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国立ハンセン病記念館に「一遍聖絵・極楽寺絵図にみるハンセン病患者~中世前期の患者への眼差しと処遇~」を見に行く。

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 今日は清瀬市の国立ハンセン病記念館に「一遍聖絵・極楽寺絵図にみるハンセン病患者~中世前期の患者への眼差しと処遇~」という展示を見に行った。http://www.hansen-dis.jp/07exhibition/07exhibition.html

 私の会社で出土遺物の鑑定・その他でお世話になっているKさんが数年前にここの初代学芸課長になったと聞いて一度行きたいと思っていたが、なかなか機会がなく、私は今回が初めて。行くと丁度他の来館者にKさんが展示解説をしようとしているところに出くわし、やあ、となってそれじゃ一緒に・・・と、色々と貴重な話を聞くことができた。ラッキーだった。

 鎌倉時代のほぼ同時期に生きた僧、一遍・忍性二人の事跡を伺え知れる『一遍聖絵』と『極楽寺絵図』にどのようにハンセン病患者が描かれているか、また処遇されているかを見ることで差別の実相を知る手がかりを見出したいとチラシにはあった。

 『極楽寺絵図』は極楽寺中心伽藍跡出土の考古資料と併せた展示になっていて面白かった。また『一遍聖絵』はこの5日まで本物の展示があり、あとはレプリカになってしまうということでこれもラッキーだった。『聖絵(ひじりえ)』は一遍の死後、その業績を讃え、伝えようというものだから、一遍の周囲のその美談風なところだけ描くだけでも良さそうなところを、隅々に乞食・病人など、底辺に置かれた人々の姿もリアルに描き込まれていて、救済の視線の中には漏らさずそうした人々も入っていたということを伝えているのでは、ということだった。確かに人々は絵の中にユーモラスな感じさえ漂わせ、風景に自然に溶け込んでいるように見えた。

 と、ここまでこの企画展について書いたが、私が今日、本当にショックだったのは実は常設展の方。見たことの無いものばかりだったが、中に施設で病者が亡くなった時の弔いに使われたという大きな木の位牌があった。使用時には名前か戒名を書いた紙を鋲で止めたのだろうけど、何も彫られていないその位牌の表面には無数の鋲の跡だけがあった。家族やふるさとから切り離され、名前も変えられ、一生その施設から出られなかった人々の、生の痕跡はその鋲の跡だけなのだ。何処に向けて良いのやら分からない怒りとわけの分からない自罰感のようなものが胃袋から胸にこみ上げてくるような気がした。

 そして『告別』という写真。Kさんは何かある度にこの写真の前に来る、そして見ているのではなく写真の方に自分が見られている気がする、と言った。

 常設展示をずっと見ていくと国が隔離政策を取った大正のある時からぐっと資料が少なくなっているのが分かる。声なき声を代弁する「資料=物」が。だが、まだ考古学という方法があると、私は思った。

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日記・その他 (69)」カテゴリの記事

コメント

祝ブログ復活!。楽しみに読ませてもらいます。

投稿: JUICELOVE | 2013年6月30日 (日) 23時35分

 JUICELOVEさん、お久しぶりです。お母様を亡くされたばかりと聞いています。お力落しのないように。

投稿: ナヴィ村 | 2013年7月 1日 (月) 05時01分

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