だいじょうぶマイフレンド
今日の昼休み、癌の治療で入院していた同僚が一時退院を許されてひょっこり会社を訪ねてきた。彼と私は大学の頃からの友人でもある。「仕事をください・・・」と玄関で声がするから行ってみると彼で、あっという間に社内一同が集まって再会を喜んだ。会社で飼っている猫まで出迎えた。
その後、彼と私と社長の3人で近くの蕎麦屋で昼食をとった。転移のため片方の目を摘出し抗癌剤の影響でスキンヘッドなため、「道を歩いていると皆、よける・・・」と自分で言って笑っていたが、私にはヤクザと言うよりも彼が出家僧のように見えた。ただでさえ細いのにさらに痩せている。
そして、そばを頼み、来るのを待ち、それを食べ終わるまでの間、彼が話してくれたことは本当に、解脱した、あるいは悟りを開いた宗教者のような内容で、彼はさらりと凄いことを一杯言った。私とまだ若い女性の社長はただただ圧倒され、その一言一言に聞き入るだけだった。彼は自分がこの世界からいなくなることを(つまり死を)リアルに、現実に進行しつつあることだと想像し、その時、どう思ったかを話してくれた。「怖いとは思わなかった。ただ、もう友達皆と会って話ができないのかと思うとずっと涙が止まらなかった。」と彼は言って、聞いていて私の方がもらい泣きしそうだった。
彼が語ったのは献身的な看病をしてくれる奥さんとその家族への感謝と、いかに健康が大事かということ。そして、原発事故によって自分と同様の病気が今後増えることについて心配していた。特に小さな子供たちについて。
退院したばかりなので奥さんが運転の車で来たのかと思ったら、陽気がいいので電車と歩きで来たと言い、「今、色んな花が咲いていてそれが凄くキレイなんだよ。」と嬉しそうだった。
彼はFaceBookの私の日記を読んでくれていて、娘が高校に受かったとか、豆餅をストーブで焼いて食べたとか、そんな当たり前のことがとてつもなく羨ましかった、と言った。そして今の自分の最大の目標は普通に暮らすことだ、とも。
ゴールデン・ウィーク明けにまた入院するが、それまでは自宅療養するとのこと。そのように段階を経て入退院を何度かして治療は完了する。今のところ経過は良好だとのことで安心した、と言うより、かえって元気を貰ってしまった。まったく何やってんだか。
↑は村上龍の83年の超駄作映画『だいじょうぶマイフレンド』からその主題歌。良くも悪くもあの軽薄な80年代の子供である僕らにはお似合いの曲だが、今聞くとそんなに悪くない。
彼が元気になったら今度は一緒に何をやろうか。
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