『わたしを離さないで』~大切なカセット
本日、朝のマクドナルドで読了。カズオ・イシグロの『わたしを離さないで~Never let me go』。繊細かつ緻密な構成の、静かな、しかし、驚愕すべき作品。今はまだこの物語についてあーだこーだと語る気にはなれないが、一つだけ印象に残った事だけ書き記しておくと、それはカセット・テープのこと。
何故、青春小説(この小説も特異な環境設定にあるとは言え、やはり青春小説だと思う)にはカセット・テープが似合うのだろう?そう言えば『世界の中心で愛を叫ぶ』にもカセットテープが出てきて、曲は佐野元春の『Someday』だった。
この小説のカセットに収められているのはジュディ・ブリッジウォーターの『わたしを離さないで~Never let me go』。つまり、この曲名が小説の題名になっている。
私がこの小説で最も好きなシーンは主人公のキャシーが数年前、この曲が入ったテープを失くしてしまったことを友人の(後に恋人になる)トミーが覚えていて、雑貨屋のようなところで2人がそれを探すシーン。ネット・ショッピングなんて無かった頃、誰もが同じようなことをした覚えがある筈で、あの頃はそんなことがデートだったりした。
「昔さ、君がそれを失くした頃な、いろいろなことを想像した。おれが探し出して、君のところへ持っていくんだ。その時、君が何て言うだろうとか、どんな顔をするだろうとか、いろいろとな、」(P267より)
キャシー自身が見つけ出した時、ちょっとガッカリしながらそう言うトミーが私は好きだ。
この小説について語ろうとする時、誰もが躊躇するのは、その特異な環境設定について触れて良いのか?ということを“ネタバレ”的な観点から心配するからだが、しかし、この小説世界は本当にそんなに特殊だろうか?と、私は思う。程度の差はあれ、現実の世界だって誰もがなんらかの逃れられない条件(運命と言っても良い)の下に生きていることには変りは無い。そして、どんな青春も本当は悲惨で残酷なものなのだ。
あの頃は誰もが自分だけの大切なカセットテープがあった。
ルースとトミーが役割を終えた世界に生きて、その後、キャシーはあのテープを聞いただろうか?読後、私が気になったのはそのことだ。
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