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 東京国立近代美術館フィルムセンター・篠田正浩特集~『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』

Photo_3  「『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』は私にとって時代を一突きするためのナイフだった。」と、篠田正浩は言った。

昨夜、京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターでのこと。今月は篠田正浩特集をやっていて、彼の作品全30本が毎日3本スライド上映されている。そして昨日の夜は上映後、監督本人のトークイヴェントがあった。

 『心中~』というと言わずと知れた近松門左衛門の世話物の一つである。私は歌舞伎で『河庄』の部分だけは見て知っていたが、今後のためにも物語の全体像を知っておいても良いだろうと、それには映画で見るのが一番と出かけたのだが、良い意味で期待は大いに裏切られた。

 これは60年代日本映画の傑作の一つである。監督自身も同じものはもう2度と作れない、と言っていた。

Shin07  文楽の舞台裏の映像に、篠田監督と脚本を担当した詩人富岡多恵子の電話でのやり取りが重なる冒頭から、中村吉衛門と岩下志麻の心中死体が橋の下に並べられるラストまで、アバンギャルドでありながらしっかりと古典の情念が胸に残るという、それは“濃い”映像体験だった。

 トークイヴェントで篠田監督はこの古典を素材にして当時の関係者がいかに真にオリジナルなものを作ろうとしたかを、音楽を担当した武満徹とのエピソードを交えて話てくれた。それによると武満徹はこの映画の音楽に三味線は絶対使わないことを宣言したのだという。近松のセリフは三味線の音を前提とした、言わば音楽として書かれており、この映画で三味線を使うことは浄瑠璃に後退することに他ならず、そのため映画で使う弦楽器はどこだかの民族楽器のそれで、全体を通してはバリのガムランでいくことにしたのだという。

 そしてセット。ここでも近松の書いたセリフと空間の問題を挙げていて、例えば話し手が話し始めてその対象まで歩く距離が歌舞伎の舞台では大きすぎるのだと言う。映画の中ではその適切な空間を確保するため、当時、旗揚げしたばかりの寺山修司の天井桟敷の面々を黒子として常時登場させ、場面が変るたびに粟津潔の現代美術風のセットの間尺を変えるという手法取ったのだと言っていた。(映画の中の黒子を私は死神のメタファーだと思っていたが、監督曰く“黒子は近松”とのこと)。

 このアバンギャルドなアイディアの裏にあったもの。それは“金が無い”ということで、ほとんどが苦肉の策の結果のようでもあるのだが、後に“世界の~”と呼ばれる才能が集結するとこんなに凄い作品になっちゃうという、これはお手本みたいな映画だった。

 冒頭の言葉の他に篠田監督は「打倒すべきは商業主義であった。」とか、「これは私の60年代体験の総決算だ。」など、年齢に似合わない熱い、カッコいいセリフを連発していた。当時、宣伝費が80万円しか無く、それだと新聞に細い短冊状のスペースに“心中天網島”という文字しか載せられず、そんなの効果が無いとか、だいたい皆、しんじゅうてんのあみじまと読めるのか?などと言われるも、「その小さなスペースに文字だけあって、“これ、何て読むのだろう?”と見た人が思ってくれたらそれは最高の宣伝(アドバタイジング)だ!」と、言い切ったというエピソード・・・うん、懐かしいぞ、こういうオッサン。

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 さて主演の二人だが、紙屋治兵衛は中村吉衛門。若い頃は何だか今の勘太郎に似ている。そして遊女小春と女房おさんの二役を岩下志麻。現代は可愛いとエロいというのは完全分業制になってしまったが、この頃は一手に引き受けていて、つまりとんでもなくいい女で凄い女優さんだということ。極妻のイメージしかない人、まあ、見てみ。

 さて、トーク・イヴェントの後、質疑応答があった。会場にはマニアックな映画ファン、関係者が多くいたようで様々な質問が飛び交っていたが内容はあまり覚えていない。その場で私が唯一思いついた質問は「映画化したい漫画は何か?」というもの。そして「どんな漫画もこの『心中天網島』のような映画にすることは可能か?」というもの。何故なら私はこの漫画を原作にした映画というのが大嫌いで、昨日も『明日のジョー』の実写版が作られるニュース(今日は『怪物くん』!)に鼻白んでいたところだったから。

 でも、質問はしなかった。何に素材を得たところで真にオリジナルな映画が作れる可能性があるのは当然で、全ては作り手の知性と情熱と才能が全てあることは今も昔も変らないに決まっているからだ。

 昨夜の『心中天網島』はそのことを再認識させてくれた。

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