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映画『ディア・ハンター』~それぞれの木

Photo_4 浦沢直樹の漫画『マスターキートン』に、主人公のキートンの恩師としてユーリ・スコット先生なる人物が登場する。

 1914年のナチス・ドイツによるロンドン空襲の際も「敵の狙いはこの攻撃で我々英国人の向上心をくじくことだ。ここで私達が勉強をやめたら、それこそヒトラーの思うつぼだ。今こそ学び、新たな文明を築く時です。」と、瓦礫の中でも授業を続けたという伝説の持ち主。

 そして学生結婚し幼い子供を抱えたキートンに教授用の書庫の鍵を貸し与え、勉学を続けるよう励まし続けた人。またキートンにとっての生涯最高の授業をして見せた人でもある。

 実は私にも同じような恩師がいる。私が大学の頃のゼミのT先生で、勿論、瓦礫の中で授業をしたりなどは無かったが、自らの研究室の出入りを許可してくれ、私はそこで、当時、見たことも無かったケルアックやギンズバーグの小説や詩の原書やアメリカインディアンの神話、またフィッツジェラルドを中心とする1920(ローリング・トェンティ)の研究書など見せて貰い、借りて読んだ。

 だから、一頃の私は大学に授業にではなく、T先生の研究室に通うようですらあった。

 T先生のゼミは『アメリカ大衆文化論』という授業で、映画と原作を比べ、その違いを丁寧に見ながら映画化に際し作り手が暗に意図したテーマや無意識にも映りこんでしまった“時代”を探ろうといったもので、希望者の多い人気の授業だった。私はそこで一年間『ジョーズ』や『ポセイドン・アドベンチャー』、『タワーリングインフェルノ』等の主にパニック映画を見て、原作を読み、ディスカッションすると言ったことを続けた。楽しかった。

 で、前置きが長くなったが、私が生涯で最高の授業だったと記憶するのがこのT先生がこのゼミで行なった映画『ディア・ハンター』について語った授業である。

 1978年のアカデミー賞を受賞したこの映画は一般には“ベトナム物”と記憶されるが、良く見ればペンシルバニアの小さなコミュニティに暮らす若者達の生態を描いた青春映画であり、またそれを丹念に描くことによって戦争の悲惨を訴える反戦映画でもある。

 70年代初頭、沢山のパニック映画が作られたことの原因にベトナム戦争が無意識的に関係があると見てきた流れで、もう少し“そのもの”を扱った映画として『ディア・ハンター』を取り上げることになったと記憶するが、その中でT先生が語ったことで、今でも覚えているのがデニーロ演じるマイケルが鹿狩りの時「一発でしとめる」ことに固執するのに対し、クリストファー・ウォーケン演じるニックが「それぞれの木」を見ているだけで満足だ、と言うところに関しての考察。

 マイケルは一言で言って強いアメリカを象徴するタイプ。強くて、無邪気で、勇気があり、フロンティア精神に溢れ、ストリーキングもしてしまうという(笑)、正に“アメリカのアダム”そのもの。

 一方のニックは華奢でちょっと同性愛者的な雰囲気もある、優しい美男子である。

 「一発でしとめなければいけない」と言うマイケルの言葉が象徴しているのは一国主義的な強いアメリカの価値観であり、「それぞれの木」を見るだけで良いというニックの言葉には世界の多様性を認めるという暗喩がある。

 だからその抱える価値観の相違によって、ベトナムで狂気のロシアンルーレットを経験するマイケルとニックのその後が大きく違ってしまう。

 強いアメリカを体現するマイケルは捕虜になって絶望的な状況に置かれても諦めず、友を励まし、勇気を示し、そして脱出に際しても決して負傷した友を見捨てない。それは大袈裟に戯画化されたアメリカンヒーローそのものであると言っても良い。

 一方、ニックはマイケルと違って、ベトナムの戦場を体験してからと言うもの一つの価値観で成り立つ世界をもう信じきることができない。そして、軍から行方をくらまし、ベトナムの裏社会の賭けロシアンルーレットの世界へと埋没していってしまう。

 だからマイケルは前述した価値観を体現するゆえに生き延び、無事、帰還できたとも言えるが、しかし、“狩る者から狩られる者”へと逆の立場を経験した彼もまた、以前の彼ではいられず、再び山で鹿に遭遇してももう撃つ事ができないのだ。

 つまり、この映画はアメリカが初めて自国の価値観に疑問を持ち、世界の(人間の)多様性を認めなければ真の平和はありえないことを悟り訴えた作品だ、とT先生は結論づけていたように思う。

 そして、この作品が発表された1978年とはまだ戦争終結から僅か3年後であり、ロシアンルーレットのシーンが強烈すぎてその印象ばかりが残るが、メッセージそのものは良く耳をそばだてないと聞き取れない程、低く静に語られたものなのだとも言っていた。 

 今日、何も予定の無いゴールデン・ウィークの初日。20年以上ぶりにこの映画を見た。私は上のような授業をかつて受けた覚えがあるので、どうしてもそういう目でしかこの映画を見れなくなってしまっているが、最後の乾杯のシーンで皆が小さく『God bless America』を唄うシーンを見て、かつての恩師の授業がいかに的を得たものだったかを改めて思って感嘆した。

              ☆ 

 その後、T先生は大学での教授生活を終え、現在は先住民、特にアイヌの人々の文化の紹介や権利のための様々な活動をしておられる。それはニックの「それぞれの木」の話そのままのようで、そのぶれない姿勢には私はいつも勇気づけられる思いでいる。

              ☆

 先日、地震の時、電話で話すと、なんでもアイヌに関するドキュメンタリーの映画を作ったとのこと。予算は持ち出しの部分もあって、そこのところに限っては“ロシアン・ルーレット”というところでしょうか(笑)。

 ところで今の、ブッシュ時代を経たオバマ政権下のアメリカで、この映画はどのように評価されているのだろうか。

 いずれにせよ 私達はもう“一発”で鹿を仕留めることはできない。

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コメント

「一発でしとめる」。私も覚えています。T先生のゼミはアメリカの価値観の背景を映画を通して学ぶことでとても楽しかったです。T先生にまた会いたいなぁ。

投稿: 山ちゃん | 2011年4月30日 (土) 10時47分

ああ、山ちゃん、久しぶり、コメントありがとう。T先生とは3/11の地震の後、telで話して、お元気そうでした。
 競馬に誘うと、授業で皆で競馬をやる、というのをやったことがあるそうです。さすが。

投稿: ナヴィ村 | 2011年4月30日 (土) 23時05分

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