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空飛ぶヒトのためのトウモロコシを12本。

Photo 今から6年前、それまで住んでいた貸家が大家の事情で立ち退きということになり、私と妻、それとまだ小さかった息子と娘の4人は新居を求めて様々な物件を見て回ることとなった。

 立ち退かなければならなくなった貸家は庭付きの平屋で子供達が通う小学校の校門の目の前にあった。

 その頃、幼児を狙った悪質な犯罪が日ごとTVのニュースで伝えられており、ジョン・アーヴィングの小説『ガープの世界』の主人公ガープよろしく超心配症の父親だった私は、わざわざそんな場所を探し出して住んでいたのだった。

 しかし、そのお気に入りの家も出て行かなければならなくなり、何せ急な話だったこともあって中々次の家は見つからなかった。できればまた小学校の近くが良かったのだけれどそうもいかず、思い切って全然違う場所に移ろうかと話していた矢先、妻が不動産屋に行ってダメ押しのような最後の何件かに目星をつけてきた。

 「今度は小学校の裏手のほうになるけど・・・」と、妻。

 「近ければ表でも裏でも構わない」と、私。

で、3件ほど回り、最後に見た物件が現在の家である。こういった集合住宅には珍しく天井が高くて、広々としていて気に入った・・・・と、表向き家族にはそう言ったのだが、実は本当の決め手となったのは家の前の“トウモロコシ畑”とその向こうにある公園であった。 

 トウモロコシ畑!野球選手の息子であり、その父に兄弟の中で一番反抗し、そしてやっと和解の情を示せる歳になった頃に父に死なれてしまった私にとって、ケビン・コスナー主演の映画『フィールド・オブ・ドリームス』は大人のファンタジーとは一言に括れないような身につまされた話であり、その映画の世界観に不可欠なトウモロコシ畑を眼前に見ながら日々暮らせるというのはちょっとした贅沢な気がした。今でも夜中、ウィスキーを飲みながら風にそよぐトウモロコシの葉を眺めていると、その間からシカゴ・カブスのユニホームを着た男達がぞろぞろと出てくる幻を見る。

 そして、その畑を横目にそのまた向こうに広がる公園で小さい息子とキャッチボールするというのは中々良いアイディアのような気がしたし、実際にそのように暮らしたものだ。

 以後、現在に至るまで初夏から夏本番のこの時期まで、私たち家族は否が応にもトウモロコシの育成具合を意識せざるえない生活なのだが、数年前からある事実に気がついた。

 それはこの畑で栽培されたトウモロコシが全く収穫されていないということ。毎年、見ていると、実が大きくいかにも食べごろと思われる時期が来ても畑は放置されたままで、そして、ある朝起きて見てみると、トウモロコシは立ち枯れて、全てカラスや他の鳥達に食い荒らされた状態になっている。

 何故、そんな事をするのだろう?妻曰く、「畑は作物を作らないと<農地>ではなくなって税金がかかってしまうから、収穫するつもりのない育て易い品目をただ撒いているだけなのでは?実際、成っているトウモロコシも実は飼料用とかであまり美味しくない品種なのでは?」ということだが、そうだろうか?そのわりにはおじさんはいつも雑草を取ったり、追肥したりと、畑を良く手入れをしているような気がするが。

 で、数日前、私はその味をどうしても確かめたくなって、ついにある行動に出た。夜中、人通りが少なくなったのを見計らって、茎から落ちそうになっている一本をドロボーしてきたのである。(野菜ドロボーは立派な犯罪です。おぼっちゃん良い子ちゃんは絶対に真似するのは止めましょー。)妻は目を白黒させ、息子は呆れ、娘は恐い目で睨んでいた。が、煮て一口食べさせると、一瞬で私に対する評価が変った。「美味しい!!」。

 我が家の家族の大方の意見はこうだ。「こんな、スーパーで売っているやつなんかより数倍も甘くて美味しいトウモロコシを収穫せず立ち枯れにして、鳥達のエサにしていることの方が犯罪的だ。お父さんの仕事場の大型ダンプを持ってきて家族皆で夜中こっそり収穫し、人に配るなり、スタンドに置いて売った方が世のため人のためであり、それはかつてのカストロとゲバラが言う所の革命的、英雄的行為である。またそれは食料自給率ががた落ちのわが国において国防上大事な行為でもあり、我が家こそ、夷敵を打ち払い、その先駆けとして歴史に長くその名を残すべきぜよ。」とのこと。(大河・福山風、大嘘、笑)。

 で、結局、「今度、畑におじさんが現われたら、お金を払うから収穫させてくれ、と頼んで見よう。」ということになった。

 で、意外にも早く、本日、その機会が訪れた。

           ☆

Photo  今日の午前中、ベッドで本を読んでいると、買い物から帰ってきた妻が「今、おじさん、畑にいるよー。」と言った。私は飛び起きて財布をポケットに突っ込むと、家の前の畑に行き、公園の水道で手を洗っている叔父さんにおずおずと近づいて行った。そして言った。

「失礼じゃなければ良いのですが、お金を払うので育ててらっしゃるトウモロコシを何本か売っていただけませんか?」と。

 おじさんはいつも遠めに見ていると日焼けして背が高く、背筋もぴんとして“おじさん”といった感じだが、近づいて見るともっと歳を召していて“おじいさん”だった。そして、何故か私はトム・ペティ&ハートブレイカーズの名盤『サザン・アクセンツ』のジャケットを思い出した。おじいさんは初め怪訝な顔をし、次に驚いたような顔になって、そしてにっこりと笑って言った。

 「いいよ、1本80円ってことで。何本いるの?5本?10本?」

 私が500円玉混じりで800円渡すと、おじさんは畝の中にどんどん入っていき、バキバキと実入りの良さそうなトウモロコシを12本折ってくれた。

「虫に食われていたりするのもあるかもしれないので、2本はおまけ。」と、おじいさんは言った。

「これって、収穫して出荷するものなんですよね?」と私。

「そのつもりで、毎年作ってるんだけど、俺一人じゃ手が回らなくて、時期を逸して、そのうちに虫に食われちまったり、鳥に傷つけられたりで売り物にはならなくなっちまって・・・・。」

 そう、毎年、立ち枯れになっていたり、鳥に食われ放題にしてしまっているのは実はそんな理由なのだった。こんなところに農家の担い手が育たないつけが出てしまっているのだ。私は、毎年丁度いい時期に私が収穫作業をしてあげますから、その中の××%をくれませんか?と、言おうとして止めた。

                          ☆

 ネイティブ・アメリカン、ホピ族の神話によると第2から第3の世界に移行する際、大洪水があって、善良な人々だけが巨大な葦の舟に乗って助かり、今日の人類の祖となったと言う。そして、スパーダーウーマンなる者が現われて最初の男と最初の女に手渡したのがトウモロコシだとか。以来、ホピの間でトウモロコシは神聖なもので、それはただの植物、食物を意味するだけに留まらず、人間そものを表したものであるという。そして重要な儀式には欠かせないものだとも。

 家の前の畑にはまだ何十本ものトウモロコシがある。おじいさんはちゃんと収穫するだろうか?でも、もし今年も残りのそれらが鳥達に食い荒らされ、立ち枯れになっていたとしても、もう、嘆くのは止そうと思う。何故ならホピの人達は魚を水の中を泳ぐヒト、鳥を空を飛ぶヒト、と言うのだそうだから。

 そう、おじいさんは毎年、空を飛ぶヒトのためにトウモロコシを作っていると考えれば、それは神話のようでとても素敵なことだ。

つまり、今日、私は空を飛ぶヒトのトウモロコシを12本、分けてもらったことになる。

 さて、どんな儀式をするべか。 

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