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ジョン・レノンの『Just Because』~さよなら新橋・虎ノ門

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 敬愛する詩人でシンガーソングライターの友部正人に『ロックンロール』という曲がある。それは1975年にジョン・レノンが発表した古いロックンロールのカヴァー・アルバムへのオマージュという体裁をとりながら、本当は人と人との出逢いについて歌った曲だ。

 原野のように何も無いところから事を起こし、その後起きる多くの人達との出逢いや別れがやがて心の中でどのように結実していくかについての歌。

 今日、4年5ヶ月続いた新橋・虎ノ門の仕事が完全に終了した。延べ人数にして4万人以上、どの位の数の人が関ったのか先日ふと思い立ち、数え始めたが200人を越えた辺りで数えるのをやめた。

 私の仕事で、東京のど真ん中で、こんな大規模なものは今後もう二度と無いだろう。初めて現地に連れてこられた時、新橋から虎ノ門まで歩かされ、「今、歩いてきたこの通り沿いを全部掘るんだ。」と言われたときは、それだけで眩暈がするようだったが、今日一人で、また歩いてみると、確かに時は流れ、風景はすっかり変わってしまっていた。

 初め人が全然集まらなくて、新橋駅前でビラを配るようなことまで真剣に考える程だったが、やがて集まって来てくれたのは老若男女、皆個性的で素敵な人達だった。関った誰一人欠けても、私は責任者としてのこの仕事をやり遂げることはできなかっただろう。

 上で紹介した友部さんの歌の歌詞に「僕が出逢った人達一人一人が、僕にとっては歌なのかもしれない」という一節があって、それでいくと今の私には沢山の歌のレパートリーがある。それはロックンロール、ラブソング、プロテストソング、賛美歌から演歌、浪花節までと色々だが、本当はその一曲一曲(一人一人)と酒でも酌み交わし、ありがとうと言いたいところだが、今はそれも叶わない。

 この4年5ヶ月の間に私は、不眠症になり、自律神経失調症になり、頚椎症になり、母を亡くし、歌舞伎を見て、競馬を覚え、3/11の地震を経験し、痛風発作に襲われ、最後に来て原発事故により故郷が放射能汚染された。

 それもこれも乗り越え、耐え、楽しく過ごせたのは良い仲間に恵まれたからだ。

 今日最後に「次、いつ会えますかね?」とS君に言われたが、ここでの仕事に関しては私はこれで終わり。この体をなんとかした後、私は放射能汚染された故郷いわきになんとしても一度帰らねばならない。

 ↓は友部さんが取り上げたジョン・レノンの名盤『ロックンロール』に最後に収められたナンバー“Just because”。

 まだ無名のシルバー・ビートルズだった頃、キャバーンで一日数回こなしていたステージの、最後を飾るナンバーとしてジョン・レノンが好んで歌っていた曲とか。オリジナルは1957年 。ロイド・プライス。

 もう、毎朝、早朝に起きて都心に出かける事もなくなった。

 皆さん、本当にありがとうございました。いつかまた会いましょう。

PS それとAとHとMに。ありがとう。

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音楽コラム(89)」カテゴリの記事

コメント

本当に長い間お疲れ様でした!。心身共にきつかったことと思います。少しは休めるのですか?のんびりしてリフレッシュできるといいですね。

投稿: イライザ | 2011年8月 4日 (木) 21時58分

お疲れ様、一度山手線で朝バッタリ会った事があったよね。もう、4年近く前かな。いわきは、家の様子を見に行くのかい?
もし、東京を離れるのならばその前に会おう。

投稿: 志村 貴彦 | 2011年8月 4日 (木) 22時20分

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