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雨の鎌倉で読んだシモーネ・ソリア氏の詩

 もう少し前の話になるが先日の21日、久しぶりに人前で詩を読む機会があった。鎌倉の「OSTERIA  COMACINA」というイタリアン・レストランでのこと。そこで絵の展示と音楽の演奏、それに詩の朗読というイヴェントがあった。

 飾られた絵の中、カッコいいR&Bで身体を揺らし、弾き語りとミュートトランペットのコラボに酔い、自分で詩を読み、人の詩を聞いて、そして美味しいワインと料理に舌鼓を打つと言う、それはなかなか贅沢な夜だった。

  私は何人かの旧友と再会し、また初めて逢う何人もの素敵な人達と話しができてとても楽しかった。

 事前にこのブログにもアップしたが、私はこの日のために四つの詩を用意した。「おはよう」「こんにちは」「おやすみ」「さよなら」の四つの挨拶をテーマにした詩で、それを「挨拶~The greetinngs」という組曲風の作品にしたもの。

 前もってメールしておいた詩を、主催者のmimiさんは早くから小冊子にするためにレイアウトしてくれたのだが、どうしたわけか何度やってもうちのPCでは彼女が送ってくれたPDFのファイルが開けず、それでその仕上がりは当日の楽しみということにした。当日、会場で見るとそれはシンプルでハンディな出来で、仕事をしながら私の詩や他の人の文章をこのような形にまとめた彼女のエネルギーにただただ頭の下がる思いだった。そして、彼女は全部、と言ったが、私はその中からは「おはよう」と「さよなら」を読んだ。

 そして、実は当日、どうしても読みたい詩がもう一つあって、それはその日の朝、ネットで見つけた、シモーネ・ソリアさんというイタリア人が書いた詩。

 彼は数年前、私の仕事場でバイトしていて、現在、イタリアで障害者相手のボランティアをしているeriさんの恋人で、自身も重い障害をお持ちの方らしい。今回の東北関東大震災と福島原発の事故に憂いた彼女が、それでも自分に勇気を奮い立たせてくれる言葉として彼が19才の時に書いたという詩を自身のブログで紹介していて、それで見た。それはこんな詩。

  

僕は闘いたい

自分の魂の武器と 自分の心の本能と共に

そして勝ちたい

おそらく去ってはいかないこの障害を越えて

自分に対して無理だ、できないと言った人に対して大声で叫ぶ。

彼らに対してそれが実現可能なことを、

自分の心の痛みをも超えて証明する。

疲労と回復を繰り返す。

そして、初めよりもっと強くなって再び出発する。

明日も僕はここにいる。僕はここにいる!

                      by シモーネ・ソリア

 実はその日の朝はとても憂鬱で、こんな気分で果たして友人に会ったり、詩を読んだりするなんてできるのだろうか?と不安な程だった。が、私はネットでこの詩を読んだ途端、大きな力を与えられたような気がして出掛けた。そして3/11の地震と原発事故以降、私(私達)が日々感じている不安や無力感に対して、これはなんと有効な詩だろう、と思った。

 出番の前、mimiさんに読んで聞かせると、「よし、それやろう!」と言ってくれて、私は自身の詩を読んだ後で、福島原発の事故のこと、それにより避難生活を余儀なくされている弟夫婦と友人家族のこと等を話した後に、この詩を読んだ。最高にカッコいいR&Bの演奏の後だったので、少し心配だったが、皆、良く聞いてくれたと思う。

 読み終わって、しばらくしてmimiさんがやって来て「言葉の力って凄いネ。」と言ってくれたが、私は今この場を借りて、その言葉をそのまま遠くイタリアに住むシモーネさんとeriさんに贈りたいと思う。そして、このシモーネさんの詩を、何処かで見ていてくれるかもしれない避難中の友人たちに贈りたいと思う。

                 ☆

 さて、もう一つ忘れてはならないのはHowlin' Hosaka&The Speedballsの演奏。The Speedballsは偉大だ。オリジナルを作ってプロになるとかそんなジャリタレたことを彼らは決して言わず、もう20年も好きなR&Bやブルースだけをやっている。それでいて決しておやじバンドなどには成り下がらず、メンバー全員今もって皆不良少年のままだ。彼らの演奏を一発聞いただけで、その日の私のやや強張った心は、みるみる水に戻されたワカメのようになってしまった。ありがとう。

 そしてmimiさん。自粛と中止の嵐が吹き荒れる中、続行した決断に拍手。真剣に生を謳歌しようとすることは決して不謹慎じゃないと私は思います。また誘ってください。

 そして最後にHowlin'の妹さん。お兄さんと私はホモじゃありません(笑)。

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コメント

ありがとうございます。言葉の力はすごいと私もそう思います。シモーネに伝えます。そして村田さんの詩、温かいですね。なにかホッとします。それからちなみに私は今はもうボランティアはしていません。またできたらいいなと思っています。また来ます!

投稿: eri | 2011年3月26日 (土) 02時18分

そーかー。朝から憂鬱だったとは知らず、最初に顔合わせた時すでに呑んでたオレは、無神経にちょっと仰々しい挨拶をしてしまったんだな。スマン。
 だがナヴィ村さんがひとつめの「おはよう」を読んでいる時になにか佇まいの硬さみたいなものを感じたのは確かで、それでつい前に出て余計な言葉を挟んでしまった。ちょっと背中を押したかったんだが、相変わらず無粋なことしちゃったよ、ごめん。いずれにしたところで、ソリア氏の詩を読むころには、ナヴィ村さんもすっかり若き詩人のように見えたよ。
 それと、だ。誉め殺しはいかんよ。実は予告編プラス前半・後半二部構成の演奏のうち、後半について記憶が曖昧なんだ、オレ。昔から呑んで演奏するのが常だったけど、悪癖は抜けず、まして昔より呑めるのがいけないんだな。酔っぱらってヘラヘラチャラチャラと過ごしてしまったが、せっかくの機会なんだからナヴィ村さんともっと話がしたかったな。
 ちなみにですが、妹は音楽(クラシック)関係でゲイの知り合いが結構いるらしいので、オレたちがそういう関係だとは思わないはず。あとさ、ナヴィ村さんもそうだろうが、不平不満の多い青少年だったとは思うけど、自分が不良少年だった覚えってあるか?

投稿: Howlin | 2011年3月27日 (日) 22時17分

Speedballsについては本文に書いたように本当に思っているよ。好きだ、と言う理由だけで、何かをずっと続けているということはやはり尊いことだと思うんだよな。しかも一つのスタイルで。

 当日の演奏についてはオレ自身が最近あの手の音楽を聴いていなかったってことと、本文に書いたような気分だったことを加味しても、十分かっこよかったよ。なんつーか、聞いた途端、平常心に戻れたんだよ、実際。

 そうか、後半は記憶が曖昧なほどに呑んでいたのか。見ているほうは全然分からなかったけどな。電車の都合もあって途中で退散してしまったけど、後半もこなれていて良い演奏だったけど。

 自分が不良少年だった覚えってあるか?ってか。うん、オレはあるよ。ただそれは“不良”というものの定義によるけど。ヤンキーではなかったけどな。

 

投稿: ナヴィ村 | 2011年3月28日 (月) 20時56分

たしかに《不良》の定義によるね。もちろんオレとてヤンキー的なグレ方の事を言ってるんじゃないが。
 ふむ、ナヴィ村さんは不良少年だった覚えがあるのね。オレは……昔から願わくば善良かつ正直な人間でありたいと思ってはいるが、それができているとは思わない。逆にワルになりたいと望んだことはないし、人様から不良と見なされたこともないはずだと(だいぶ勝手に)思いこんでるんだが、うーん、こりゃ詩人の言葉を汲んで考え直さなきゃダメかな?

投稿: Howlin | 2011年3月29日 (火) 00時56分

このイベント、自分も行きたかったなぁ・・
(鎌倉は遠いけど・・)
ナビィ村さんの詩の朗読も聴きたかったし
シモーネさんの詩も素晴らしい
次回のNAKED SONGS で朗読お願いします。

PS
サトロさんのユーチューブ見ました。
元気そうで安心しました。

投稿: 輪ッカ抹 | 2011年4月 3日 (日) 21時17分

 輪ッカ抹さん、コメントありがとうございます。僕の朗読・・・下手ですよ(笑)。

投稿: ナヴィ村 | 2011年4月 5日 (火) 06時27分

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