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扉を開く

Photo_4 昨日の朝、Face Bookで佐野元春の詩『俺のキャビアとキャピタリズム~故・吉本隆明に捧ぐ』を読む。その後、朝刊でイタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンの“壊れゆく「資本主義宗教」”なる記事。偶然にもキャピタリズムの2連発。ギリシャに端を発したユーロ危機に対して映画監督の故アンゲロプロスの言葉を紹介しながら世界の近未来を、またフクシマをどう見たかについて語っていた。

 未来が見えない今は最悪の時代だ。人々に方向を示す政治が世界のどこにもない。政治家も学者も大衆も待合室にこもり固まり、扉が開くのを待っている。西欧社会は真の繁栄を手にしたと長く信じてきたが、それは違うと突如、気づいた。いずれ扉が開くだろうが、その前に私達が、そして世界が変らねばならない。<中略> 問題は金融が政治にも倫理にも美学にも、全てに影響を与えていることだ。これを取り除かなくてはならない。扉を開こう。それが唯一の解決策だ。今の世代で始め、次の世代へと引き継ぐのだ。金融が全てではなく、人間同士の関係の方がより大きな問題だと私たちは想像できるだろうか。by テオ・アンゲロプロス

 記事の中で興味深かったのはアガンベンの言う「人間性のアメリカ化」ということ。アメリカを歴史が浅く過去と対峙しない国とし、その過去を顧みない人間の在り方「アメリカ化」に意義があるのか、それとも別の道をいくのか、という所。

 過去を失うと危機や非常事態が日常化してしまうというのはちょっと難しいが、敗戦後、過去のイデオロギーを払拭しようとしているところに上手く入り込まれた形で原子力政策が推し進められていったのを想起するとすんなりと理解がいった。それはまさに危機の日常化、絵に描いたような「アメリカ化」だった。

 アガベンは日本の版画が好きで北斎を一枚持っているらしいが、ラテン語や古代ギリシャ語を読める若い日本の友人がその絵の中に書かれた漢字を読めなかったことを過去との関係が危機にある表れとしている。前回の『メアリー&マックス』の中の手紙を見ても思ったが、私達の身近なところで、今、急速に失われていく“過去”がある。私は考古学の現場に携わるという、言わば“過去”を扱う仕事をしているが、読んで自分がしていることに全く違う意味が浮上してくる思いだった。

 故テオ・アンゲロプロスは『旅芸人の記録』など、ギリシャの現代史の中に生きる人間を描いた作家だ。上記した発言の中でアンゲロプロスは「人々は(未来への)扉を開くのを待っている。イタリアなど地中海圏が扉を開く最初の地になる。」と、予言的なことを言っているが、それはユーロ危機=資本主義経済の崩壊を経験したからということなのだろう。ピンチはチャンスということか。原発事故を経験した日本はどうか。

 日本は寓意的な事例だと思う。なぜ、ヒロシマの悲劇を生きてきた国が50基もの原子炉を建設できたか?私にとって今も謎のままだ。おそらく日本は過去を乗り越えたかったんだろう。(2012年3月24日毎日新聞の記事、ジョルジュ・アガンベン「壊れゆく資本主義宗教」より)

 未来への扉が過去にあるというイメージは前回と同じだが、それはノスタルジーではない。時間が過去から未来に直線的に流れているというのではなく並存している感覚。で、私達はどの扉を開くのか。

 最後に冒頭で記したFace Bookで読んだ佐野元春の詩への感想。

 皮肉を含んでいるにしても東京人特有のスノビニズムと個人主義の表現はもう終わったと思う。皆、孤独になるだけで結局誰も幸せにしないし、幸せにならない。そ知らぬ顔で生きていく、というリフレインはつまらないよ、佐野さん。 

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日記・その他 (227)」カテゴリの記事

コメント

扉を開くというタイトルは1980年後半から90年代かけて僕を夢中にさせた、カルロス・カスタネダを思い起こす。その後パーフェクトハーモニーになり、いろんなエネルギー剤を試した90年代後半、それから塩野さんの古代ローマ帝国の歴史となり、もっと昔の地球の歴史が知りたくて太陽出版のプレアデス人関係のチャネリング本を読み漁った2000年代と続き僕は本に書いてある要領で自分自身のチャクラを開き、真っ暗で行ったのに関わらず、寝そべっていたら、光に身体が包まれていたので驚いた。いわばこれが最近の思考の自分史である。そして勇気ある方によって暴かれてきたさまざまなこの世のたくらみ。それに感心を持っている。ローリングストーンズの名曲のワンフレーズのように911をやったのは俺とお前だ、てな具合で。ジョン・レノンは中学生頃この世を動かしているのはキチガイだと気づいたという。だから自分はそうならないよう気をつけてたという。僕は知ってしまった。大手マスメディアは政府の手の内にあり、決して真実など国民である僕たちに教えてくれないことを。日本の権力は財務省と法務省に集中しており、だから村上龍が言った最後の政治家、小沢一郎は東京地検特捜部に狙われ、中日新聞は国税庁に狙われるのである。しかし僕は何も心配していない。

投稿: じゃみん | 2012年3月27日 (火) 13時23分

 カスタネダやパーフェクトハーモニーは仏教の自力・他力という言い方からすると自力で、カスタネダはその変種、パーフェクト~はそれをお手軽な商品にしたという感じ。ぼくも少し齧りましたが、しかし、個人がもの凄いものの見方や能力を身につけたとして、それが何?という気が今はします。

 パパベルは確かに良く効きます。今も時々聞きます。そう言えば、以前、二人で飲んでじゃみんさんが我が家に泊まり、パパベルを聞きながら寝たら、全然、二日酔いしなかった、ということがありましたね。今は二日酔いするほど飲まないのであまり必要がありません。

投稿: ナヴィ村 | 2012年3月28日 (水) 04時53分

「人間同士の関係」。アンゲロプロスはこれが「新しい扉」だと言っているのか?まさに僕が考えていることと一緒だ。(笑)
暴走する資本主義社会の思考形態として最小限の投資で最大の効果を生み出すというのが美徳なわけで現代人は骨の髄までそれを叩き込まれている。最も効果的な方法(わずかな時間・労力)で最大限の結果を引き出す学習方法なんてのが大流行りだし、生身の女の子と対峙するよりも集団の女の子に熱を上げるのもそういうことだと思う。(生身の女の子って手がかかるだろ?僕はそこが好きなんだけど。)金融はその最たるものだが欠点は実態がないということだ。参考書を買っただけでは勉強した気にはなれるがそこに学習行為はないし、AKBのムーブメントに参加すればパトロン気分や手軽な浮気も味わえるけどそこに温もりはない。ところが金融だけは実態がないにも関わらず金だけが回ってしまい、実態にかかわらない奴が世界を牛耳っている(牛耳ってしまう)というのが問題だ。
原発やTPPがこのような現状を支え推進しようとするものだから僕は反対している。皆が顔の見える関係と温もりを取り戻し、実態に基づいた思考形態、生活様式を選択すれば修正をくわえることになると思うのだが。
日本に関して言えばもっとも歪な構造を抱えているのが食の問題。食料自給率の以上な低さにも関わらず食料に溢れているというのはまさに金融状態。
アンゲロプロスが言ってるの「おらのとこでホウレンソウ取れすぎたから少し持ってくが?」「おしょうしなぁ!んじゃ、おれんとこのジャガイモも持ってってけろ!」ってことだ。それが「未来へのノスタルジー」=「新しい扉」だ。
 

投稿: ほぴ村 | 2012年3月28日 (水) 07時12分

 ほぴ村さん、だいぶ前に書いたエントリーですがこれを読んでください。今、出掛けなのでとり急ぎ。

 http://penguin-pete.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-8975.html

 ヨーロッパにはちゃんと実例があるんですよ。

投稿: ナヴィ村 | 2012年3月28日 (水) 07時30分

パパベルか、懐かしいね。今でも使えるなんて凄いね。あの頃の時代の空気に奇跡への渇望があったような気がするんだ。あのオウム真理教だって浅原の空中浮揚写真がなければあんなに大きな組織には、なり得なかった気がするんだ。そして今は全く違った時代の空気があり、それは幸福とは何かと考えなければならない空気である。どういう世界が楽しく分かちあえて今までの少数の人間による富の独占社会からの孤独さから、いかに抜けだすかの移行時期に来ている気がする。

投稿: じゃみん | 2012年3月28日 (水) 15時25分

地域通貨のことはいつも頭のなかにあってなぜかと考えたら坂本龍一が以前NHKでエンデの遺言をナビゲートしていたのと、君がアップしたこの記事が頭の中にあったから。地域通貨は地方公共団体が発行するようになれば面白いと思う。そうじゃないと何か単なる商品券みたいになっちゃうから。通常の「円」と交換する時には1割ぐらい損をする(つまりその地域で使用すれば地域通貨の方が多くのものを買える)というふうにしたらかなりローカリゼーションにも拍車がかかるんじゃないかな?(そんな働きかけを今考えているところ。)
いわき市民のうわさ話で市の公務員にボーナスが出た時当時の市長が「地元で使うと沢山ボーナスが出たことが市民にばれちゃうから金使う時には東京で使え。」と話したとかで、これでは地域は潤わないわけだ。地域通貨のレートの方を高くしておけばこの逆のことが起る。勿論、有効期限がつけば域内ではスピーディーに景気は回るだろう。そうなればかなり実態経済に近づくと思うのだが。
そんなところから人々を孤独に追い込むシステムから抜け出ることができるのではないだろうか?じゃみんさん。

投稿: ほぴ村 | 2012年3月28日 (水) 21時22分

たとえばイギリス/アイルランドの例。

イングランド銀行が発券するポンド通貨は、イングランド及びウェールズにおける法定通貨である。
ただし、スコットランドの商業銀行であるスコットランド銀行、ロイヤルバンク・オブ・スコットランド、クライズデール銀行も歴史的に発券を認められており、法定通貨ではないがスコットランドでも流通を承認されている。
また北アイルランドのアイルランド銀行などの商業銀行も発券しており、事実上、連合王国を構成する4王国の全領域で通用する。
さらにマン島、チャンネル諸島、ジブラルタル、フォークランド諸島でも独自にポンド通貨を発券している。
これらはイングランドやウェールズでは法定通貨とは認められないが、非合法なものではない。

投稿: グリニッチ・ヴィレッジ | 2012年3月30日 (金) 09時35分

追記。

昔、江戸時代/徳川幕府の頃、日本でも各国/藩領内だけで流通した手形はあった。

トマス・ピンチョンの小説「競売ナンバー」もひとつのヒントで、ヨーロッパの昔「国家独占の郵政事業」以外の組織を構築して反抗民たちの闇の郵便システムで国に対抗した共同体という話が題材になっています。

紙幣も切手も手形も、共同体の共通認識によって認知安定しているもの。

投稿: グリニッチ・ヴィレッジ | 2012年3月30日 (金) 09時45分

 そうそう、ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」はそんな小説だった。

 地中海域で、アンゲロプロスの予言がどのような形で起こるのか?それはとっても興味のあるところ。

 でも東北、フクシマで起きてもかまわないわけだ。

投稿: ナヴィ村 | 2012年3月31日 (土) 05時55分

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