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『二十歳の原点』~煙草と笛

201_1  最近の制度だと、時々どういう意味合いで今日が休日なのか分からない時がある。実は本日も危うくそんな感じになりそうだったのだが、昨日、ラジオでこの本が紹介されているのを聞いて、それで“成人の日”だと知った次第。

 この本は二十歳の頃読んだ。私が二十歳の頃はまだかつて学生運動をやっていた世代が元気で、バブル世代に属する私達は“最近の若いモンは頭が空っぽで何も考えちゃいねぇ”的な文脈で飲み屋などでからまれたりするのが常だったが(私だけか?そういう輩が集まる店に出入りしていたんです、ハイ)、この本もそんなノリである人に薦められ?て読んだ記憶がある。

 私は昨日までこの本を『二十歳(はたち)の原点』だと思っていた。が、正式には『二十歳(にじゅっさい)の原点』と読むらしい。小さいことだが20年以上間違って覚えていたと思うとなんかショックだった。

 本書の著書高野悦子さんは学生運動が激化する1969年、立命館大学の学生だったが、自らの理想とする自己と現実の自分とのギャップに悩み鉄道自殺する。日記が死後発見され、父親の手で整理・出版されたその日記は当時ベストセラーとなった。

 当たり前だが、この本を“今の若いもんはなっちゃいない”→“昔はこんなに真剣だった”みたいに紹介するのは間違っている。昨日のラジオでも言っていたし私も同感だったのは、これは若くして自死した人のネガティブなものではなく、毎日を真剣に生きた人が書いたものとして普遍的でポジティブにも読める書だということ。そして今だってこのように日々を生きている若い人がいることを私は知っている。

 実際読むと、高野さんの日常は今の人たちとなんら変るところはない。バイトして、恋をして・・・ただ、今と違うのはあの時代には、例の“革命騒ぎ”があると言うところくらいか。ただ、彼女は感受性が非常に強く、繊細で、その分精神の働かせ方がフル回転していて、その1点においてはパワフルとさえ言える。ただ、「独りであること。未熟であること。これが私の二十歳の原点である。」と本書の題名ともなった有名な言葉があるが、あまりにも(必要以上に)独りでありすぎた、と私は思う。

 この本の中には随所に彼女の詩が出てくる。彼女はものを創る人間になりたいという欲求が強くて、それが上手くできない自分に傷つくのだが、彼女の詩はいちいち素晴らしく、私はこの時点で彼女はもう立派な詩人なのではないかとさえ思う。特に死の2日前に書かれたという最後の詩は息を呑むほど素晴らしく、それは彼女の生への希望と憧れ、潔癖なまでの孤独と、そして特定の固有名詞など出てこないのに1969年という時代までが読み込まれているようである。そして哀しいまでの静けさと緊張感があって彼女がどのように生きた人かが分かる。

      

  旅に出よう
  テントとシュラフの入ったザックをしょい
  ポケットには一箱の煙草と笛をもち
  旅に出よう

  出発の日は雨がよい
  霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
  萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら

  そして富士の山にあるという
  原始林の中にゆこう
  ゆっくりとあせることなく

  大きな杉の古木にきたら
  一層暗いその根本に腰をおろして休もう
  そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
  暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう

  近代社会の臭いのする その煙を
  古木よ おまえは何と感じるか

  原始林の中にあるという湖をさがそう
  そしてその岸辺にたたずんで
  一本の煙草を喫おう
  煙をすべて吐き出して
  ザックのかたわらで静かに休もう

  原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
  湖に小舟をうかべよう

  衣服を脱ぎすて
  すべらかな肌をやみにつつみ
  左手に笛をもって
  湖の水面を暗やみの中に漂いながら
  笛をふこう

  小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
  中天より涼風を肌に流させながら
  静かに眠ろう
  そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう

 

 詩を解釈したり分析したりするのはあまり好きではないが、少しだけ言わせて貰うと、<煙草>は反抗の象徴であり、また矛盾や不平等を平気で許している社会の<毒>そのものを表している言葉だと思う。そこには彼女の、反抗しながらもそこに取り込まれていってしまう自分に対する自罰感のようなものが伺える。また<笛>は守るべき無垢なる心、彼女の場合<詩人の魂>と言っても良いと思うが、その暗喩のように読める。

               ☆

 今、アフェリを見ると本書の装丁が大学ノートを模したものになっていて驚いた。私が読んだのは新潮文庫の普通のそれだったが、高野さんはジュディと名づけて大学ノートに横書きで日記をつけていたらしく、これはそれを再現しようとしたものらしいが、この方が確かに臨場感がある。

 それにしても日記文学を読むといつも思うのだが、発表するつもりがなく書かれた言葉は、何故、これほどまでに人の胸を打つのか。

 ブログなんぞをやっていて反省することしきりである。

 

 PS 全国の新成人のみなさん。おめでとうございます。

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