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『ライ麦畑でつかまえて』 J・D・サリンジャー死去~北山耕平による『ライ麦~』的シティ・ボーイ路線はその後誰に受け継がれたか?

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) Book ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

著者:J.D.サリンジャー
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 J・D・サリンジャー死去のニュース。えっ、まだ生きていたの?と言うのが正直な感想。調べるとサリンジャーは1919年の1月1日に生まれ、2010年の1月27日に亡くなったということなので享年91歳。

 ↑の本についてはもう散々色んなことが書かれているし、解説書、研究書の類もいっぱいあるので内容について特にここで薀蓄を述べるつもりはない。が、一つ感想を述べさせてもらうなら私はこれを十代の一番多感な頃に読んでシアワセだったなあ、ということ。あの頃はこれがそんなに文化的に影響力がある本などと思わなかったし、世界中で評論されたり研究されりするような書だなんて思いも寄らなかった。ただ、その頃自分が感じていた周囲との違和感をこの主人公も感じていて、それで共感を持って面白く読んだだけである。

                 ☆

 今、手元に『「ライ麦」の正しい読み方』なる本があって著者は“ホールデン・コールドフィールド協会”とある。そんな団体があること自体驚きだが、この本、『ライ麦畑でつかまえて』の主人公ホールデンの行動の一々やサリンジャーの指向に至るまで、様々に分析・考察がされていて興味深い。巻末にはこの本を片手にジョン・レノンを殺害した犯人マーク・チャップマンの足取りとホールデンのそれを比較したニューヨーク・セントラルパーク付近の地図まであって、暇つぶしに眺めるにしてもなかなかの力作だ。

 さて、この本の中で私が一番興味深かったのは実は内容に纏わるものではなくて、『ライ麦~』における日本語の翻訳についての考察。項目を挙げると

(1) “翻訳者野崎孝が発明したとされるホールデンの喋り口調文体だが、そのルーツはどこからきたか?”と

(2)“野崎孝の訳文は、植草甚一文体を経由して、そのあと誰に受け継がれたか?”の二つ。

 それによるとこの小説を翻訳するにあたって訳者野崎孝氏は当時『マンハント』なるハードボイルド系ミステリマガジンの中で「夜はおシャレ者」なる軽妙なコラムを書いていた植草甚一の文体をモデルにしたのではないかと推察。そして植草責任編集だった雑誌『宝島』がその後、“シティボーイ路線”に変更した際の、当時最年少編集長だった北山耕平氏に今度はその野崎訳『ライ麦~』の文体が継承されたのではないか?としている。以下、『ライ麦~』について北山氏の文章。

 「宗教的な感動に近いショックをぼくの脳髄に与えた天啓は、ぼくの場合、小説の中の、自分と同年代の主人公の生きかたというかたちで、ある日、突然にやってきた。その小説は、日本題を『ライ麦畑でつかまえて』という名の、全体に白っぽい表紙のついた本だった。(75年1月号巻頭評論『ホールデン・コールドフィールドと25パーセントのビートルズ』より」

 そして「文化サロン」的でどうにも売れなかった雑誌『宝島』は、この若き編集長北山による『シティ・ボーイ路線』を敷いた途端、黒字に転じたと植草氏は書いている。また、その文体とスタイルは『宝島』から雑誌『ポパイ』へと経由し、最後はモノ紹介のみに使用された後、霧散したと北山自身の回想があるとのこと。

 本当に霧散したのか?ここからは私独自のオリジナルな考察だが、題して“北山耕平による『ライ麦~』的シティ・ボーイ路線はその後誰に受け継がれたか?”というもの。

 それは全く個人的な見解だが私はデヴュー時の佐野元春だと思う。彼の歌にジャック・ケルアックとサリンジャーの影響が色濃いことは友人だった故下村誠著『路上のイノセンス』に詳しいが、実際に北山と佐野は90年代、ある雑誌で対談していて、その中で佐野は北山編集の『宝島』を当時、良く読んでいたこと、そして北山に“ずっと離れていた兄に会っているようだ”みたいなことを、確か言っていた。

 北山は↑の黒字の評論のなかで、“ビートルズが四人で100パーセントだとするなら、それぞれ25パーセントのビートルズが、一人のホールデン・コールドフィールドだった。”と書いているが、私にはその雑誌の写真は、世代を超えた二人のホールデン・コールドフィールドが話しているように見えた。

 佐野元春の歌の中で一番『ライ麦~』的なのはやはり『ガラスのジェネレーション』だと思うが、私はここでもう一つアルバム「サークル」収録の「欲望」を挙げたいと思う。『ライ麦~』は単純なイノセンスと反抗の物語などではなくて、危険な狂気と紙一重の書でもあるのだから。実際にこの本にインヴォルブされて負のホールデンであるマーク・チャップマンはもう一人のホールデンであるジョン・レノンを撃ってしまった。

                  ☆   

北山氏のブログ『Naitive Heart』は長年の私のお気に入りであって、近年の彼のネイティブの人々の思想に共鳴した活動の核に、私はやはりホールデン的な何かを感じる。そして佐野元春だが、今のところの最新アルバム『コヨーテ』のラストを飾る『コヨーテ、海へ』はその後のやや老いたホールデンの独白のように聞こえる。

                  ☆

 以前、このブログで佐野元春の何かのエッセイの文体を真似てスパゲッティについての思い出について書いたら、ネット上では“恋愛小説”ということになっていて驚いた。そして、今、客観的に読むととても野崎孝訳『ライ麦~』的。

それは、つまり上のような事情によるものなのだが、かように現在ではこの世にたくさんのホールデン・コールドフィールドがいるということ。

 さよならサリンジャー。 

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