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雑誌『考える人』 2010年8月号 村上春樹ロングインタヴュー~孤高のアスリート

考える人 2010年 08月号 [雑誌] Book 考える人 2010年 08月号 [雑誌]

販売元:新潮社
発売日:2010/07/03
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 エッセイや対談、翻訳した小説の解説などでわりと自分のことを話す氏なので、トマス・ピンチョンや故サリンジャーのような神秘のヴェールに包まれたというような感じは全く無いにせよ、それでもやはりこれは貴重なインタヴューなのではないだろうか。

 村上春樹ロングインタヴュー。長年のハルキストである私でも記憶にあるのは『羊をめる冒険』発表後の雑誌「宝島」誌でのものと、『ノルウェイの森』が大ベストセラーになり、日本をしばらく離れていた後、帰国してすぐの「月間PLYBOY」誌(「DAYS JAPAN」だったかな?)に応えたインタヴューだけなので、本誌を本屋で目にした時は本能的に手にとってすぐレジに持っていってしまった(笑)。

 インタヴューは今年5月11日からの三日間、箱根の老舗ホテルに氏を幽閉し徹底して行なわれたもの。聞き手は新潮社のベテラン編集者で本雑誌編集長でもある松家仁之氏。

 松家氏はこの仕事をもって新潮社を退社したということなので、このインタヴューは松家氏にとって正に最後の、入魂の仕事と言えるだろう。松野氏の村上文学の読み込みと愛情の深さ、質問の的確さが、これを単なる解説や時事報告的な話に終始させず、30年余り小説作品を紡ぐことによって一人の作家がいかに時代と対峙し、また現在も格闘しているかを浮き彫りにして、近年に無い読み応えのあるものになっている。

                ☆

 目次を見れば判るように、読み物としては「一日目」、「二日目」、「三日目」、と章立てがされており、その中のそれぞれの項目を見るだけでも一々興味がそそられるところだが、まず私の目を引いたのは「一日目」の最初、“一人称から三人称へ”というところ。

 これは一見地味な滑り出しだが、ごくごく個人的な救済の物語を書くことから始めた作家が、いかにして『1Q84』のようなシステムに翻弄され、それに抗う男女の物語を創作するに至ったのかを知るに重要な設問である。そして聞き手の松家氏がこのインタヴュー全体をどういうものにしようとしたかを伺える設問でもある。

 そのことについて本インタヴューで村上春樹は『ノルウェイの森』の執筆時に気がついたのだと言っている。登場人物に名前が無いとリアリズムの文体では三人の人物が会話する場面が書けないということ、そして、名前をつけるということが物語を進化させるための一つの段階であったということ。そして、ジョン・アップダイクのような知的に円熟していく作家を「うまい作家」とするならば、その対義語は、ありえないようなことにチャレンジし続ける「広げる作家」であり、自分はそういった方向を目指している、と。

                  ☆

 インタヴューは上のような創作技法的な問題から、生い立ち、作家論、私生活にいたるまで様々なことに触れ、それに対し氏はいちいち丁寧に答えていてファン垂涎であるが、全体の中で私が最も心を揺さぶられた点は2点ある。

 それは『ノルウェイの森』の大ベストセラーによる喧騒から逃れるため長らく海外での生活を余儀なくされた氏が、阪神・淡路大震災とオウム事件後、日本人の在り様が大きく変るだろうとの予感から自覚的に帰国し創作を再開したという点、また、その姿勢は「イスラエル文学賞」受賞の際の、例の「壁と卵」と言われるスピーチまで地続きであると言うこと、もっと言うとそれは小説『1Q84』まで続いているという点。

 帰国後すぐ、彼はオウム事件の被害者のインタヴューをまとめたノンフィクション『アンダーグランド』とオウム信者達へのインタヴュー『約束された場所で』から仕事を始めるのだが、想像するに氏は戦後50年という節目に起きたこの事件に、今後この国の個人の「魂」が益々不可解な場所に立たされることになることを肌で感じようとしたのではないか。

 そして後付になるかもしれないが、「壁と卵」のスピーチにあるように、氏のその後の作品があくまで「卵」の側に立つという姿勢に始終貫かれていることに思い至って、その覚悟の深さに私は感動を禁じえなかった。以下、引用。

 「卵と壁があった時、卵を支持するのはあたりまえだという意見もあります。でも本当にそうなのかなと思う。<中略>卵を支持するというのは、気分的なものではだめなんです。それなりの決意と、最後まで責任を取る覚悟が必要です。僕は地下鉄サリン事件の実行犯の裁判を聞いていて、そのことを強く感じました。この人達がやったことはまぎれもない悪であり、許されないことだ、それでも僕はなお彼らの側に立ってものをしっかり考えなくてはいけないんだと。そのことで被害者の人に糾弾されたとしても、社会に糾弾されたとしても、その気持ちは変えられない。」(P98から引用)

               

 私と聞き手の松家氏の考えが大きく違う点が一つあって、それは小説『1Q84』はBook3で完結でいいと思っている私に対し、松家氏は続編があると思っている点。作家自身に聞くと、もうしばらくは何も書けないとしながらも、まんざらでもなさそうな雰囲気もあり、もしかしたらBook4、Book5と今後ありえるのかもしれない。

 何故、こんなに売れたか?という質問に対しては「長年にわたって読者との間に培った信頼関係」というのがその答え。世界中の人に何故こんなに読まれるのかという質問には「真にオリジナルな作品だから」としている。(そうだよな、村上春樹の小説みたいな作品をこの地球上で村上春樹以上にうまく書ける人なんていないもの。)

 今後、十年の予定はと聞かれて「身体を鍛えることしか考えていない」とのこと。60過ぎても物語のスケールを広げ伸びていった作家というのはいないのでそれを目指すということなのだが、それってローリング・ストーンズにならず、解散しないままビートルズが30年以上ずっと音楽を作り続けたらどうなるかみたいな話で(笑)、それを支えるのが強靭な肉体ってことなのだろうけど、いくら25年間フルマラソンに出続けてると言っても・・・・・人ごとながらさすがに気が遠くなっってきた。彼の言葉を読んでいると、小説を書くと言う行為も何だか一つの競技のように思えてくる。

 最後はなんだかアスリートのインタヴューのようだ(笑)。

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