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27度目の歌舞伎~東海道四谷怪談

Photo  昨日、やっと新しい歌舞伎座に行ってきた。見たのは歌舞伎座新開場杮葺落・七月花形歌舞伎 夜の部 『東海道四谷怪談』。

 お岩・佐藤与茂七・小仏小平に菊之助、民谷右衛門に染五郎、四谷左門に錦吾、伊藤喜兵衛に団蔵、お梅に右近、直助権兵衛に松禄、他。

 今回は大詰に歌舞伎座では実に30年振りの上演となる「蛍狩りの場」があった。若き日の右衛門とお岩が七夕の夜に逢瀬を楽しむ幻想的なシーンだが、これがあったせいか、観終わって今までこの話に抱いていたものとちょっと違う感想を持った。そもそも過去の悪事が発端とは言え、それを理由にお岩を実家に戻してしまった父・四谷佐門に、岩を返せ、と言い募り、断られ、それで彼を殺してしまうところが芝居の始まり。

 右衛門は悪党ながらそれなりに岩を愛していたのだろうな、と今回特に思った。だとしたら、仲むつまじい「蛍狩り」から本編のような凄惨な物語に変わっていくまでの男女の、人間の過程そのものが怖いと思った。

Photo_2  翻って菊之介の岩は哀しみに溢れていたとはいえ、怖くなかった。生涯に9度も岩役をやった三代目菊五郎は「お化けは心安く、幽霊は心苦しく。」と言ったというが、菊之介の岩は「哀れ」が「怨み」に勝っていた。江戸の頃は菊五郎の岩を見ただけで失神した人もいたというが、今、芸の力だけでそれだけ怖い岩というのは可能なのだろうか。可能なら見てみたいと思う。

 染め五郎の「色悪」ぶりは貫禄がついてきたのか、良かった。だから、やはり怖かったのはこちらの方だ。

 「戸板返し」や「提灯抜け」など夏歌舞伎らしい仕掛けは見事で、江戸の昔、良くこんなトリックを思いついたものだと感心することしきり。ただ疑問に思ったのは例の「蛍狩り」の蛍の表現。今回レーザーライトでやっていた(多分)が、30年前はどうしていたのか。江戸の昔は。

                      ☆

 電話で聞くとチケットは完売で、相変わらず幕見で見たが、新歌舞伎座になって幕見のシステムも少し変わっていた。並ぶと順番に整理券が貰えて開演20分前に再び4階に番号順に並ぶ、ということに。以前のチケットを買ったら息を切らせながらあの長い階段を上っていくというのはもうなくて、エレベーターで行く。便利になったが味気ない気もした。また、地下鉄東銀座駅構内がおみやげ売り場になっていて、以前は幕見の客は係りに断って館内に入れてもらうというルールだったので、これは前より良い。また隣に「富士そば」ができて、芝居がはけた後、ちょっとかっこんで行くのにこれも良い。

 今回は通し狂言だったので全部見たが、幕見があるとまた気軽に芝居に足が向くというもの。もともと歌舞伎座でこうして観劇を始めたのでなんだか懐かしさもあった。来月は「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」かな。おかえり歌舞伎座。

 

 PS ついでにもう一つ書くと、序幕 「宅悦地獄宿の場」の宅悦女房役であの中村屋の小山三が出ていた。絶品。

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