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2012年プロ野球開幕!!~あの頃、中畑清

Photo_3_2  私は父が社会人野球の選手だったため、とても小さい頃からグローブとバットを持たされた。多分、小学校1~2年生の時で、家でもテレビは野球中継ばかりだった。

だいたい普通、男の子は小学校4、5年生頃から野球に興味を持ち始める。うちの息子もそうだった。別に教えたわけじゃないのに知らずにプロ野球チップスのカードを集めており、それじゃ、と毎週のように野球場へ出掛けるようになった。

1965年生まれの私たちの世代にとって、この1~2年生から興味があったか、5~6年から興味を持ったかはとても大きな違いがある。それは長嶋茂雄の現役時代を知っているか否かということに繋がっており、私は熱狂的なファンであったが、後続のクラスメート達はもう知らなかった。長嶋のあの歴史的引退試合は1974年10月14日(何も調べなくても月日まで暗記している。)で、私は小学校3年生だった。

レゲエを聴いて良くなくて、ふと、レゲエが好きだったんじゃなくてボブ・マーレーが好きだだったんだ・・と気づいた時がある。子供の時もそれと同じようなことがあった。もしかしたら、野球が好きなんじゃなくて、長嶋さんが好きだっただけかも・・・と思ったのだが、それは杞憂に終わった。私は野球が好きだった。

 そして、その長嶋さんの抜けた穴を埋めるような選手が現れた。それが中畑である。太陽のような存在だった長嶋さんに似て、陽気なイメージ、ガッツのあるプレイ、オーバーアクションな仕草。私ならずとも、当時の野球小僧は皆、中畑が好きだった。子供の頃の草野球というのはだいたいごっこ遊びも兼ねていて、左利きの私はサードを守れず、だから中畑役はやらせて貰えなかった。しかし、その後、原が入団し、ポジション問題が起き結局、中畑はファーストにコンバートされた。私のポジションだ。それで、後で左打ちに直したが、まだ右打ちだった私は中畑ということになった。燃えた。毎日、素振りを100回くらいした。

中畑は福島出身である。一時期、実家に帰ると地方CMで阿武隈高原牛乳を一気飲みしたりしてた。それを見て、いつも、ああ、帰ってきたなあと思っっていた。

 今年から中畑がDeNAの監督になったのは周知の通りである。頭空っぽ、とか、本物の馬鹿、と散々言われているが、いいじゃねぇか、馬鹿じゃなきゃ誰が4年も最下位のチームの監督なんて引き受けるものか。私は彼が楽天の監督じゃなくて良かったと思う。福島出身の中畑が東北のチームを率いたらどうしても3・11や原発事故と絡めて見てしまう。私は去年、楽天をそのような思いで応援し、失敗した。全然、楽しくなかった。野球はやはりただの野球であるべきだ。

昨日は、プロ野球セ・パ両リーグ同時開幕だった。面白いゲームがいっぱいあった。私はテレビで巨人VSヤクルト戦を見たが、ヤクルト石川がもう少しでノーヒット・ノーランだったが、9回ワンアウトまでいって坂本に打たれた。名古屋では吉見が7回までパーフェクト・ピッチングだった。たまに他球場の速報で阪神VSDeNAの結果が映ったが、中畑は6回に森本の3塁打で生還した中村を宴会で盛り上がる伯父さんようにハイタッチで迎えていたが、同点にされると露骨にブスッとしていた。分かり易くて笑ってしまった。

              ☆

 2月から昨日まで怒涛の仕事漬けだった。終盤は土日・祝日もなく働きづめだったが、ようやく先が見えたところ。私は頚椎症が再発し始めており、また腰痛もあってボロボロ感たっぷりだが、気分は良い。4~5年続いた現場が去年の夏に終わって以来、初の本格的な調査だったが、こちらは短期決戦だった。それで、やっとシリーズ終了後にCSシリーズがあって、その二つを制したものを覇者とするシステムを受け入れることができる気持ちになった。

色んな状況をクリアできるものが本当の勝者ということだ。

 PS 昨日、抗癌治療で入院している浜省好きの友人が退院することを彼の奥さんのFaceBookで知った。良かった。今度、会ったら宴会で盛り上がる伯父さんようにハイタッチで迎えてやろうと思う・・・・ほら、オレって中畑だから。

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