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映画『わが心の歌舞伎座』~黄金時代

Photo_3  今、歌舞伎は黄金時代なのではないだろうか?綺羅星の如くの名優揃い、改築のため歌舞伎座が無い現在も、他の劇場での公演は連日大入りで、誰が出るにせよ、どの演目にせよ、チケットを取るのは相変わらず大変だ。

 歌舞伎に興味を持って様々な本を手に取るようになったが、昭和三十年代からある時期までテレビや映画に圧され歌舞伎は衰退期だったようだ。六世中村歌右衛門や第十一代目團十郎等、伝説的な名優達が活躍していた頃であるというのに、殿堂である歌舞伎座においてさえSKDのレヴューや演歌歌手の公演等が行なわれていて、一日中、歌舞伎公演だけといった状況ではなかった。

昨日、新聞の“ぴあ満足度ランキング第2位”なる記事を見て、見て来たのがドキュメンタリー『わがこころの歌舞伎座』。いつかDVDになったら買うかレンタルで借りてきて見れば良いと思っていたが、我が家からそう遠くない昭島の映画館でもやっていると知ってそれで出かけた次第。

 個人的な感想から言わせて貰うとこれはローリングストーンズの『シャイン・ア・ライト』的な感動だった。つまり、それはいつも遠くから見つめることしかできなかったものを至近距離で見れるということ。舞台の映像は一昨年から去年にかけて行なわれた「歌舞伎座さよなら公演」のものが中心だったので、実際に私が見た演目もいっぱいあった。よもや自分が映っていやしないかと、舞台から客席を映した映像になる度、最上階の幕見の辺りを探してしまった。

 映画は各々の名優達の語りの後に、それぞれの舞台のハイライトシーンが次々と続く構成だったが、私は吉衛門が、團十郎が、仁左衛門が、勘三郎が、菊五郎が、藤十郎が、あの時、あの演目の、あの場面で、実際に涙を流して泣いていたのだと知って驚いた。まさに感動の時間差攻撃。当たり前だが、こんな細かい表情、幕見からじゃ見えないものね。

 そして、舞台裏の貴重な記録の数々。弁慶演じる團十郎が飛び六法で花道を去ったその後や、「道明寺」の管丞相を演じるため楽屋で自らの手で盛り塩する仁左衛門、『仮名手本忠臣蔵』四段目の塩谷判官切腹のシーンで、舞台からは見えない襖の陰でも家臣役の役者たちが平伏、演技している姿など、歌舞伎ファンならずとも心打たれずにはおれない映像ばかり。

 そしてカメラは美術・音曲・衣装・かつら・床山・小道具等、裏方で働く人々の仕事ぶりや歌舞伎座を巡る日常の様々な風景までを克明にとらえていて、よくぞ「さよなら公演」期間中のあのバタバタの中でこれだけの仕事をしたものだと感嘆してしまった。

 映画の中では役者達がそれぞれに歌舞伎座に対する思い出や思い入れ、歌舞伎論等を語っていてどれもが一々感動的なのだが、中で私が最も心を動かされた話を一つ。それは中村梅玉の話。

 父歌右衛門が死に、その葬儀の後、最後に歌舞伎座を見せてやろうとお骨を持っていくと、関係者たちから「どうか歌右衛門さんに、最後に舞台を見せてやって下さい。」と声がかかる。行くとそこにはなんと歌右衛門の十八番(おはこ)だった『京鹿子娘道成寺』のセットが組まれていて、舞台上で梅玉がお骨に向かって「お父さん、これで歌舞伎座の見納めですよ・・・。」とかなんとかを語りかけると、客席の大向から「成駒屋!」と声がかかったという話。いやあ、泣けたなあ。

 パンフレットの中にもあるが、このドキュメンタリーを見て思ったのはあの歌舞伎座がただの建造物ではなく生き物だったんだということ。『ハウルの動く城』ではないが、それは役者だけではなく、関った全て人の全霊で生かされている、民衆に夢を見せる生き物。

 私もこのブログの何処かに何故この建物を偏愛するのか、ちらっと書いた気がするが、「さよなら公演」期間中も通っていて最後はこの建造物に会いに行っている錯覚を覚えた。

 「歌舞伎座さよなら公演」の最終日、全ての演目が終わって例の残り日数を示す電光掲示板が1から0になった瞬間、歓声が上がり電気が消える。そして、取り壊されるのだからもう必要もない筈なのに、1人の従業員が誰もいなくなった楽屋前の廊下をきれいに掃除しているカットで映画は終わる。手渡し、受け継ぐべきものが何なのかをさりげなく示す美しいラストだと思った。

で、最後に2013年完成予定の新しい歌舞伎座にむけての松本幸四郎の言葉。

「新しい歌舞伎座がどういう形であれ、一番大事なことは、中で演じられている歌舞伎がすばらしくなくてはならないということだと思います。新しい歌舞伎座が建った時に、その三年間の自分の精進が問われると思います。」

PS 映画の中で元気な姿を見せている中村富十郎だが、先日、亡くなられた。ご冥福をお祈りします。  

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23度目の歌舞伎~新橋演舞場・寿初春大歌舞伎

 去年の四月、「歌舞伎座さよなら公演」で最後の“助六”を見て以来なので実に9ヶ月振りの歌舞伎。私的には新橋演舞場デヴューの寿初春大歌舞伎。

 今日見たのは昼の部で演目は「御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)」、「妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)~三笠山御殿」それと「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」の三つ。

 歌舞伎鑑賞について、何故、9ヶ月も間が空いてしまったかと言うと、それは新橋演舞場には幕見席が無いから(笑)。あの幕見の気軽さというのがよほど私には合っていたようで、あれが無いと電話なりネットなりでちゃんとチケットを取らなければならず、面倒臭がりやの私はそういったことが大の苦手。しかも最近は歌舞伎ブームとやらで、1度や2度電話しただけでは繋がらない場合も多く、自然、足が遠のいてしまった。

 そして、もう一つ。歌舞伎座に足しげく通っていた頃から、もし「さよなら公演」が終わってひと段落ついたら、観劇するのはしばし止めて少しマジに勉強したいと思っていた。

 舞台芸術だからとにかく見なければ始まらないと、それこそ毎月通っていたが、なにせ当時は時期が時期だけに連日豪華キャスト&名作・名演揃い。ただ中には意味も分からず見ていたものもあって、詳しく知っていたらもっと楽しめただろうにと、そうしたインターバルを取る必要を痛感していた。

 で、その間、勉強したのか?と聞かれるとこれがお恥ずかしいことに結局、何もやらず終い。「さよなら公演」の筋書きを眺め本を数冊読んで、撮り溜めたビデオを見ていただけで、結局のところ生で見てその都度調べた方がいろんな意味でよく判るようになると、当たり前の事実を悟っただけだった。第一、勉強、なんて・・・楽しくなくちゃ、って事だ。

           ☆ 

 今日見た演目三つ,、まずは「御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)」。これは今まで見た「勧進帳」とは別物。安宅の関を通ろうとする義経一行とそれを詮議する富樫左衛門等の話であるのは変りないが、これはどちらかというと「暫(しばらく)」に似ている。初演1773年、初世桜田治助作。意外にも私達が知っている「勧進帳」より成立はずっと先だ。

 物語の最後、弁慶の立ち回りにより捕り物たちの首がゴロゴロと落ち、それを大樽に放り込み金剛杖でかき回す。これがこの演目が俗に「芋洗い勧進帳」と言われる由縁だが、これには“緋の衣”の語呂合わせから疫病退散の呪力があると言われていて、この芝居が正月にかけられる意味が良く分かる。今日、毬栗頭の、このちょっと変った弁慶を演じていたのは橋之助。大らかでユーモラスな弁慶を伸び伸び演じていて好感が持てた。

 そして『妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)』。近松半二を中心に松田ばく、栄善平、近松東南らの合作で1771年が初演。元は人形浄瑠璃で、この作品により潰れかかっていた竹本座が再興したとの伝説があるらしい。作品自体は全五段からなる長大なもので、今日見たのはその四段目の後半にあたる「三笠山御殿」。謀略により世を支配する蘇我入鹿を倒すには黒爪の鹿の血と嫉妬に狂った女の血を混ぜ合わせたものを笛に仕込んで吹かねばならないことになっていて、これは言わばその「女の血」を巡るお話。

 鱶七に團十郎、橘姫に芝雀、求女に芝翫、 お三輪に福助。

 杉酒屋の娘お三輪と烏帽子折求女(実は鎌足の息子淡海)は恋仲だが、求女のもとに入鹿の妹橘姫が通っていることをお三輪は知る。そしてお三輪は求女と橘姫を追って三笠山の御殿にやって来るが、そこでは求女と橘姫の祝言が行なわれていて、しかも官女らにさんざん苛め抜かれてお三輪は逆上する。そして奥に押し入ろうとする所を漁師鱶七(実は鎌足の家来金輪五郎今国)に刺されるが、自らの血が入鹿討伐の役に立ち、また求女の手柄になると聞いて、最期には喜んで死んでいくというストーリー。

 今日お三輪を演じたのは福助だが、私はこの人の演技は触れ巾が大きくて良く分からない。大根のようにも見え、名演のようにも見える(ゴメン)。官女たちに苛められる例の場面は、本来、求女を恋う可憐さ、いじらしさが出なければならないところが、私にはただ愚図愚図と見え、官女たちと同じ気持ちになってしまった。これは声質のせいか、台詞回しのせいなのか。しかし、嫉妬に狂って逆上してからは途端にハマッテ、息絶えるまでは一気に引き込まれてしまったが。そして團十郎の鱶七・・・見事だった。

で、最期が『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』。実はこれが今日一番良かった。原因は多分キャスティングで工藤祐経に吉衛門、曽我五郎に三津五郎、曽我十郎に梅玉。

 この演目は2009年の正月にも見たが、その時は工藤祐経に幸四郎、曽我五郎に吉衛門、曽我十郎に菊五郎と、超豪華キャスト。でも、まるで四番ばかりを集めたジャイアンツ打線のようでどこを見るべきか分からないまま芝居が終わった感があった。

 その点、今日のは野球に例えると一番良いときの楽天打線。つまりそれぞれがそれぞれの役割を全うしていて、つまり機能しているということだが、貫禄のある吉衛門の祐経に荒事の五郎演じる三津五郎、和事の十郎演じる梅玉とそれぞれの役者の特徴が生かされているようで良かった。特に三津五郎。私はこの人には荒事のイメージはなかったのだが、血の気の多い曽我五郎をメリハリつけて演じていて、錦絵が動いているとは正にこの事、という感じだった。

             ☆

さて、私は本日初めて新橋演舞場で観劇したが、去年まで見ていた歌舞伎座がいかに老朽化していたのかが分かった。あらゆる面できれい。また座席間が歌舞伎座より若干ゆとりがあるようでゆったりと見れた気がする。

新しい歌舞伎座の完成予定は2013年。それまではここの他、様々な劇場に足を運ぶことになると思うが、今後はそういった点も楽しめればと思った。

次回は国立劇場に行ってみようと思う。

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