映画『わが心の歌舞伎座』~黄金時代
今、歌舞伎は黄金時代なのではないだろうか?綺羅星の如くの名優揃い、改築のため歌舞伎座が無い現在も、他の劇場での公演は連日大入りで、誰が出るにせよ、どの演目にせよ、チケットを取るのは相変わらず大変だ。
歌舞伎に興味を持って様々な本を手に取るようになったが、昭和三十年代からある時期までテレビや映画に圧され歌舞伎は衰退期だったようだ。六世中村歌右衛門や第十一代目團十郎等、伝説的な名優達が活躍していた頃であるというのに、殿堂である歌舞伎座においてさえSKDのレヴューや演歌歌手の公演等が行なわれていて、一日中、歌舞伎公演だけといった状況ではなかった。
昨日、新聞の“ぴあ満足度ランキング第2位”なる記事を見て、見て来たのがドキュメンタリー『わがこころの歌舞伎座』。いつかDVDになったら買うかレンタルで借りてきて見れば良いと思っていたが、我が家からそう遠くない昭島の映画館でもやっていると知ってそれで出かけた次第。
個人的な感想から言わせて貰うとこれはローリングストーンズの『シャイン・ア・ライト』的な感動だった。つまり、それはいつも遠くから見つめることしかできなかったものを至近距離で見れるということ。舞台の映像は一昨年から去年にかけて行なわれた「歌舞伎座さよなら公演」のものが中心だったので、実際に私が見た演目もいっぱいあった。よもや自分が映っていやしないかと、舞台から客席を映した映像になる度、最上階の幕見の辺りを探してしまった。
映画は各々の名優達の語りの後に、それぞれの舞台のハイライトシーンが次々と続く構成だったが、私は吉衛門が、團十郎が、仁左衛門が、勘三郎が、菊五郎が、藤十郎が、あの時、あの演目の、あの場面で、実際に涙を流して泣いていたのだと知って驚いた。まさに感動の時間差攻撃。当たり前だが、こんな細かい表情、幕見からじゃ見えないものね。
そして、舞台裏の貴重な記録の数々。弁慶演じる團十郎が飛び六法で花道を去ったその後や、「道明寺」の管丞相を演じるため楽屋で自らの手で盛り塩する仁左衛門、『仮名手本忠臣蔵』四段目の塩谷判官切腹のシーンで、舞台からは見えない襖の陰でも家臣役の役者たちが平伏、演技している姿など、歌舞伎ファンならずとも心打たれずにはおれない映像ばかり。
そしてカメラは美術・音曲・衣装・かつら・床山・小道具等、裏方で働く人々の仕事ぶりや歌舞伎座を巡る日常の様々な風景までを克明にとらえていて、よくぞ「さよなら公演」期間中のあのバタバタの中でこれだけの仕事をしたものだと感嘆してしまった。
映画の中では役者達がそれぞれに歌舞伎座に対する思い出や思い入れ、歌舞伎論等を語っていてどれもが一々感動的なのだが、中で私が最も心を動かされた話を一つ。それは中村梅玉の話。
父歌右衛門が死に、その葬儀の後、最後に歌舞伎座を見せてやろうとお骨を持っていくと、関係者たちから「どうか歌右衛門さんに、最後に舞台を見せてやって下さい。」と声がかかる。行くとそこにはなんと歌右衛門の十八番(おはこ)だった『京鹿子娘道成寺』のセットが組まれていて、舞台上で梅玉がお骨に向かって「お父さん、これで歌舞伎座の見納めですよ・・・。」とかなんとかを語りかけると、客席の大向から「成駒屋!」と声がかかったという話。いやあ、泣けたなあ。
パンフレットの中にもあるが、このドキュメンタリーを見て思ったのはあの歌舞伎座がただの建造物ではなく生き物だったんだということ。『ハウルの動く城』ではないが、それは役者だけではなく、関った全て人の全霊で生かされている、民衆に夢を見せる生き物。
私もこのブログの何処かに何故この建物を偏愛するのか、ちらっと書いた気がするが、「さよなら公演」期間中も通っていて最後はこの建造物に会いに行っている錯覚を覚えた。
「歌舞伎座さよなら公演」の最終日、全ての演目が終わって例の残り日数を示す電光掲示板が1から0になった瞬間、歓声が上がり電気が消える。そして、取り壊されるのだからもう必要もない筈なのに、1人の従業員が誰もいなくなった楽屋前の廊下をきれいに掃除しているカットで映画は終わる。手渡し、受け継ぐべきものが何なのかをさりげなく示す美しいラストだと思った。
で、最後に2013年完成予定の新しい歌舞伎座にむけての松本幸四郎の言葉。
「新しい歌舞伎座がどういう形であれ、一番大事なことは、中で演じられている歌舞伎がすばらしくなくてはならないということだと思います。新しい歌舞伎座が建った時に、その三年間の自分の精進が問われると思います。」
PS 映画の中で元気な姿を見せている中村富十郎だが、先日、亡くなられた。ご冥福をお祈りします。
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