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「ベン・シャーン~クロスメディア・アーティスト、写真、絵画、グラフィック・アート」展に行く。

 昨日、神奈川県立近代美術館に「ベン・シャーン~クロスメディア・アーティスト、写真、絵画、グラフィック・アート」展を見に行った。

 http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2011/benshahn/

 ベン・シャーンについてはこのブログでも以前、第五福竜丸事件について彼が描いた『Lucky Dragon』について書いたことがあり、今回のこの展覧会ではその絵が来ているということもあったが、その他にも彼の写真、ポスター、レコードジャケット、挿絵その他、多岐にわった作品が一挙に見れるということもあって楽しみに出掛けた。

 Photo_5

 彼には画家である他にも写真家としての顔もあるが、特にFSAーFarm Security Administration(農業安定局)の活動の一環で、1930年代の不況と砂嵐で土地を失った農民を撮ったドキュメントが有名である。

 そしてその自ら撮影した写真や、新聞などからスクラップした写真を基に絵画を制作するのだが、ドキュメントである写真を違うコンテクストの中において「絵」に昇華させる過程が興味深かった。

 一枚の写真から何パターンもの絵が時を経て様々に制作されるのは、一つの楽曲に様々なバージョンが存在するディランの歌のようだと思った。(↑は幾つかに変奏された例として挙げられていたものの中で私が一番好きな一枚。『至福』1952。)

 また社会にプロテストする作品を制作する一方で、商業デザインの仕事も多く手がけているが、初め別れているようなその二つのラインが段々と渾然一体となっていくようなのも面白かった。絵画には商業デザインで鍛えられた大衆に訴えかける方法が混ざっていき、デザインには社会との接点が絶えず見られるようになる。スーパーマーケットのカートが並んでいる線だけで表現されたセリグラフを見て私はそんなことを考えた。

 で、そんな彼の最晩年の仕事というとリルケの「マルテの手記」に材を得た詩画集の挿画と聖書の「詩篇150篇」を描いたリトグラフ。

 まず「詩篇150篇」の絵だが、それが途中見てきたシュバイツァー博士によるバッハの演奏のレコードジャケットに描いたイラストが変奏されたものと気がついて驚いた。遡って見て、彼の社会の不正に対する様々な抗議の絵が心の何処から発せられたものかを知るようだった。

Photo_4  そして「マルテの手記」の挿画。「マルテの手記」にこんな一節がある。

 “人は一生かかって、しかもできれば七十年、八十年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうしてやっと最後に、おそらくわずか十行の立派な詩が書けるだろう。詩は人が考えるように感情ではない。・・・詩は本当は経験なのだ。”

 最後の22枚は彼の「わずか十行の詩」。彼の多岐に渡る膨大な作品群はまさしく「経験」に他ならないが、通して鑑賞してのこれは・・素晴らしかった。

                ☆

 見終わって、彼の絵は彼の手によるものだと知らずに触れているものが一杯あるような気がした。私の場合は特にレコードジャケット、特にジャズのアルバムに。昨日も帰宅してCDラックの中の幾つかを確認してしまった。

 そしてあのシュバイツァーによる演奏のバッハでベン・シャーンのイラストがジャケットのレコード。まんまCD化されているだろうか?凄いコラボ?だ。欲しい(笑)。

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