« 9/19 「さよなら原発」大集会 | トップページ | 2011 スプリンターステイクスGⅠ »

『いねむり先生』~大丈夫だよ、連中は去っていったよ

41mdhkdx5fl__sl500_aa300__2   故夏目雅子について何かを語ったり書いたりすることは決してないのだろうと、作家伊集院静について私はずっとそう思っていた。長い間、見事な程、作家は彼女の死とその頃の事について何も言わなかった。書かなかった。

 夏目雅子が急逝した後、良く読んでいた雑誌に、夫である作家が茫然自失とし無為の中に暮らしている、という記事があり、彼が詠んだとされる亡き妻へ向けた俳句が一遍だけ添えられていた。

     あの人を鳥引く群れが連れて行く

 当時、通っていた予備校の悪友にその俳句の話をすると、「お前、夏目雅子を嫁にして、あのような死に方をされ、破滅しない男がこの世にいるか?」と彼は言った。二十歳の私はただ夏目の美しさを思い、漠然と、しかし大きく納得したのを覚えている。

 この小説『いねむり先生』を読むと、愛妻を亡くしてからの作家が、茫然自失とし無為の中に暮らしていた、なんてもんじゃなかったのが分かる。家を出、アルコール中毒になり、暴力を振るい、ギャンブルで借金をつくり、精神のバランスを崩し、幼児の頃、封じ込めたと思っていた分裂病の幻覚と幻聴に再び怯えるようになる。昔の私の友人の言葉ではないが、正に破滅の一歩手前だ。

 で、そのような彼を救ったのがこの小説の“いねむり先生”こと作家色川武大。あの『麻雀放浪記』の阿佐田哲也と言った方が世間的には名の通っている人物だが、主人公サブロー=伊集院は、この純文学の作家にしてギャンブルの神様である彼に誘われて、“旅打ち”と称する競輪と麻雀の旅に出る。ユーモラスなコンビのロードムービーのような趣で。

 先ほど、彼を救った、と私は書いたが実際は色川はサブローに何かを言ったり、やったりするわけではない。ただ旅に出て、旅館を探し、酒を酌み交わし、共にギャンブルに興じるだけ。そして傍目にはナルコレプシー(何処でも構わず眠ってしまうという奇病)を抱えた色川を文字通り世話しているのは実はサブローの方だ。

 しかし、ここに描かれた“先生”は本当に魅力的な人物で、サブローは旅の先々でこの人のただ者じゃなさを知る。先生は人気者で何処の競輪場、賭場に行っても「あの麻雀放浪記の“ぼうや哲”だ!」みたいな感じで、男も女も堅気もヤクザも寄ってくる。そして先生はその一々に無類に優しい。中にはサブローに限らず、周囲の誰もが「何故、こんな奴に・・・」と思うような下衆な輩にまで先生は優しい。

 そのような旅の最中にあっても色川は小説を書いている。それは後に読売文学賞を受賞することになる名作『狂人日記』なのだが、サブローはそれを読まずともこの二つの名前を持つ先生の、さらにもう一つの顔を知ることになる・・・・。

 小説には印象的なシーンが幾つもあるが、私が忘れがたいのは二つ。一つは小説家になるのを諦めたサブローに対して色川が「ぼくには君の小説のよさが良く分かります。」と言い、その後、気まずくなって「ごめん」と謝るシーン。そして、終盤、幻覚の幌馬車に追われ文字通りのたうち回るサブローを色川が助けるシーンである。

 

 怯えた犬のようにうろたえながら、ボクは泥水の中を逃げまどっていた。

 その時、四つん這いになって泥水の中に埋まっていたボクの手がゆっくりと何かにつかまれたような感触がした。ボクは思わず手を引っ込めそうになったが、もう片方の手にも、その感触は伸びて、ボクの両手は何かに包まれたようになった。

 生温かい感触だった。

 包まれた手が静に持ち上げられ、顔を上げると、そこに先生の顔が月明かりに照らされていた。

「大丈夫だ」

先生は言った。

「大丈夫だよ 連中は去っていったよ」

               (P372から引用) 

 この小説について伊集院静は「絶望のふちにあった若者が、一人の個性的な大人の男に巡り合って、救われる物語。それは街場でも、ままあることなんです」。とだけ控えめに言っている。しかし、ままある話にしてもこの時の伊集院を救えたのは色川だけだったのだろう。何故なら色川もまた伊集院と同じ病=地獄を抱える人であったから。

 一頃に比べて伊集院静は夏目雅子の死とその当時の状況について様々な場所で語るようになった。それについては現在の妻(篠ひろ子)の両親と前妻については書かないと約束していたのがその両親が亡くなったからと説明していたのを何処かで読んだが、本当にそれだけだろうか。

 今、日本には愛する人を失くした人が沢山いて、そうした人々に第三者である私達は本当になす術がない。これ以上ガンバリようが無い人々に向かってガンバレと連呼するのはただただ無神経で傲慢だ。

 伊集院静は多分墓まで持っていく位の思いでいたものを作品にし、そして今、限られた場所でほんの少しだけ語っている。一度、破滅しかけた自分が一体何により救われたのか。

  最後に、この小説の冒頭の一行を引用して終わる。

 “ソ連のチェルノブイリで原子力発電所の事故があった年の冬、ボクは一人で六本木の通りを歩いていた。”

 正にそのような年に、サブロー=伊集院静は“いねむり先生=色川武大”に出会ったのである。

|

« 9/19 「さよなら原発」大集会 | トップページ | 2011 スプリンターステイクスGⅠ »

Books (71)」カテゴリの記事

コメント

「暮しの手帖54(10-11月号)」の「腹八分目の思想」の結論として色川武大の「9勝6敗の思想」が紹介されています。確かに我々の恩人たちは皆9勝6敗、それどころかかちこしと負け越しのぎりぎりの人物が多かったね。

僕もそれを目指しているところ。

投稿: ほぴ村 | 2011年9月29日 (木) 08時34分

 懐の深い大人と遊ばせて貰った時の癒され感というのは何者にも代えがたいもんです。それは小金持ちに豪遊させてもらったなんてのとは対極にある。
 
 僕は週間文春の伊集院静の人生相談が男気が溢れ、かつ結構笑えて好きです。

 いねむり先生=色川武大には一度会ってみたかった。

投稿: ナヴィ村 | 2011年9月29日 (木) 22時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/186188/42078551

この記事へのトラックバック一覧です: 『いねむり先生』~大丈夫だよ、連中は去っていったよ:

« 9/19 「さよなら原発」大集会 | トップページ | 2011 スプリンターステイクスGⅠ »