタイプ。
3 ジョン・ナッシュ型・・・日常のあらゆる変化に目を配り、そこに“サイン”を読み取るタイプ。神様はこれ。
☆
ジョン・ナッシュとは映画『ビューティフル・マインド』で有名な実在の天才数学者である。精神にある病を抱えていて、タイム誌の記事のアルファベットの配列に旧ソ連の対米核戦略の暗号が隠されているとの妄想を抱き、長年その解読に務めたジョン・ナッシュ。上の3の人の競馬のやり方とはまるっきりそれと同じで、良く言えば“インスピレーション”、悪く言えば単なる“妄想”である。で、初めて競馬をやるに際し、色々考えた挙句、私はこの“ジョン・ナッシュ型”でいくことに決めた。
宝塚記念当日、朝、私にはすでに心に決めた馬がおり、立川のWINSに馬券を買いに行こうと玄関で靴を履いていると、背後に妻。「何処に行くの?」と聞くので、馬券を買いに行くと言うと、突然、嬉々として、「やっと、あなたも競馬をやってくれる気になったか。」と言った。職人の娘で川口出身の彼女は競艇や競馬をやっている大人に囲まれて育ったらしく、抵抗はないらしい。それどころか新聞を見せながら私が買おうと思っている馬を告げると、しばらく新聞を睨んだ後、「あなた、マイケルが死んだことをどう思っているの?」と、一言言った。
そう、この日の前日、あのマイケル・ジャクソンが死んだのだった。その事実を、そのサインを、その天の配剤を、あなたはどう読み取り、このレースにどう反映させるのか?妻は私にそう問いかけたのであった。あああ、ここにもいたジョン・ナッシュ・・・。
それで買ったのが単勝マイネルキッツと、1-マイネルキッツ 2ーディープ・スカイ 3-サクラメガワンダーの3連単。マイケル=マイネル・・・・・ちょっと苦しいけどなあ。
テレビ中継は娘と見た。娘には以前「競馬でもパチンコでも麻雀でもギャンブルと名の付くものをちょっとでもやったら別れる。」と言われていて(本当にこう言われたんです。)、怒るかな、と思ったら一緒に見てくれた。で、結果は?と言うと・・・・・ま、言わずもがな、でしたが、高い額を買ったわけではないので単純に遊びとして面白かった。
☆
翌日、仕事場にいくと神様が当たり馬券のコピーを見せながら「ね?」と、一言言った。またまた絶句。で、こんなわけの分からん世界、今回限りにしようと思っていたら昨日、神様が私に近づいてきて「今週の函館、××ですよ。」と、ある馬の名前を囁いた。理由は?と聞くと「今週、だれそれが死んで、その人が北海道生まれでそしてこの馬に乗る騎手の名前が同じでその人の年齢が○歳で、どこどこのスーパーの・・・・・・」
うーーーーん、神様、難しすぎて私のような凡人には分からん・・・・です w(゚o゚)w。
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昨日、現場で作業員同士のちょっとしたイザコザがあり、今日、それについてある青年と話していると、彼曰く、「ストレスの解消法をきっと知らないんですよ。」とのこと。「へぇー、君は知っているのかい?」と聞くと、なんでも“趣味に没頭する”ことと、“シーシャ(水煙草)バー”に行くことだ、と言った。
私はシーシャ(水煙草)なるものを知らなくて、聞くと水がフィルターの変わりになっていて、ニコチンは含まれるが、薄く?吸引時間が長い為、体へのダメージは少ないらしい。ホントか?フレイバーにも色々と種類があってとても楽しめるとのことだった。それで、帰りの車の中で後輩の社員にそのことを話すと、なんと彼も定額給付金でちょっと洒落たシーシャのパイプを買ったばかりだと言っていた。
え!それって今、流行っているのか?で、好奇心旺盛な私は現在そのシーシャとやらを試したい気持ちで一杯のところ。実は数週間前から、夜帰宅後、止めていた煙草を10年ぶりに吸うようになってしまい、禁煙に苦しんでいる最中であるのにもかかわらず、この気持ち、どうにも止められない。
“シーシャ(水煙草)バー”って、結構あるらしくて、食事とともに煙を楽しむような感じの場所だと言っていた。私は頭が古いので映画『ワンス・アポン・ア・タイム・アメリカ』のラストシーンのデニーロが足を運んだアヘン窟のようなところを想像してしまうが、いたって健全な所らしい(当たり前か)。
「さあ、遅かれ早かれどうせいつかは死ぬんだし、健康なんて気にせず、楽しめるものはなんでも試した方が良いぜ。」と言う、悪魔の囁きがさっきから聞こえる・・・と、言ったら大袈裟か。
でも“シーシャ(水煙草)バー”。興味あるな。
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